★ チャイナタウン・上海唐飯店
カリフォルニアストリートから南に延びる、デュポンストリート。
それを中軸として、周辺東西南北、数ブロックにも渡って拡がる『唐人街』チャイナタウン。
小さな木造や漆喰塗りの建屋が、処狭しと何百もひしめき合って軒を並べている。
夕刻が近付くこの街の一軒、二階建ての朱塗りの外壁の飯屋。
入口の上に『上海唐飯店』と看板が掲げてある。
店内は狭く、丸テーブルが3つしかなく、10人で満席になる程度。
その卓のひとつ、サンタミカエラ、アンナロッテ、杏寿郎が囲んで座っている。
3人は互いに目線を交わし合い、何事か会話を続けている。
サンタミカエラは、ほぼ杏寿郎を見ており、笑顔で話に相槌を打つ。
アンナロッテは、いつも着用しているペストマスクを外して、素顔を晒している。
杏寿郎は、爽快でよく通る声で、朗らかに会話をし続ける。
夕餉の時間にはやや早い為か、店内は他に客がいない。
蒸気の充満する狭い厨房で、細身の料理人が忙しく動いている。
若いウェイトレスが、茶の急須の準備をしながら、時折物珍し気に3人を見る。
暫くして。
話の流れに一区切りが付いた様子で、はぁ、と息を吐くサンタミカエラ。
サンタミカエラ「一度死んだなんて、信じらんねェけど・・・(小さく笑みを浮かべ)アニキの言うことだから本当なんだろうな。でもさ、こうして生きてオレっちと出逢ってくれたんだ。その巡り合わせに感謝しなきゃなっ!」
アンナロッテ「(少し微笑んで)サンタミカエラの言う通りです。エンバシラ、貴方が今こうして生きている事実は、まだこの現世で成すべきことがあるという、主のお導きでしょう」
杏寿郎「うむ! 俺もそう思うし! キリエもラーラマリアも同じことを言っていた! 全うすべき責務があるから! それを果たすまでは死ぬことはない、とな!」
サンタミカエラ「(勇ましい調子で)果たしても死なせねェよ、オレっちがな!」
アンナロッテ「しかし、かつて40年後にいらっしゃったとは・・・今の時代は、どう思われます?」
杏寿郎「国も時代も違うが! 日本にも米国にも鬼の脅威がある! 人々が悪鬼に脅かされている! 罪なき人に牙を剥く鬼を滅する者たちの志は! いつの世も不変!」
サンタミカエラ「まったくだ。黒衣の者を斃すまでは、オレっちの闘いも終わらねェよ」
サンタミカエラ、ぐっ、と右拳を握って眼前に掲げ、不敵な笑みを浮かべる。
杏寿郎、大きく頷き、穏やかに口角を上げて彼女を見詰める。
アンナロッテ、静かな佇まいでサンタミカエラに目を遣る。
アンナロッテ「エンバシラ、この子は、両親が狂血病に罹り吸血鬼となり、浄滅させられたのです」
緩やかに開かれる、杏寿郎の両眼。
対して、拳を膝の上に下ろして、改めて握り直すサンタミカエラ。
杏寿郎「(驚いた様子で)家族が鬼となったのか! それはつらかったな!」
サンタミカエラ「(目を伏せて)まあ・・・よくある話だよ」
杏寿郎「日本でも! 大勢の人々が、家族を鬼にされた! 鬼舞辻無惨によってだ!」
アンナロッテ「何者なのですか?」
杏寿郎「無惨は鬼の始祖! 黒衣の者と同様の存在! 相違点は! 日本での鬼は無惨のみが増やしているということ! 狂血病に罹病して増える吸血鬼とは異なる!」
サンタミカエラ「んじゃさ、そのムザンって奴をブッ斃せば“オニ”が増えるのを止められんじゃねェか?」
杏寿郎「(頷いて)だから我々鬼殺隊は! 鬼狩りと同時に! 無惨の行方を追っているのだ!」
アンナロッテ「黒衣の者を斃せば狂血病の蔓延を止められるこの国と、状況は一緒ですね」
サンタミカエラ「(関心したように)ホントに、アニキのいた世界とオレっちの世界、そっくりなんだなぁ」
ふと、何かを思い出したような表情になるアンナロッテ。
間を置かず、杏寿郎に視線を繋ぐ。
アンナロッテ「実はエンバシラ、最初に貴方の名を伺った時に感じたことがありまして・・・」
杏寿郎「(アンナロッテを見て)聞かせてくれ!」
