★ フェリー桟橋
海霧が、暗闇のサンフランシスコ湾の海上に漂う。
緩やかな夜風に乗り、それは桟橋を乗り越え、港湾地区一帯を覆う。
その波止場に、街中から一気に駆け下りてくる、サンタミカエラと杏寿郎。
先行して、逃走するように、高速で空間を飛んでくる、朧な影。
アヴィスパと思しき、黒い流動体。
可視出来たり、見えなくなったりを繰り返し、小型船の桟橋へと移動する。
一息で、留まることなく、係留してある一隻の武装艇に吸い込まれる。
小型艇のエンジン音が、鳴る。
サンタミカエラと杏寿郎、それを確認して、ぐん!と走りを加速させる。
桟橋に踏み込んで、すぐ後。
ブルルルルル・・・と重く強い音を上げ、小型武装艇が離岸する。
ふたりが桟橋の端に着いた時、既に沖合の海霧に紛れていこうとしている。
サンタミカエラ「(ちっ、と舌打ちして)野郎っ! ボート準備してたのかよっ!」
立ち止まったふたりの後方から、走り寄るひとりの人物。
気付いて振り向く、サンタミカエラと杏寿郎。
アンナロッテ[面の奥から]「(大声で)ふたりとも! 無事でしたか!」
サンタミカエラ「(目を丸くして)アンナロッテ! いつの間に先回りしてたんだ?」
すぐ目の前まで達し、別の桟橋を右手人差し指で示すアンナロッテ。
アンナロッテ[面の奥から]「こんなこともあろうかと、船を出す準備をしてました。急ぎ奴を追います。我々の船なら、振り切られる前に捕捉出来る筈。ふたりも乗船して下さい。こちらへ!」
アンナロッテ、踵を返し、再び元来た方向へと駆け出す。
サンタミカエラと杏寿郎、後続して走駆し始める。
杏寿郎「(後に続きながら)彼奴は『あびすぱ』と名乗っていた! 聞いたことはあるか?」
アンナロッテ[面の奥から]「『アヴィスパ』ですか?・・・(少し間を置き)いえ、存じません。本名か渾名かは判りませんが、『アヴィスパ』とはスペイン語で『スズメバチ』を意味します」
サンタミカエラ「(据えた目で)嫌な感じしかしねェ名前だな」
3人が、別の桟橋に到達。
防疫修道会のガスモーターボートが接岸されており、既に機動音が鳴り響いている。
アンナロッテ、サンタミカエラ、杏寿郎の順に、足場板を踏んで乗船。
甲板に待機していた1名の修道会兵士が、すかさず板を外し、船上に置く。
そして、操縦室を兼ねた広めの船室に入り、ステアリングを握る。
修道会兵C[面の奥から]「出航します!」
既に入室していた3人の内、アンナロッテが頷く。
ボボボボボ・・・とエンジンの燃焼音を高め、ボートが離岸し、沖への航路に入る。
船室の屋根に備えられている投光器が、サーチライトを沖合へと飛ばす。
波を掻き分け、段々と加速していく船舶。
暫く、湾上を進行。
やがて、武装艇らしい船影が投光に浮かび上がり、全員の目に映る。
距離はかなり遠いが、しっかりと捕捉出来る。
サンタミカエラ「(船影を凝視し)あんにゃろ、何処へ逃げるつもりだ?」
アンナロッテ[面の奥から]「イェルバ=ブエナ島と思われます」
杏寿郎「(感心して)もう察しがついているとは! 流石だな!」
アンナロッテ[面の奥から]「いえ、単に情報を得ているだけです。チャイナタウンの情報網のお陰です」
【回想シーン】
チャイナタウンの薬局。
狭い店内の奥、机の前に立ち、20枚ほどのレポート用紙に目を通しているアンナロッテ。
向かいの椅子に深く腰掛け、腕組みをしてその様子を見ている店主。
卓上には、用紙大の封筒と、10枚ほどの写真。
店主は、やや緊張した面持ち。
ペラ、ペラ、とアンナロッテが紙を捲る音だけが、店内に響く。
半分ほど読み終え、一旦手を停めるアンナロッテ。
タイプライターの整列した文章の一部を、何度か目で追う。
アンナロッテ[面の奥から]「(重めの声で)・・・なるほど。ハポン国領事は別人、しかも頻繁にイェルバ=ブエナ島に渡っている・・・基地の大尉と行動しているのも目撃されている、ですか・・・」
店主「ワタシも一度遭ってるのを見ましたケド、大尉サンが極端にオドオドしてましたっけ。何かをネタに脅されてる感じでしたぜ」
アンナロッテ、再度、レポートを読み始める。
また数ページ捲って、再び停める。
アンナロッテ[面の奥から]「陸軍基地との遣り取り、太平洋郵船会社への貨物の依頼書、送り先は・・・(疑念を持った声で)ハポンですか」
机の上の写真を一枚取り上げ、じっ、と見詰めるアンナロッテ。
暫くして、写真を卓上に置き、読み進めるのを再開する。
そして残り1ページになり、顔を上げて、彼女が店主に目線を送る。
アンナロッテ[面の奥から]「本物のセニョールブルックスが、イワクラ使節団に同行する為に臨時領事を任命する筈だった、と・・・しかし本人が領事館に戻ってきたと、職員の方々は思っていたのですね」
