アヴィスパの身体が、降って来る。
空間距離、5ヤード。
サンタミカエラ、一瞬、両足で強く地面を踏み締める。
直後。
ズドンッ!と、爆裂音。
光と化し、一歩の踏み込み。
同時に、右拳が下方より、縦の円弧を描く。
アヴィスパの真下に潜り込み、鮮烈なアッパーカット。
バギャアアッ!という音と、凄まじい純白のスパークが拳から散る。
異形の体躯の背中中央に、サンタミカエラの右。
真下から突き上げられた拳が、アヴィスパの身体を仰向けの弓形に反らす。
ボギイッ!・・・と、脊椎が砕ける嫌な音。
アヴィスパ「(嘔吐するほど口を全開にし)おご・・・」
構わず、拳を振り抜くサンタミカエラ。
ブゥ―――ンッ!!!と、風が巻き起こる音。
アヴィスパ、彼女の右アッパーにより、そのまま吹っ飛んでいく。
垂直に、頭を地面に向けて、脚を上空に向け、ブンブンブンブンブンッッ!!!と猛烈な錐揉み。
サンタミカエラの一撃の勢いが、怒涛の回転運動を与える。
まるで、人型の独楽。
異形の躯体が、玩具さながら。
打撃を受けた地点から、尚も5ヤードの放物線を画す。
重力に従い始めた、次の瞬間。
サンタミカエラ、素早く、すううう・・・と呼吸。
腰を落とし、両拳を構える。
途端。
爆雷。
ドゴオオオオオンンッッ!!!と、天に昇る電光の柱。
発光し、姿自体が光に溶けるサンタミカエラ。
同時に、光の帯が疾走し、蒼白い焔とプラズマを全方位に四散させる。
先端が、アヴィスパを捕獲。
異形体を、瞬時に光球で飲み込む。
そこを起点に。
蒼白色の光線が、離れては戻り、また離れ戻る、縦横無尽な動きを発生。
更にその周囲に、直径3ヤードの正円の軌道の残影光が湧き立つ。
アヴィスパを含んだ光球の位置を、中心。
そこから360度全方向への放射直線の光が、無数。
外周をぐるりと、別の白色光の帯が環状を形成。
一筆書きの如く、次から次へと、光線が疾風迅雷と等しく動く。
恐らく、サンタミカエラの移動。
これぞ、光速。
まるで。
上から見ると、光の残像が“車輪”となったような、形状。
それが、瞬きの間に鮮やかに、夜の闇に描かれる“絵”となる。
並行して轟く、ズドドドドドドドドドドドドドドドッッッッ!!!という、何かを連打する音。
合奏する如く、バリバリバリバリバリバリッッッッ!!!と、稲妻が奔る音。
白色光を中心点に、蒼白い烈火と雷光が、ありとあらゆる方向に迸る。
赤土の地面が、波打つように揺れる。
空気も激しく振動し、約20ヤード以上四方の宙が、ビリビリビリビリ・・・と震撼で満たされる。
中心にあたる光の球の内側で、黒い影が翻弄されて、前後左右上下の猛回転。
アヴィスパらしき姿が、天地逆さまの状態で、打撃されている。
腕が、あり得ない方向に、曲がる。
腹部と背中が正反対になったように、捻じれる。
脚が、膝の辺りから、関節駆動域を越えてツイストしている。
頭部が既に凸凹で、巨大な眼球が破裂して体液が空を舞う。
攻撃を喰らっている間、異形体は空中に留まり続けている。
全方向から受ける打撃の苛烈な力で、一度も地面に触れることがない。
今やアヴィスパは、翻弄され続けている、肉の塊。
これは。
サンタミカエラが『閃光』となった、乱舞。
彼女が『閃光』と化した、必殺の技。
今、サンタミカエラは、刃そのものとなっている。
悪鬼を屠る、白銀の刃となっている。
一方、その後方。
余りの光量に、瞼を半分閉じ、眼前の激戦を凝視している杏寿郎。
