★ 孤児院(教会)・隣接した場所にある墓地
漆黒の闇の中。教会の灯りが微かに届くところ。
平たい小振りな岩板で、申し訳程度に囲まれた、簡素な墓所。
十数本の、杭で十字架の形に組まれた墓標が立ち並ぶ。
その一基の前で地面に膝を着き、項垂れて前屈みに座っているキリエ。
両の瞼は固く閉じられ、肩が震えている。
そこに。
ザッ・・・ザッ・・・と、ブーツの踵が地を蹴る音が接近。
教会の方向から、ランタンを右手に掲げ、左腕に大鎌を下げて持ったデスの姿。
灯が、墓所全体を明るく浮かび上がらせる。
キリエ、薄く目を開ける。
後方からの灯りは、自分の影を墓標に投影させている。
ザッ・・・と、デスがキリエの真後ろで足を停める。
デス「誰の墓だ?」
キリエ「(俯いたまま)セシリア母さんと、ロイと、ジョンと、トムと・・・みんなの・・・」
顔も上げず、キリエが振り絞るように呟く。
キリエ「私がここに来た所為で・・・殺された・・・『黒衣の者』の血を引く私が関わった所為で・・・(ぎり、と歯噛みをして)私が早く立ち去っていれば、みんな死なずに済んだ。私のことを友達だって言ってくれた人は、みんな死んでいくの・・・」
デス「そうか」
すっ、と振り向くキリエ。
これ以上ないほど眉間に皺を寄せ、眦を細める。
少しの、間。
キリエの表情は、今ひとつ不服そうな、また意外さを覚えたような、複雑なもの。
キリエ「あっさり返事するのね」
デス「(キリエに視線を繫げ)あたしは病も何も関係なく、否応なしに死をもたらすからな。存在自体が死に直結している。だから、あたしに関わる者は全員必ず死ぬ。あたしの手によってな」
キリエ「ちょっと信じられないけど、あなたは本当の『死神』なの?」
デス「そう言ってるだろ? あたしの存在が、マジカルランドに生きる全員ひとりひとりの命に関わっている」
キリエ「あなたの旦那さん・・・エロファント、って名前だったかしら。(籠った口調で)彼の魂も、いずれ?」
デス「(頷いて)ああ、いずれ、送る」
キリエ、微かに、同情のような顔色を浮かべる。
デス、それまで持っていたランタンを地面に置き、再度キリエに向き直る。
キリエ「つらいわね・・・」
デス「その瞬間を思うと、な。しかし・・・(ふっ、と微笑んで)そこから先は、そうでもなくなった」
キリエ「(眉を顰め)どういう意味?」
デス「あたしは元々、不死身だったんだ。何をやっても死ぬことが出来ない身体だった。だから、ハイエロファントがいない世界を生きることを望まないことにした。細かく説明すると長くなるから割愛するが・・・(穏やかな表情で)ハイエロファントを送った瞬間、あたしも死ぬことになっている」
途端。
思い切り両目を見開いて、デスに目線を固定するキリエ。
唇が僅かに開き、驚きを隠そうとしない。
キリエ「(茫然として)嘘・・・」
キリエ、くる、と身体を返しながら立ち上がり、デスに正面を向ける。
静かな微笑みを湛えているデス。
ランタンの橙色が、ふたりを闇夜の浮かび上がらせている。
尚も、唖然とした顔のキリエ。
キリエ「・・・いいの? それで」
デス「当たり前だ。ハイエロファントのいない世界を一分一秒と過ごすことなく、共に逝けるんだ。こんな多幸は、他にない」
キリエの両眼が、再び見開かれる。
まるで何かの真理を目の当たりにしたかの如く、煌く。
正対したまま、眼差しを交わし合う、ふたり。
そのまま、暫く。
暫く。
幾許かの間を、置き。
キリエ「(目を細め)そこまで思えるなんて、羨ましい・・・」
極めて透明な、声色。
一度俯き、しっかりと瞼を閉じ、それから顔を上げてデスを見詰め返すキリエ。
キリエ「私は、不死身じゃないけれど・・・簡単には死なない身体。銀とか、十字架とか、太陽の光とか、苦手な物はいっぱいあるけど、銃で身体を撃たれても生きている。でも痛みはあるから、質が悪い。私を殺す手段は、銀で作られた『浄銀弾』という銃弾で撃つこと・・・脳や心臓を確実に破壊されても、恐らく死ぬ」
デス「なるほどな・・・ほぼ不死身、という訳だ」
余り驚いた様子のないデス。
少し小首を傾げ、キリエに目線を固定している。
デス「『浄銀弾』とやらがあれば、お前は死ぬことが出来る。つまり、終わりがある、ということだな?」
キリエ「(怪訝そうに)・・・そうだけど?」
デス「なら良いだろ? 何をやっても死なないより、ずっと気が楽だ」
キリエ「(驚いた表情の後、少し微笑んで)・・・そういう考え方・・・面白いわね」
デス「(ふっ、と笑みを浮かべ)ああ、悪くない思考だと思っている」
落ち着いた色合いを醸し出している、キリエの瞳。
短く息を継ぎ、デスの紅い両眼に視線を注ぐ。
キリエ「話は変わるけど・・・あなたの旦那さん、私が知ってる人に、ちょっと似ている」
デス「誰だ?」
キリエ「エミリオ、っていうの。狂血病の療養所にいた、男の子」
