★ アリゾナ州サン=ベルナルディノ・孤児院(教会)・食堂
日没後。薄暮をとうに過ぎた時刻。
10人ほどが囲んで座れる長テーブルと椅子がある、食堂。
壁に掛かっているランプがふたつ、部屋を明るくしている。
長い卓の一角、向かい合わせに座って食事を摂っている、キリエとラーラマリア、デスとハイエロファント。
ベーコンと豆類が褐色のソースで炒められた、ポークビーンズが大皿に盛ってある。
隣に並んでいる鉄鍋には、焼き上げて間もないコーンブレッド。
それらをナイフとフォークで小皿に取り分け、食している。
キリエは、ベーコンを数切れだけ自分の皿に乗せ、フォークで口に運んでよく噛んでいる。
夕餉を進めながら、交わし続けられている4名の会話。
キリエから一丁の、弾丸を抜いた回転式拳銃を見せてもらっているデス。
何度かフォークを置き、実際に手にして感触を確かめている模様。
カチ、と撃鉄を起こしたり、弾倉を回してみたりと、興味深そう。
ラーラマリアとハイエロファントが、互いの世界の様子を語り合っている。
その間にも食事は進み、やがて全部の食器が空になる。
キリエが、食べ終わった皿を傍らに寄せ、ふう、と息をつく。
食卓には、残りなく綺麗に食べ尽されている食器や皿が並ぶ。
一通りそれを見回して、満足気に頷くラーラマリア。
ラーラマリア「どうだった? この世界の飯は? まあ、ご馳走とまではいかなかったけどさ、缶詰の料理でも悪かないと思うがね」
ハイエロファント「(笑顔で)とっても美味しかったよ。ごちそうさまでした」
ラーラマリア、椅子から立ち上がり、流れるような手早い動作で食器を重ねる。
そのままそれらを持ち、台所の隅に移動する。
火が入ったままのグリルの上、パーコレーターが乗っている。
シュウウ・・・と口から湯気が噴出しており、勢いがいい。
下げた食器類を近くの台に置き、パーコレーターを上から覗き込むラーラマリア。
蒸気と共に溢れ出している、深く豊かな香り。
それは既に、食卓に座ってこちらを見ているデスとハイエロファントにも届いている。
そのふたりを、じっ、と卓向かいで見詰めているキリエ。
ラーラマリア、コク、と一度頷いて、パーコレーターをグリルから下ろす。
そして、傍のテーブルに用意してある4つの金属製のカップを確認。
その内3つのカップに、パーコレーターを傾ける。
トクトクトク・・・と注がれる、黒褐色の液体。
3つのカップに均等に注いだ後、もうひとつのカップには別の容器から牛乳を入れるラーラマリア。
純白のそれは、なみなみと器を満たす。
その後、彼女は黒褐色の飲料のカップふたつを持つ。
ラーラマリア、デスとハイエロファントの眼前の卓に、湯気の立つカップを置く。
先程漂ってきた芳醇な香りが、飲み物の液面から強く感じられる。
デス「(カップを覗き込み)黒い、茶か?」
ラーラマリア「コーヒーは初めてかい? じゃあ飲んでみな。何事も経験だ」
身体を返し、残るカップふたつを手にしてから、食卓に戻るラーラマリア。
一呼吸の後、カップを手にするデスとハイエロファント。
ふたりとも、一度、くん、と鼻を鳴らし、続いて一口啜る。
一瞬驚いたような表情となるが、すぐに和らぎ、ごく、と喉を鳴らす。
キリエとラーラマリア、そんなふたりを興味深そうに眺めている。
ハイエロファント「思ったより苦いね。でも・・・(すぅ、と嗅ぎ)とてもいい香りだ」
デス「いつもの茶が薄く思える。だが・・・(ごく、と更に一口飲み込み)悪くない」
ハイエロファント「(キリエを見て)君は、飲まないの?」
キリエ「私は、ミルクがいい。ミルクが一番好き」
微かに微笑み、コクン、とカップから牛乳を飲むリエ。
にっ、と笑みを浮かべてから、自分の席に座り、前のカップを持ち上げるラーラマリア。
ゴク、とコーヒーを流し込み、それから落ち着いた目線を全員に放る。
ラーラマリア「さてと・・・じゃあ、話を纏めようか」
デスは再度コーヒーを口にし、もう一度拳銃を手にしている。
ジャガッ、カチン、と中折れ式の銃を開け閉めしたり、グリップを叩いたり、様々な角度から覗いたり。
キリエが、そんなデスの仕草から目を離していない。
ラーラマリア、やれやれ、といった表情で、ふう、と息をつく。
