★ 鉱山地区・街中・広場
別の1体のムルシェラゴが撃ち抜かれ、それが山の端に消えていく。
ラーラマリア、見届ける前に、広場にキリエたち3人が近付いてくるのを確認。
状況を察し、周囲を警戒しながら駆け寄る。
キリエ、安堵した表情でラーラマリアに視線を繋ぐ。
ラーラマリア「怪我をしてるのか?」
キリエ「ええ、背中を斬られたの。出血も酷いわ。急いで手当してあげて」
キリエと交代して、若い女性に肩を貸すラーラマリア。
ラーラマリア「マスターに確認してもらって、残る住人は教会の親子って言っていた。このふたりがそうだね。(上空を見て)まだムルシェラゴが残ってる。アタシもふたりを送ったら遊撃に回る。それまで頼むよ」
キリエ「判ったわ。ふたりをお願い」
ラーラマリアが頷き、サルーン前の通りへと移動を始める。
キリエ、広場側に身体を返し、ふと左手を見る。
掌にいつの間にか付着していた、若い女性の血糊。
ドクン!と再度強い拍動が、胸に響く。
急速に早鐘を打つ心臓。
再び、映る血よりも赫く輝き出す、キリエの瞳。
左掌を眼前まで挙げ、べっとりと付いた鮮血を凝視する。
キリエ《(切なそうに)血・・・》
脳裏に過ぎる、若い女性の背中の流血。
それが否応なしに、自分の根幹に存在する何かに呼応する。
段々と荒く、早くなっていく呼吸。
かはーっ・・・かふぅ・・・と、片を上下させて息をするキリエ。
瞳孔が拡大し、内側が更に闇に染まる。
赫い瞳と漆黒の瞳孔が、有無を言わせぬ深遠さを纏う。
突如。
ブワアッ!と、1体のムルシェラゴが、建屋の陰から姿を現す。
キリエの背後から、空中を一気に距離を詰めて、クワァッ!と牙を剥く。
完全に気付くのが遅れたキリエ。
ムルシェラゴの上下の顎が、彼女の左腕を喰わんとする。
キリエ、間一髪、身体を沈めて躱す。
しかし即座に、異形の右手が空を薙ぐ。
今度は避け切れず、鋭利な爪がキリエの左上腕を、ザシュッ!と擦る。
キリエ「(顔を顰め)つっ・・・!」
血飛沫が舞い、ポタ、ポタ・・・と広場の土を染める。
痛みに耐え、左脚を軸に、くるん、と身を返し、地面を蹴るキリエ。
相手との距離が、2ヤードほど開く。
獲物を捕捉しつつ、腕を広げて飛び掛かってくる異形。
キリエが傘を構えようと身体を向けた、瞬間。
ゾン!と、眼前のムルシェラゴの頸が切断され、多量の炎が舞う。
広場の地面に激しい勢いで、切断面を燃やしながら転がる異形の頭と躯体。
チリチリチリ・・・と、砂のように崩れて散らばっていく。
仕込み傘を構えたまま動きを停め、荒い息でそれを見ているキリエ。
いつの間にか、すぐ近くに杏寿郎が立っている。
日輪刀を正眼に構え、腰を少し落とし、両足で地面をしっかりと踏んでいる。
暫く、そのまま。
異形の気配が、今は近くにない。
杏寿郎、スチャ、と日輪刀を下ろし、身体を返してキリエに正対する。
杏寿郎「(冷静な声で)傷はどうだ?」
キリエ、左上腕を右手で擦ってみる。
既に傷は塞がっており、瘡蓋が剥がれて、ぽろ、と地面に落下していく。
深手ではなかった模様。
キリエ「(肩で息をしつつ)夜だから・・・これくらいの・・・傷は・・・すぐ治る・・・わ・・・」
言葉の端が、痛み以外の苦痛で揺れている。
杏寿郎、穏やかで優しい眼差しをキリエに注ぐ。
杏寿郎「集中して、大きく深呼吸をしろ」
喘ぐ呼吸のまま、杏寿郎を見詰めるキリエ。
傘を持つ手を下げ、腕を体側に下ろす。
両の瞼を閉じる。
