【スローモーション】
キリエの刃が、完全に振り抜かれる。
シャガールの頸とドガの頸が、完全に切断されて、空に放り出される。
それは紫の炎塗れで、回転して宙を転がるように飛ぶ。
ふたつの頭部が、悲鳴を上げたような顔のまま。
刎ね飛ばされた勢いを保持した状態で、身体から離れて放物線を描く。
そして、炎の竜巻の渦の中に飛び込み、外へと消えていく。
残された合体形態の頸から下、切断面が赫紫色の炎を上げ、延焼。
それまで纏わり付いていた紅蓮の炎に、一気に飲み込まれ、前のめりに倒れていく。
二種類の業火に、舐めるように焼かれていく残体。
刃を振り切った体勢で、キリエが空間を舞い続けている。
彼女の全身の力は、抜け切っている。
両手を燃やしたまま、四肢を広げて、重力に任せている身体。
巨躯の残骸の頭部が存在しないことを確認して、静かに微笑むキリエ。
落下する半円軌道の延長線上に、炎の竜巻の内壁が、ある。
覚悟したように、両の瞼を閉じ、身を委ねる。
【スローモーション終了】
突然。
バアッ!と、炎を掻き分け、何かが飛び込んでくる。
それは、杏寿郎の羽織。
瞬間で、劫火に巻かれんとしたキリエの身体に覆い被さり、包む。
間一髪、炎が燃え移る寸前で防がれる。
くるっ、と羽織でキリエを巻き取った後、引き寄せて抱き留める杏寿郎。
しっかりと彼女を抱えて、地面を踏み締める。
その後、緩やかに、炎の竜巻が解れ、焔の帯を残して天高く上昇していく。
奥義で発生した紅蓮は、やがて空に還る。
杏寿郎、静かに屈み込み、羽織を広げる。
眠ったように目を閉じていたキリエ、ゆっくりと瞼を開く。
紫色の炎は、今はない。
両手が真っ黒になって燻り、全身至るところが煤けている。
杏寿郎、口を結んで具合を確認している様子。
キリエ、静かに両手を持ち上げ、胸の前で軽く擦り合わせる。
すると、ポロ・・・ポロ・・・と炭化した皮膚が剥がれ落ち、その下から露出した角質層。
既に薄紅色で、再生が済んでいる状態。
左掌の傷も塞がって、桃色の筋となって残るのみ。
目を見張る杏寿郎。
ふっ、と口角を僅かに上げ、目を細めるキリエ。
キリエ「夜だから、すぐに治るわ・・・(ちら、と空を見て)もうそろそろ明けそうだから、ギリギリだったけど」
杏寿郎の口元も、緩やかに上がる。
そして、悠然と大きく頷き、キリエを穏和な目で見詰める。
杏寿郎「(深い響きの声)よくやった。見事な一撃だった、キリエ」
そしてキリエを地面に座らせ、身体を起こし、羽織を纏う杏寿郎。
ゆっくりとした動作で、足を踏ん張って立ち上がるキリエ。
一瞬よろめきそうになるが、脚に力を込めて平衡を保つ。
直後。
タタタタタ・・・と、坂を駆け登る足音が聞こえてくる。
息を切らせて、一目散に奔ってくるラーラマリア。
坂道の頂上に達し、ふたりの姿を目にした瞬間、両眼を思い切り見開く。
ラーラマリア「(腹の底からの声)キリエ―――っ!!!」
振り向くキリエに、一直線に駆け寄り、そのまま両腕を広げ跳び込むラーラマリア。
がばあっ!と一息で抱き寄せ、ぎゅうっ・・・と腕に力を入れる。
瞬間で、頬が紅に染まるキリエ。
ラーラマリア、彼女の肩口に顔を押し当て、ぐうっ、と喉を鳴らす。
ラーラマリア「(湿った声で)よかった・・・戻って来れたんだな・・・」
キリエ「(少し嬉し気に)心配してくれたんだ・・・」
