★ カリフォルニアストリート・路上
街灯の数本が、ジジジ・・・と音を立て、一時小さくなる。
路上を、ブウウウォ・・・と震動音を撒き散らし、黒い渦が空中を流れていく。
渦は幾重の帯のような構成で、拡大すると極小の点の集合体にも見える。
それとは別に、側道の角に、ボオオオオッ!と炎の塊が発生。
即座にそれが宙を伸び、一直線に、螺旋を描きながら急接近。
漆黒の渦が、人型の影に成型されようとしている。
その場に到達した炎が解かれ、中から杏寿郎が現れる。
日輪刀が凄まじい速度で、宙を薙ぐ。
人型の身体を刃が斬ろうとした、刹那。
ブウォン!と、一瞬で躯体が四散する。
刀は、ヒュウン!と空気を分断したのみ。
杏寿郎「(目を見開き)む!」
ダン!と路面を踏み締め、杏寿郎は散らばった影を凝視する。
すぐに日輪刀を引き戻し、正眼に構え直す。
その5ヤードほど離れた空域に、一度広がった黒い影が、再度集結していく。
ブウォン・・・と、寒気のするような音を上げ、見る見る人の型を形成する。
あっという間に、偽者のブルックスが出現。
ニタ・・・と勝ち誇ったような、歪んだ嗤い。
胸を反らし、顎を上げ、杏寿郎を見下すような目線を放り投げる。
偽ブルックス「ジャパンのサムライよ! 貴様の速度では斬れぬぞ!」
杏寿郎「(撥ね付けるように)それはどうかな?」
杏寿郎、ふううう・・・と深い呼吸を一度する。
両脚に力を込め、路面を、ぐっ、と踏み締め、身体を前屈みに据える。
杏寿郎「炎の呼吸、壱の型・・・(弾ける発声で)不知火!」
ズドン!と、地を震わせる爆裂音。
杏寿郎の姿が消え、ボボボボボボッ!と路上を炎が連鎖して走駆する。
瞬時に、偽のブルックスの眼前に到達。
間髪入れず、烈火を纏った日輪刀が、相手の頸目掛けて空を裂く。
しかし。
偽ブルックス、雲霧のように四散する。
ブウォン!と、一拍で全身を空間に溶解させ、距離を開ける。
日輪刀の紅蓮は、影の一部を幾分か巻き込んで、延焼させる。
だが大部分の変化体は逃れ、5ヤードほど後方に離れて、再度人影を成型。
手応えがなかったと察知し、即座に刀を正眼に構え直す杏寿郎。
改めて離れた位置で、対峙する2名。
偽ブルックス「なかなか速い・・・(ニヤ、と嗤い)だが斬れんな!」
直後。
別方向から、ドンッ!と弾ける爆音。
刹那の間を置き。
偽ブルックスの左側方に、ザン!とサンタミカエラが現れる。
出現と同時に、振り被った右拳を、相手目掛けて全力で突く。
脇目でそれを捕捉し、ブウーン・・・と姿を崩して、空を離脱する偽ブルックス。
虚しく宙を振り抜く、サンタミカエラの拳。
それでも彼女は、すいっ、と体勢を戻し、落ち着いて腰を落として構えを取る。
偽ブルックス、液体を撒いたような形態で、空間を素早く移動。
サンタミカエラからも杏寿郎からも離れた路上の反対側に、再度人型を構築する。
サンタミカエラ「(ぎっ、と歯軋り)にゃろうっ!」
偽ブルックス「(嘲笑いつつ)フハハハ! 貴様に至ってはてんでのろい!」
3名が、三角形の配置で、それぞれ6ヤードほどの間。
鋭利な目線で偽ブルックスに視線を向ける、サンタミカエラと杏寿郎。
同時に、ハッ!と目を見開く。
街灯の灯りに、偽ブルックスの実体が晒されている。
背広姿ではあるが、それを着用している身体は、今まで見ていた人物とは違う。
全身の肌が黒褐色で、角質化してゴワゴワと波打っている。
