★ イェルバ=ブエナ島・小高い丘
島の大部分を占める小高い丘を囲む、赤土が踏み固められた坂道。
九十九折りのように、ジグザグに構成された道路。
延々と続く登り坂を、サンタミカエラが駆け上がっている。
両腕を振り子のようにして、大きな歩幅で、疾風の如く。
呼吸は正確で深く繰り返され、相当な速力で走っているにも係わらず、乱れていない。
薄明るい月光に照らされ、思ったより進路ははっきりと確認出来る。
突然、下の基地建屋前から、連続する破裂音。
ハッ!と振り向くサンタミカエラ。しかし奔りは止めず。
登坂を続行しながら、後方の基地付近に目を遣る。
暫しの、後。
爆発音や燃焼音が轟き、耳に届く。
ふっ、と不敵な笑みを浮かべるサンタミカエラ。
サンタミカエラ《(安心した様子で)アンナロッテ、やっぱすっげーや》
彼女が改めて前方に向き直り、登り坂の先に視線を投げる。
いくつかのヘアピンカーブを越えると、道が変わってくる。
丘の稜線に沿って、左前方に弧を描いて、ぐるりと軌道を形成。
そのまま一気に走り飛ばすサンタミカエラ。
位置が、基地から見て島のほぼ反対側付近に達した、頃。
段々と、金属同志が衝突するような音が、明瞭に聞こえてくる。
左側に壁のように連なる法面の、更に上の方から。
まだ姿が見えないが、恐らく杏寿郎とアヴィスパの闘いの発する音。
サンタミカエラ、走駆の速度を落とさずに、ちら、と左上を見上げる。
法面は30度以上の傾斜で、草一本生えていない。
駆け上がるには、かなり厳しい。
進行中の道路は、そのまま丘の上まで伸びている模様。
きっ、と再度前方に目線を据え、更に速力を上げるサンタミカエラ。
左方面に円弧を描く道が、海抜を高めている。
そして。
視界が、大きく開ける。
島の大部分を占める広大な丘が、下弦の月を照明とし、彼女の眼前に全容を曝す。
基地の演習場と思しき、広大な丘陵部。
周囲には草地が存在するが、中央は赤土が剥き出しの、長手500、短手250ヤードほどの楕円の地。
完全なフラットではなく、緩やかな凹凸が全体に渡っている。
その広い地の、中心付近。
金切りのような衝突音と、2名の姿。
サンタミカエラ《(はっ、と気付き)あそこかっ!》
登坂が終わったようで、足元はほとんど傾斜がなくなっている。
軽やかなステップで、ぐいっ、と全身を方向転換させるサンタミカエラ。
爪先を丘陵の中央に向け、疾駆を更に一段階加速。
滑らかな足運び。土埃もほとんど立たない。
幾分の凹凸すら物ともしない、逆らわない自然な走り。
真っ直ぐに、振れない視線を、闘い続ける2名に送る。
距離、200ヤードほど。
戦闘中の杏寿郎とアヴィスパの姿が、視界に明瞭となる。
サンタミカエラ、異変に気付く。
サンタミカエラ《(息を飲んで)アニキ!? 様子が変だ!》
遠目でも判る、いつもと違う、その状態。
杏寿郎は、ほとんど移動していない。
足捌きに切れがなく、日輪刀の振りも今までにないほど鈍い。
何とか攻撃を喰らわずに、辛うじて凌いでいるような様子。
いつもは見える、杏寿郎の全集中による炎が、一切発せられていない。
対してアヴィスパ、相変わらず凄まじい速度で変化し、実体化を繰り返している。
杏寿郎を囲む、黒い靄のように纏わり付き、息もつかせぬ攻撃。
やはり、分身の術のような、その様相。
杏寿郎は、防戦一方に見える。
サンタミカエラ、自分の中に、ぞわ、と氷塊が転がる感覚。
