燻煙が夜風に流れ、四散していく。
完全に3人の眼前に姿を見せた、シャガールとドガ。
よく見ると、ふたりの身体の端々に、赤褐色の触手が蠢いているのが判る。
残骸を挟んで、距離8ヤードほどで対峙する3人と2体。
シャガールが鼻を鳴らし、揉み上げを揺らし見下すように顎を上げる。
シャガール「(愉悦の吐息)ムふうううぅん・・・さあて、どうだろうかなぁ・・・」
ドガ「(愉悦の吐息)ブフフフゥ・・・我たちを殺せたと思ったのが大間違いだ・・・」
ドガが、豊満な頬肉を震わせながら唇を鳴らす。
杏寿郎、シャガールとドガを捕捉したまま、チラ、とキリエとラーラマリアを見る。
杏寿郎「知っているのか?」
ラーラマリア「(コクン、と頷き)ああ、元防疫修道会七会士、鋼腕のシャガールと轟輪のドガ・・・ふたりとも吸血鬼浄滅のエキスパートだったが、黒衣の者の下僕と成り果てて、最後はアタシと薬読のアンナロッテで浄滅させた筈・・・なのに・・・(キッ、とシャガールとドガを睨み)いくら何でもここまで再生出来る訳がない! ソリアで徹底的に朽ちさせた! アタシとアンナロッテであれだけ攻撃喰らわせて! 五体焼き尽くしてバラバラにしただろう!?」
ラーラマリア、左腕で銃を掲げたまま、右手を、バッ、と大きく広げる。
そして納得いかないとばかりに、右掌を痛いほど握り締めて拳にする。
ドガ、やれやれ、と言いたげに頭を振り、小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
ドガ「黒衣の者の肉体を、舐めてたようだなぁ」
シャガール「(ニヤ、と歪に嗤い)お前らが温い認識しかないのだよ。頭と頸が僅かでも繋がって、黒衣の者の肉片が少しでも残っている限り、触手を伸ばして無制限に身体は再生出来るのだ。まあ確かに、ここまで身体を戻すのに時間は掛かったがな」
ドガ「(ブフ、と歪に嗤い)人を喰らって血を吸えば、いくらでも復活出来る!」
シャガール「まったくだ。今回もかなり人を喰った。(頭を左右に振り、鼻息をつき)いやあ、実に素晴しい。吸血鬼の身体は無制限に力が湧く」
キリエ「(鋭い目線で)黒衣の者が、あなたたちの近くにいたのね?」
突然の発言。
シャガールとドガの頬が、ヒク、と一度動く。
キリエの向ける銃口が、尋問をしているかのように、月光に煌く。
キリエ「であれば、異常な再生能力も説明がつく。あいつの身体の一部なら、あいつの影響を受けて当たり前・・・」
シャガール「(不遜な口調で)それを私が答えるとでも思うのか?」
キリエ「別に答える必要はないわ。すぐに殺してあげるから」
ラーラマリア「(ずい、と一歩前に出て)殺す前に、アタシの質問に答えな」
銃から放たれる圧力と同等の気迫で、ラーラマリアが尖った視線を据える。
ラーラマリア「再生はともかく、納得いかないコトがある。どうやって西部からここ北米まで移動したんだ? 吸血鬼にとって太陽は天敵。夜だけの移動にせよ、昼もずっと隠れられるとは考えにくい。それに、余りにも多いムルシェラゴをどうやってこの街まで連れてきた? 奴らも吸血鬼だ。太陽の下を飛び回れる筈がない」
ムふぅ、と臭気を帯びた息を吐き、厭らしい目付きでラーラマリアを見るシャガール。
シャガール「やぁれやれ、これから喰われるお前らに答える義理はないのだがな・・・(ふん、と短く息を吐き)まあいい、冥途の土産とやらで教えてやろう。私らが街に入って来た時乗っていたのは何だったかな?」
ラーラマリア「(ピク、と眼の端が動き)・・・幌馬車・・・」
