★ 鉱山地区・坂道の上部
月明かりに、朧気に映える風景。
アントラーピークの山肌が、ゴツゴツとした小さな岩山で構成されている。
岩山の横を掠めるようにトロッコの線路が敷設され、奥の方に鉱山施設の入口がある。
街からの坂の、頂上付近。
すぐ後ろに鉱山の切り立った断崖がそびえる、その場所。
シャガールとドガの合体形態が、完成している。
身長は4ヤードほど、幅員は3ヤードほど。
頭部は、向かって左にドガの顔、右にシャガールの顔。
眼球は赤黒に染まり、顔面に血管が浮き出て、皮膚も浅黒く変色。
牙が剥き出されて開いた口から、大量の涎。
胴体にはドガの甲冑、左右の太い腕はドガの肩当てと籠手。
更に体側から、ドリルを備えたシャガールの鋼腕が、左右に2本ずつ長く突起している。
腰の部分の左右に、ドガの肩にあった推進装置が装備されている。
その下の極太の脚には、ドガの鎧と鉄靴。
それらすべてからはみ出して、赤褐色の触手が体表面を這いずり回っている。
背中に広げた、全長6ヤードを超える蝙蝠に似た羽根。
ふたりの元の肉体を併せて、倍にした以上の質量。
ウジュルウジュルウジュル・・・と、不気味な音を立てて蠢く触手。
オオオオ―――ォォンン・・・と、禍々しい唸りも発せられている。
最早、人外、異形以外の何者でもない。
シャガールとドガ、醜く歪んだ怒りの表情。
シャガール[合体形態]「(激怒)ぬがあああッ! 許さぬゥ!」
ドガ[合体形態]「(激怒)皆殺しにして喰い尽くしてやるッ!」
そこより20数ヤード坂を下った、地点。
キリエと杏寿郎が、並んで立っている。
ふたりの、きりっ、とした勇ましい表情。
キリエ、傘を両手で握り締めている。しかし銃身には、弾倉が入っていない。
腰のベルトにも、一丁の銃、一発の弾丸すらない。
ただひとつ、ラーラマリアから借用した『武器』が、ホルスター内に隠れている様子。
杏寿郎、日輪刀を下段に構え、キリエに視線を送る。
杏寿郎「準備は良いか?」
キリエ「(こく、と頷き)ええ。あなたの技もひっくるめて、全部決めてみせるわ」
杏寿郎「(ふっ、と笑い)その意気だ!」
前方、坂の頂上にそそり立つ、シャガールとドガの合体形態。
それを睨み、刀を脇構えに直し、グッ、と身体を捻った体勢になる杏寿郎。
日輪刀を背後に大きく振り被り、背中を異形に向けて、腰を落とす。
両足を踏ん張り、全身の力を足下に込める。
キリエ、杏寿郎から数ヤードほど後方に下がる。
その位置で身体を丸めるように屈め、左膝を着いて、右脚は立ち膝。
傘を握って胸の前で掲げ、左足を後方に引き、腰を浮かせる。
その状態で、ぐっ、と双方の脚に力を溜める。
短距離走者のクラウチングスタートのような、体勢。
杏寿郎「(深い、重圧のある声)炎の呼吸・・・」
一瞬。
時が停止したような、沈黙。
杏寿郎、くわあっ!と両眼を爛々と見開く。
杏寿郎「(凛とした声)奥義!」
ドォ―――――ンンッッ!と、真下から突き上げる、地鳴り。
ズズズズズズ・・・と、同時に湧き上がる、震動。
杏寿郎を中心とした直径5ヤードほどの地面が、朱色に発光する。
山吹色と紅色と、白銀色の混じった凄まじい陽炎が、ブワアアッ!と噴出。
それは半球型に拡大し、猛烈な揺らぎを伴ったまま滞留する。
杏寿郎の全身からも、オーラの如く立ち昇る。
キリエ、杏寿郎の姿と、延長線上に塞がる巨大な異形をしっかり見据えている。
対して。
シャガールとドガの合体、両腰の推進装置に、ボボッ!と点火。
間髪入れず、ゴボォォンン!と、火力を一気に最大まで上げ、急発進。
巨躯を支える足下の轟輪が、ゴリゴリゴリゴリッ!と地面を削り、前方へ。
坂道を、怒涛となって下り始める。
さながら、大岩が滑落して襲い掛かる様相。
ドドドドドドドド・・・と轟く、巨大な物体の移動音。
しかし、眼下の杏寿郎とキリエ、まったく怯む様子はない。
刹那の、後。
杏寿郎「(凄まじい大発声)玖の型! 煉獄!!!」
杏寿郎、渾身の力で地面を蹴る。
