★ (現在)大正四年・日本国・東京府・山中
半月の月明かりが、黒土の小道を照らす、深い山中。
キリエ、先程斃した鬼の遺骸に、静かに視線を投げる。
頸の風穴からの湯気は、既に治まって消えている。
キリエ《ヨコハマの港に着いてから、今日で5日目・・・随分山奥まで来た。こいつが、5体目のオニ・・・》
鬼が絶命したのを確認して、踵を返し、別の人物へと接近する。
道に俯せに伏して倒れている、編み笠を被った旅装束の男性。
こちらも、動く気配がない。
傍らに屈み込み、両膝を着き、傘を体側に置き、男性の身体の下に両手を差し込む。
力を込め、ぐいっ、と男性の身体をひっくり返す。
編み笠が外れて落ち、顔が天に向く。
口から多量の吐血、両目を閉じ、呼吸音がしない。
腹部の衣服が裂かれ、そこを中心に、半身が大量の血で塗れている。
男性の左手首に、そ、と右手を添えるキリエ。
脈が、ない。
こちらも、亡くなっている。
キリエ、瞬間、くっ、と奥歯を噛み、悔しそうな表情になる。
キリエ「(憂いを込めて)ごめんなさい・・・間に合わなかった・・・」
そして目を伏せる。自分の両掌が視界に入ってくる。
べっとり、と鮮血に染まっている掌。
旅人の遺体を反転した際に、付着した模様。
途端。
ドクン!と強い拍動が、胸に響くキリエ。
急速に早鐘を打つ心臓。
映る血よりも赫く輝き出す、キリエの瞳。
両掌を眼前まで挙げ、多量に付いた血を凝視する。
キリエ《(切なそうに)血・・・》
否応なしに、自分の根幹に存在する何かに呼応する。
段々と荒く、早くなっていく呼吸。
かはーっ・・・かふぅ・・・と、肩を上下させて息をするキリエ。
キリエ《(段々と息を上げ)暫く・・・口にしてなかった・・・でも・・・》
瞳孔が拡大し、内側が更に闇に染まる。
赫い瞳と漆黒の瞳孔が、有無を言わせぬ深遠さを纏う。
突如。
足音。
何処からか、タタタタタタタ・・・と、段々と、しかし急速に距離を詰めてくる。
ハッ!と顔を上げ、きょろ、きょろ、と左右を見回すキリエ。
直後。
ダン!と、誰かが地面を蹴る。
斃した鬼、自分と旅人、その延長線上の山道。
ブワアッ!と、鮮やかな跳躍で、藪を飛び越えて人影が出現。
履物が地面を擦る、ズザアッ!という音が鳴り、そして、ピタ、と停止する。
薄い土煙の紛れて立つ人物が、半月の明るい光に浮かび上がる。
短髪の少年。その頭髪は黒地に赫みが掛かり、後方に流した髪型。
額の、向かって左側に、ギザギザの形状を成す赫い痣が目立つ。
きりり、とした眉の下に力強い目。瞳は赫銅色。
緑と黒の市松模様の羽織、黒い詰襟の軍服と思しき着衣。
腰から下は黒い袴、足元は白い脚絆、そして草履。
焦げ茶色の木製の縦長の箱を、背中に負っている。
刀を正眼に構えている。刃の色は、漆黒。それの鞘らしき物を腰に差す。
キリエ、目を丸くして、少年を凝視する。
キリエ《(息を飲んで)カタナ? それに軍服みたいな服?》
血で染まった両掌を上向きに掲げたまま、動きを停めて、視界を向ける。
少年は構えた刀越しに、じっ、とこちらを見ている。
宙で結び付く、目線。
キリエ《煉獄さんと同じような服と武器・・・もしかして・・・》
距離、約3メートル。
少年は武器を構えているが、その雰囲気は、妙に落ち着いている。
こちらに送られる視線は、厳しいものでも、刺すようなものでもない。
何より、殺意を放っているような緊張感が、まったくない。
岩の如き不動さと、静かな水面の凪の如き雰囲気。
暫くして。
僅かに切っ先を下げ、眉を寄せる少年剣士。
少年剣士「(落ち着いた声で)君は・・・鬼?」
キリエ「私がオニってことは判るの?」
少年剣士「(こくり、と首を上下に振り)ああ。でも、今まで逢った鬼とは違う・・・半分は人間、半分は鬼・・・」
驚嘆を覚えるキリエ。
思わず、両手を体側に下げ、だら、と力を抜く。
キリエ《当たってる・・・この人、凄い感覚ね》
両膝を地面に着けたまま、ずい、と身体を捻って、方向を変えるキリエ。
向き合って対峙する、ふたり。
ちら、と更に奥の地面に伏している鬼の身体を、キリエ越しに見遣る少年剣士。
少年剣士「そっちの鬼は息がない。君が斃したのか?」
キリエ「(頷いて)ええ。(男性の遺体を見て)この人が襲われてたところに遭遇したの。救けようとして闘ったけど、間に合わなかった・・・命乞いの言い訳にしか聞こえないと思うけど」
少年剣士「鬼の遺体から日輪刀に近い〝匂い〟がする・・・でも君は日輪刀も持ってないし、鬼殺隊士とは違うみたいだ」
キリエ「(はっ、として)キサツタイって、煉獄さんがいた組織?」
突然。
彼が、両眼を正円に見開く。