すう・・・と胸襟を開くように空気を吸い込み、はーっ・・・と長く吐き出す。
同じ動作を、数回。
その間、キリエを見つつ、周囲に目線を投げている杏寿郎。
暫く。
更に、暫く。
緩やかに開かれる、キリエの両眼。
瞳の色が、元の彼女の彩りへ戻っている。
杏寿郎の口角が、穏やかに上がる。
杏寿郎「(頷き)うむ、落ち着いたようだな。良い呼吸だった」
対してキリエ、目を伏せて地面に視界を落とす。
奥歯を、ぎり・・・と噛み締め、遣る瀬無い表情。
キリエ「(切な気に)・・・やっぱり“渇き”は抑えきれない・・・」
杏寿郎「いや、充分だ。君がこの国の鬼の始祖の血をひいていながら、街の人々を護る側で闘っている。罪なき人を襲わない証明が出来ている。自信を持て、キリエ少女」
それでも尚、悔しそうな顔を崩さないキリエ。
杏寿郎、一度後方の教会付近を見て、口を真一文字に結ぶ。
杏寿郎「2体の侵入を許してしまった。すまん。不甲斐ない」
キリエ「(思わず顔を上げ)あなたが謝ることじゃないわ。私が教会に駆け付けるのが遅かったの。それにさっきも、私の不注意で仕留めそこなったみたいなものだし・・・それにひきかえ、あなたはこれだけの広範囲からの、しかも空を飛べる連中を、あれだけの速さで仕留められて・・・(柔らかい口調で)充分過ぎるほど凄いわ」
杏寿郎「(首を左右に振り)とんでもない。俺はまだ鍛錬が足りない。(きっ、と目線を鋭くし)だが今は闘いの最中! すべてはここの鬼を滅してから! 街の人々を護り抜くぞ!」
キリエ「(こくん、と頷いて)ええ」
タッタッタッ・・・と中央通りから広場へ、ラーラマリアが走ってくる。
顔を向けて彼女を視界に映す、キリエと杏寿郎。
ラーラマリア、キリエの傍らに到着。
ラーラマリア「(ふーっ、と息を吐いてから)全員、サルーンに避難完了したよ。ムルシェラゴは取り敢えず仕留め終わったみたいだね」
その言葉に、上空と周辺の山麓を見渡すキリエ。
月光に浮かび上がる風景には、今はムルシェラゴの影はない。
キリエ「だといいんだけど・・・(ラーラマリアを見て)怪我した人の容態は、どう?」
ラーラマリア「住人のお医者さんがいて、診てもらった。思ったより傷は深くないみたいだ。処置も終わってる」
キリエ「(少し安心した調子で)そう・・・」
直後。
3人が、得体の知れない雰囲気と空気を察知する。
ゾクッ・・・と全身を抜ける、おぞましい悪寒。
バッ!と一斉に、中央通り、街の入口方面に顔を向ける。
境界付近の柵のずっと先、純黒の闇。その更に奥から。
ガランガラ・・・ガランガラ・・・と、激しく回転する車輪の音。
杏寿郎「(眼光鋭く)来る!」
すかさず腰を落とし、日輪刀を右斜め下に構え、チャッ、と鍔を返す杏寿郎。
目を凝らして、遥か先の闇を凝視するキリエとラーラマリア。
街道方面から、凄まじい速度で突進してくる幌馬車が、いる。
街の入口目掛けて、瞬く間に距離を詰めてくる。
その影が、3人の可視範囲へと達する。
キリエ「(息を飲んで)・・・何、あれ?」
ラーラマリア「(驚愕して)ムルシェラゴが馬車を引いているぅっ!?」
何と、2体のムルシェラゴが1ヤードほどの高さを飛行し、幌馬車を牽引している。
腰に繋がれたロープが体躯に食い込み、肉を抉っている。
それにも構わず、必死に馬車を引っ張って飛び、もがくように羽ばたく2体。
車輪が轟音を上げ、土埃を舞い上げている。
啞然とするキリエとラーラマリアの横で、スイッ、と日輪刀を後方に構える杏寿郎。