シャガール「吸血鬼は人間の血肉を喰らう。だがムルシェラゴは吸血鬼ではあるが、蝙蝠のように牛や馬の血肉でも事足りる。そういう“餌”が群れを成して移動すれば、奴らのような下等吸血鬼を導くのは容易いことよ」
はっ、と何かが閃くラーラマリア。
ゆっくりと丸く開かれていく、彼女の両の目。
【イメージ映像】
テキサスの大平原。
その広大な大地を、何千頭というテキサスロングホーンが、群れとなって駆けていく。
群れの後方と左右に、馬を駆って誘導しているカウボーイたち。
更に続く幌馬車隊。
赤土の荒野に、凄まじい物量の蹄の音。
朦々と、土煙が帯となって、延々と地平の彼方から続く。
【イメージ映像終了】
ラーラマリア「(ゴク、と唾を飲み)・・・『ロング=ドライブ』か・・・」
ドガ「(下衆の嗤いで)ブヒャハハハ! ご名答!」
シャガール「(鼻で嗤い)ふぅん・・・よく判ったこと。アレはいい隠れ蓑だった。幌馬車に隠れれば体力も温存出来たし、カウボーイや移動先の先住民族を喰らい、テキサスからカンザス、ネブラスカ、そしてここネバダまで来たのだよ」
ラーラマリア「目的は何だ? アタシたちを抹殺する為に来たにしては大袈裟過ぎる」
キリエ「(言い切る口調で)黒衣の者を追ってきたのよ、こいつら」
再度の、キリエの発言。
苛立たし気すら感じる、鋭利な空気を醸している。
もう一度、ピク、と頬肉をひくつかせる、シャガールとドガ。
キリエ「ムルシェラゴは黒衣の者の下僕、あいつに媚びへつらう異形の吸血鬼・・・それこそ大元は蝙蝠だったかも知れない生き物が、吸血鬼化して変異した存在・・・黒衣の者から離れた場所で生息は出来ないと思う。(冷めた目線で)ムルシェラゴもシャガールもドガも、黒衣の者に胡麻を擦ろうと、常に追ってるのよ。そうでしょ?」
ドガ「(立腹して)我をムルシェラゴ如き下僕と同等にするなぁ!」
シャガール「(不快そうに)私は黒衣の者に直接肉体の一部を埋め込まれた、選ばれし存在!」
キリエ「(呆れたように)選民意識を持ってる分、あなたたちの方がもっと質が悪いわね」
明らかな嫌悪感を隠さないキリエ。
これ以上言葉すら交わしたくない様子で、相手に凍て付く視線を投げる。
同等の冷酷さが、彼女の向ける銃身から漂う。
シャガールとドガ、腹立たしさを顔全体に滲ませ、唇を、プルプル、と震えさせる。
僅かの、後。
フゥーン・・・と、長い、大変長い溜め息をつくシャガール。
シャガール「まあ、まあいい・・・(一度大きく息を吸い、嘲る口調で)流石は黒衣の者の娘、言うことが違う。お前はそれだけ素晴らしい血をひいておきながら、今も人の血肉を喰わずに我慢しているのか? ええ?」
今度は、キリエの眼の端が、ぴく、と跳ねる。
シャガール、してやったり、と言いたげに表情を崩し、歪に口角を引き上げる。
ドガ、優位を得たとばかりに、牙を、ズラリ、と露出させて嗤う。
ドガ「(嘲笑)ブフフフ・・・キリエぇ、血肉は美味いぞぉ・・・娘であるお前が知らない筈はないだろぉ?」
シャガール「(陶酔した声質で)ムふぅぅん・・・あの甘美さ、滴る生き血の芳醇さ、吸血鬼にしか判らない最高の官能であるというのに! (見下す目線でキリエを見て)まったく愚かよなぁ! 人の血を吸い肉を喰らえば無制限の力が湧くのは、お前も知っておろう!」
ドガ「まったくだキリエ! お前は大バカだ! それでも黒衣の者の血をひく“姫君”か? (歪んだ嗤い)ブハハハハ!!!」
卑下の空気を放つ、2体の爆笑。
キリエ、ギリイッ・・・と、割れんばかりに奥歯を噛む。
両瞼を痛いほど固く閉じ、これ以上ないほどの悔悟さを纏う。
