★ 孤児院(教会)・寝室
教会の食堂と同じ棟にある、寝室。
二段ベッドがふたつ、さほど広くない部屋にきっちりと置かれている。
その片方の下段ベッド、窓寄りに腰を掛けているハイエロファント。
枕側の傍らには低いチェストがあり、その上にランプが乗っている。
ハイエロファント、煌々とした灯りの元、一冊の本を膝に載せている。
革表紙の本は大きく、相当分厚い。ぎっしりと文字が書き込まれている。
かなり早く動かしている目線。速読している模様。
次のページを捲った時、ラーラマリアが入室してくる。
一瞬驚いた表情を見せる彼女。そのままハイエロファントに歩み寄る。
ラーラマリア「この世界の本は読めるのかい?」
ハイエロファント「(顔を上げながら)文字や単語が、僕たちの使ってる言葉に近いから、何となく・・・(ページの一節を示して)ここは『見許しあらずば、滅ぶべしこの身』でいいのかな?」
ラーラマリア「(覗き込んで)・・・凄いね、ちゃんと読めてる。あんた、大したモンだね」
ハイエロファント「本は、結構読んでるからね」
にこ、と微笑むハイエロファント。
それから、ぱた・・・と読んでいた本を閉じ、ベッド脇のチェストに乗せる。
腕組みをして、その仕草を視界に映しているラーラマリア。
ハイエロファント、彼女を見上げ、身体を向けて座り直す。
ハイエロファント「ひとつ、聞いていいかな?」
ラーラマリア「何だい?」
ハイエロファント「(声質を落として)君はここに来るのは、初めてじゃないね?」
ピクッ、とラーラマリアの目尻が反応する。
瞬間的に、訝し気な空気を発散させ始める。
ラーラマリア「(じろ、と睨んで)・・・何故そう思う?」
ハイエロファント「この教会の内部に詳し過ぎる。この建物も、何が何処にあるのか、大体判ってるみたいだ。夕食の準備の手際の良さも、初めて来た、と言ってた割には・・・動線に従ってるみたいに、身体が動いていた気がする」
眼光鋭く凝視しているラーラマリア。
そのまま、長い間。
尚も、間。
ラーラマリア、フッ、と目の力を抜く。
諦念に溢れたような表情と、降参したような色彩の目。
そして腕を解き、肩を思い切り落とし、はああ、と溜め息をついてハイエロファントを見る。
ラーラマリア「こっから先の話は、キリエには黙っていてほしいんだけどさ・・・」
ハイエロファント、一度だけ、こく、と首を上下させる。
それを確認するラーラマリア。
途端、遥か遠くを眺めるような視線へと転化させ、目を細める。
ラーラマリア「アタシは・・・ここの孤児院に世話になってた時期があるんだ」
郷愁と憂いを感じさせる、声色。
ラーラマリア「10数年くらい前になるか・・・ガキん時、ここの神父様に住まわしてもらってたんだよ。独り立ち出来てからアメリカ各地を方々旅しててね、いつの間にやら陸軍に入ってて戦争してた。右腕失くしちまったが南北戦争生き残って、それからもまだ戦いに明け暮れてて、銃や兵器が好きだったからその腕も買われて・・・(自嘲気味に)気が付くと、第一葬兵連隊の少佐にまでなっちまった・・・」
柔らかい視線で彼女を見ているハイエロファント。
ラーラマリア「キリエがここの孤児院に寄ったことがある、って話は、メシん時に言っただろ?」
ハイエロファント「(頷き)うん。キリエがお世話になったことがあるんだよね」
ラーラマリア「旅の途中でアイツから、この孤児院の話を聞いた時は、驚いたなんてもんじゃなかったさ。神父様は、鉄道屋が雇った連中に殺され、挙句に住んでいたシスターも、子供たちも殺されてたなんて・・・(ギッ、と奥歯を噛んで)アタシは結局・・・何の恩返しも出来なかった・・・」
肩を震わせ、暫く立ち竦むラーラマリア。
彼女の裡で、自分の恩情と後悔が、痛いほどせめぎ合っている模様。
ラーラマリア「でも・・・(ふっ、と表情を和らげながら)キリエが仇を討ってくれた。アタシが何も出来なかった時に、あいつは代わりに血を流してくれた・・・(ハイエロファントに目線を投げ)アンタはこういった『仇』とか『憎しみ』とかの感情を否定するかも知れないが・・・」
ハイエロファント「否定はしないよ。出来るだけ覚えないに越したことはないけど、生まれる感情は仕方のないことだからね」
ラーラマリア「(意外そうに)・・・そっかい。てっきり説教されるかと思ったよ」
ハイエロファント「制御出来ない時もあるのが、気持ち、だと思っている」
何気に安堵したような顔色となるラーラマリア。
ラーラマリア「・・・ともかく、キリエはこの孤児院に降り掛かった“火の粉”を消してくれた。正直、言葉じゃ表し切れないのさ。感謝、なんて一言じゃ足らないんだよ」
ハイエロファント「そうだったんだ。でも・・・だったら尚更、キリエに知ってもらった方がいいんじゃないのかな?」
ラーラマリア「(首を左右に振り)・・・いや、絶対に知らない方がいい」
ラーラマリア、両の瞼を閉じて俯く。
少しの、間を空け。