杏寿郎「(深い声色で)炎の呼吸・・・壱の型・・・」
途端。
ボウン!と彼の足元の空気が弾け、熱気が湧き上がり、陽炎のように揺らめく。
それが杏寿郎を中心に立ち昇り、火の粉が渦を巻いて上昇し始める。
杏寿郎「(弾けるような声で)不知火!」
渾身の力で、杏寿郎が地面を蹴る。
瞬きの間に、一本の炎が街の通りの土場を、一直線に駆ける。
ボボボボボボッッ!と、火薬が連鎖で爆ぜるように、延伸。
杏寿郎が移動した軌跡を、そのまま地面に穿っていく。
前方から、猛烈な速度で突っ込んでくるムルシェラゴと幌馬車。
街に入口付近で、双方が正面から合する。
ゾウン!と、杏寿郎の日輪刀が、袈裟懸けに宙を裂く。
刃が赫く煌き、大量の炎が斬撃と共に溢れ出る。
裂空音と同時に、1体のムルシェラゴの頸が、胴体と分離されて後方へとすっ飛ぶ。
斬られた骸が、車輪に巻き込まれて、体液を噴出させて砕かれる。
残る1体がバランスを崩しながら、尚も幌馬車を引っ張って突進していく。
身体を起こす杏寿郎を残し、一息で街の中央広場へと。
キリエとラーラマリア、ジャキッ、と銃を構える。
捨て身の特攻のように、ギョオアッ!と声を挙げて吶喊してくるムルシェラゴ。
同時に、ふたりの銃が、ヴォゾーンッ!と火を噴く。
ドゴボッ!と、異形の眉間と鼻柱が凹み、後頭部から脳漿を炸裂させる。
突撃の勢いのまま、空中を錐揉みとなって、こちらに飛んでくる骸。
バッ!と素早い反射速度で、左右に跳ねるキリエとラーラマリア。
その中央、異形の屍が墜落し、ドズズズズァーッ・・・と地面を擦る。
牽引されていた幌馬車、慣性の法則通り、突進。
ドガン!と、ムルシェラゴの遺体を乗り越え、ガタンガタン!と上下に激しく振動。
突如。
ブワッ!と、馬車の真横に炎が上がり、杏寿郎が姿を現す。
間髪入れず、水平に振り抜かれる日輪刀。
バズウッ!と、馬車の幌の部分が真横に切断される。
直後。
ドォーンンン!!!と、大音量の爆音が発生。
幌馬車が、跡形もなく爆破される。
思わず身体を屈めたキリエとラーラマリアのすぐ横に、杏寿郎が立っている。
既に彼は、日輪刀を正眼に構え、馬車の残骸に身体を向けている。
杏寿郎「(キッ、と鋭利な目付きで)馬車から鬼の気配がした! 2体だ!」
即座に、チャキッ、と銃口を掲げるキリエとラーラマリア。
3人が並んで、破壊された馬車を睨む。
中央にキリエ、右側にラーラマリア、左側に杏寿郎。
少しの、間を置き。
黒焦げに燻っている幌馬車の向こう、煙を通して、ふたつの影が可視され始める。
煙幕が段々と薄まっていく中、姿形が月光に浮かび上がる。
1体は、黒い修道服、細長い体躯、盛り上げて後方に流した髪に、長い揉み上げ。
1体は、フルプレートアーマーの巨漢、肩に推進装置のような装備を載せている。
2体とも、両の瞳が赤黒色、眼球も濁っている。
口元から、ズラリ、と上下に並んだ牙が見え隠れしている。
どちらの唇の端にも、今しがた付着したと思しき血糊。
血肉を食したような様相。
これ以上ないほど歪な嗤いで、口角を引き上げている。
そのふたつの顔を確認して、衝撃を受けたように息を飲むラーラマリア。
ラーラマリア「(目を丸く見開き)・・・何で・・・何でお前らが!?」
キリエ、刺すような目線を、残骸の向こうに放る。
キリエ「(重い声色で)生きていたのね・・・いえ、黒衣の者が蘇えらせたの? シャガール・・・ドガ・・・」