両膝を地に着け、両腕を体側に垂らしたまま、白色光の内に視界を固定している。
呼吸を深く何度も行っているが、顔色の悪化は隠せていない。
それでも、弟子の成す超絶技巧を、しっかりと見ている。
杏寿郎、ふっ、と口角の両端を緩やかに上げ、笑みを浮かべる。
片や。
ザザアッッ!と、地面を靴底で擦り、サンタミカエラが急出現。
狙っていた獲物から、約2ヤードほど離れた位置。
光が解けて四散した中心点に、アヴィスパと思しき躯体が、今も、くるくるくる・・・と回転して浮遊。
バヂッ! バヂバヂッ・・・と、放電も治まっていない。
数え切れないほどの電撃の拳で殴打され、帯電中。
アヴィスパからは、言葉が聞こえてこない。
人間大の肉玉のような形状で丸められ、宙で自転するのみ。
サンタミカエラ、腰を落とし、地を踏み締めた構え。
突然。
彼女が胸の前で、両の拳を、手の甲を上にして左右から突き合わせる。
ドバジイッ!!!と、新たなるスパークが弾け、電夾の双極同志をプラズマが結ぶ。
そして、更に腰を落とし、右脚を全力で、ズザアッ!と後方に引く。
同時に右拳を、ぐいん、と真後ろの下方向に、身体を広げて振り被る。
右のナックルダスターから、光球が発現。
バジバジバジバジッ・・・ゴゴゴゴゴ・・・と、火花を伴って膨れ上がる。
左拳は腰に据え、ゴーグル越しの眼光は刺すように。
その全身は、矢を射る前の弓の如し。
弦を渾身まで引き絞り、射出せんとばかりに。
しいぃぃぃ・・・と、サンタミカエラの噛み締めた歯の隙間から、霧のような呼吸。
尚も空中で回り続ける、アヴィスパの身体。
サンタミカエラ「(深く響く声で)シエラマドレまで・・・」
対空距離、2ヤード半。
異形体の肉塊が、僅かに落下軌道に入る。
直後。
サンタミカエラ「(爆発するような大発声)吹っ飛びやがれェェェェっっ!!!」
弓矢が、放たれる。
全身をバネとし、右の拳を最短距離で振り抜くサンタミカエラ。
すべての呼吸、すべての技術、すべての力をナックルダスターに注入し。
ボオオオンッ!!!と、空気が叩き割られる。
球となったアヴィスパの躯体の真芯に、電撃塗れの光球が叩き付けられる。
グワッ!と、急膨張する白色光。
一瞬。
空域のすべての音が、消失。
刹那の、後。
ズッドオオオオオ―――――ムッッッッッッ!!!と、蒼白色の光線が発生。
直径1ヤードの超える太さで、大砲の如き爆音を奏でて延伸。
サンタミカエラの右ストレートが、累積したエナジーを遺憾なく発揮。
直撃されたアヴィスパが吹き飛び、光線内に飲まれる。
最早、身体の形態を成していないそれが、崩壊し始める。
光の内部で、蒼白い炎に巻かれ、蒼白い稲光を散らし。
躯体の中に蓄電された電気が連動し、皮膚が捲れ上がり、粉々になっていく。
肉体は砂が流れて拡がる如く崩れ、光線に乗って散り散りとなる。
やがて。
アヴィスパ、無となる。
悲鳴すら、断末魔の声すら、出せず。
蒼白色の光線は、異形体を完全に消し去り、更に伸びていく。
仰角30度で、光輪を纏わせ、雷光を靡かせ、空を劈く。
そして、総延長100ヤード近くの、斜めの、一本の光の柱を構築。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・と、究極の技の余韻が、残響を伴う。
サンタミカエラ、右拳を突き出した姿勢で口端を引き締め、じっ、とそれを見詰めている。
