★ (二日後)セントラルパシフィック鉄道・バトルマウンテン駅
時折雲が掛かるが、穏やかな陽射しが射す、日中。
木造の簡素な駅舎が建つ、バトルマウンテン駅。
そこの単線路に停車中の、蒸気機関車。客車は5両。
整地されたプラットホームに、3人の姿。
杏寿郎が、客車を背に立っている。腰の鞘に日輪刀を携え。
向かい合わせで、傘を差したキリエと、左手に布袋を提げたラーラマリア。
先頭の汽車の車輪付近から、フシュウウ・・・と蒸気が噴出して拡散する。
杏寿郎「この列車の終着駅で降りれば良いのだな!」
ラーラマリア「(頷いて)ああ。そのオークランド駅で、防疫修道会のふたりと合流してもらいたい。そいつらは業務でサクラメントに滞在してるそうだから、あんたが着くのに間に合う筈さ。案内の手筈も、サンフランシスコからの船便の切符も手配済みだから、安心して移動してくれ」
キリエ「(ラーラマリアを見て)ふたりって、サンタミカエラとアンナロッテ?」
ラーラマリア「(コクン、と首を縦に振り)七会士なら間違いないからね。不測の事態にも対応出来る」
ラーラマリア、すっ、と杏寿郎に袋を掲げ、差し出す。
ラーラマリア「軍支給の缶詰とパンくらいしか用意出来なかったケド、道中腹の足しにしてくれ」
杏寿郎「(大きく頷き)助かる! 何から何まで世話になった! ありがとう!」
ラーラマリア「(右手を立てて振って)いやぁ、助けられたし世話になったのはこっちの方さ」
受け取って、左手にそれを提げる杏寿郎。
キリエ「ジャパンに帰って、もしかしたら、あなたのいた時代よりずっと前に着くかも知れないわね・・・」
杏寿郎「(ふっ、と口の端を上げ、落ち着いた声で)そうかも知れん。俺がまだ鬼殺隊に入隊するどころか、産まれる前の日本に戻ることも考えられる」
杏寿郎、一瞬、寂寞さを伴う顔色となる。
キリエ、釣られたように、同様の表情を浮かべる。
しかし次の瞬間、目を開き、何かを跳ね除けるような雰囲気を発する杏寿郎。
杏寿郎「だがそれならそれで良し! その頃にも鬼はいる! 俺が日輪刀を振るう理由がある! いつの時代に流れつこうとも、何処に辿り着こうとも、鬼を滅するのが俺の責務! それを全うするのみ!」
キリエ「(ふっ、と短く息をつき)逞しいわね、本当に。挫けることがなさそう」
杏寿郎「(爽快に)心を燃やしているからな!」
キリエとラーラマリア、安堵したような柔らかい視線を向ける
それから、杏寿郎が真っ直ぐにキリエを見詰める。
応酬するように、キリエが揺るがない視線を杏寿郎に送り返す。
杏寿郎「黒衣の者を滅すれば、狂血病はなくなるのだったな」
キリエ「(静かで染み入る声で)そうよ」
杏寿郎「(深い声質で)夜の闇のような日々が続くだろう。キリエ、君はそれまで闘いを続けるのだな?」
キリエ「(頷き)ええ。それが、たったひとつの“明日”だから」
交わした言葉の後、少しの間。
杏寿郎、短い呼吸をひとつ、繋ぐ。
杏寿郎「ならば、君はこの国の人々の・・・」
す・・・と差し上がる、杏寿郎の右腕。
そして。
キリエの頭頂に、彼の右掌が、そ・・・と乗せられる。
驚きの余り、見る見る正円に開かれていく、キリエの両目。
杏寿郎、優しく、穏やかな動作で、彼女の頭を撫でる。
杏寿郎「(目を細め)希望という明け星となる。何よりも美しく輝く明け星となる」
澄み切った、透明で深遠な、声色。
杏寿郎の眼差しが、どこまでも穏和で、心の奥底に一気に入り込んでくる。
キリエの両頬が真っ赤に染まり、熱を帯びて上気する。
隣で見ているラーラマリア、僅かにびっくりした表情を見せる。
それでもすぐに、キリエの様子をしっかりと眼に焼き付け、静かに微笑む。
数回、杏寿郎の掌が、羽根のような柔和さでキリエの頭髪上を左右に動く。
直後。
ぽん、と軽く彼女の頭を叩き、腕を戻す杏寿郎。
口角を上げ、堅固な視線をキリエに注ぐ。
杏寿郎「だから進め! 胸を張れ! 君の責務を全うする日を、俺も待ち望んでいる!」
鮮烈な、励まし。
言葉が電撃のように全身を奔り、キリエの裡に刻み込まれる。
大きく一度頷き、くる、と踵を返し、デッキに向かう杏寿郎。
その、刹那の後。
キリエ「(思わず)煉獄さん!」
杏寿郎の背に、キリエが叫ぶ。
初めてキリエに名を呼ばれ、杏寿郎が振り向く。
ふたりの視線が、宙で絡む。
キリエ、途端に目を伏せ、唇を数回動かすが、言語が構成出来ない。