頭部が、爬虫類のように細長く、尖った口。
頭髪はなく、地肌が完全に剥き出し。
両眼が昆虫のように丸く巨大で、赤黒い眼球を突出させている。
袖口から出ている両手は、五指が異様に長く、恐竜のような鋭利で硬質そうな爪。
杏寿郎「(ギン、と睨み)正体を現しているようだな! 最早人の姿ではない!」
偽ブルックス「そうだとも! 我輩は黒衣の者から血肉を賜った! 名を『アヴィスパ』! 死ぬ前に魂に刻んでおけ!」
杏寿郎「何故領事に擬態していた? 姿と名を騙る理由がある筈だ!」
アヴィスパ「(ニヤ、と嗤い)貴様に語る謂れなどないわァ!」
今度は、アヴィスパから動く。
モワ・・・と全身の輪郭を崩し、瞬間、透明に近いほど姿を薄くする。
そして、ブウーン!と羽根を震わすような震動音を上げ、移動。
一拍の後に、杏寿郎のすぐ手前に出現。
実体化するのと同時、右手を尖らせて、槍のようのように刺してくる。
ガッキーン!と、金属音。
杏寿郎、すかさず日輪刀を閃かせ、アヴィスパの爪先を弾く。
次の瞬間、ブウォン・・・と、姿を歪めて移動するアヴィスパ。
杏寿郎の真後ろ。
再び実体するのと、爪を槍先の如くした腕の突きが、同時。
ガキン!と、それも刃で弾き飛ばす杏寿郎。
アヴィスパ、既に杏寿郎の左側方に再出現し、攻撃。
杏寿郎、それを凌いで、日輪刀で防ぐ。
段々と、丁々発止の速度が上がり始める。
ガキガキガキガキガキッ!!!と、猛烈な硬質音が轟く。
まるで杏寿郎を取り囲む煙と見紛う、アヴィスパの形態。
その中に浮かんでは消える黒い影が、まるで分身の術を使っているかのよう。
対して、華麗と言うべき足捌きと、壮絶な反応速度で防御している杏寿郎。
アヴィスパ「(高揚したように)どうしたどうした! 躱してばかりでは我輩は斬れぬぞ!」
サンタミカエラ、両拳を腰に据えて構えたまま。
眼前の異様な戦闘に、介入する機会を窺っている様子。
しかし、アヴィスパの不安定な姿に、何処で仕掛けるべきか判断が付かない。
サンタミカエラ《畜生! 狙い目が判らねェ! 下手に手を出せばアニキに当たる!》
尚も繰り返されている、杏寿郎とアヴィスパの格闘。
杏寿郎「(アヴィスパを捕捉したまま)サンタミカエラ!」
サンタミカエラ「(ハッ!と我に返ったように)おうっ!」
杏寿郎「気遣い無用! むしろ俺ごと貫く気構えで来い! 今から言う通りに動け!」
サンタミカエラ、不敵に微笑む。
一度、大きく深呼吸をして、眉を、きり、と寄せる。
サンタミカエラ「(大声で)判った! 指示をくれ!」
杏寿郎「呼吸を脚に溜めろ! 意識を足下に集中させ! 脚の筋肉と血管すべてに空気を巡らせ! 溜めて一気に爆発させろ! 空気を切り裂け!」
その発言の間も、アヴィスパの爪は杏寿郎を抉ろうと繰り出されている。
だが、全攻撃は一度も届かず、寸前で日輪刀の剣技で受け流される。
アヴィスパの移動する羽音と、刃と爪が放つ金属音だけが響く。
アヴィスパ「(苛ついたように)何を訳の解らんことをほざいてる!」
サンタミカエラ、ゴーグルを下げ、両眼に装着する。
右脚を前に踏み出し、左足を大きく引き、拳を両腰に固定。
前屈みに身体を沈め、両足の裏に、ぐっ、と力を込める。
すううう・・・と、長く深く空気を肺に取り入れる。
サンタミカエラ《脚の筋肉に・・・血管に・・・》
両脚の腿とふくらはぎが、バン!と膨れ上がるように太く硬くなる。