アンナロッテ「私が開発した中に、黒衣の者を斃す為の弾丸がありまして、名を『煉滅弾』―――プルガトリオと言います。プルガトリオはスペイン語で・・・(一呼吸置き)『煉獄』を意味するのです」
杏寿郎「(目を見開いて)おお!」
アンナロッテ「(ふっ、と微笑んで)きっと私たちとエンバシラは、縁があったのでしょうね」
サンタミカエラ「(嬉しそうに、首を縦に振り)だなっ!」
その、少し後。
トタトタ、と平靴の音を鳴らし、ウェイトレスが近付いてくる。
グレージュ色のボブカットで毛先が内側にカールしており、髪が一部薄紫色。
太い眉毛と丸々とした両目。人懐こそうな笑顔。
大熊猫の描かれた前掛けを着けている。
何となく危なっかしいような動作で、盆を抱えるように持っている。
飯店のウェイトレス「お待ちどうさまデス! 小籠包3人前デス!」
サンタミカエラ「(上擦った声で)おほっ! 来た来た!」
3人の視界が一斉にウェイトレスに向けられる。
丸テーブルの上に、大きな中国急須と、3個の茶碗が置かれ、続いて乗る蒸篭3段。
小皿3枚とレンゲ3本、箸が3膳、盆の上から卓上に移動される。
蒸篭が1段ずつ、3人銘々の眼前の据えられる。
7インチほどの直径の蒸篭の中には、4つの小籠包が鎮座している。
蒸し立ての、熱々とした湯気が、朦々と卓上に漂う。
サンタミカエラと杏寿郎、驚きを視線に込めて凝視する。
アンナロッテ、落ち着いた様子だが、興味を惹かれたように蒸篭を見る。
杏寿郎「(蒸篭を覗き込んで)蒸した饅頭か!」
飯店のウェイトレス「似てるケド、ちょーっと違いマス。お客サン、箸は使えマス?」
サンタミカエラ「あ、そっか。ハシってので食うんだっけ。オレっちは使ったことねェんだけど・・・」
杏寿郎「俺は日本人だから使える!」
飯店のウェイトレス「(杏寿郎を見て)じゃあ、私の言う通りに食べてみてクダサイ。まず、レンゲに小籠包を乗せマス」
堂々とした振りで、卓上のレンゲを左手で取り、箸を右手で持つ杏寿郎。
次に自分の前の蒸篭から、ひょい、と1個の小籠包を箸で摘まみ、レンゲに乗せる。
サンタミカエラとアンナロッテが、じっ、と彼の動作を見詰めている。
飯店のウェイトレス「それから、小籠包を割ってみるデス」
杏寿郎、箸の先端を小籠包に差し込み、左右に広げる。
途端、内側からレンゲに一気に溢れ出て来る、薄い琥珀色の汁。
油膜が無数の円形を成して、渦を巻き、綺麗な模様を表面に描く。
サンタミカエラ「(感嘆して)おおっ! スープが出てきた!」
飯店のウェイトレス「その肉汁たっぷりのスープを飲みマス。飲んだら、小籠包をレンゲで食べマス。やってみてクダサイ」
軽やかな動きで、レンゲの先を口に添え、す、とスープを口腔内に流し込む杏寿郎。
口に含んだ、直後。
くわあっ!と、杏寿郎の両眼が見開かれる。
凄まじく爛々と輝く、梟の如き大きな眼。
そして、ごっくん!と思い切り、口に含んだ汁を飲み込む。
杏寿郎「(腹の底からの大声で)うまい!!!」
ずん!と、店内の空気が割れ、地鳴りのように震動。
ウェイトレスの少女が、小さく飛び跳ねた後に、盆を盾のようにして一歩後退る。
料理人が、何事かと言いたげな顔でこちらに視線を放る。
サンタミカエラ、唇の端を思い切り上げ、杏寿郎に眼差しを注ぐ。
アンナロッテ、悠然としている。あまり表情に変化がない。
杏寿郎「(スープを一口飲み)うまい! (更に飲み)うまい! (飲み干し)うまい!」
唖然として、固まっているウェイトレスと料理人。
対して、溶解したような、嬉々とした笑顔を浮べているサンタミカエラ。
杏寿郎、レンゲを傾け、小籠包を口の中に、するっ、と挿入する。
数回咀嚼して、大きな音を立て、ごっくん、と飲み込む。
杏寿郎「(轟く声で)うまい!!!」
サンタミカエラ「(弾んだ声で)そんなうめェのか! よーし! オレっちも食うぞ!」
杏寿郎「(サンタミカエラを見て)俺のやる通りに食べてみろ!」
サンタミカエラ「(頷いて)おうっ!」
杏寿郎が2個目の小籠包を箸で摘まみ上げ、レンゲに移す。
サンタミカエラ、同じ食器を持ち、同じ動作を真似てみる。
初めて使う箸に、おっかなびっくりといった様子。