上手い喋りを模索するよう、視線が泳いでいる。
そのまま、暫く。
漸く。
キリエ「(噛み締めるように)私と友達だって言ってくれた人は、みんな死んでいった・・・知り合った人もいっぱい死んでいったわ・・・(目線を上げ)あなたは、一度死んだ、って言ってたわね。だから・・・(凛とした声で)大丈夫、これ以上は死なない」
杏寿郎が、驚いたような顔で、止まっている。
はっ、と我に返ったように、キリエが頬を紅に染め、視線を外す。
キリエ「(恥ずかし気に)ごめんなさい・・・ちょっと何て言っていいか判らなくて・・・」
ラーラマリア「(にひっ、と笑い)キリエの言う通りさ、煉獄さん。あんた一回死んでんだろ? でも生きてるアタシたちと出逢って、一緒に闘った。あんたはきっと、まだまだ果たすべき責務が残ってるんだ。だから死なないさ。きっと・・・な」
キリエ、隣のラーラマリアを見詰める。
自分の言いたいことを代弁してくれたという、表情で。
ラーラマリア、キリエと眼差しを交わし、コクン、と首を上下に振る。
それからふたりが、再度杏寿郎に視界を移す。
目線を交差させている、3人。
何より堅固な、奇跡とも言える絆がそこに存在する。
杏寿郎、晴れやかな笑みを弾けさせる。
杏寿郎「(大きく頷き)うむ!」
そして。
軽やかな足捌きでタラップを昇り、デッキに立つ杏寿郎。
発車を告げる汽笛が、ピイィィ――――ッッ・・・と高らかに鳴り響く。
プシュウウウ・・・という蒸気音に続き、ゴウン、と回転を始める車輪。
見上げるキリエとラーラマリアの眼前、ゆっくりと動き出す、杏寿郎を乗せた列車。
杏寿郎「(抜けるような大声で)達者でな! 縁があったらまた逢おう!」
ラーラマリア「あんたも元気で! 旅の無事を祈ってるよ!」
キリエ、右掌を胸の前に掲げて、小さく左右に振る。
ラーラマリア、左腕を高く挙げ、大きく左右に振る。
杏寿郎、デッキの扉付近で、真っ直ぐ立ってこちらを見詰めている。
3人の口元に、微かな笑みと、僅かの寂しさ。
段々と加速し離れていく、列車。
杏寿郎の、山吹色と朱色の髪が靡いているのが、見える。
ずっと、その姿が車両の色に紛れるまで、立ち竦んで凝視するキリエとラーラマリア。
ホームを離れた蒸気機関車は、やがて西方の山麓に小さくなっていく。
ポオオ――――ッッ・・・と、汽笛が山間一帯に谺する。
万感の思いを持って、汽笛が鳴る。
万感の思いを残し、汽車が行く。
機関車の煙が、長く線路上に尾を引き、滞留し、霞んでいく。
音も、車影も、認識出来る範囲から、消える。
静寂。
静寂。
ホームにて、杏寿郎の乗った列車を見送ったまま立つ、キリエとラーラマリア。
静寂。
更に、長い間。
暫くして。
ラーラマリア、ふーっ・・・と、溜めていたような息を長く吐き出す。
ラーラマリア「・・・行っちまったな・・・」
キリエ「(静かに息を吐き)・・・ええ」
ラーラマリア「なーんか・・・青空みたいな人だったなぁ、煉獄さん」
キリエ「確かにそんな感じね。陽が照ってる空は苦手だけど・・・いい意味で、蒼い空みたいだった」
ラーラマリア「(キリエに目線を向け)頭撫でられたねぇ。(ニマ、と意味あり気に笑い)惚れたかい?」
キリエ「(しれっとして、首を振り)ううん。別に」
ラーラマリア「ありゃ、そーかい? 顔赤くなってたのに?」
キリエ「ママに撫でてもらったのを思い出しただけ。(ふと思い出して)テキサスの砦で、あなたにも撫でてもらったわね。(少し口角を上げ)ぐしぐし、って雑にだったけど」
ラーラマリア「(にひっ、と笑い)覚えててくれてたかい。嬉しいね。んじゃ、これからはアタシがいっぱい撫でてやっから・・・」
キリエ「(ぴしゃりと)ウザい」
ラーラマリア「相変わらずつれないねぇ・・・」
僅かの、間の後。
同調したような拍子で、ふっ、と同時に不敵な笑みを浮かべる、ふたり。
堅固な目線を、キリエに向けるラーラマリア。
真っ直ぐに揺るがない目線を、ラーラマリアに向けるキリエ。
信頼と信用と信任を、互いに溢れんばかりに眼差しに載せ。
やがて。
ふたりが、ざっ、と同時に踵を返す。
ラーラマリア「(凛とした声で)行くか」
キリエ「(頷き)ええ」
そして、駅舎の外に繋がれて待機中の、3頭の馬たちに歩み寄る。
乾いた一陣の風が、砂埃を拾い上げて、彼方を通過していく。