「キリエ~吸血聖女~」二次創作読み物   作:桁石スミオ

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試練に耐えうる人は、幸いなり【中編】ー3

 しのぶの目線が、キリエに移る。

 キリエ、僅かに唇を開き、表情を固めている。

 少しの、間を置いて。

 徐に顔を上げ、しのぶに視線を送るキリエ。

 

キリエ「紙を1枚、くれる? あとペンも借りたいんだけど」

しのぶ「(頷いて)いいですよ」

 

 しのぶ、右側の一番下の引き出しを開け、真っ新の紙を一枚抜き出す。

 それを左手に持ち替え、同時に卓上の筆皿から、万年筆を右手で取る。

 ふたつを、キリエに差し出す。

 彼女が受け取った後、事務机の二冊の本を一度畳み、右寄りに重ねて置く。

 キリエ、眼前の開いた卓上に、白紙を乗せる。

 すぐに、椅子を少し机に近付けて、座り直し、キュポッ、と万年筆のキャップを外す。

 紙に覆い被さるような姿勢で、筆先を走らせるキリエ。

 しのぶと炭治郎、その様子を、じっ、と見詰めている。

 シュッ、シュッ、と軽やかな動きで、筆先が紙面を踊る。

 卵型に円を描き、その上部左右に突き出た、巨大な2本角。

 円を縦に、1本の線。両眼と口は、ジャック=オ=ランタンの如き形態。

 円の左右に、長髪が零れるように位置する。

 襟元にスカーフ、左右に大きく拡がるマント。

 そして筆先を、シャッシャッ、シャッシャッ、と大きく斜めに走らせるキリエ。

 紙面に斜め線で記された、マントに当たる箇所が、見る見る塗り潰されていく。

 1分弱で、絵が完成。

 青混じりの黒インクで、ひとつの像が描き上げられる。

 キリエ、ふう、と息を継いで、身体を起こす。

 しのぶと炭治郎の目線は、紙面に固定されたまま。

 

キリエ「私が直接闘った時の、あいつ・・・黒衣の者の姿が、これ。(万年筆で差し)全身を黒いマントで覆ってる。こっちは仮面なんだけど、大きな二本角。身長は相当高いと思う」

 

 ほおっ・・・と、同じ動作で吐息をつく炭治郎としのぶ。

 

炭治郎「(感心したように)絵、上手いな、キリエ」

しのぶ「そうですね、達者です。解り易いです」

キリエ「(少し戸惑って)ちょっと、茶化さないで」

炭治郎「いやいや、茶化してないよ。俺は絵心ないって言われてるからな、羨ましいよ」

しのぶ「(笑顔で、皮肉っぽく)炭治郎くんの絵を褒める人がいたら、お会いしたいです」

 

 妙に納得した様子で、うんうん、と頷きを繰り返す炭治郎。

 左手人差し指で、軽く頬を掻くキリエ。

 反応に困っている雰囲気。

 しのぶ、改めて絵を凝視し、眉を寄せる。

 

しのぶ「この姿・・・遠目から見たら鬼に見えますね」

キリエ「(しのぶを見て)そうなの?」

炭治郎「確かに・・・(少し考えて)もしかして、それで報せを受けた隊士が現地に行って、この『黒衣の者』を斬ったってことは考えられないか? 患者が十二人以上増えてないっていうのも・・・」

キリエ「いや・・・(重厚な声で)あいつは死んでない」

 

 キリエの断言に、ピリ、と空気が張る。

 炭治郎としのぶの両眼が、同時にキリエに向けられる。

 

キリエ「黒衣の者は煉滅弾・・・爆薬を仕込んだ特別弾頭で頭を吹き飛ばしても、死ななかった。再生した。斬られて死ぬとは思えない」

 

 しのぶ、真剣な面持ちへと転化する。

 炭治郎、引き締まった顔立ちで、口を結ぶ。

 キリエ、自分が描いた絵に視線を下ろし、睨む。

 

キリエ「あと、あくまでこれは私の感覚だけど・・・(深い声色で)私が時間を超えてこの時代のジャパンに着いたのは、あいつに呼び寄せられた気がしてならない。黒衣の者は40年以上もこの国の何処かに潜んでて、試していると思う」

炭治郎「(小首を傾げて)試す?」

キリエ「あいつは言ってた。『狂血病で人の魂を試している』って・・・『人の魂が、殺戮と血の狂気の中で、気高き魂を持ち続けるかどうか試している』そうよ」

しのぶ「(少し怒気を含んだ声で)随分とふざけた存在ですね。何様のつもりでしょうか」

キリエ「実際に試してるのは、神様らしいの。(更に眉を顰め)だから私は、神様は嫌い」

 

 遠くに視線を投げるような、且つ鋭い目付きになるキリエ。

 口端を引き締めた彼女に纏われる、尖った雰囲気。

 更に、キリエから感じ取れる、力及ばずと言いたげな無力感。

 炭治郎としのぶ、彼女の横顔を見詰め、心配げな表情を浮かべる。

 暫く。

 更に、間。

 キリエの顔に、幾分落ち着きが戻る。

 頃合いを見計らったように、しのぶが卓上の二冊の書物の上に、ポン、と右手を乗せる。 

 

