言葉が、切れる。
僅かに唇が開いたまま、両眼を静かに、大変大きく晒していく杏寿郎。
杏寿郎「(大きく息を吸い、一度止めてから)よもや・・・」
そのまま、3人が沈黙。
杏寿郎、口を左右に固く締めて、キリエを凝視している。
キリエ、顔を伏せて、座る自分の爪先に刹那気な視線を投げている。
ラーラマリア、眉を寄せて、キリエの横顔を見詰め続ける。
少しの間の、後。
杏寿郎の顔が、ふっ、と穏やかで快活なものへと転化する。
杏寿郎「(腹の底からの声)よもやよもやだが! 君の行動は見上げたものだ!」
はっ!と思わず顔を上げる、キリエとラーラマリア。
そこには、ぶれることのない真摯な視線を向けてくる杏寿郎の姿。
杏寿郎「鬼舞辻無惨に鬼にされた者の中に、鬼の血に抗い、人々を護って闘った者を、俺は知っている! 竈門少年の妹、名を禰豆子という! 無限列車の乗客200名を鬼から護り抜いた、鬼殺隊の一員だ! (キリエを見詰め)キリエ少女! 君も同じだ! 『こくいのもの』の娘であろうが人を護った!」
すっ、と再度視線を下げるキリエ。
膝の上で握った両拳に、ぐぐっ・・・と痛いくらいに力を込める。
キリエ「でも、血の“渇き”や“飢え”に抵抗出来ない時もある・・・死んだ人のとは言え、血肉を口にしない訳じゃない・・・(固く瞼を閉じ)身体に流れる黒衣の者の血に飲み込まれることも、あるかも知れない・・・ただの血に飢えた吸血鬼でしか、なくなるかも知れない・・・」
杏寿郎「それを上回る強い心が! 君には備わっていると、俺は見ている! でなければ、人を護り悪鬼に銃を向け、ここに来てからも街の人々を気遣い、鬼の襲来を危惧し、迷惑を掛けまいと考えまい!」
再び瞳を開け、杏寿郎を見詰めるキリエ。
自分の真意をこれほどまでに察知し、言い切ってもらえたこと。
キリエの喉の奥に、熱いものが競り上がってくる。
ラーラマリア「(ふっ、と微かに口角を上げ)あんた、細かいトコ良く見てたね」
杏寿郎「炎柱たる者! 当然だ!」
ラーラマリア「アタシも信じてるから、一緒にいるのさ。神様は気高き魂を決してお見捨てにならない。(キリエを見詰め)キリエの優しい綺麗な心を信じてるから、すべてを任せられる」
こくん、と明確な動作で首を縦に振る杏寿郎。
ふたりの褒め言葉が、脳裏にじんわりと沁み込んでくるのを感じ取っているキリエ。
気恥ずかしさに、ぷい、と目線を外してしまう。
杏寿郎「この国の脅威を知って、思ったことがある。ここは『きょうけつびょう』という“闇”に覆われているのだ、と。それを打ち払おうと、“闇”を晴らそうと、君たちは闘っているのだとな! (ふたりを交互に見て)キリエ少女、ラーラマリア女史、ふたりはこの国の鬼殺隊だ!」
ラーラマリア「(頭を掻いて)いやー、そこまで立派なモンじゃないケドねぇ。アタシは軍人だから闘えてるだけなんだよ」
杏寿郎「“闇”が明けぬ日はない! 長い夜の闘いの後、明け星が見えるその時! “闇”は終わるのだ!」
ラーラマリア「明け星?・・・(はた、と気付き)ああ、暁の明星のことだね。別名ヴィーナス、美の女神とも呼ばれてるよ」
杏寿郎「美の女神か! うむ! 確かにあの星は美しい! 鬼と闘う夜の終わりを告げる星! 俺が一番好きな星だ!」
キリエ「(申し訳なさそうに)私は、あまり・・・だって苦手な太陽が昇ってくるのを知らせる星だから。月の方がずっと好き」
ラーラマリア「(にひ、と笑い)アタシは明星も太陽も月も好きだなぁ」
3人の間に、穏やかな空気が湧く。
キリエ、ほんの少し唇の端を緩め、ラーラマリアと杏寿郎を見る。
ラーラマリア、歯を見せた笑顔で、キリエと杏寿郎を見る。
杏寿郎、満足そうに口角を上げたまま、キリエとラーラマリアを見る。
突然。
はた、と何かを思い出したような表情になる杏寿郎。
杏寿郎「ところで! もうひとつ聞いても良いか?」
キリエ「(意外そうな顔で)ええ」
杏寿郎「ふたりは一緒に旅をしているとのことだが、元々どういった関係か知りたい!」
キリエは眉間に皺を寄せ、何と答えるべきか考えている顔。
ラーラマリア、妙に自信たっぷりに胸を張る。
ラーラマリア「(ふっ、と意味あり気に笑い)いずれ判ることだから話すケドさ・・・アタシたちは・・・(ガバッ、とキリエを右腕で抱き寄せ)婚約者同志なんだ!」
キリエ、ラーラマリアに密着させられ、目を正円に見開いて動きを停止。
ラーラマリア、キリエと密着し、どうだとばかりに満面の笑みを浮かべる。
僅かの、間の後。
キリエ「(ボフン!と真っ赤になって)何言ってんのよっ! 婚約者な訳ないじゃない!」