直線距離、約100ヤード。
戦闘中の2名は、こちらに気付いていない。
大声が、走駆し続けるサンタミカエラの耳朶に届く。
アヴィスパ「(愉悦そうに)フハハハハ! 毒が回っているだろう! もう立っておられん筈だ!」
右手を尖らせた突きを、猛烈な勢いで繰り出すアヴィスパ。
ガシ! ガシン!と、上下左右に弾き飛ばしている杏寿郎。
サンタミカエラ《(息を飲み)毒っ!?》
おのれの血の気が引くのが、判る。
目を見開き、杏寿郎を凝視するサンタミカエラ。
別の異状を、発見。
端が炎を模った純白の羽織の、左肩の部分。
真っ白の生地に、拳大の範囲が、赤黒く染まっている。
出血が拡がった、跡らしき。
異形の発言が、更に明確に耳に届く。
アヴィスパ「我輩の毒は神経毒! さっき呼吸がどうの言ってたな! 麻痺が進めばその呼吸も出来なくなる! 技どころか息も出来なくなり死ぬ! お前は終わりだ!」
サンタミカエラの裡が、真空となる。
真円に両眼を、開く。
思わず、急停止する両足。
サンタミカエラ《(茫然と)死ぬ?・・・アニキが!?》
距離、50ヤードほどの地点。
未だに杏寿郎もアヴィスパも、攻防を繰り広げており、彼女を認識していない模様。
ふしゅううぅ・・・と大きく息を吐いて、日輪刀を舞わせている杏寿郎。
顔色は判らないが、両肩が何度も上下しており、苦痛を覚えている様子。
対して、余裕綽々と言いた気に変化と実体化を交互に行い、攻め続けるアヴィスパ。
杏寿郎「(大きく息を継いで)俺は俺の責務を全うする! お前の頸を落とすまで死なん!」
アヴィスパ「瘦せ我慢とは見苦しい! サムライらしくハラキリで潔く散れ! でなければ・・・」
刹那の、間の後。
眉を、きりり、と寄せ、ギン!と鋭利な目線を飛ばすサンタミカエラ。
サンタミカエラ《(何かを振り切るように)アニキを死なせねェっ!》
不思議と、自分の内部が冷静になっていくのが解る。
サンタミカエラ、対閃光ゴーグルを下ろし、緩まないのを確認する。
右足を大きく前に出し、左足を、ずずいっ、と後方に引く。
腰を落としてしっかりと固定し、両腕を締め、拳を腰の左右に据える。
すううう・・・と、肺を極限まで膨らませ、空気を充満。
しいぃぃぃ・・・と、噛み締めた歯の隙間から、霞の如き真白な息が漂う。
サンタミカエラ《力を脚に溜めろ!》
両腿が、両のふくらはぎが、パン!と膨張し、破裂せんばかりに硬質化。
サンタミカエラの足元が、ポウ・・・と仄かな光を放つ。
サンタミカエラ《筋肉の繊維、全身の血管に空気を巡らせろ! そして・・・一気に爆発させろ!》
今度は、ゆらぁ・・・とオーラのような半透明な光が、ベール状に彼女を覆い始める。
それはサンタミカエラを中心にして、半径2ヤードほどの渦を巻く。
腰が、胸が、そして両腕が、カアアッ・・・と灼熱化。
目線は、眼前の戦闘をしっかりと捉えたまま。
足下の地面の遥か地下から、ズズズズ・・・と重低音。
一瞬で、得体の知れない“何か”が地の底から浮上してくるのが、サンタミカエラには判る。
ぐぐぐぐうっ・・・と、全体重を足の裏に込め、溜める。
すべての呼吸、すべての力が、臨界。
僅かの、後。
アヴィスパが、勝利を確信した歪な嗤いを、顔全部に晒す。
アヴィスパ「(嬉々として)我輩が斬ってやるッ!!!」
ブウォン・・・と、四散する異形の吸血鬼。
それが、決戦の合図。
サンタミカエラ《(くわっ!と両眼を見開き)閃光になれっ!!!》