そしてハイエロファントに視線を向けてから、左肘を卓上に乗せる。
ラーラマリア「あんたらふたりは夫婦で、『マジカルランド』の住人。アメリカどころか、この世界の人間じゃない。突然飛ばされて、異世界であるここに来ちまって数時間経ってる。元の世界に帰る当てを探してたら、あの廃墟の街で狂血病の男に出逢って、それから後は・・・今に至る、って訳だ」
ハイエロファント「(大きく頷いて)そうだよ」
ちら、と隣のデスに眼差しを流すハイエロファント。
デスは相変わらず、銃の観察に余念がない。
ハイエロファント、にこ、と微笑んでから、ラーラマリアとキリエに目線を繋げる。
ハイエロファント「じゃあ、こちらも確認するけど・・・ここはアメリカ合衆国という場所で、君たちふたりは旅をしている。キリエは血を主として摂取する『吸血鬼』で、ラーラマリアはこの国の軍隊に在籍する軍人。目的は、吸血鬼の王『黒衣の者』を斃して血清を得ること。それが、狂血病を治療出来る唯一の手段、ってことでいいのかな?」
ラーラマリア「(大きく頷いて)オッケーだ。理解が早くて助かるね」
こと、と拳銃をテーブルに置き、そのまま、スッ、とキリエの眼前に差し戻すデス。
デス「(納得した口調で)なるほど、何となく理解出来た。あたしたちの世界では大砲と砲弾が存在する。これほど小さくて携帯可能な飛び道具は初めて見た。使い勝手は良さそうだ」
キリエ「(銃を懐に仕舞って)これがないと、この世界では生きていけないわ」
ラーラマリア「(ハイエロファントを見て)あんたは・・・(暫く思い出そうとして)えと、ハイエロ、何だっけ?」
ハイエロファント「ハイエロファント。呼びづらいと思うから、エロファント、でいいよ」
ラーラマリア「判った。じゃ、改めて・・・エロファント、あんたは武器を持っていないようだが?」
デス「ハイエロファントに武器は必要ない。武器を振るうのは、あたしの役目だ」
ラーラマリア「いや、それでも・・・奥さんにばかり闘わせるのは、如何かと思うが?」
デス「ハイエロファントは争いや諍いを嫌っている。無理をさせるつもりは毛頭ない」
キリエ「(ハイエロファントを見て)よくそれで今まで生き残れたわね」
デス、きっ、と射すような眼光を飛ばす。
やや苛ついたような雰囲気。
デス「ひとつ、言っておく。ハイエロファントは・・・(キリエとラーラマリアを睨み)あたしなんぞ足元にも及ばないくらい、強いぞ。仮に、だ。もしこの道中で何事か起これば、それがはっきりする。言葉で語るより、実際に見てみれば理解出来る筈だ」
ハイエロファント「(デスに視線を繫げ)もういいよ、デス」
右掌をデスに翳し、穏やかに微笑むハイエロファント。
ハイエロファントと眼差しを絡め、ぐっ、と言葉を飲み込むデス。
僅かの、後。
デス、ふう、と小さく息を吐く。
デス「解った。ハイエロファントが言うのなら、これ以上は説明しまい」
ラーラマリア「争いや諍いが嫌い、ねぇ・・・」
やや呆れたような様子で、デスとハイエロファントに目線を投げるラーラマリア。
それからカップを口元に寄せ、ゴク、とコーヒーを一口飲み込む。
ラーラマリア「アタシはアメリカ合衆国陸軍第一葬兵連隊、ラーラマリア=クリストフォロス葬兵少佐・・・(ハイエロファントに顔を向け)あんたの嫌ってる『争い』で飯食ってる」
ハイエロファント「(ラーラマリアと視線を合わせ)僕が嫌っているのは『争う』という事実で、当事者に悪感情は抱かないよ」
一瞬、ラーラマリアの瞳が開かれ、また元に戻る。
そして再度コーヒーを飲み、今度は柔らかな笑みを湛える。
ラーラマリア「(ふ・・・と息を吐き)それを聞いて安心したよ。じゃ、こっから先、取り敢えずの道行きを一緒に行くので、いいんだね?」
ハイエロファント「(頷き)もちろん。むしろこの世界じゃ右も左も判らないから、助かるよ」
ハイエロファント、自分のカップからコーヒーを口にする。
デス、安堵したような微笑みで、コーヒーを多めに喉に流し込む。
そして卓上に、タン、とカップを戻して、目の前のふたりに目線を放る。
デス「ところで・・・(キリエとラーラマリアを交互に見て)お前たちはどういう関係なんだ?」
