「キリエ~吸血聖女~」二次創作読み物   作:桁石スミオ

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試練に耐えうる人は、幸いなり【前編】ー8

★ 蝶屋敷・母屋

 

 夜半近く。

 蝶屋敷邸内、治療棟とは離れた別棟。

 日本文化の推移を集めたような、立派な造りの、母屋。

 様々な低木樹に囲まれた赤土の庭があり、大変に広い。

 初夏の花々が、生命を謳歌する如く、随所に、多数咲き誇る。

 その花と花の宙を、揚羽蝶が、ひら、ひら、と嫋やかな羽ばたきで行き交う。

 夜だというのに、無数。

 月光に翻り、踊る蟲の、不規則な群舞。

 母屋の縁側、そこに面する部屋の障子が、大きく開かれている。

 八畳の和室に、三組の布団が、川の字に並んで敷かれている。

 中央の布団には、禰豆子が掛布を肩まで被り、両目を閉じて寝息を立てている。

 左側の掛け布団の上には、炭治郎が胡坐をかいて座る。

 右側の掛け布団の上には、キリエが膝を立てて抱えて座る。

 キリエと炭治郎は、同じ薄緑色のパジャマに、上下を着替えている。

 禰豆子は、薄紅色の和装の寝間着に着替えて、布団に潜っている。

 開け放たれた障子、縁側越しに、見える庭。

 蒼白い月の光が溢れるそこを、時折眺め、互いに視線を交わし、会話をしているふたり。

 間に挟まれている状態の禰豆子、すう・・・すう・・・と、深い寝息。

 

炭治郎「(笑顔で)そうか。しのぶさんが調べてくれるなら、助かるな」

 

 安堵したように一度息をつき、キリエを見詰める炭治郎。

 何となく、窺うような表情になり、炭治郎を見詰めるキリエ。

 

キリエ「彼女から聞いたんだけど・・・家族をオニに殺されてるの?」

炭治郎「(頷き)ああ、鬼舞辻無惨に」

キリエ「私もオニよ。憎くはないの? 今更聞くのは遅いと思うけど」

炭治郎「(一際大きく頷き、即答)ああ、憎くない」

 

 すぱっ、と鮮やかに斬り込むような、返答。

 キリエ、怪訝そうな顔色を浮かべる。

 

キリエ「私を吸血鬼だって知った人は、大抵怯えるか、憎らし気に見るか、殺そうとして銃を向けるかしていた。だからそうじゃない反応されると・・・(目を伏せ)何て言ったらいいのか・・・」

炭治郎「君と出逢った人の全員が、君に悪意を向けた訳じゃないだろ?」

キリエ「そうだけど・・・(一段と重い声で)私のことを友達だって言ってくれた人は、みんな死んだわ。親しくなってくれた人も、大勢・・・だから、反って悪感情を持ってくれた方が・・・」

炭治郎「それは出来ないな」

キリエ「(顔を上げ)どうして?」

炭治郎「君は〝明日〟を手にしたいんだろ? これ以上誰にも、悲しい思いをさせない為に」

 

 言葉に詰まる、キリエ。

 炭治郎の発言には、躊躇や惑いがない。

 

炭治郎「(深い響きの声質)俺も同じだから。鬼が増えることで、悲しむ人を無くしたい。もう誰にも、悲しい思いをさせたくない。だから無惨を斃す・・・(優しい声で)俺と同じ、自分と同じ志を持つ君に、悪い感情は持たない。安心してくれ」

 

 真摯で、揺るがない、言質。

 炭治郎、真っ直ぐ一直線の目線を、キリエに送る。

 尚も、言葉を発することが出来ない、キリエ。

 

炭治郎「(にこ、と笑い)大丈夫だ、君と親しくなっても死なない奴がいるって、俺が証明するから」

 

 キリエの両の眼が、静かに、丸く見開かれる。

 息を飲み、すべての仕草を停止。

 更に一歩、踏み込んできた、炭治郎の発言。

 自分の中心核にある何かが、打ち震える。

 涙腺が、緩む。

 喉の奥に、つん、とした感覚が湧く。

 奥歯を、ぐうっ、と思い切り噛み締め、それ以上表情に出さないようするキリエ。

 突然。

 炭治郎、きり、と眉を吊り、ふんっ!と鼻息を荒く吹く。

 

炭治郎「(明朗に、勇ましく)竈門家の長男だからな! 折れても挫けることは絶対に無い!」

 