光線が、緩やかに鎮まっていく。
そして、消える。
代わりに、下弦の月光が、穏やかに降り注いでくる。
沈黙が降り、静寂。
静寂。
静寂。
長い、間。
長い、間。
更に、間。
漸く構えを解き、起立し、ふううう・・・と大きな溜め息を漏らすサンタミカエラ。
すかさず、バッ!と鮮やかに踵を返し、ダッ!と地面を蹴る。
杏寿郎に駆け寄りながら、ゴーグルを上げ、表情を変え。
それまで我慢していた感情。
不安と心配を顔全体に表し、杏寿郎の眼前に屈み込む彼女。
彼は息が激しく乱れ、顔面は蒼白。
それでも尚、口元の緩やかな笑みを湛えた状態。
サンタミカエラ「(腹の底からの声)アニキぃ!!!」
杏寿郎「・・・見事だ、サンタミカエラ・・・『閃姫』の名の通りだ」
サンタミカエラ「毒喰らったんだろ!?」
杏寿郎「(ふううう・・・と、深呼吸)・・・呼吸で毒の巡りを遅らせている。心配には及ばん・・・」
サンタミカエラ、即座に杏寿郎の右脇下に潜り込む。
そして彼の右腕を自分の肩に回し、しっかりと引き付けて固める。
左腕で杏寿郎の腰を、がしっ、と抱え込んで、そのまま立ち上がる。
驚いた表情の杏寿郎を支えながら、一歩右足を踏み出すサンタミカエラ。
サンタミカエラ「(勇ましく)すぐに・・・アンナロッテんとこに連れてってやるから!」
杏寿郎「(静かに笑い)・・・心配ない。キリエもラーラマリアも、俺は死なないと言っていた・・・」
サンタミカエラ「(張りのある声で)当たり前だろっ! オレっちが死なせねェ! ぜってェ死なせねェっ!」
丘陵部の、今しがた駆け登って来た坂道の方向へと、歩を進めるふたり。
眉を顰めて口を結び、杏寿郎を介助して足を運ぶサンタミカエラ。
そして、背中越しに彼の左肩に視線を繫げ、羽織の上に拡がる血を見て、ぎり、と奥歯を噛む。
やや穏やかな安らいだ顔で、サンタミカエラと一体化した状態で歩く杏寿郎。
少し、進行した後。
背後から、声が飛ぶ。
修道会兵C[面の奥から]「(大声で)おふたりとも! こちらです!」
サンタミカエラと杏寿郎、思わず振り返る。
約50ヤードほど後方に、修道会兵士が走り寄って来るのが確認出来る。
方角は、登坂の道路方面から、丘を挟んだ反対側。
陸軍基地施設のある、方向。
立ち止まって顔を向けたまま、それを凝視しているふたり。
兵士の遥か後方には、基地近くから立ち昇る煙が揺らいで見える。
すぐ近くまで駆け寄り、息を切らして、ふたりを見遣る兵士。
修道会兵C[面の奥から]「薬読様のご指示で、基地側から縄梯子を設置しました! 道路より早く下に降りられます! 今、薬読様が解毒薬の準備をされてます! 急いで下さい!」
心底の驚嘆を覚え、顔を見合わせるサンタミカエラと杏寿郎。
そして、示し合わせたように同時に、ふっ、と笑みを浮かべる。
サンタミカエラ「(感嘆したように)やっぱアンナロッテ、すっげーな!」
杏寿郎「(苦しそうだが、感嘆して)うむ。流石としか言いようがない」
それから、身体を寄せ合ったまま、進む先を180度返す。
修道会兵士が、杏寿郎の左横に並び、彼の歩きを補助するような動作。
3名が、基地へ繋がる縄梯子へと、移動していく。
後には。
半月光が降り注ぐ、無人の丘陵地。
先程の激闘が嘘のような、静けさ。
散っていった異形体の粒子すら、見当たらない。
ただ夜風が吹き、遠くの地平は、夜明けの近い薄明るさを帯び始める。