「キリエ~吸血聖女~」二次創作読み物   作:桁石スミオ

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閃光少女【前編】ー8

★ (その日の宵の口)モンゴメリー地区・グランドホテル・客室

 

 夜の闇が、緩やかに地上に降りてきている宵の口。

 ホテルの廊下を、堂々とした雰囲気で歩いている杏寿郎。

 ある客室の扉の前に辿り着き、躊躇うことなく、コンコン、とノックする。

 

アンナロッテ[扉の向こうから]〔(間を置かず)はい〕

杏寿郎「煉獄だ! よろしいか?」

アンナロッテ[扉の向こうから]〔どうぞ、開いてます〕

 

 杏寿郎、間髪入れず、ガチャッ、とノブを回して扉を開ける。

 勢いよく、室内に足を踏み入れる。

 

杏寿郎「失礼する!」

 

 部屋の中は、ベッドがふたつ据えられているツインルーム。

 その片側の、白いシーツの上にサンタミカエラが横たわっている。

 シャツを着崩した状態で、短パン姿。

 体側左側を下にして、猫のように身体を丸めて、眠っている。

 すう・・・すう・・・と、穏やかで規則正しい寝息を立て。

 ベッドサイドには、椅子に座ってこちらを見ているアンナロッテの姿。

 杏寿郎、足音を殺して近寄り、アンナロッテの傍らに立つ。

 ふたりの視線が、サンタミカエラの寝姿に固定される。

 

杏寿郎「(優し気な声色で)やはり、慣れない鍛錬はきつかったようだな」

アンナロッテ「そうですね。特殊な訓練であるのは、見ていて判りました。もともと基礎体力はある子なのですが」

 

 何もかも許容したような、安らかで可愛らしい寝顔のサンタミカエラ。

 眼差しを注いでいる、アンナロッテと杏寿郎。

 少しの、間。

 

アンナロッテ「(静かで、深い口調で)この子は両親を失って以来、ずっと我武者羅になってきました。黒衣の者や吸血鬼に対する憎しみと、怒りと、憤りを持ち続けて・・・若くして七会士となり、『閃姫』の二つ名を貰い、まさしく猪突猛進という日々でした。しかし・・・(サンタミカエラの髪を軽く撫で)私はずっと不安でした。跳ねっ返りで前ばかり見ていたこの子は、ありがたいことに私の注意や戒めは聞いてくれましたが、いつか足元を掬われ、取り返しのつかないことになるのではないか、と・・・」

 

 むにゃ・・・と、サンタミカエラの唇が動く。

 アンナロッテ、彼女の髪から手を戻し、杏寿郎を見上げる。

 

アンナロッテ「ソリアという都市での、黒衣の者との闘いの顛末は、ご存知ですか?」

杏寿郎「(こく、と首を縦に振り)うむ、ラーラマリアから粗方聞いている」

アンナロッテ「その日を過ぎてからでした。サンタミカエラが変わったのは」

 

 再度サンタミカエラを見詰めるアンナロッテ。

 

アンナロッテ「表面は相変わらずの彼女でしたが、それまで怒りを糧にしていたような言動が、明らかに変わりました。何か目指すべき目標を得たような、上昇志向を秘めたような・・・そんな雰囲気を持ち始めたのです」

 

 刹那の、後。

 アンナロッテの瞳が、慈愛の彩りを帯びる。

 暫くの、間。

 

アンナロッテ「(清んだ声で)恐らくサンタミカエラの心には、キリエがいます」

 

 杏寿郎、一度アンナロッテの横顔を見遣り、再びサンタミカエラに目線を送る。

 それから、理解したかのように、大きく頷く。

 サンタミカエラの落ち着いた寝息の音が、ふたりの耳朶に流れ込んでくる。

 

アンナロッテ「キリエをどう想っているのかは、まだ話してもらっていませんが、少なくとも悪く想ってはいない筈。それを問う度に、否定されたり、はぐらかされたりしてますがね」

 

