★ (現在)サンフランシスコ・フェリーターミナル・大桟橋
サンフランシスコ港の中で最大の桟橋に、黒塗りの外輪船が横付けされている。
全長は120ヤードを超え、横幅26ヤード、巨大な3本のマストがそそり立つ。
船尾近くのマストの天辺には、「JAPAN」の文字を書いた旗が翻る。
その傍らの桟橋に、サンタミカエラと杏寿郎が並んで立ち、船を見上げている。
杏寿郎、腕組みをして船のデッキ付近を見回す。
隣のサンタミカエラ、右手を額の前に翳して、高々と天を衝くマストに視線をなぞる。
同じ桟橋を、船員と思しき数名が行き交い、外輪船に渡された可動橋から乗船している姿も見える。
杏寿郎「(驚きつつ)これが海を渡る船か! 何とも立派!」
サンタミカエラ「でっけーよな。防疫修道会の船よりも二回りくれェでっけェ」
翳していた右手を下げ、目線を杏寿郎に移すサンタミカエラ。
サンタミカエラ「明後日にはこれに乗って、ハポンに帰るんだろ? (少し寂し気に)折角弟子入り出来たのに・・・」
杏寿郎「(サンタミカエラを見て)明日一日だけでも! 教えられることはある! 君次第で、一日の鍛錬を一月の密度にすることも可能! やってみるか?」
サンタミカエラ「(にっ、と不敵に口角を上げ)おう! 飯の時間以外全部使ってもいいぜ!」
杏寿郎「良い心構えだ! 俺も気合を入れて教える! 君も気合を入れろ!」
力強い眼差しを交わし合う、ふたり。
その、直後。
大桟橋の陸上側の巨大な建屋の方面から、アンナロッテが歩み寄ってくる。
普段の様子では見られない、大きい歩幅で、やや急いたように。
彼女の姿に気付いたサンタミカエラと杏寿郎が、視界を向ける。
アンナロッテ、杏寿郎の側に到着するよりも早めに、口を開く。
アンナロッテ[面の奥から]「エンバシラ、不測の事態が発生しました」
杏寿郎「何かあったのか?」
アンナロッテ[面の奥から]「(声を落として)ハポンへの船便ですが、出航が延期になりました」
サンタミカエラ「(驚いて)延期?」
アンナロッテ[面の奥から]「ええ。船会社の説明では、この蒸気船ジャパン号の動力機関に異状個所が見付かり、修理に一週間程度掛かるとの話です。代替の船もない為、ハポンに帰国するには修理が完了するのを待つしかなさそうです。その間の宿泊に係る費用は、船会社が持って下さるそうです。如何いたします? エンバシラ」
杏寿郎「(即座に)他に手段がない以上! 船の修理を待つとしよう!」
サンタミカエラ、大きく息を吸って、溶けたように笑顔を輝かせる。
サンタミカエラ「(目をキラキラさせて)一週間アニキと一緒にいられるんだ!?」
アンナロッテ[面の奥から]「(短く息を継ぎ)不測の事態を喜ぶものではありませんよ」
サンタミカエラ「(テンションが上がったまま)でもよでもよ! その間みっちり鍛えてもらえるだろ?」
杏寿郎「いいだろう! その分厳しくいくぞ! 心して励め!」
サンタミカエラ「(満面の笑みで)勿論だ! 頼むぜアニキ!」
アンナロッテ[面の奥から]「・・・気持ちに水を差すようですが、サンタミカエラ。船会社が補償してくれるのはエンバシラの宿泊代のみですよ。私たちは自費です。本国からの予算も当てられません」
サンタミカエラ「(一転して不満そうに)・・・マジで?」
苦虫を嚙み潰したような、渋顔のサンタミカエラ。
唇を“への字”に曲げて、文句を吐き出さんとする様相。
余りにも見事な表情の落差。
思わずアンナロッテ、気付かれないくらい微かに、ぷ、と吹き出す。
僅かの、後。
今も不服顔のままのサンタミカエラを見詰め、ふっ、と息をつくアンナロッテ。
アンナロッテ[面の奥から]「(柔らかい口調で)まあ、宿泊代は何とかしますよ。宿泊先に行った時に、今日明日以降の連泊を申請してみましょう」
サンタミカエラ「(ほおっ、と安堵の息を吐き)ありがてェ、アンナロッテ。(杏寿郎を見詰め)じゃ行こうぜ! アニキ!」
杏寿郎「(首を上下に振り)うむ!」
先導するように歩き出し、腕と脚を大きく振って、街中の方角へと進むサンタミカエラ。
続いて、杏寿郎、アンナロッテが追うように続く。
★ モンゴメリー地区・グランドホテル・正面玄関
通りが無数に東西南北に延び、走っているサンフランシスコ市街地。
その、ほぼ1ブロックを占める広大な敷地に建つ、4階建ての煉瓦造りのグランドホテル。
正面玄関の両開きの、巨大な扉を開けて出て来るサンタミカエラ。
アンナロッテと杏寿郎が、後から外に歩を進めてくる。
サンタミカエラ、嬉々とした笑顔を浮べて、石段をリズミカルに降りていく。
アンナロッテ[面の奥から]「連泊も問題なさそうで結構でした」
サンタミカエラ「(鼻歌混じりで)これで一週間、アニキと鍛錬出来るってもんだ!」
杏寿郎「しかし! 俺ひとり個室とは、余りに申し訳ない! 椅子一脚でもあれば眠れる!」