少年剣士「(物凄く驚いた声で)煉獄さんを知ってるの!?」
キリエ「短い間だけど、一緒に闘ってくれたわ。2体の吸血鬼・・・オニを斃すのに、手を貸してくれた。炎を出す剣技は凄かったわね」
唇を少し開いた状態で、固まる少年剣士。
驚きを隠すことなく、唖然とした顔。
少年剣士「君は・・・一体・・・」
キリエ、左右の掌を地面で、ザザザッ、と何度か擦り、血糊を剥がし落とす。
それから、パン、パン、と手を叩き合わせて、土と砂を掃う。
右手に、路面に置いた仕込み傘を握り、身体を起こす。
両脚に力を込め、すっく、と腰を上げ、両足を肩幅に広げ、真っ直ぐに立つ。
振れることのない視線を、少年に向ける。
キリエ「信用してもらえないと思うけど、自己紹介するわ。(きっ、と引き締まった表情)私の名は、キリエ。43年前のアメリカから、今のジャパン・・・この国に来た。目的は、貴方たちの言うオニと同じ存在、吸血鬼・・・その元凶の『黒衣の者』を追って、ここに着いたの。あいつを殺す為に」
二拍の、間の後。
少年剣士、すっ、と構えを解き、刀を右手に持って体側に下げる。
そしてキリエと同じように、両足を肩幅に位置させ、姿勢を正す。
訝し気に、瞼を少しだけ降ろすキリエ。
彼からは、何の疑念の空気も感じられない。
キリエ「信じるの? とても信用出来ない内容よね?」
少年剣士「普通に考えれば突拍子もない話だけど、信じるよ。君が言ってることは全部本当だからね。俺は鼻が利くんだ。君からは、嘘の〝匂い〟がしない」
キリエ「(眉間に皺を寄せ)〝匂い〟?・・・」
キリエの右腕が上がり、肘を曲げ、手の甲を顎先まで近付ける。
そのまま上腕付近を口元に寄せ、くん、と鼻を鳴らす。
少し、間を空け。
何度か、くん、くん、と自分の右上腕部の臭いを嗅ぐキリエ。
ふっ、と口角を上げ、両眼と眉を緩める少年剣士。
少年剣士「(目を細めて)そういう臭いじゃないよ。大丈夫」
キリエ、半信半疑の雰囲気で、漸く右腕を下ろす。
少年剣士、刀の刃先を自分の腰の鞘の口に掛け、流れるように、カシュン、と収める。
少年剣士「(晴れやかな声で)俺は、竈門炭治郎。鬼殺隊士で、階級は癸」
キリエ「カマド?・・・(少し思い出す仕草)ねぇ、カマドって名前、この国ではよくあるの?」
少年剣士「いや、俺の家族と親類にはいるけど、炭焼きの家系以外ではあまりいないと思うよ」
キリエ「煉獄さんが話してた。カマド少年たちに後事を託した、って・・・もしかして、貴方、妹いる? 名前は確か・・・ネズコって言ってた・・・」
少年剣士「(目を見開いて)・・・それ、俺たち兄妹のことだ」
炭治郎、驚きを顔に浮かべて、キリエを見詰める。
キリエ、落ち着いた表情で、炭治郎を見詰める。
やや、間を置き。
すっ、と右掌を上に向け、手を差し出す炭治郎。
炭治郎「キリエ、って言ったね。良ければ、詳しい話を聞きたい。逆に聞きたいことがあれば、聞いてくれ。俺たちと一緒に来てくれないか?」
キリエ「願ってもないことね。この国に来て数日・・・勝手が判らなくて困っていたところなの。知りたい情報も山ほどあるわ・・・オニの私で良ければ、同行させて」
炭治郎「(頷いて、柔らかい笑みで)よろしくな、キリエ。俺のことは、炭治郎、って呼んでくれ」
キリエ「(頷き返し)判ったわ、炭治郎」
炭治郎、ザッ、と歩を進め、キリエに歩み寄って行く。
炭治郎「移動する前に、ふたりを埋めてあげよう」
キリエ「ふたり?・・・(振り返って、鬼の遺骸を見てから顔を戻し)まさか、あっちも埋めるの? 襲われた人だけじゃなく?」
傍の旅人の遺体に目を遣り、炭治郎に視界を移すキリエ。
彼女のすぐ横で立ち止まり、前面の鬼の遺骸に目線を送る炭治郎。
炭治郎「頸を斬られて消滅した訳じゃないから、身体が残っていれば埋めてあげたい。(目線をキリエに向け)鬼は人間だからね。成仏してほしい」
炭治郎と視線が絡み、ハッ!と息を飲んで止めるキリエ。
その赫銅の瞳は、感嘆すべき穏やか彩り。
今まで見たことのない、静かで、柔和で、どこまでも深い。
凪の水面の如く。
音のない森林の如く。
キリエ、言葉を失う。
キリエ《(茫然と)何て、慈しい眼・・・》
炭治郎の歩みが再開され、鬼の遺骸の方に歩を進めていく。
その背中に視線を留め、目を細くするキリエ。
キリエ《私と対峙した時もそうだったけど、この人からは殺気をまるで感じない・・・》
炭治郎、伏している鬼の傍らに屈み込み、遺骸を確認している模様。
キリエ《煉獄さんとは別の、変わった人だけど・・・悪い気は全然しない・・・》
キリエ、ふっ、と表情を緩める。
彼の落ち着いた横顔に、暫く眼差しを固定し、歩み寄っていく。