だが、何とかレンゲに乗せることに成功。
それを確認し、再度箸を小籠包に突き立てる杏寿郎。
しっかり挙動を見届け、自分も同じ動作を行うサンタミカエラ。
レンゲに溢れる、肉汁の濃度たっぷりのスープ。
サンタミカエラと杏寿郎、ほぼ同じタイミングでレンゲを口に運び、流し込む。
サンタミカエラ「(スープを、ごくん、と飲んで)うめェ!」
杏寿郎「(スープを、ごくん、と飲んで)うまい!」
サンタミカエラ「(もう一口飲んで)うめェ!」
杏寿郎「(もう一口飲んで)うまい!」
サンタミカエラ「(飲み干し)うめェ!」
杏寿郎「(飲み干し)うまい!」
アンナロッテ、まるで日常の風景を眺めるような、普段の表情。
卓上の急須を手に取り、コポコポ・・・と、濃褐色の茶を1個の腕に注ぐ。
逆にウェイトレスは、目が点になっており、絶句したまま凝固している。
厨房の料理人が、ふ、と不敵そうに口端を吊り上げる。
そして。
完全同調した腕の動きで、レンゲの小籠包を、口腔に放り込むサンタミカエラと杏寿郎。
同時に、ごっくん!と高らかな、喉の奥に飲み込む音。
サンタミカエラ「(凄まじい大発声で)うめェ!!!」
杏寿郎「(凄まじい大発声で)うまい!!!」
余りの大声で、ビリビリ・・・と空気が震え、店内に滞留する。
大満足という雰囲気の、ふたり。
それを眺めながら、何度か息を掛けて茶を冷まし、口に含むアンナロッテ。
飲んでから、傍らに立ち竦むウェイトレスに顔を向ける。
アンナロッテ「あの、ウェイトレスさん。追加注文します」
飯店のウェイトレス「(ハッ、と我に返って)は、ハイデス。ど、どーぞデス」
アンナロッテ「(小籠包を指差し)同じ物を、あと4人前」
飯店のウェイトレス「(驚いて)え? ひとり分多いデスよ?」
アンナロッテ「いえ、4人前です。(サンタミカエラと杏寿郎に目線を投げ)このふたりが2人前ずつ食べるからです」
飯店のウェイトレス「(こっくり、とゆっくり頷き)・・・わ、判りましたデス」
まるで異次元の人物を見るが如く、違和感を隠さない目線でそのまま後退るウェイトレス。
アンナロッテ、茶碗を口元に持ち上げ、ズ・・・と茶を啜る。
さほど間を空けず。
ウェイトレスが、皿をひとつ、丁寧な動作で運んでくる。
そのまま卓上に、カタン、と置く。皿には、八宝菜が山と盛ってある。
出来たての湯気が立ち昇り、芳醇な牡蠣油の香りが空間を支配する。
3人が、驚いた顔となって、一斉にウェイトレスを見上げる。
先程とは打って変わった、人懐こそうな表情を浮べている彼女。
アンナロッテ「(怪訝そうに)これは・・・注文してませんが?」
飯店のウェイトレス「(ニコッ、と笑顔で)メチャメチャ褒めてくれたんで、店からのオゴリデス! 料理長が持ってけ、ってことデス! 他の料理と追加の小籠包は、もーちょっと待ってクダサイ!」
杏寿郎「(爽快な声で)ありがたい! 馳走になる!」
今度は明るい笑みで、テーブルから離れていくウェイトレス。
杏寿郎は早速、八宝菜を取り箸で小皿に盛っていく。
サンタミカエラは、既に自分の分の小籠包を完食した模様。
アンナロッテ「(ふっ、と笑みを浮かべ)では、私もお相伴に与ります」
アンナロッテ、レンゲと箸を手にして、小籠包を食べに掛かる。
動作は、手慣れたようにスープを溢れさせ、滑らかな動きでレンゲを唇に当てる。
しかし、最初の一口が口内に流れ込んだ、瞬間。
アンナロッテ「(思わず口元を隠し)あち・・・」
即座にレンゲを離し、珍しく目を少し見開いて、小籠包を凝視するアンナロッテ。
その後は冷静な調子で、ふう、ふう、と息を吹いて冷ます。
サンタミカエラ「(にっ、と口角を上げ)猫舌なんだから気を付けろよ! アンナロッテ!」
アンナロッテ「(微笑みを返し)はいはい」
サンタミカエラと杏寿郎、満面の笑みで再び箸を進める。
アンナロッテも、この雰囲気に満足した様子で、食事を再開する。
3人が、食の歓喜を全面に出して、この時間を楽しむ。
ウェイトレスの、軽やかな足音が店内に響き、夕餉を彩る音楽となっている。