 言葉の端部に、零れ落ちるような寂寞さ。

 アンナロッテの眼差しに、憂いの影が降りている。

 それを横目で見て、サンタミカエラの寝顔に視線を戻す杏寿郎。

 口元を結び、真摯な顔付き。

 

アンナロッテ「(ふっ、と自嘲気味に)個人として見護ってきたつもりですが、情けない限りです。いつかは、正直な気持ちを話してほしいのですけど・・・」

杏寿郎「(穏やかな口調で)サンタミカエラは君の妹のような存在なのだな、アンナロッテ」

アンナロッテ「(微笑んで)これほどやんちゃな妹ですからね。姉として甲斐があります」

 

 杏寿郎、静かに笑みを浮かべる。

 そしてアンナロッテを見詰め、力強さを視線に込める。

 

杏寿郎「案ずるな。いつか必ず、君に話してくれるだろう。俺はそう信じる」

アンナロッテ「(杏寿郎に目を向け、軽く頭を下げ)ありがとうございます、エンバシラ」

 

 安堵したような雰囲気で、サンタミカエラに目線を戻す、ふたり。

 深く優しい睡眠が、『閃姫』の心身を癒し続けている。

 

 

★ (深夜0時頃)フェリー桟橋

 

 漆黒の闇に覆われ、静寂が支配する、夜の波止場。

 沖合のイェルバ=ブエナ島の灯台と、港湾地区の灯台が、定期的に旋回した光を放つ。

 小型艇を接岸させる、小規模な桟橋に、一艘の小型ボート。

 特殊な造りで、どうやら軍関係の武装艇の様相。

 船体近くの桟橋の上に、2名の人影が向かい合って立つ。

 そこから20数ヤード離れた位置、コンテナが並んだ地区がある。

 ひとつのコンテナの裏に隠れて、桟橋の2名を窺っている、別の人物。

 アンナロッテから“依頼”を受けて行動している、薬局の店主。

 ボート傍の2名の様子を、コンテナの角越しに垣間見ている。

 会話の内容は明瞭に聞き取れないが、片方が怒声に近い発声、片方が委縮したような雰囲気。

 暫くの時間、そのまま。

 桟橋の1名がボートに乗り込むのを確認してから、その場を離れる店主。

 

 

★ (その15分後)カリフォルニアストリート・路上

 

 急ぎ足で、チャイナタウンへの路上を歩いている、薬局の店主。

 周囲には通行人もなく、街灯の仄かな灯りだけが闇に浮かぶ。

 いきなり。

 ブォン・・・と、極めて不気味な、空気が澱む後。

 店主、歩みを停める。

 続け左右、後方を、両目を忙しなく動かして確認する。

 誰もいない。

 その直後、再び、ブウォン・・・と羽音のような音響。

 同時に、この場の空間が歪んだような、凄まじい違和感。

 何かの影が、路上から回り込み、店主のいる右側の宙に具現化されようとする。

 即座に、スチャッ!と腰に差していたデリンジャー銃を引き抜く店主。

 “何者”かが現れそうな方向に、護身銃を向けて構える。

 だが、誰もいない。

 沈黙と闇、ところどころから街灯の灯。

 ふと、店主が路上の反対側を見遣る。

 銃を向けた先の歩道に、1匹の黒猫が歩いている。

 それ以外の動く影は、可視範囲に存在しない。

 店主、ふう、と短く溜め息をつくが、警戒の目線を眼鏡越しに射る。

 それから、デリンジャー銃を右手に下げたまま、小走りにその場を離れ始める。

 姿が角を曲がって消え、後には黒猫1匹が残される。

 その黒猫の視線が、路上の虚空に繋ぎ止めれている。

 ほとんど人の視界には捉えられないほどの、微かな空間の歪が、猫の瞳に映っている。

 途端。

 ブォン・・・と、気味の悪い音だけを放ち、影も歪みも消えてなくなる。

 黒猫が、不可思議そうに首を傾げ、残響が滞留する闇を見詰めている。

 

 

 

【 To be continued...『閃光少女(後編)』】

 

 

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