しのぶ「それにしても、キリエさんのお話の通りでした。文書では名こそ不明ですが、『狂血病』と『黒衣の者』が四十年以上前に日本で、しかも東京府で確認されていたことが、公的文献と新聞ではっきりしましたね」

キリエ「(深い響きの声)・・・やっぱり、来ていたのね・・・」

 

 キリエ、両手を膝の上で拳にし、ぐっ、と握る。

 そして、しのぶに真っ直ぐに視線を向け、居住まいを正す。

 

キリエ「ありがとう、しのぶさん。お陰で・・・あいつの尻尾を掴めた」

 

 丸椅子から腰を上げ、両足を肩幅に広げ起立するキリエ。

 炭治郎に目線を向け、その後にしのぶに視界を向ける。

 

キリエ「早速だけどその場所、今から向かってみるわ。43年前のことでも、もしかしたら今でも何か痕跡や情報が残されてるかも知れない。可能性があるなら、何処にでも行く」

しのぶ「(コク、と頷いて)判りました。それでは、地図ではなく、私の鎹鴉に案内させましょう。キリエさんは鴉に追いてってもらえば大丈夫です。その方が迷わず、最短で着きますよ」

 

 キリエ、意外そうに瞼を何度か瞬かせる。

 しのぶ、流れるような動作で椅子から立ち上がり、踵を返す。

 一歩だけ、開け放たれた窓に歩み寄り、庭の方向を見る。

 

しのぶ「(やや張った、通る声)艶、控えてますか? こちらへ」

 

 途端。

 庭の奥、高木の広葉樹の上部から、バサバサッ、と羽音。

 間を置かず、中空を滑空し、一羽の鴉が飛来。

 窓の近くで数度羽ばたき、ちょこん、と枠に止まる。

 鴉を近くで見ると、艶やかな羽根を持っているのが判る。

 目付きが柔らかく、穏やか。

 

艶[鎹鴉]「オ呼ビデスカ、シノブ様」

しのぶ「(右掌を上にして、キリエに向け)こちらのキリエさんを、今から言う場所まで案内してあげて下さい」

艶[鎹鴉]「(頷いて)畏マリマシタ!」

しのぶ「場所は、南多摩郡恩方村です。西に向かって下さい」

 

 突如。

 窓の外、ブワサアッ!と、急に羽音と黒い影。

 窓の延長線上に、もう一羽の鴉が舞い降りる。

 

天王寺松衛門[鎹鴉]「(かなりの大声で)炭治郎ォ! カアアァァ!」

 

 キィーン!・・・と残響を放ち、室内に飛び込んで来る甲高い声。

 思わず、両掌で耳を塞ぐキリエ。

 自然な動作で、窓の外に目線を放る炭治郎。

 微笑んではいるが、幾分固めの視線になるしのぶ。

 その眼前、先にいる艶の隣の窓枠に、トンッ!と止まる天王寺松衛門。

 まるで弟子を見る師匠のような、威風堂々とした顔付き。

 キリエ、両手を耳から離しつつ、ここぞとばかりに眉を顰める。

 

キリエ「・・・もう少し声落として。ウザい」

天王寺松衛門[鎹鴉]「ウザクナァイ! 指令ダ! 指令ダァ! 鬼出現! 鬼出現ン! 今スグ西ヘ向カエェ! スグニ行ケェ! キリキリ働ケェェ!!!」

キリエ「(イラッ、とした様子で)何なのこいつ・・・」

 

 炭治郎、引き締まった表情を浮かべる。

 

炭治郎「(天王寺松衛門を見て)すぐに準備するよ。場所を教えてくれ」

天王寺松衛門[鎹鴉]「場所ハ! (一度、グッ、と溜めて)恩方村ァ! 南多摩郡恩方村ァァ!!!」

 

 直後。

 三人の眼が、丸く見開かれ、停止。

 それぞれが、驚きを隠さず、顔に出している。

 天王寺松衛門、何事かと言いたげに、キョロ、キョロ、と全員を見回す。

 艶は、しのぶと天王寺松衛門を交互に見て、小首を傾げている。

 そのまま、暫く。

 漸く。

 キリエがしのぶに、その後は炭治郎に、啞然とした顔を向ける。

 

キリエ「もしかして・・・同じ場所なの?」

 

 数拍の間を、置き。

 しのぶ、ニコッ、と目を細めて、大きな動きで首を縦に振る。

 

しのぶ「(明るい口調で)これはもう、何かに導かれたとしか思えませんね」

 

 炭治郎、すっ、と椅子から起立し、身体をキリエに正対させる。

 眉を、きり、と引き締めて、勇ましい表情。

 キリエ、同調した雰囲気で、炭治郎と向かい合う。

 

炭治郎「(芯の通った声で)一緒に行こう、キリエ」

キリエ「(こく、と頷き)ええ、よろしくね。それと・・・(凛とした声で)私も手を貸すわ、オニ退治」

炭治郎「(静かな笑みを湛え)キリエが手助けしてくれるのは、頼もしいな。でも、決して無茶はするなよ。君は『黒衣の者』の調査が、主だからな」

キリエ「解ってる。解った上で、両方やってみせる」

 

 交わす言葉に、力強い響き。

 交わす眼差しに、不動の色合い。

 しのぶ、ふたりを視界に映し、眦を緩めて微笑む。

 窓枠の二羽の鴉、短く息を継ぎ、小さく一度ずつ頷く。

 

 

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