★ (2時間後)サルーン2階
今は来店客も少なくなり、落ち着きを取り戻しているサルーン。
サルーン主人も、応対の合間に、塩漬けのキャベツを口にし、バーボンを呑む余裕がある。
店内ホールの片隅に、2階へと上がる急な階段がある。
主人に挨拶をした後、階段を軋ませながら、昇っていくラーラマリア。
すぐ後ろには、キリエが追随している。
ラーラマリアの右手には、細長い紙が握られている。電信文と思しき文字が打刻。
キリエ「(ラーラマリアを見上げて)いくら何でも、泊めてもらうのは断った方が良かったんじゃ・・・」
ラーラマリア「(振り返って、キリエに視線を送り)ああまでマスターに頭下げられちゃ、反って断った方が申し訳ないさ。それに電信も使わせてもらえたし、情報も手に入った。(電信機から印刷した紙に目を落とし)これは煉獄さんにちゃんと話さないといけないしな・・・」
ふう、と短く息をつくキリエ。
2階にふたりが上がった途端、何処からか、ピィーッ・・・という高音。
若干籠っているが、はっきりと耳に出来る、重い芯が通ったような音。
思わず立ち止まって、廊下の窓の外に目を遣るふたり。
キリエ「(一瞬考えて)汽笛?・・・汽車の?」
ラーラマリア「セントラルパシフィック鉄道の駅がある、って言ってたっけ。多分、大陸横断鉄道だな」
キリエ「(据えた目線で)汽車は、嫌い。孤児院のこともあるから」
ラーラマリア「(静かな声で)・・・まあ、気持ちは解るさ」
ラーラマリア、再び廊下の奥へと歩を進める。
一拍遅れて、彼女に着いていくキリエ。
2階廊下には、3つの扉が面している。その一番奥の扉の前に立つふたり。
コンコン、と軽やかに左拳で叩くラーラマリア。
杏寿郎[扉の奥から]〔どうぞ! 入ってくれ!〕
ラーラマリア、即座に、ガチャッ、とノブを回し、大きく扉を開く。
部屋の右側にベッドが鎮座し、左側には、壁際に小さなテーブルと一脚の椅子。
扉の真正面に両開きの窓があり、そこに対して、杏寿郎が腕組みをして立っている。
目線は窓の外、サルーン正面の通りの上空、闇の奥へ向けられている。
閉じた窓ガラスに映る杏寿郎、やや寂寞さを包括した、静かな笑み。
初めて見る彼の表情に、意外そうに瞼を瞬かせるキリエ。
杏寿郎「(振り返りながら)近くに、列車の駅があるのだったな?」
ラーラマリア「(頷き)ああ。汽笛が聞こえたから、そんなに遠くじゃなさそうだね」
それから、再度窓の外を見遣る杏寿郎。
杏寿郎「(感慨深げに)俺の最後の任務が、無限列車での任務だった。確かにその後に死んだ筈だ。だが、今こうして、生きていた時と同じ感覚で存在している。不思議なことがあるものだな」
部屋の左側にある椅子を引き寄せ、ベッドに向かい合わせに置くラーラマリア。
ラーラマリア「煉獄さん、ちょっと座ってくれ。本営に打電して得た情報がある。あんたの話したことに関することだ。聞いてほしい」
杏寿郎、身体を返して、こく、と大きく首を上下に振る。
そして椅子に腰を下ろし、再度腕組みをして背筋を伸ばす。
キリエとラーラマリア、ベッドに座って杏寿郎と向かい合う。
右手の電信文にもう一度目を通し、一度小さく頷いて、杏寿郎を見るラーラマリア。
ラーラマリア「結論から話そう・・・(重厚な声で)今、ジャパンはメイジ5年という年号だ。あんたのいたタイショウという年号じゃない」
一拍の、沈黙。
杏寿郎の両の眼が、すいっ、とゆっくり見開かれる。
杏寿郎「(驚き)何と! 明治5年! 40年以上前ではないか!」
キリエ「(短く息を飲み)40年前?・・・嘘・・・」
ラーラマリア「(眉を顰め)今この国に来ている、ジャパンの“イワクラ使節団”という連中に同行している陸軍関係者がいてね、そいつが使節団のメンバーに直接尋ねている。煉獄さんは『トモミ=イワクラ』という人物を知っているかい?」
杏寿郎「岩倉具視公のことか! 岩倉使節団団長で当時の外務卿! 日本外交歴史上の人物だ!」
僅かに声が上擦る杏寿郎。
キリエも、驚嘆を隠さない表情で、杏寿郎を凝視している。
キリエ「(信じ難いような口調で、ラーラマリアを見て)まさか・・・」
ラーラマリア「(キリエに目線を返し)その“まさか”かも知れない。こっからは推測でしかないが・・・(杏寿郎を見詰め)煉獄さん、あんた・・・闘いで亡くなったんじゃなくて、突然違う時代のアメリカに飛ばされた、ってことなんじゃないか? しかし同じ時代や時間じゃなく、過去とは思わなんだが・・・」
3人が、少しの間、黙る。
杏寿郎、口を真一文字に結んで、微動だにせず。
キリエ、何と言葉を掛けて良いか、判らず。
ラーラマリア、眉間に皺を寄せ、一度唾を飲み込む。
ラーラマリア「理由や理屈は解らない。しかしそう考えざるを得ない。煉獄さんの知っている過去の情報と符合するし、それが史実通りに現在進行している」
突如。
杏寿郎の口元が、ふっ、と緩む。
杏寿郎「(快活な声で)判った! 俺に関する話は、これでお終いだ!」
余りにも突然の決定。
キリエとラーラマリア、唖然として唇を半開きにしている。
ラーラマリア「いいのかい? 確かに、理由も何もかも判らないけど、まだ調査することは出来るさ」
杏寿郎「構わん! 今ここにこうして存在することが重要だからな!」
納得したように、自分の言葉に頷く杏寿郎。
杏寿郎「黄泉の国へ行かず、再び現世に身を置くことになったのは、果たすべき責務があるからに違いない! 俺はまだ鬼狩りとして、人々を脅かすこの国の鬼を滅するべし、ということだ!」
芯の通った口調の発言に、責任感が満ち溢れている。
感化された様相で、不敵な笑みを浮かべるラーラマリア。
杏寿郎「過去に飛ばされようが時間の流れは止まらない! ならばこの道を進むのみ! (凛とした発声)悪鬼のいない“明日”を取り戻す!」
ぴく、とキリエの目尻が動く。
緩やかに両眼を開き、杏寿郎に彼女の視線が固定される。
キリエ《(深い感慨で)“明日”・・・》
その言葉が、反響を持ってキリエの裡に染み渡っていく。
自分が取り戻そうとしている、目標。
常にその為に突き進んできた、信念。
杏寿郎を見詰めるキリエの眼差しが、柔らかく緩む。
その、直後。
くる、と顔をキリエに向ける杏寿郎。
どき、と小さく胸が跳ねるのを感じつつ、冷静に振舞おうとするキリエ。
杏寿郎「俺からも、聞きたいことがある。構わないか?」
キリエ「食事の前の話ね・・・(頷いて)いいわ。聞いても」
杏寿郎「君から鬼の気配がするのは、君が『きゅうけつき』だからか?」
キリエ「そうよ。それだけじゃない・・・」
キリエ、一度、目線を杏寿郎から離す。
そして両手を自分の膝頭に乗せ、ぐっ、と握って拳を作る。
少しの、間。
キリエ「いずれ判ることだから、ちゃんと話しておくわ・・・(杏寿郎を見詰め)私は、黒衣の者の娘なの」