しいぃぃぃ・・・と、噛み締めた歯の隙間から、霞の如き息を放出するサンタミカエラ。
サンタミカエラ《力を・・・脚だけに溜めて・・・》
更に、ぐううっ・・・と重心を下げる。
彼女の立っている路上の地下から、ズズズズ・・・と何かが湧き上がるような音。
僅かの、後。
顔を真っ直ぐに上げ、カッ!と両眼を見開くサンタミカエラ。
サンタミカエラ《空気を! 切り裂けっ!》
サンタミカエラの足元が、クワアッ!と、直径2ヤードほどの円型に発光。
ズン!と重低音が路面深くから突き上げ、地上へと達する。
直後。
サンタミカエラ、全身から発光。
路面を渾身の力で、蹴る。
ズッド――――ンンンッッッ!!!と、大爆発の轟音。
彼女の姿が、消滅。
半拍の、刹那。
バリバリバリィッ!!!と、猛烈な電光が、路面を走駆。
一直線に、ブラズマを纏った光の帯が、空域を縦に裂く。
それと同時。
杏寿郎とアヴィスパが闘う位置に、蒼白い光球が膨れ上がる。
瞬時にそれが解け、中からサンタミカエラが出現。
バチイッ!と火花を伴い、彼女の右のナックルダスターが最短距離で振り抜かれる。
ボンッ!と空気を叩き割り、宙を貫くストレート。
途端。
黒い霧のような空間の内部から、ドン!と炸裂音を残し、杏寿郎が消える。
実体化したアヴィスパの右腕が、その場に現れる。
そこに、サンタミカエラの右。
激突。
ドバジイッッ!!!と、四方八方に稲光が奔る。
メギッ!と骨が軋む、嫌な音。
アヴィスパの右肘に、サンタミカエラのナックルダスターが減り込む。
実体化したアヴィスパの顔が、痛みで酷く歪む。
アヴィスパ「(愕然として)なッ・・・・」
変化することも忘れたように動作を凝固させ、口をだらしなく開けるアヴィスパ。
尚も加圧する、サンタミカエラの拳。
ミギィ・・・と関節が逆方向に反り、更に曲がろうとしている状態。
僅かの、後。
ドンッ!と爆音を伴い、アヴィスパの側方に、ボウン!と炎が噴き上がる。
即座にそれが解け、杏寿郎が飛び出してくる。
アヴィスパの頸目掛けて、宙を薙ぐ日輪刀。
しかし。
一瞬で、ブウーン!と高周波の音を散らし、アヴィスパの姿が反転し、溶解。
すぐさま空中を靄のように漂い、急激にその場を離脱していく。
まさに、羽虫の群れが固まって移動するのと、瓜二つ。
漆黒の帯が渦を巻きながら、通りを流れ去り始める。
可視範囲から、見る見る遠ざかっていく。
サンタミカエラ、ゴーグルを頭に上げ、アヴィスパの影を睨む。
サンタミカエラ「また逃げやがるんかっ!?」
杏寿郎「(日輪刀を体側に下ろし)追うぞ! 気配を辿る!」
サンタミカエラ「(こくん、と頷き)っしゃっ! 行こうぜ!」
タッ!と石畳を蹴って、肩を並べて走駆し始めるふたり。
双方、まったく息が乱れていない。
タタタタタ・・・と軽やかで、流水のような足運び。
杏寿郎、サンタミカエラを見詰め、ふっ、と笑みを浮かべる。
杏寿郎「言われた通り! 全集中の移動が出来たな! 良い呼吸だった!」
サンタミカエラ「(見詰め返し、鼻を鳴らし、嬉しそうに)へへっ、アニキのお陰だよっ!」
杏寿郎「更に今度は! 移動の後に攻撃へ呼吸を転化させてみろ! 全集中を脚から腕、全身へ巡らせる! 君なら出来る! 気合を入れろ! サンタミカエラ!」
サンタミカエラ「(ぐっ、と両の拳を握り)おうっ! 気合入れんぞっ!」
深夜のサンフランシスコを、師弟が疾る。
カリフォルニアストリートの長い距離の下り坂を、波止場に向けて。