ラーラマリア「当然だろ」
傍らで腕組みをして、うんうん、と何度か首を上下に振る杏寿郎。
キリエから身体を離し、杏寿郎に目線を送るラーラマリア。
ラーラマリア「煉獄さんも無事か?」
杏寿郎「うむ! 問題ない!」
キリエ「街のみんなはどう? 他に吸血鬼は来てない?」
ラーラマリア「(大きく頷き)ああ、結果怪我人は出てるが、命に別状はない。ムルシェラゴや他の吸血鬼も今はいないし、狂血病の患者も発生してないさ」
キリエ、足元に落ちている、自分の使った小型鎌をしゃがんで拾い上げる。
ラーラマリア、左手を差し出して、にっ、と笑う。
血が付着して固まって黒焦げの刃を、彼女の掌に乗せるキリエ。
キリエ「助かったわ・・・(申し訳なさそうに)思い切り汚しちゃったけど・・・」
ラーラマリア「なぁに、メンテならお得意だから気にすんなって。(安堵の溜め息をつきながら)それにしても、まったく無茶するなぁ。自分の血を鎌に塗りたくって、煉獄さんの炎で燃やして、即興で“炎の刃”を作っちまうとは・・・でも、よく思い付いたな?」
キリエ「偶然、落ちた私の血に炎が引火しているのを見付けたの。私の血は燃えるんだ、って。(杏寿郎を見て)『オニ』の血は燃えるものなの?」
杏寿郎「実際に見たことはないが、竈門妹が使う血鬼術は、血を燃やすと聞いた!」
キリエ「(ふっ、と口角を上げ)その人と同じような血かも知れないわね、私」
示し合せたように、3人が同時に断崖の方を向く。
合体形態の巨躯が、紫色の炎で今も燃焼している。
既に再生もされず、頸の断面から炭化して崩落し続けている。
そこから離れた位置の地面に、シャガールとドガの頭部が、並んで鎮座。
頸の切断面が、チリチリチリ・・・と砂のように崩れ始めている。
3人が、そこに歩み寄る。
すぐ近くに立ち、ふたつの頭に視線を固定する。
シャガールとドガ、驚くくらい穏やかな表情。
白く澄んだ眼球が、夜空を見上げている。
シャガール「(憑き物が落ちたような目で)・・・私は・・・何をしてたのだ・・・?」
ドガ「(静かな口調で)黒衣の者と・・・闘って・・・それから・・・」
キリエとラーラマリア、少し驚いた顔になる。
杏寿郎、唇を真一文字に結んで見下ろしている。
ラーラマリア「黒衣の者の支配が、解けたのか」
シャガール「ああ・・・そうだった・・・意識が途絶える直前に・・・ヤツが肉体の一部を埋め込んで・・・」
思わず、両膝を地面に着け、覗き込むような姿勢になるキリエ。
頭部だけになった七会士ふたりの、安寧そうな目が向けられる。
ドガ「(掠れた声で)・・・キリエ・・・か・・・」
こくん、と頷くキリエ。
シャガールとドガ、同時に安堵したような笑みを口元に浮かべる。
ドガ「・・・よくぞ・・・我が頸を落とした・・・」
シャガール「これで・・・七会士として・・・死ぬことが出来る・・・感謝する・・・」
心底の謝意が、言葉から溢れている。
キリエ、真摯な視線を、揺るがすことなく注ぐ。
キリエ「黒衣の者は、私が殺す。そして狂血病をこの世界から滅ぼす・・・もうこれ以上、誰にも悲しい思いはさせたくないから」
シャガール「(満足そうに)・・・頼む・・・」
ドガ「(満足そうに)・・・任せた・・・」
光明を彼方に見付けたように、眼の端が緩むシャガールとドガ。
直後。
急速に崩壊が進む、ふたりの頭部。
遥か遠くを眺める視線で、天空を見遣るふたりの目。
