3人が、据えた視線を前方に固定する。
ひと時の、静寂。
満月の蒼白色に照らされた路上と、鉱山施設の陰との、コントラスト。
長い、沈黙。
尚も、間。
緩やかな夜風に、眼前の煙幕が掻き消されていく。
2体が蜂の巣にされた筈の、位置。
20数ヤード先の、坂道の上部付近。
同時に、3人が息を飲んで目を見開く。
大きな塊が、ある。
直径2ヤードにもなる、赤褐色の球体。
表面に、ウジュルウジュルウジュル・・・と、触手が蠢く。
まるで巨大な蚯蚓を無数に貼り付けたような、生理的嫌悪をもたらす物体。
全体の詳細が、月光に浮かび上がる。
中央に、ドガの着用していた甲冑。
それを覆いつつ、上下左右前後に、膨大な本数の触手が伸びて絡み合っている。
鎧上部には、ドガとシャガールの頭部が並んで存在する。
ラーラマリア「(眉を顰め、憎々し気に)こんな展開を、前も見たっけな・・・」
その物体は、尚も変化する。
背後から、ブワアアッ・・・と蝙蝠のような羽根を大きく展開させる。
両脇から、4本の金属腕が、触手を巻き付けつつ出現。
更に身体全体の肉が、ズモッ、モッ、ズモッ、モッ・・・と盛り上がって膨れる。
シャガールとドガが装備していた武器や防具が、段々と表面に出てくる。
シャガールとドガの部位が、融け合ったように、左右体側と下方に競り出す。
2体の身体を一度溶解させ、再構築していく様相。
今も尚、それは姿形を拡幅させていく。
既に、高さが3ヤードを超えている。
キリエ、冷静に変化を凝視する。
ラーラマリア、奥歯を噛み、鋭利な目で睨む。
杏寿郎、両眼を見開き、鷹のような眼光を飛ばす。
杏寿郎「合体して巨大化出来るとは! よもや!」
ラーラマリア「(嫌悪感を顔に浮かべ)ソリアでもそうだった・・・最終形態があん時とそっくりかよ・・・いや、あん時よりデカいし、しかもまだ巨大化してやがる・・・(杏寿郎を見て)あんなに図体がデカいと、頸まで斬るのは難しいかい?」
杏寿郎「確かに直接は届かない! 高所を利用して頸を狙う!」
キリエ、少し目を伏せ、記憶を呼び起こす。
【回想シーン】
ムルシェラゴの頸を刎ねる杏寿郎。
空に描かれる、炎の軌跡。
切断面から炎が上り、火の粉を散らして崩れていくムルシェラゴ。
入れ替わりに、広場で見た、燃えていた自分の血。
勢いよく立ち昇る、赫紫色の炎。
【回想シーン修了】
軽く瞼を閉じ、素早く思考を巡らすキリエ。
キリエ《燃える血・・・炎・・・もし出来るなら・・・》
突然。
キリエの裡で、散らばっていたいくつかの点が、瞬間で結合する。
瞼を大きく開き、前方の、変貌し続ける異形の肉塊に視線を射る。
キリエ「(力強い声で)私なら、届く」
ハッ、と不意を突かれたような顔で、ラーラマリアがキリエを凝視する。
杏寿郎、身体は刀を構えて坂の上を向いたまま、視線をキリエに返す。
ラーラマリア「ちょっと待てよ。確かにキリエの身軽さなら奴らの頸まで行けるかも知れないケド、キリエじゃ煉獄さんのカタナは使えないだろ?」
キリエ「カタナは、ね。だからラーラマリア・・・借りたい武器があるの」
真っ直ぐにラーラマリアを見詰め、哀願するような色を瞳に醸すキリエ。
それを目の当たりにして、思わず息を飲むラーラマリア。
次に、キリエの視界が杏寿郎を捉える。
堅固な、揺らぎのない視線の彼女。
キリエ「(芯の通った声で)あなたの炎も、一瞬だけど借りるわ・・・上手くいくかどうか分からないけど、やってみたいことがあるの」
杏寿郎「(大きく首を縦に振り)うむ! 使ってくれ!」
口角を上げ、納得した表情の杏寿郎。
対してラーラマリア、微かに不安気な顔で、キリエに目線を注ぐ。
くる、と再度ラーラマリアを振り向くキリエ。
ふたりの眼差しが、宙で絡む。
キリエ「私と彼で連携してみる。ラーラマリアは街の人たちの近くにいてあげて。別の吸血鬼やムルシェラゴが襲ってくるかも知れない。そして・・・(切な気に)私が戻って来なかったら、みんなを逃がして。お願い」
今まで聞いたことがない、覚悟と祈願の混合した、声。
ラーラマリア、自分の不安が的中したように、ぐぅ、と喉を鳴らす。
眼前のキリエの、凛として、折れることのない気。
曲がることはなく、曲げることは出来ない、意志。
僅かの、後。
観念したように、肩を大きく上下させ、はあ、と深い溜め息を吐くラーラマリア
ラーラマリア「(目を細め)判ったよ、相棒」
杏寿郎「ならばここで終わらせる! 俺の最大の奥義を出す! キリエ! 君も気合を入れろ!」
キリエ「そういうのは得意じゃないけど、やるだけやってみるわ」
ラーラマリア「それで・・・アタシの何を借りて、奴らをどう斃すつもりなんだ?」
キリエ、一度、きゅっ、と強く唇を結ぶ。