ちら、と杏寿郎を窺うキリエ。
杏寿郎はまったく同じ表情、悠々とした笑みでこちらを視界に映している。
杏寿郎「(大きく頷き、爽快な声で)判った! いずれ夫婦になるのか! めでたいことだ!」
キリエ「(赤面が治まらないまま)判らなくていい! 夫婦にならないから!」
杏寿郎「俺は女性同志の夫婦は知らん! だがこの国の価値観では、それもあるのだろう!」
キリエ「理解力あり過ぎよ! そこまで解らなくていい!」
杏寿郎の即答に、拍子抜けしたような顔になるラーラマリア。
しかしすぐに我に返って、ふっ、と小さく息を継ぐ。
ラーラマリア「・・・まさか信じちゃったとはねぇ。えーと・・・(キリエの耳元に口を寄せ)じゃあ、ホントに夫婦になっちまおうか?」
蕩けるような、妖艶な囁きが、キリエの耳朶に注がれる。
ラーラマリアのいきなりの発言や行動。
目線を逸らさない上に、即座に受け入れる杏寿郎の態度。
キリエの裡に、情事を見られているような羞恥心が、爆発しそうな勢いで溢れ出す。
とうとう、それに耐えきれなくなる。
全力で身体を左右に振って、ラーラマリアの右腕を振り解く。
キリエ「(自棄気味に)ああもう! ウザいウザいウザいウザい!!!」
ラーラマリア、妙に嬉しそうな、且つ少し残念そうな笑顔。
杏寿郎、大きく頷いて、爽快な笑みを湛える。
杏寿郎「(高らかに)はっはっは! 元気があって良い!」
キリエ、ずいずい、とベットの端へ移動し、ふたりから距離を取って座り直す。
脚を組み、不貞腐れたように頬を膨らませ、窓越しに外の闇に目線を投げる。
そんな彼女の背を、穏和な眼差しで見詰めている、ラーラマリアと杏寿郎。
階下のサルーン店内から、最後の客を送り出す、主人の声が聞こえてくる。
店舗前、2階から見下ろせる通りからは、人の気配が遠ざかっていく。
入れ違いに、静かな夜の闇が、上空から腰を据え始める。
★ (午前2時頃)バトルマウンテン南西・街道付近
雲のほとんどない、夜。
満月が煌々と蒼白色を地上に降らす。
月光の当たっていない岩山の影は、漆黒の闇。
ふたつのコントラストが、くっきりと赤土の風景を区分けしている。
夕刻時、キリエたちがムルシェラゴを仕留めた街道付近。
5頭の牛、テキサスロングホーンが、ふらふら、とした足取りで街道を歩いている。
その後続、1台の幌馬車。
しかしそれを牽引するのは馬ではない。2体のムルシェラゴ。
3ヤードほどの宙に浮かんで、羽ばたきながら、腰の結わえたロープで幌馬車を引く。
馬車の中に、ふたりの人物。
ひとりは細身、緩めの修道服を着ている。髪を額上部で盛り上げて後ろに流し、揉み上げが長い。
ひとりはでっぷりとした体格、銀色の、顔以外は全部覆われた鎧を着用。
ふたりが、何かを食べている。
それは人間の腕、脚。もがれて血が滴り落ちている、人の身体の一部。
ムシャ、ゴキュ、ブシュ、ゴクン・・・と、貪るように牙を立て、喰らい続けている。
月明かりが差し込む荷台の床に、髭面の男性の頭部が転がる。
既に生命活動を永久に止めた彼の、絶望に染まった両眼が、恨めしそうに虚空を睨む。
突然。
先を歩いていたテキサスロングホーンが、昏倒し始める。
ドサ、ドサン、と連鎖して地面に膝を着き、3頭が横倒しになる。
それに気が付いた、馬車の中のひとり、細身の人物が荷台から外に出る。
眼前で倒れている牛を見渡し、スイッ、と右腕を上げる。
馬車を引いているムルシェラゴが停止し、地面に降りてくる。
その2体の、キッシャァァァ!と、牙をずらりと剥き出して発する、雄叫び。
途端。
遥か後方の漆黒の闇から、ブワアアアアッッッ、と凄まじい数の羽音。
次々に姿を現す、ムルシェラゴの群れ。
その数、約20体。
馬車を牽引していた2体が、我慢し切れずに、ガブウッ!と倒れた牛に牙を立てる。
それが、合図。
テキサスロングホーン目掛けて、ムルシェラゴ全体が襲い掛かる。
今も何とか立っている2体を含めて、次々と飛行異形の餌食と成り果てていく。
砂糖に群がる蟻の如く、何の躊躇もなく塊を成すムルシェラゴの群れ。
牛の断末魔の悲鳴が、月明かりの荒野に轟く。
馬車の中から、太ったもうひとりの人物が、のっそり、と荷台に立つ。
そして、細身の人物と並んで、眼前の修羅場を眺め始める。
ふたりの口端から、食した人間の鮮血が流れ落ちている。
満足そうに、ニイヤァ・・・と歪な嗤いを浮かべる、ふたり。
それから、月光に照らし出されている、前方のバトルマウンテン山脈を視界に映す。
【 To be continued...『輝く暁の明星の、いと美わしきかな(中編)』】