キリエ「関係? さっき説明した通りよ。『黒衣の者』を斃す為の、協力関係」
ラーラマリア「(少し残念そうに)つれないねぇ。今じゃ友達以上の関係だってーのにさ」
キリエ「(薄く頬を染め、ラーラマリアを睨んで)ウザいこと言わないで。それに・・・(目を伏せ)私を殺そうとしていたくせに・・・」
ラーラマリア「ああ、任務だからね。軍人だから仕方ないだろう?」
デス「解った。これ以上立ち入ったことは聞かない」
右手の掌を軽く翳し、話を打ち切るデス。
少し意外そうに、且つほっとした雰囲気で、デスを見ているキリエとラーラマリア。
やや間を空けた、後。
ラーラマリア、デスの近くの壁に立て掛けている大鎌に目をやる。
ラーラマリア「それにしてもでっかい鎌だね。アタシも似たような武器使ってるけどさ」
デス「(関心したように)持ってるのか?」
ラーラマリア「(薄く笑い)見るかい? ちょっとビックリさせるかも知れないから、心構えしといてくれ」
右腕をテーブルの上に乗せるラーラマリア。
全員が注視する中で、左手で右手首を持つ。
カチ、と音がしてから、そのまま右手甲に左掌を掛け、内側に力を加える。
ラーラマリアの右手と右腕、留め金の部分だけが繫がった状態で、分離する。
デスとハイエロファント、短く息を止める。
彼女の右手首から内側は筒のような空洞になっており、内部に束ねられた金属が見える。
自然な調子で、腕の中の銀色の光沢の塊を引っ張り出すラーラマリア。
卓上に出されたそれは、折り畳み式の小型の鎌状の刃物。
尖った先端から両側に刃が成されており、アタッチメントで角度が自在に変えられる。
更に、鉄網が織り込まれた太いワイヤーで、腕の奥、内部へと接続されている。
ラーラマリア、ずいっ、と引き出してから、刃の部分を展開して卓の中央に置く。
ハイエロファント「(目を見開いて)これは・・・驚いたな」
ラーラマリア「アタシは南北戦争で右手を失ってる。義手を着けるのと同時に、武器も仕込むことにした。整備もマメにしないとすぐガタが来ちまうから、まぁ大変だけどさ」
デス「(興味深げに見詰め)飛び道具としての、鎌か・・・駆動部も随分精巧に出来ているな」
ラーラマリア「(にひっ、と口角を上げ)褒めてくれるのは嬉しいねぇ。義手にしろとは言わないけど、アンタの大鎌も携帯しやすいように作り変えてやってもいいよ? このラーラマリアさんに掛かれば・・・」
デス「いや、大鎌はあたしの“仕事”に欠かせない『相棒』だからな」
キリエとラーラマリア、一度目を合わせる。
大きな疑念が浮かんだような表情を、交わす。
そして再度デスに視界を戻す。
ラーラマリアは、訝し気な顔のまま、晒した小型鎌を格納し始める。
キリエ「さっきも言ってたけれど、あなたの“仕事”って何なの?」
ハイエロファント「(キリエに目線を結んで)デスの“仕事”は、命を終わらせ、魂を送り、転生の橋渡しをすること。具体的に説明すると、首を刈り、魂を身体から離し、天空へと還す。その後に刎ねた首を持ち帰り、保管する。遺体を埋葬する時もあるよ」
キリエ「(思い切り眉間に皺を寄せて)それ・・・首刈りと埋葬はともかく、物語の死神じゃないの」
デス「だから言っている。あたしは死神だ、と」
ハイエロファント「デスの“仕事”がないと、僕たちマジカルランドの住人は、死ぬことが出来ないんだ」
思わず目を見開いて、デスを見詰めるキリエとラーラマリア。
暫くそのままで、停止。
それからハイエロファントに視線を向け、再度デスに視線を結ぶ。
キリエとラーラマリアは、何回かその動作を繰り返す。
視界は対面のふたりに向けたまま、武器の収納を再開するラーラマリア。
やがて、カチン、と右手と手首を元にはめ込む音。
ラーラマリア「ちょっと待て・・・じゃあ・・・(ゴクリ、と唾を飲み)アンタは本物の死神、なのか? “ふたつ名”じゃなくて、正真正銘、本物の?」
デス「マジカルランドでは、な。こっちの世界の死神とは違うのだろうが」
当たり前、という表情のデスとハイエロファント。
信じ難い、という表情のキリエとラーラマリア。
落ち着いたふたりと、茫然としたふたりの眼差し同志が、宙で固定されている。
既に、カップのコーヒーは湯気を立てていない。
芳醇な香りだけが、空間に漂う。