ボォォォォ―――――ンンッッ!!!と、大火球が発生。
全身に焔を纏い、杏寿郎が突進していく。
瞬きの間に、爆音を放ち、空を叩き割り、劫火となり。
隕石が坂を駆け上がるように、見たことのない凄まじい炎の筒を後に引き。
まるで、彗星。
そしてそれは、真紅の龍の姿に変化する。
龍の形の炎はそのまま、合体形態の異形に突っ込んでいく。
シャガールとドガ、坂を下りながら、更に加速。
遂に。
双方が、衝突。
杏寿郎、全身全霊を日輪刀に込め、後方から振り抜く。
刃が、巨躯の鎧の胴体に、激突する。
ガギイイイイィィィィンン!と、鳴り響く金属の接触音。
甲冑の腹部に水平に刀が当たり、そこで双方の動きが停止。
炎と熱風が、日輪刀から猛烈な勢いで噴き出す。
異形の全身から、おどろおどろしい妖気が後方に流れ尾を引いている。
奥義の力と、推進装置の燃焼が、拮抗。
擦れる金属同志が、ギギギギギギギギギギ・・・と軋む。
ズ・・・ズズ・・・と、少しずつ押される合体形態。
体躯質量が4分の1にも満たない杏寿郎に、後退させられている。
ドガ[合体形態]「(踏ん張って)ぶぬううううッッ! 押し返してやるッ!」
ボボボオオオッ!と、更に燃焼を高める、異形の腰に装備されたアフターバーナー。
通常であれば、轢き潰して肉片にしているほどの加圧。
だが、杏寿郎はびくともしない。
凄まじい眼圧で睨み、口を真一文字にしている。
そして、ズン!・・・と、彼の足下から、突き上げるような地響き。
炎と熱が、噴き上がる。
杏寿郎「(轟く大声で)うおおおおおおおおっっっ!!!」
気合一閃。
杏寿郎、全身から気迫を炸裂させる。
途端。
バギャ―――ン!と、巨体の腰の推進装置本体が、膨れ上がって破裂。
ボフウウウゥゥンン!と、機器が木っ端微塵になって四散する。
オーバーヒートの挙句、爆裂した模様。
驚愕の余り、あんぐり、と口をだらしなく開いた、シャガールとドガの顔。
とうとう、均衡は崩壊。
杏寿郎の奥義が、すべての能力を遺憾なく発揮する。
日輪刀が、爆ぜる。
一気に、渾身の力で振り抜かれる。
巨躯の全体が烈火に包まれ、ズドオオオオォォォォンンンッッ!!!と、吹っ飛ばされる。
空間が猛烈な熱で歪み、赤土が抉れ、砂塵を舞い上げて巻き込む。
そして。
ドゴオ――――ンンッッ!!!と、坂道を昇り切った奥、断崖に叩き付けられる合体形態。
衝撃で、シャガールとドガの顔が、潰れるように変形する。
同時に、それまで付随してきたすべての炎が、一瞬で巨体に吸い込まれる。
直後。
ボボボオオオォォォンン!!!と、炎の竜巻が、発現。
合体形態を内側に包したまま、猛烈な炎の渦を夜空目掛けて立ち昇らせる。
天の頂に届かんばかりに延伸し、とぐろを巻く竜巻。
ゴオオオオオオオォォォ・・・と、可燃出来る気体を飲み込みながら。
一方。
奥義を決めた杏寿郎、日輪刀を振り切ったままの体勢で動かない。
左脚を後方にし、右足を大きく踏み出したような姿勢。
背中が、45度ほどの傾斜を成す。
目の前で立ち昇る竜巻までの空間距離、10数ヤード。
杏寿郎、真剣な表情。
杏寿郎「来い! キリエ!」
ずっと後方で、先程の構えで待機しているキリエ。
バッ、と顔を上げ、ギンッ!と前方に鋭利な目線を飛ばす。
キリエの両の瞳が、血よりも赫く輝く。
傘を持つ手に、ぎゅっ、と力を込め、地面を踏む両足に全神経を集中させる。
僅かの、後。
ドンッ!という炸裂音と共に、キリエの姿が消える。
漆黒の影が、杏寿郎目掛けて駆ける。
それは、疾風迅雷の如く。
赫の瞳が、2本の透過の光を闇に描く。
瞬きの内に、杏寿郎の背中を駆け上がるキリエ。
右足で、タアァ―――ンン!と、杏寿郎の右肩を蹴る。
キリエが、跳ねる。
爆発したような疾駆を見事に跳躍に乗せ、宙を舞う。
高さ、約6ヤード。
黒衣の聖女が、飛翔していく。
杏寿郎、真っ直ぐにその姿を見ている。
キリエの眼前に、炎の壁が一気に迫ってくる。
身体を丸めるように四肢を縮め、すっ、と傘を掲げるキリエ。