店主「何しろ本人の身形ですからね、だーれも疑わなかったようで」
アンナロッテ[面の奥から]「それが半月ほど前・・・それに並行して、領事館周辺での不審者の目撃情報と行方不明者・・・」
アンナロッテ、報告書を中程まで、パラパラ、と戻し、一部を再読する。
それから紙束を纏め、机の封筒を取り上げ、レポートと写真をすべて滑り込ませる。
左手で封筒を抱え、右手を懐に差し入れ、小袋を取り出し、卓上に置くアンナロッテ。
ジャラッ!とコインの崩れる音。
袋の大きさは、依頼時に渡した物と同程度。
恐らく、前回に近い金額が封入されている模様。
アンナロッテ[面の奥から]「ご苦労様でした。情報提供感謝します」
店主「(ふーっ、と長い息を吐いて)ちっとばっかし今回は危ない目にも遭い掛けたし・・・仕事は選ばないとですなァ・・・」
頭を掻きながら、苦笑して報酬の袋を手に取る店主。
【回想シーン終了】
防疫修道会のガスモーターボートのエンジン音が、重く轟く。
その船室で、アンナロッテの話を聞き終え、前方に目を向けるサンタミカエラと杏寿郎。
サーチライトが、先に逃走する小型艇を捕捉したまま。
アンナロッテ[面の奥から]「明確な理由は判明していませんが、基地の司令官である大尉はアヴィスパとやらに協力しています。(逃走するボートを指差し)多分、彼がボートを操縦してますね」
サンタミカエラ「(据えた目でボートを睨んで)脅されて、か・・・」
アンナロッテ[面の奥から]「(ふたりを見回し)以前私たちが基地に行った際に、死兵が襲ってきましたよね。狂血病による死者は、亡くなっただけでは死兵にならない。死兵が動けるのは、黒衣の者、もしくは奴の肉体を埋め込まれた者の影響下にある時だけです」
サンタミカエラ「ってことは・・・(はっ、と何かに気付き)まさかあん時!」
アンナロッテ[面の奥から]「いたのですよ。アヴィスパとやらが、あの島に」
杏寿郎「前回上陸した時は! 司令官からは鬼の気配は感じなかった! 滅した者以外からもだ! その後、領事と直接会った時も、奴からは鬼の気配はしなかった! 実際に対峙して判ったのだが、あの『あびすぱ』は気配を隠す術を持っている! 俺たちを欺き! 姿を潜めていたのだな! なるほど!」
サンタミカエラ「(眉を顰めて)気配が感じずれェ上に、姿を変化したり出来る、か・・・(杏寿郎を見て)動きが速ェってよか、煙みてェになっちまってたよな?」
杏寿郎「(サンタミカエラを見て)うむ! 日輪刀の手応えがほとんどない! まるで靄を斬っているようだった!」
サンタミカエラ「一回だけ当てられたけど・・・」
杏寿郎「実体化した時だな! 奴は実体と変化の二種の形態がある! 昨日の夜に遭遇した奴が同じであれば! 『あびすぱ』は不可視の変化の術をこなしている! 姿を四散させ! 離れた場所に実体を移動させて出現させる!」
アンナロッテ[面の奥から]「街を警ら中にウェイトレスの方を救けた時、ですね」
サンタミカエラ「(拗ねたような口調)水臭ェぜ、アニキ。オレっちにも一声掛けてくれれば、交代でも巡回出来たのにさ」
杏寿郎「すまん! 俺が勝手に回っていたのでな!」
サンタミカエラ「(にっ、と笑って)アニキらしいけどな!」
一瞬、綻んだ空気になる3人。
だがすぐに、引き締まった表情を戻し、前方の海原に視線を投げる。
サンタミカエラ「(真剣な眼で)アヴィスパを斃すにゃ、実体になった瞬間を狙うしかねェってことだな」
杏寿郎「(頷き)うむ! 変化する前! あるいは実体化した直後! その二択だ!」
アンナロッテ[面の奥から]「それと、領事館を探索した結果、地下室より血肉を喰らわれた複数の遺体が発見されました。現在、死兵になる前に浄滅している最中です。恐らく、我々がサンフランシスコに到着する前に被害に遭ったものかと」
サンタミカエラ「(ぎり、と歯を噛んで)野郎・・・」
アンナロッテ[面の奥から]「もうひとつ、判明したことが・・・遺体には、毒を受けた形跡がありました」
杏寿郎「(口を一度結んで)毒か! 人々を毒で弱らせ喰らっていたとは! まさに卑劣!」
サンタミカエラ「(ぐっ、と右拳を握り)これ以上被害者が出る前に、斃してやるっ!」
アンナロッテ[面の奥から]「くれぐれも気を付けて下さい。毒の使い手は、厄介です」
サンタミカエラ、勇ましく、凛々しい表情。
アンナロッテ、落ち着いて毅然とした佇まい。
杏寿郎、瞬きひとつせず、射るような闘気を放つ。
3名の不屈の意志が、船室の空間に満ち満ちている。
やがて。
逃走中の武装艇が、緩やかに進路を変える。
修道会兵士が操縦するボートも、追随して舵を切る。
イェルバ=ブエナ島の灯台の灯りが、段々と近付いてくる。
【 To be continued...『閃光少女(後編)』】