デス「(少し考えて)今はどうしてる?」
キリエ「今はいない・・・(目を伏せ)私が殺したの」
ぐっ、と奥歯を噛み締め、両手を強く握り締めるキリエ。
そんな彼女から目を反らさず、普段と変わらぬ表情のデス。
デス「他に方法がなかったのだろ?」
あくまで自然な口調。
揺れた感じすらしない、デスの言葉。
キリエ、思わず、バッ、と顔を上げる。
キリエ「(疑念を含んだ声質)・・・何でそう言えるの? 細かいこと話してないのに」
デス「お前が好んで命を奪うようには思えない。それが理由だ」
直後。
正円に丸く見開かれる、キリエの両目。
彼女は息を止め、次の呼吸すら忘れたかのように、立ち竦んでいる。
そのまま、停止。
一度小さく息をつき、デスから目を離せずにいるキリエ。
暫くの、間。
キリエ、まるで泣きそうな顔になった後、自分の足元に視線を落とす。
キリエ「(唇を一度噛んで)何それ・・・(肩を震わせ)ウザい・・・」
デス、慈愛すら感じさせる眼差しを向けている。
デス「気を悪くしたか?」
キリエ「(首を左右に振って)ううん、違う。違うけど・・・何て言ったらいいか・・・」
次の言葉をすぐに繫げず、黙るキリエ。
表に出してはいないが、動揺を明確に覚えている様子。
デスは、そのまま待つ。
キリエ「(静かな口調で)そう言われたこと、なかったから・・・」
そう言った後、顔を緩やかな動作で上げるキリエ。
瞳に、清廉さが宿っている。
デス、穏やかに微笑みを返す。
ふたりの視線が宙で絡み、しっかりと結合している。
暫しの、後。
キリエ「ねぇ、デス。こんなこと言うと怒るかも知れないけど・・・(少し目を細め)あなたと私って、似ていると思うの」
デス「(意外そうに)あたしと? 死神のあたしと、か?」
キリエ「(頷いて)そう」
デス「・・・あまりそういう感覚は褒められたものではないが」
キリエ「どうして?」
デス「(はあ、と溜め息をつき)死神は忌み嫌われる者だ。怖れられ、疎ましく思われ、拒絶の対象でしかない。何もそこまで自分を貶めることはないだろ?」
キリエ「(緩やかに口角を上げ)だったら尚更似てる。私もそうだもの。吸血鬼だって知られた時に向けられる怯えた目、赫い眼を見られた時の敵意の目・・・(自嘲気味に)慣れてるつもりだけど、ね」
懐いたような表情と、共鳴したような口調で話すキリエ。
今度は、デスが戸惑ったような顔を向けている。
デス「死神と似ている、というのには賛同出来ない。出来ないが・・・(納得したような口調で)お前も、あたしとは別の『血塗られた運命』を背負っていることは、理解出来る」
キリエ「(柔らかい声質で)そう言ってくれるだけで、充分」
ふう、と息を吐き、地面に置いたランタンに手を伸ばすデス。
キリエ「あと、もうひとつ言わせて」
デス「(手を停め)何だ?」
キリエ「エロファントって・・・優しそうね。爽やかで素敵な人みたい」
ぴく、とデスのこめかみが跳ねる。
ランタンを右手に持って身体を起こし、キリエに目を向ける。
先程とは打って変わった、鋭利な視線のデス。
敵視するような眼だが、どう反応していいか困惑している雰囲気。
余りにも鮮やかな表情の変化に、可笑しさが込み上げてくるキリエ。
キリエ「(くすっ、と笑い)そんなに睨まないでよ。誰も取ろうなんて思わないわ」
デス、自分の心理を見透かされた様子で、両眼を丸く見開く。
見る見る彼女の頬が赤く染まっていくのが、ランタンの灯りに照らされている。
デス「(頬を染めた状態で、目線を外して)なら、いい・・・」
キリエ「(少し楽し気に)デスも、そんな顔するのね」
デス「(赤みが取れない顔で)・・・あまりからかうな・・・」
はああ、と肩を上下させて大きく溜め息を漏らすデス。
緩やかに頬の紅は取れ、幾分落ち着いた様子。
それからランタンを胸元に掲げて、くる、と踵を返す。
キリエ、流れるような足取りで、デスの隣に並ぶ。
デス、ふと、思い出したようにキリエに顔を向ける。
デス「キリエ、お前、血を飲むのだったな?」
キリエ「(頷いて)そうよ」
デス「(優し気な瞳で)あたしも飲むぞ」
キリエ「(驚いたように)ホント!? 吸血鬼じゃないのに?」
デス「ただ、あたしの場合は、茶と同じ『嗜好品』だ。飲むのは好みだが、飲まずともいられる。お前のように『生きる糧』ではない」
明瞭な口調で話すデスに、和やかそうな目線を返すキリエ。
はっきりと顔に表していないが、何気に嬉しそう。
キリエ「(デスに視線を繫げたまま)やっぱりデスと私、似てる」
デス「(キリエに視線を繫げたまま)違いを言ったつもりだったが、藪蛇だったやも知れない・・・まあ、いい」
ザッ・・・と足を踏み出して、教会へと歩みを進め始めるデス。
キリエも、彼女と肩を並べて、墓所を後にする。
ランタンの灯が遠ざかるのと入れ替わりに、漆黒が帳を下ろしていく。