★ (一時間後)恩方村・森久保・龍泉寺
雲が点在して浮かぶ、夕刻が近い空。
うねって伸びる幅の狭い川と、一本の街道が山間を縫う、恩方村森久保地区。
街道に面する山沿いに、二十軒前後の住居が纏まって建つ。
更にそこより高台に、石段を昇った先、山門。
一片1メートル、高さ2メートルの長方形の巨大な御影石が、左右に一本ずつ。
黒曜石の板が埋められ、右側に『瑞雲山』、左側に『龍泉寺』と彫刻。
山門を入ると、広い造りの平屋が、黒塗りの瓦を冠して鎮座している。
境内は、細かい白い玉砂利が敷き詰められている。
本堂と思しき平屋の、低い階段の手前に、三人の人影。
境内側に、キリエと炭治郎が立つ。
向かい合い、本堂を背にして、ひとりの僧侶。
髪がなく、香油を塗った頭部がてかりを放つ。やや老年に掛かった顔立ち。
紫色の法衣に、黄緑色の袈裟。寺の和尚と思われる。
縞黒檀の数珠を二重に巻き、右手に持つ。
キリエの話を、深く、何度も頷きながら聞いている模様。
やがて、穏やかな息をつき、和尚が遠くを眺めるような目となる。
和尚「(キリエを見て)あの疫病のことは、今でもよく覚えています。私が十五の時でした」
キリエ「さっき話した内容で、合ってる?」
和尚「(大きく首を縦に振って)おっしゃる通りです。噛まれた方が次々と我を失って・・・集落の方で、お歳を召した方が幾名か、当時のことを覚えていると思われますが」
キリエ「そう・・・(短く息を継ぎ)話を聞いてたらでいいんだけど、病気が流行った時に〝黒い服を来た大柄の人物〟を見掛けた人、っているかしら?」
和尚「黒い服、ですか?・・・(少し思い出すような様子の後)確か、そんな話をしていた方がいらっしゃったような・・・黒い服・・・いえ、もっと違った表現で・・・」
キリエ、今は空のホルスターに、右手を突っ込む。
中から、畳んだ紙を取り出し、広げ、和尚の眼前に掲げる。
キリエ「こんな姿、なんだけど」
和尚「これは・・・(息を飲み)もしや鬼ですか?」
炭治郎「異国から渡ってきた『吸血鬼』という鬼、です。やっぱりすぐ解りますか?」
和尚「(頷いて)古からいろんな話で伝わっておりますから、そうだと思いました」
炭治郎、キリエに視線を移し、にこやかに口端を上げる。
炭治郎「キリエの絵が上手いから、すぐ話が理解してもらえるな」
キリエ「(言い澱む様子で)・・・絵の話は、もういいから」
はた、と和尚が、何かを思い出した様子。
和尚「ああ、そうです。先程の〝黒い服の人物〟というお話、当時・・・(声を落として)集落の方々はこぞって『黒い鬼』と呼んでおられました」
キリエ「(目を少し見開き)黒い・・・オニ? 服が黒いから?」
和尚「いえ、服を着ていたかどうかまでは判らなかったそうで・・・」
キリエ「当時を知ってる人がいたら、話を聞きたいんだけど」
和尚「そうですね・・・(短く考えて)思い当たる方がいらっしゃいます。今の時間でしたら、在宅されてらっしゃるでしょう」
和尚、ジャリッ、と草履で玉砂利を踏み締め、身体を返す。
和尚「直接お話を伺いましょう。ご案内いたします」
山門の方へと歩を進めようとする、和尚。
彼に続いて、境内を歩き出すキリエと炭治郎。
ふと。
キリエの眼の端に、境内の先、谷間を挟んだ向こう側の風景が、映る。
思わず、立ち止まるキリエ。
本堂の前に広がる境内、左の角の高い台座の上に、鉄製の観音菩薩像。
それを通り越して可視出来る先、山並みが腰を据えている。
よく見ると、異様な景色。
谷越えの一番近い場所に、低い高さの山。
山全体が、枯れた色。
樹が一本も見当たらず、一面、黒茶色と土色の混じった色。
深い緑で覆われた他の山々と比べ、明らかに異常な箇所。
いつの間にか、炭治郎も和尚も足を停め、キリエと同じ方向に目線を投げている。
キリエ「ねぇ、あの辺りだけ樹が生えてないのは、どうして?」
炭治郎「(眉を寄せ)伐採したにしては、妙だな」
和尚「面会の後、あの場所にも、行ってみましょう。疫病の話とも関係がございます」
和尚、再び歩き出し、山門を潜る。
キリエと炭治郎、弾かれたように足を踏み出し、和尚に続いて、参道の石段を降りていく。