★ (さらに二日後)アメリカ合衆国・カリフォルニア州・オークランド駅
午後の穏やかな陽射しが、煉瓦造りの建築物の街並みに降り注ぐ。
港湾都市でもあり、サンフランシスコという大都市に近い、オークランド。
多種多様の人種の人々が通りを行き交い、賑わいを醸し出している。
その都市の中心部、何10本という線路が乗り入れている、オークランド駅。
3階建ての煉瓦建ての駅舎の構内も、かなり広い。
駅の入口から、ふたりの人物が姿を現す。
サンタミカエラとアンナロッテが、肩を並べて歩いて入場してくる。
人混みの中を、周囲を見回し、擦れ違うひとりひとりの顔を確認しながら。
サンタミカエラは、ぶすっ、と機嫌が悪そうな、顰めっ面。
アンナロッテは、ペストマスクを装着。表情は窺い知れない。
サンタミカエラ「(はぁ、と溜め息)・・・何でオレっちたちがこんなコトしなきゃなんねぇんだ?」
アンナロッテ[面の奥から]「陸軍からの正式の依頼です。今は協力関係にありますからね。黒衣の者浄滅までは、連携しておくに越したことはありません。恩を売っておくのもひとつの手、です。それにしても・・・(サンタミカエラを見て)キリエが来ないと判った途端に不機嫌になりましたね?」
サンタミカエラ「(かあっ、と真っ赤になって)てやんでぇっ! 誰が誰で何で不機嫌になってるってぇ!?」
アンナロッテ[面の奥から]「そこまで狼狽えなくてもいいですよ。まあ、解り易くて良い性格です」
サンタミカエラ、ぐぅっ、と喉を鳴らして黙り込む。
ふたりは引き続き、駅構内の人々を見渡している。
プラットホーム方面と、駅舎入口方面からの人の流れを、注視している。
一旦、立ち止まるふたり。
壁際に待ち合わせで立っているような乗降客にも、隈なく視線を飛ばす。
アンナロッテ[面の奥から]「(少し困った調子で)特徴のある方らしいので、すぐ見付かりそうですが・・・」
アンナロッテ、右手に持った電信文に、改めて目を落とす。
それから再度周囲を見回し、更にもう一度電文を読む。
ふと、サンタミカエラが気付く。
駅構内の全方位からの中心地点、こちらに背を向けて立つ人物。
山吹色と朱色の逆巻く髪型、炎をあしらった羽織、黒い袴、炎の文様の脚絆、草履。
足を肩幅に広げ、しっかりとした姿勢で起立している。
前方から向かってくる乗降客が、物珍し気に横目で窺いながら、少し離れつつ通過している。
まるで、川の流れが岩瀬でふたつに分かれているような、光景。
サンタミカエラ、じーっ、と眼を半分閉じて凝視する。
サンタミカエラ「(ぼそっ、と)・・・アイツじゃねぇか? あの、炎みてぇな髪」
アンナロッテも、同じ人物の背後に目線を移す。
再々度、電信文に目を通した後、その場所に歩み寄っていく。
一歩遅れて、アンナロッテに続くサンタミカエラ。
やや速足で接近し、その人の左斜め後方の位置に並ぶふたり。
アンナロッテ[面の奥から]「失礼・・・セニョール」
杏寿郎「(くる、と振り向き)俺のことか!」
アンナロッテ[面の奥から]「そうです。私は防疫修道会のアンナロッテ。ハポンのセニョール煉獄、でよろしいでしょうか?」
杏寿郎「うむ! 俺が煉獄杏寿郎だ! 天狗の面の君がアンナ女史か! 鱗滝殿と同じだな!」
身体を正対させ、腕組みをし、周囲に轟く発声で話す杏寿郎。
サンタミカエラ、眉間に皺を寄せて、苦々し気な顔を表す。
サンタミカエラ「(ジト目で)いちいち大声出さなくても聞こえてるって・・・」
アンナロッテ[面の奥から]「アンナロッテ、です。これは“テング”ではなく、ペストマスクです。(サンタミカエラを振り返り)こちらはサンタミカエラ。同じく防疫修道会の者。貴方を案内する為に参じました」
杏寿郎「(サンタミカエラを見て)そうか! 世話を掛ける! サンタクラウス少年!」
サンタミカエラ「(ぼわっ!と赤くなり、裏返った大声で)ててててやんでぇっ!!! 誰が少年だっ! オレっちは女だ! 名前まで間違うな! サンタミカエラだっ!!!」
杏寿郎「(高らかに)女か! すまん! 間違えた! 柱として不甲斐なし! 穴があったら入りたい!」
サンタミカエラ「穴でも何でも入れよ! あと何処見て喋ってんだよっ!」
杏寿郎「君は大変元気がある! 俺の継子にならないか? 面倒みよう!」
サンタミカエラ「(腹の底から大声)何の話だよっ!!! 勝手に進めんじゃねぇっ!!!」
ほとんど金切り声になっている、サンタミカエラの声。
空間全体を突き抜けるように、駅舎天井付近まで達しているような、杏寿郎の声。
延々と連鎖する、異様にずれている言葉の丁々発止。
アンナロッテ、傍らでそれを眺めながら、ペストマスクを、ずい、と顔の上に押し上げる。
