★ (その日の深夜2時頃)モンゴメリー地区・グランドホテル・客室
ホテル周囲には、沈黙と静寂が支配している。
客室のベッドで、猫のように身体を丸め、横向きに眠っているサンタミカエラ。
規則正しい寝息が、すう・・・すう・・・と立てられている。
Tシャツとホットパンツの軽装のまま、薄い掛布を纏い。
もう片方のベッド上には、誰もいない。
突然。
ガチャッ、バン!とけたたましい音を上げ、ドアが内側に開く。
すかさず、アンナロッテが大きな歩幅で、急いたように入室してくる。
彼女は修道服とペストマスクに、ウィンプル(頭巾)とベールを装備した格好。
物音に気付いたサンタミカエラが、目を覚まして、顔を少し動かす。
そして、ベッドサイドに立つアンナロッテに視線を留め、緩慢な動きで瞼を擦る。
サンタミカエラ「(寝ぼけた様子で)・・・アンナロッテ?・・・」
アンナロッテ[面の奥から]「出撃の準備をなさい。エンバシラが敵と遭遇したかも知れません」
サンタミカエラ「(瞼を何度か瞬かせ)え?・・・アニキが?」
ハッ、と急激に意識が明瞭化した様子のサンタミカエラ。
掛布を跳ね除け、ベッドに腰掛け、チェストに無造作に置いてある服に手を伸ばす。
上着に袖を通し、グローブとゴーグルを着け、ナックルダスターを手に装備し始める。
アンナロッテ[面の奥から]「エンバシラは毎晩、私たちが寝静まった頃に領事館周辺を警戒しているのです。今日も恐らく・・・しかし帰りが遅過ぎます」
サンタミカエラ、手の動きを止めることはないが、目を大きく見開く。
続いてチェストの引き出しを開け、小型のアタッシュケースを引っ張り出す。
充電済の電夾を手早く、ナックルダスターに嵌め込んでいく。
腰のホルスターにも、予備の電夾をテンポ良く差し込む。
サンタミカエラ「(ぎっ、と奥歯を噛み)オレっちの知らねェ内に・・・アニキが・・・」
アンナロッテ[面の奥から]「兵士も複数名連れていきます。場合によっては戦闘になるでしょう」
ざっ!と鮮やかな動作で、準備を終えたサンタミカエラが踵を返す。
アンナロッテも、扉に向かう彼女に続く。
既にドアの外の廊下には、3名の防疫修道会兵士が控えている。
3名共、三又の電撃杖を装備し、体側に立てている。
部屋を出て、並んで廊下を進むサンタミカエラとアンナロッテ、兵士たち。
眉を寄せ、勇ましい表情のサンタミカエラ。
★ (約15分後)カリフォルニアストリート・在サンフランシスコ日本国領事館前
サンフランシスコの夜が、いつもより深い。
気の所為か、街灯の灯りが薄暗いような雰囲気。
カリフォルニアストリートの歩道上、街灯と街灯の中間付近の闇が、揺らぐ。
その場所に、前触れもなく人影が出現。
漆黒の人型が移動し、一本の街灯の光に浮かび上がる。
背広姿の、在サンフランシスコ日本国領事、ブルックス。
顔の上半分に陰を下ろし、異様に据えた目線を前方に放る。
口端を下方に曲げ、機嫌が悪そうな顔をへばり付けている。
足取りは堂々とした感じで、石畳を蹴り上げるような動き。
眼前に、領事館の建屋が見えてくる。
正面玄関には向かわず、横道に進路を変え、角を曲がろうとする。
直後。
杏寿郎「(明瞭な声で)これは領事殿!」
あくまで快活で、よく通る声が轟く。
深夜に反響を伴って、周辺の空気を震動させながら。
ビクッ、と身体を跳ねさせ、全身を凝り固ませるブルックス。
声の発生した方向を振り返る。
自分の真後ろに、いつの間にか現れていた杏寿郎を発見。
悠然として、いつもの口角を上げた笑みを浮かべている。
ブルックス、僅かに目を見開くが、すぐに冷静に身体を返して正対させる。
ブルックス「これは先日の方・・・何事ですか、こんな夜中に」
杏寿郎「最近この付近で、深夜に不審な者がうろついていると聞いてな!」
ブルックス「(少し間を空けてから)・・・それは大変ですなぁ・・・我輩も気を付けねば」
杏寿郎「(ちら、と領事館を見て)この時間まで業務ですか! 感心感心!」
ブルックス「ええ、ちょっと急ぎの仕事が入りまして・・・(背を向け)では失礼します」
杏寿郎「(大声で)待ちたまえ!」
杏寿郎を背後にして、動きを止めるブルックス。
眉間に皺を寄せ、不快そうな表情に変貌している。
ブルックス「(振り向かずに)まだ・・・何か?」
杏寿郎「貴殿より、ある者と同じ気配がする! 俺は先日、その輩と闘ったばかりだ!」
ブルックス「(嘲笑混じりに)気配? 何をいきなり・・・」