どうしようもない、反論出来ない理屈が、彼女の裡に嫌というほど満ちる。
口惜し過ぎる現実に、全身を震わせて立ち尽くすキリエ。
ラーラマリア、キリエの横顔に視線を繋ぎ、切なそうな表情を浮かべる。
突然。
杏寿郎「(一喝)嗤うな!!!」
ズンッ!!!と、炸裂する空気。
杏寿郎の、轟音の一声。
日輪刀を正眼に構えたまま、気迫で宙を震撼させる。
彼以外の全員が、一斉に目線を集中させる。
冷や水を浴びたように、嗤いを止めて顔を歪めるシャガールとドガ。
ドガ「(不快そうに)ああ?」
杏寿郎「(キッ、と睨み)この少女を嗤うなと言っている!」
ドガ、明確な不満を両眼に込め、杏寿郎を見遣る。
杏寿郎「この少女が、傷を負い、血を流しながら闘い、街の人々を護るのを見てきた! 人の為に鬼と闘う者を、誰が何と言おうと俺は認める! そして信じる!」
杏寿郎の横顔に繋がるキリエの眼差しが、ゆっくりと緩む。
杏寿郎の発言に、微かな笑みがラーラマリアの口元に湛えられる。
杏寿郎の断言が、シャガールとドガを一層不機嫌な表情とさせる。
杏寿郎「(重厚な声で)この少女が・・・キリエが、この国を脅かす鬼の始祖の娘で、血をひいていることは聞いている・・・それ故に、血肉に対する“渇き”や“飢え”を覚えることも、俺は眼前で見たことがある・・・(一転して大声)だが! それに耐え! 尚且つ! 人々を護る為に命懸けで鬼に銃を向ける! キリエは気高き心の持ち主だ!」
喉の奥に、熱いものが込み上げるキリエ。
自分を全面的に認識し、肯定してくれる言葉の数々。
両眼の端が、涙腺が緩む。
涙は流れないが、今にも泣きそうな表情になる。
ラーラマリア、杏寿郎の発言のひとつひとつに頷き、優しい眼差しをキリエに送る。
一方のシャガールとドガ、気分を害した顔付き。
しかし気圧された雰囲気で、無言で杏寿郎を睨み付けている。
杏寿郎、ギラ、と眼光を一際鋭く放つ。
杏寿郎「(重圧を込めた声)お前たちは、元は『きゅうけつき』を滅する立場だったそうだな・・・」
シャガール「それが、どうかしたか?」
杏寿郎「人を喰らうことに躊躇いはないのか?」
ドガ「あんな美味いモノ、食わずに我慢する方がどうかしてる!」
途端。
くわあっ!と、大きく見開かれる杏寿郎の両眼。
ズドンッ!!!と、先程以上の爆音が、足下より突き上げる。
彼の足元に、円を成して紅の炎が発生。
杏寿郎の周囲の地面から、多量の火の粉が噴き上がり、陽炎を伴って急上昇する。
全員の視界の前で、憤怒の表情の杏寿郎。
闘気が、圧が、彼を中心に半球体状に拡散する。
杏寿郎「(怒声)気高き者を嗤う悪鬼! 最早問答は無用!」
ビリビリビリビリ・・・と、広場全域の空気が震動。
シャガールとドガの体躯表面に、つう・・・と冷や汗が伝う。
破壊の神と見紛うばかりの、杏寿郎の立ち姿。
杏寿郎「罪なき人々に牙を剝く鬼を滅することが! 俺の責務! よって!」
杏寿郎、ジャギッ!と、日輪刀を八双に構え直す。
呼応して、ブワアッ・・・と火の粉と熱風が、彼の足元から噴出する。
下からの逆光に浮かび上がる、杏寿郎の顔。
それは、烈火を纏った不動明王の如し。
杏寿郎「(凄まじい大発声)この煉獄の赫き炎刀で! お前たちを骨まで焼き尽くす!!!」
空間が、激震。
あまりの迫力に、言語を絶するキリエとラーラマリア。
シャガール、気圧されたように、右足を一歩引く。
ドガ、威圧に耐えながら、ブルッ、と一回身体を震わせ、ギリギリ・・・と歯牙を軋ませる。
そして、何かを振り払うように、ズン、と左足を踏み付ける。
ドガ「(怒声)やれるものならやってみろぉ!!!」