そして、懐から一本の煙草を取り出し、咥える。
マッチを肩の布で擦り、シュポッ!と点火させ、煙草を灯す。
悠々とした雰囲気で吸い、冷めた眼差しで目の前の言い合いを見ている。
アンナロッテ「(ふーっ、と煙を吐き)大声はいい勝負ですよ、ふたりとも」
咥え煙草を燻らせながら、落ち着いた佇まいのアンナロッテ。
いつ果てるともない杏寿郎とサンタミカエラの応酬を、そのまま漠然と眺め始める。
★ (一週間後)アメリカ合衆国・ユタ州・ソルトレイクシティ郊外
夕刻が迫る、雲の多い天候。
階層の高い煉瓦造りの建屋が犇めくように集まる、ソルトレイクシティ。
数多くの建築物、教会も相当な数が建立されている。
準じて、今まで見たことのないほどの数の人々が生活し、行き交う。
そんな賑わいのある街から離れた、グレートソルト湖が見える、静かな場所。
湖畔に近い距離の、ほとんど人が来ない、木造の小屋。
建屋の日陰に、キリエが立っている。
繋がれた2頭の馬の傍らにいて、緩やかな仕草で馬のたてがみを撫でている。
労うように、慈しむように。
ブルルルルル・・・と穏やかな嘶きを上げる、1頭の馬。
その、少し後。
街の方面から、点在する建物の間を抜け、別の馬が奔ってくる。
馬上には、ラーラマリア。
キリエ、近付いてくる彼女を見て、僅かに眉を顰める。
何やら、奥歯を噛み締めたような、厳しい表情のラーラマリア。
瞬く間に、自分の傍らに接近し、手綱を打って馬の速度を落とす。
そして、完全に停まるのを待たずに、ひらり、と馬上から身を翻す。
ラーラマリア、タッ、と地面を蹴り、駆け寄ってくる。
ラーラマリア「(息を荒げながら)キリエっ!」
正対して、怪訝そうな顔を向けるキリエ。
すぐ目の前のラーラマリアは、呼吸を整えながら、眉間に皺を寄せている。
キリエ「どうしたのよ、珍しく慌ててるじゃない・・・何かあったの?」
ラーラマリア「(重い声で)本営から打電があった。防疫修道会にも同じ情報が入ってるそうだ。間違いない話みたいだ・・・」
キリエ「(焦れったそうに)だから・・・何が?」
息を一度大きく吸い、吐いてから、据えた目線をキリエに固定するラーラマリア。
ラーラマリア「(ごくん、と唾を飲んでから)・・・黒衣の者が、ジャパンで目撃された・・・」
途端。
驚嘆で、正円に近いほど拡大されるキリエの両眼。
沈黙。
沈黙。
理解が追い付かず、一時呼吸すら忘れるキリエ。
暫くの、間。
キリエ「(唖然と)嘘・・・ジャパンって・・・煉獄さんの国!?」
ラーラマリア「(頷いて)ああ。今、ワシントンにいる“イワクラ使節団”から、詳細な情報を陸軍本営が聞き取ったそうだ。あちらで狂血病と似たような発症例もあるらしい。追って情報を貰うことにしてるが・・・事実なら・・・(射るような目線で)最早アメリカだけでなく、世界規模で狂血病対策と、黒衣の者討伐の為の対策が必要になってくる」
黒衣の者の姿が、キリエの脳裏に浮かぶ。
直後。
瞬間で冷静さを取り戻すキリエ。
急速に凪いでいく、自分の裡。
突然降ってきた話にも、別途、怯えや惧れが湧いて出る気配がない。
微かに赫の煌きを放つ、彼女の両の瞳。
キリエ「あいつは・・・黒衣の者は旧大陸からアメリカに来た。逆も可能性があるわね」
ラーラマリア「確かにな。シャガールとドガが『ロング=ドライブ』を利用して北米まで移動したように、黒衣の者も何らかの手段でジャパンに行った・・・(据えた目で)あり得ない話じゃないね」
キリエ、愛用の仕込み傘を、眼前に掲げ、胸の前で両手で握る。
鋭利な視線を虚空に飛ばし、射殺すような雰囲気を、放つ。
ラーラマリア「(ごく、と唾を飲み込み)キリエ・・・」
キリエ「海を渡った果てにあいつがいるなら、行くわ。何処に移動しようが、私が黒衣の者を殺す。行くべき道は、ひとつ・・・」
自然な動作で、ガシャン、ジャギッ、と弾倉をリロードさせるキリエ。
そして、グレートソルト湖の彼方の、冠雪の山顛連峰に視線を向ける。
キリエ「(張りのある、凛とした声)道の先に! “明日”は必ずある!」
勇ましい一声。
赫の瞳が、一際爛々と輝く。
キリエ、口元を、ぎゅっ、と強く引き締める。
ラーラマリア、彼女を見詰め、それから同じ方角に顔を向ける。
ふたりの不変不動の意志が、漲る。
今は想像でしかない、ここより遥か西方の地。
そこで繰り広げられる闘いを心に描き、キリエは、ぶるっ、と身体を震わす。
それは、武者震い。
未知の国での、自分を待ち受ける闘い。
それが避けられないことを、痛烈に自覚し始める。
キリエが、胸を張る。
湖面から吹き上がる疾風が、黒髪を掻き上げ、舞わす。
クロスオーバー脚本風読み物【 輝く暁の明星の、いと美わしきかな:了 】