杏寿郎「領事殿は、黒衣の者をご存知か? この国の鬼―――吸血鬼の始祖で、狂血病をばら撒いた根源!」
ブルックス「名前くらいは聞いたことが・・・(苛立たし気に)急ぎますので、これで・・・」
杏寿郎「(きっぱりと)お前は黒衣の者の関係者だな?」
ブルックス、反発したような動作で、ぐりん、と踵を軸に身体を反転させ、杏寿郎を睨む。
目の前の杏寿郎から、笑みが失せている。
口元を引き締め、揺るがない視界を向けている。
対して、大きく肩で息を吸い、見る見る怒りを顔に貼り付かせるブルックス。
ブルックス「(怒声)言い掛かりはよしてもらおう! 我輩は黒衣の者の肉体など埋め込まれていない!」
途端。
杏寿郎、両眼を爛々と見開き、鋭利な目線を射る。
瞬きひとつもせず。
少しの、間。
先に、ハッ!とした様子で、ブルックスの表情が変わる。
自分の発言の何たるかを、認識した模様。
杏寿郎「(重圧を持った声質)俺は“関係者”としか言っていない。肉体を埋め込まれた、とは一言も言っていない」
薄暗い空域に、杏寿郎の両目の眼光が、梟の如く浮かび上がっている。
気圧されたかのように、右足を半歩引くブルックス。
しかしすぐに、ギリ・・・と奥歯を鳴らして、不快極まりなさそうに顔を歪める。
静かに、すっ・・・と腰を落とし、日輪刀の柄を握る杏寿郎。
そのまま、双方が動かない。
相対した状態で、時間を固着させたよう。
深夜の街に流れる微風が、重苦しい雰囲気で、互いの足元に纏わり付く。
暫くした、後。
カリフォルニアストリートを駆け寄ってくる、サンタミカエラたち5名の姿。
全員の視界に、杏寿郎とブルックスが捉えられる。
サンタミカエラ「(はっ、とした様子で)アニキっ!」
杏寿郎のすぐ後ろに、5名が集結し、ブルックスと対峙する。
ブルックスは何の構えも取っていないが、6名を眺めて、苛立たし気に口を曲げる。
杏寿郎、ブルックスから視線を外さず、チャッ、と日輪刀の鯉口を切る。
杏寿郎「こいつは黒衣の者の肉体を埋め込まれている! 吸血鬼だ!」
アンナロッテ[面の奥から]「(冷静に)でしょうね。本物のセニョールブルックスではありませんから」
サンタミカエラと3名の兵士、驚いた様子でアンナロッテを見詰める。
構えを維持したまま、目線も前から逸らさない杏寿郎。
アンナロッテ[面の奥から]「ハポン国領事、チャールズ=ウォルコット=ブルックスは現在、ハポンのイワクラ使節団に同行されています。ワシントンでグラント大統領に謁見しているそうですよ」
サンタミカエラ「(息を飲んで)じゃあ、こんにゃろは偽者なんか!?」
アンナロッテ[面の奥から]「何故、領事の姿をしているのかは不明ですが・・・(低めの声で)黒衣の者の下僕だったとは・・・」
直後。
ブルックスの口端が歪み、ニヤァ・・・と不気味な嗤いを見せる。
一拍の、後。
真っ黒な影へと姿を変化させ、全身を闇に紛れさせるブルックス。
ブウォン・・・と、羽音のような低音を放出し、人型を溶かすように崩していく。
6名の眼前で、急速に漆黒と同化させ、液体が空に撒かれたが如き状態となる。
次の、瞬間。
ブウウウ―――ン・・・と、一際気味の悪い音が、通りに湧く。
溶解したブルックスの姿が、凄まじい速度で空間を離れ始める。
それは、まるで羽虫が大量に群れている様相。
あっという間に、それは奥の通りまで達し、角を曲がり、瞬間的に可視範囲から消える。
サンタミカエラ、目を丸くしてそれを凝視していたが、すぐに表情を引き締める。
アンナロッテ[面の奥から]「逃げましたか。(サンタミカエラと杏寿郎を見て)追って下さい。私は領事館内部を捜索し、急ぎ合流します」
杏寿郎「承知した! 追うぞ! 追いて来い! サンタミカエラ!」
サンタミカエラ「(気迫を込めて)おうっ!」
サンタミカエラと杏寿郎、ダッ!と同時に路面を蹴って、奥の通りへと駆ける。
ふたりが並んで、ブルックスが逃走した方面へと、道を折れて進行。
それを見届け、3名の修道会兵士を振り向くアンナロッテ。
サンタミカエラ[面の奥から]「(修道会兵AとBを見て)領事館内に吸血鬼がいる可能性もあります。油断せぬよう。(修道会兵Cを見て)貴方は馬を2頭準備しなさい。邸内探索後、私と波止場に行き、船を出す準備を」
修道会兵A/B/C[面の奥から]「「「(大声で)了解!」」」
三又の電撃杖を“捧げ銃”の構えで敬礼し、返事をする兵士たち。