アンナロッテ[面の奥から]「そうはいきませんよ。陸軍の来客として迎えた以上、無事の帰国まで防疫修道会が責任を負います。宿泊もちゃんと部屋に泊って頂かないと・・・」
サンタミカエラ「(振り向きながら)何ならオレっちはアニキと相部屋でも構わねェよ!」
アンナロッテ[面の奥から]「それは尚更いけません。貴方は女性でしょう?」
杏寿郎「俺の以前の継子は女性で、同じ家で寝食を共にしたこともある! 無論、嫁入り前の娘を傷物にはせん! 信用してもらって構わん! だが、そこは一線を画すことも必要!」
サンタミカエラ「(少し残念そうに)まあ、確かにそうだよな・・・」
顔を戻して、頬を数回掻いて、やや物足りなさそうな表情のサンタミカエラ。
数段の石段を降りて、3人が石畳の歩道に立つ。
サンタミカエラを挟んで、アンナロッテ、杏寿郎が左右に並ぶ。
アンナロッテ[面の奥から]「それにしても・・・(サンタミカエラを見て)貴方は本当にエンバシラに惚れ込んでしまいましたね。この短い時間で」
サンタミカエラ「(ふふん、と意気軒高に)まあな!」
アンナロッテ[面の奥から]「ここで聞くのも何ですが、質問しておきます・・・(重めの声で)キリエのことはよろしいのですか?」
途端。
サンタミカエラ、一度両眼を大きめに開いて、アンナロッテを見る。
冷や水を浴びたように、それまでの陽気な笑顔が消え、仏頂面且つ渋顔に転ずる。
サンタミカエラ「(重めの声質で)・・・何で今の流れでキリエの名前が出てくるんだよ?」
杏寿郎「(関心した様子で)君もキリエと親しいのか? サンタミカエラ!」
サンタミカエラ「(頬を薄く染め、不機嫌そうに)親しくなんかねェよ! どーでもいいよ! あんな奴」
杏寿郎「俺が聞いたところでは! ラーラマリアと夫婦になるそうだな! めでたいことだ!」
ばっ、とサンタミカエラとアンナロッテの視線が杏寿郎に向く。
サンタミカエラは、正円に目を丸くして、口端を思い切り結ぶ。
アンナロッテの面の下の表情は窺えないが、驚いている様子。
そのまま、ふたりが固まる。
停止。
停止。
長い、間。
杏寿郎、腕組みをしてから、目線をふたりに送る。
杏寿郎「(少し首を傾げ)どうかしたか? ふたりとも!」
直後。
弾けたような勢いで、サンタミカエラが杏寿郎に向けて、ダン!と一歩右足を踏み出す。
それから目を見開いたまま、両掌を上に向け、胸の前で、ブンブン、と上下に振る。
サンタミカエラ「(物凄い大声で)んな訳ねェだろっ!!! 騙されたんだよアニキっ!!!」
杏寿郎「(目を見開いて)そうなのか! ラーラマリアがそう言っていた!」
アンナロッテ[面の奥から]「(あからさまな溜め息をつき)コマンダンテ・・・戯言にも程があります・・・(杏寿郎に目線を遣り)よろしいですか、エンバシラ。ハポンではどうか判りませんが、アメリカでは女性同志の婚姻は認められておりません。それはコマンダンテの冗談と思われます」
杏寿郎「(驚きつつ)よもや! そうであったのか! 日本でも女性同志の夫婦は見掛けないが、米国の価値観ではあるものだと思っていた! これは一本取られたようだな!」
あくまで快活で、曇りのない表情の杏寿郎。
サンタミカエラが、静かに俯く。
両腕を体側に下ろし、視界を下方に置き、瞼を伏せる。
サンタミカエラ「(呟くように)・・・夫婦になるって・・・アニキがそう信じるくれェ・・・親しそうに見えたのか?」
杏寿郎「(大きく頷き)うむ! 互いに想い合っているのが手に取るように解った! 鬼を滅する闘いでも、見事な共闘を繰り広げていた!」
アンナロッテ[面の奥から]「確かに・・・私も目の前で見たことがありますが、ソリアでシャガールとドガと闘った時の連携は見事でしたね」
目線を足元に放り投げたまま、サンタミカエラの顔が、一瞬強張る。
瞳の焦点が、遥か遠くにある雰囲気。
目元から上に、陰が落ちている。
サンタミカエラ「(切な気な声)・・・だよな・・・」
ほんの僅か、苦渋の表情となるサンタミカエラ。
託していた望みを瞬時に失ったかのような、寂寞さを包括し。
一拍の、後。
何かを振り切るように、ばっ、と顔を上げて緩やかに笑みを浮かべるサンタミカエラ。
サンタミカエラ「(落ち着いた声で)アニキの旅券申請、行かなきゃだな」
アンナロッテ[面の奥から]「(杏寿郎を見て)ハポン領事館に向かいましょう。事情を説明して、旅券を発行してもらいます」
杏寿郎「(頷いて)うむ! 重ね重ね手数を掛けて申し訳ない!」
サンタミカエラ、先導するように歩き出す。
アンナロッテと杏寿郎が、それに続いて並んで脚を進めていく。
ふたりの視線が、サンタミカエラの背中に繋がれる。
それから、示し合わせように、同時に目線を互いに交わすアンナロッテと杏寿郎。
小さく、何かを了承したかのように、頷き合う。