ラーラマリア「キリエは、孤児院のみんなが死んだのは自分の所為だと思ってる。自分が立ち寄らなかったら、自分が世話にならなかったら死なずに済んだって、何度も言ってた。その上、アタシが元世話になったとこだって知ってみろ・・・(目を開け、ハイエロファントを見て)あいつは、アタシに対しても贖罪を感じる。アタシにも申し訳ないと思う。そして、自分を責める・・・キリエは、そういう奴だ・・・」
再度ハイエロファントから視線を外し、部屋の窓から外を眺めるラーラマリア。
同じ方向に目を向けるハイエロファント。
ガラス越しの夜の闇が、双方の瞳に映っている。
ラーラマリア「ただでさえ煉獄のような運命なんだ・・・(憂いの眼で)キリエには、これ以上苦しんでほしくない・・・」
深い憐憫さを湛えた、ラーラマリアの眼差しと表情。
暫し、そのまま。
沈黙が、少しの時間漂う。
ハイエロファント、漆黒の庭の方向から視線を戻し、ラーラマリアを見る。
ハイエロファント「(深く頷き)判ったよ。キリエには、何も言わないでおくね」
ラーラマリア「(切な気に微笑み)すまないね、気ぃ遣わしちまって」
ふと、先程読んでいた本の表紙に目を遣るハイエロファント。
短い間、何事かを考えてから、再びラーラマリアに視界を移す。
ハイエロファント「キリエは、デスとよく似てるね」
ラーラマリア「(拍子抜けしたように)・・・雰囲気が、かい?」
ハイエロファント「雰囲気もそうだけど・・・デスも、過酷な運命を背負っているから」
ハイエロファント、もう一度置いてある本に視線を戻す。
そして、すっ、と右掌を表紙の上に乗せ、両瞼を閉じる。
ハイエロファント「デスは自分の運命を『血塗れ』って表現している。マジカルランドに生きとし生ける者は、何人足りとも例外なく、彼女の大鎌で首を斬られなければ命を終わりにすることが出来ない。誰も代わりのいない、誰よりも重い、絶対必要な役目を、デスは一身に負っている・・・」
ラーラマリア「アタシらの世界じゃ、生きる者の命はちょっとしたことで消えちまうけど・・・あんたらの世界じゃ、彼女がたったひとりでそれをやらなきゃならない・・・ってことなんだね? (理解したような様子で)俄かには信じられなかったけどさ・・・あんたら見てると、真実だって思えるよ」
ハイエロファント「(目を開け、ラーラマリアを見て)信じてくれて助かるよ。ありがとう」
ラーラマリア「んで、エロファントはデスの運命を知ってて尚、奥さんにした訳だ」
ハイエロファント「と言うより、デスが死神だったから一緒になりたいと思った」
ラーラマリア「(軽く驚いて)へぇ・・・それはまたどうして?」
ハイエロファント「だって彼女の重い使命を、僕も背負えるんだよ。こんなに幸せなことはないよ」
にこ、と清廉で爽やかに微笑むハイエロファント。
一瞬だけ、きょとん、としたような顔になるラーラマリア。
すぐに、愉快そうな笑顔を浮べる。
ラーラマリア「(明るい調子で)ははっ、言うねぇ。ただの聖職者とは違うね・・・(ふう、と息をつき)防疫修道会のアタマがあんたみたいな『法王』だったら、ちったぁマシな世になってたかも知れない」
ハイエロファント「僕は大した存在じゃない。ただの、神事を司る役目を与えられた聖職者だよ」
ラーラマリア、左手の甲を腰に当て、緩やかに口角を上げる。
ハイエロファント、本の表紙に置いていた右掌を戻し、膝の上に乗せる。
ハイエロファント「それにしても、やっぱり君とキリエは縁があるんだね。ずっと以前から結び付いているような・・・偶然、と言うには説明のつかない繫がりが、ね」
ラーラマリア「(にひっ、と笑顔で)だろ?」
ハイエロファント「それに・・・夕食の時の話で、君はキリエを任務で殺そうとしたことがあった、って聞いたけど・・・(真剣な声で)今の君にそのつもりはないね?」
直後。
瞬時に、据わったような目線へと転化するラーラマリア。
笑みを貼り付けたままだが、やや尖ったような雰囲気。
ラーラマリア「(ふう、と息を吐いて)やれやれ・・・洞察は大したもの、と褒めておくが・・・」
彼女が、フッ、と意味あり気な微笑み。
ラーラマリア「(低めの、清んだ声で)それは想像に任せるよ。言わないでおく」
その返事を耳にして、静かな、真摯な表情を湛えるハイエロファント。
ラーラマリアの心理を見抜いているかのような、奥深さ。
暫しの、後。
ラーラマリア「(思い出したように)おおっと、そうだ、面白いモノを見付けたんだった」
ハイエロファント「(小首を傾げ)面白い物?」
ラーラマリア「エロファント、悪いけど、外にいるふたりを呼んできてくれないか? アタシは食堂にいるから、みんなで集まってほしいんだ」
ハイエロファント「判ったよ。確か、裏手のお墓に行っているんだったよね?」
ラーラマリア「ああ、頼むよ」
ベッドから立ち上がり、そのまま部屋を出ていくハイエロファント。
その後ろ姿に目線を繫げているラーラマリア。
それから、遠ざかる足音を聞きながら、チェスト上の本に視線を投げ、固定する。
焦げ茶色の革表紙の本。
掠れた文字のタイトルは『BIBLIA SACRA VULGATA』と読める。
ラーラマリア、懐かし気な、少し潤んだ眼でそれを見詰めている。