ほとんど残っていない喉を鳴らし、声を出そうとする。
そして、微かな唄声が、シャガールとドガから発せられる。
シャガール「(段々と弱くなる声)♪聖・・・なる・・・かな・・・いく・・・さびと・・・の・・・あるじ・・・なる・・・神・・・よ・・・」
ドガ「(段々と小さくなる声)♪起て・・・よ・・・聞か・・・ずや・・・主の角・・・笛・・・」
シャガール/ドガ「「(微かな声)♪ひ・・・び・・・け・・・銃・・・鳴・・・」」
最後の、調和したコーラス。
それが空に流れ、夜陰の彼方へ拡散した、瞬間。
ザアアッッ・・・と、一気に崩れ落ちる、七会士2名の頭部。
砂のように崩落し、地面に撒き散らされる。
微粒子を巻き上げ、鉱山から吹き降ろす涼やかな風が、それを宙に舞い上げる。
一部始終を、ただ見詰めている3人。
静寂。
静寂。
ひゅうぅ・・・と、再び夜風が頬を撫で、足元を奔っていく。
切なげに、シャガールとドガが散った跡を見続けるキリエとラーラマリア。
ラーラマリア「今まで斃してきた吸血鬼は、こんな風に自我を取り戻した奴はいなかったな・・・」
ふと、遠くの東の山脈に目を向ける杏寿郎。
満月が西の山に隠れた、反対の方角。
天空の星々のどれより、煌々と輝く星を目にする。
地平より、仰角10数度の位置に、盛るような灯りを放ち。
杏寿郎、思わず息を飲み、目を見張る。
杏寿郎「(爽快な声質で)明け星か!」
彼の声に、思わず同じ方向に視界を移すキリエとラーラマリア。
ふたりの瞳にも映る、白銀の星。
ラーラマリア「(安堵したように)ああ、暁の明星だ。夜が終わるね」
杏寿郎「うむ! 闘いの終わりを告げる星だ!」
キリエ「(ふっ、と自嘲気味に)私には、きつい時間が来るわ。でも・・・(目を細め)あの星、今日は安心して見られる・・・」
3人が、真っ直ぐに明星を見詰める。
言葉もなく、ただただ星を凝視する。
夜空と地平との間が、白色と橙色のグラデーションを成して拡大し始める。
まるで、明星が夜の帳を引き上げているかのように。
鉱山前の高台に、少しの温もりを抱いた風が吹き上がってくる。
杏寿郎、両眼を細め、暁の風景を眺めている。
杏寿郎「(感嘆したように)美しいな・・・どの国にいようと、明け星は美しく輝いている!」
その感覚に共鳴したように、頷くキリエとラーラマリア。
暫くの、間。
更に、間。
ラーラマリア、ふたりを交互に見て、ふう、と息を継ぐ。
ラーラマリア「さあて・・・少し早いケド、朝飯にしようか?」
杏寿郎「異存なし! 俺はまたピザとやらを食してみたい!」
キリエ「(はぁ、と溜め息をついて、杏寿郎に目線を繋ぎ)少しは静かに食べてよね」
杏寿郎「(高らかに笑い)はっはっは! すまん! だがうまい物はうまい!」
キリエ「あ、そうだ。ラーラマリア、朝食後に傘探すの手伝ってくれる? 街の近くに落ちてればいいんだけど」
ラーラマリア「(気怠そうに)へいへい、お付き合いしますよって」
3人が踵を返し、坂を下り始める。
街への道を、並んで。
後に残された、崖際に鎮座している、シャガールの鋼腕とドガの鎧。
主を失ったそれらが、夜明けの空気の中、無言で横臥している。
合体形態の体組織が完全に消滅し、砂粒化され周囲に散らばっている。
やがて身体の灰は、吹く風によって、鉱山の岩山の砂塵と混ざり合って見えなくなる。