 そして腕組みをし、どうだ、とばかりに胸を張る。

 彼の両眼が、キラ、と得体の知れない勇ましさで輝く。

 一連の流れを見遣り。

 キリエ、ふっ、と緊張を解いたように顔を緩める。

 

キリエ「(微かに口角を上げ)・・・何なのその、長男理論」

 

 そう返されても、尚も自信満々さを保っている炭治郎。 

 ふと。

 禰豆子が、小さく寝返りを打とうとして、ごそ、と身体を動かす。

 ふたりの視線が、同時に彼女に注がれる。

 

キリエ「(禰豆子の寝顔を、じっ、と見詰め)よく眠ってるわね・・・」

炭治郎「禰豆子は人を襲わない。血肉を喰わない。鱗滝さんの話では・・・(キリエに視線を向け)鱗滝さんは俺の師匠でね、鱗滝さんが言うには、禰豆子は眠ることで体力を回復してるかも知れない、ってことなんだ」

キリエ「そう・・・(炭治郎と視線を絡め)私も眠って体力が回復出来れば良かったかもね」

 

 ふ、と小さい笑みを口元に浮かべる炭治郎。

 腕組みを解き、右掌を差し出し、禰豆子の頭に乗せる。

 そして柔らかく、且つしっかりとした動作で、撫でる。

 

炭治郎「俺がきっと、禰豆子を人間に戻してやる。兄ちゃんが、絶対に・・・」

 

 眼差しを緩め、その様子を眺めているキリエ。

 炭治郎が、愛しむように手を動かしている間、ずっと。

 暫くして。

 キリエ、徐に顔を上げ、室内を、ぐるり、と見回し、再び炭治郎に視線を繫げる。

 

キリエ「(ふう、と溜め息を吐き)それにしても、ジャパンの住居って、変わってるわね。慣れるのに時間が掛かりそう。(右手人差し指で下を差し)タタミとフトン、だったっけ? 使ったことない」

炭治郎「(身体を起こし)病室のベッドが空いていれば、使えるかもな。しのぶさんに聞いてみようか?」

キリエ「(首を左右に振って)いいわ。怪我人優先だし・・・何とかなると思う」

炭治郎「そっか。頑張って慣れるんだぞ、キリエ」

キリエ「(くす、と小さく笑み)寝るのにそんな気合はいらないんじゃない?」

炭治郎「(つられたように、笑って)それもそうだな」

 

 炭治郎、すっくと立ち上がり、縁側に歩み寄る。

 障子の引手に手を掛け、左右から、スーッ、タン、と閉じる。

 純白の障子紙を通して、月の光が柔らかく変化し、室内を照らす。

 それから、布団に戻った炭治郎の動きを見真似、布団に潜り込むキリエ。

 

炭治郎「おやすみ、キリエ。ゆっくり休んでくれ」

キリエ「ええ、貴方もね、炭治郎」

 

 仰向けになったキリエの瞳に、木張りの天井が映る。

 港に着いてからの数日間の出来事が、頭を過ぎる。

 やがて。

 不意に強い微睡みを覚え、両の瞼を閉じるキリエ。

 数刻後。

 三人の、規則正しい寝息が、八畳間に流れ始めていく。

 

 

★ (同時刻)東京府・何処かの山中の街道

 

 月が雲に、出たり隠れたりしている。

 漆黒の闇に埋められた、山中、樹々の間。

 細い沢沿いに、黒土の長い道。

 山並みと山並みの間を抜ける、峠越えの街道。

 湧き水が、コポ、コポ、と噴いている、規模の小さな岩の側。

 和服姿の、若い女性が立っている。

 頬かむりから溢れるように、真っ黒な長い髪が伸びて下がる。

 面妖な、雰囲気。

 女性の足元、街道の路面上に、仰向けに倒れている壮年男性。

 頸が横に真っ二つに裂け、大きく開いて固まった口、上半身が血塗れ。

 男性の両眼は反転し、白目。

 呼吸がされていない。

 絶命している模様。

 それを見下すような姿勢で、だら、と両手を垂らして立つ女性。

 口の周囲と顎先まで、鮮血で塗れている。

 

女性「(ニヤアァ・・・と嗤い)あとひとり・・・あとひとりで・・・」

 

 鋭利な角度で上がった口端から、ずらり、と見える牙。

 おどろおどろしい空気が、周囲に漂い、充満。

 それを四散させるような風がなく、閑さが山を支配している。

 

 

 

【 To be continued...『試練に耐えうる人は、幸いなり(中編)』 】

 

 

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