★ (更に一時間後)恩方村・森久保集落・醍醐街道から堂山
陽が、西の山に差し掛かっている。
幾分、空の光度が落ち、たなびく雲が茜色に染まる。
右側に細い小川が流れる街道沿い、左側には樹々が繁茂。
赤土の道、幅員、約3メートル。真っ直ぐに西へ伸びる。
四人の姿。
先に進む、龍泉寺の和尚と、高齢の翁。
翁は頭頂まで禿げ上がり、白髪を後方に伸ばし、顎髭を溜め、浴衣に股引姿。
幾分腰が曲がっているが、歩行自体はしっかりとしたもの。
やや後方に、キリエと炭治郎。
傘を差したキリエの、トロリーケースを引く、ゴロゴロ、という音が響く。
和尚と翁に追いて、キリエと炭治郎が歩いて行く。
炭治郎「『黒い鬼』か・・・全身が真っ黒の服だったから、実際に見た人にはそう見えたんだ。(横のキリエを見て)少しずつ繋がってきたみたいだな、キリエ」
キリエ「(炭治郎を見て、頷き)ええ。一歩ずつ、あいつの痕跡が手に入ってる」
更に、先。
突然、左側の視界が、拓ける。
山と山の間に、黒土色の敷地。
和尚と翁が足を止め、左に向き直って立ち、ふたりを振り返る。
キリエと炭治郎も立ち止まり、左手側に身体を返す。
和尚「ここです。ここが『黒い鬼』が目撃された場所・・・堂山です」
炭治郎「(一瞬息を飲み)・・・どうやま、ですか」
キリエ「(眉を顰め)・・・さっき見えた場所、ね」
100メートル四方の土地の真ん中に、高さ20数メートルほどの低い山。
全体は円錐型、裾が前後左右に綺麗に拡がる。
小型の富士山の如き、コニーデ型の輪郭。
しかし。
この1ヘクタールほどの土地は、全面の黒土の色彩。
中央の小山には、一本の樹すら存在しない。
あるのは、点在する数箇所の切り株。しかも完全に枯れ、崩れている。
刃物で斬られたような滑らかな切断面、もしくは、毟り取られたようなギザギザの切断面。
他は、朽ちて減り込んだ樹の枝や幹、露出している法面。
この時期隆盛を極める筈の夏草が、まったく生えていない。
山の周囲に残った十数本の樹も枯れ、今にも倒れそうな状態。
奥に見える緑深い山並みとのコントラストで、異様に浮いている。
まるで、植物を枯らす薬剤を撒いた後のような。
ここだけが、別世界。
もしくは、異空間。
キリエと炭治郎、言葉を失って、茫然としている。
和尚「ご覧の通り、今は草木が生えていない禿山になっています。明治五年のあの日、夜から明け方に掛けて、ここで―――〝何か〟が起こったのです」
キリエ「(訝し気に)何か? (翁を見て)貴方は実際にあいつを見たんでしょ?」
キリエ、トロリーケースを離し、傘を左手に持ち替える。
そしてホルスターから、絵を描いた紙を取り出し、広げ、右手で翁の眼前に掲げる。
集落の翁「(ゆっくりと頷き)おう、見たのは確かだ。あの夜・・・明け方じゃが、凄ぇ轟音と地響きが山全体に鳴りおって、最初は地震かと思ったが、地面は揺れとらん。土砂崩れか山津波でも起こったかと家ぇ出て見たら、堂山辺りから煙が上がっとった。んで、儂ら集落の大人連中が駆け付けた時にゃ、ここは樹が薙ぎ倒され、惨憺たる有様じゃった・・・焦げた臭いと、燻ったような煙ん中に、ぬうっ、っと立っていたのが・・・(キリエの持つ紙を右手で指差し)この『黒い鬼』・・・得体の知れない姿じゃった。今思い出しても、ぞっとするわい」
キリエ「その後、こいつはどうなったの?」
集落の翁「(首を左右に振り)それが、消えちまった。瞬きする間に、じゃ」
キリエの両目の端が、すっ、と切れたように細まる。
翁を一度見て、それからキリエに目線を向ける炭治郎。
炭治郎「『黒衣の者』は、消える術を身に付けてるのか?」
キリエ「いえ、それはないと思う。ただ、変化して翼を生やして、宙を飛ぶことは出来る。私と闘った後、あいつはそうやって去っていった」
キリエが、翳した紙を下げ、右腕を体側に付ける。
四人は、互いが互いを見るように、向かい合って立つ。
和尚「その事件から暫く経ってからです。(キリエを見て)あの疫病に罹った人が出始めたのは・・・」
集落の翁「(こく、と頷いて)あれは奇怪な病じゃった。眼が真っ赤になって、牙を剥き出しにして人に襲い掛かりおる。気が触れたようにな。薬も祈祷も効かんし、治す手立てが見付からんかった」
キリエ「病気って、誰が判断したの?」
集落の翁「(遠くを見るような目で)それはな、そん時の村長が政府の防疫局の役人を呼んでな、一緒に来た伝染病研究所の連中が言っとったんじゃ。今じゃ少なくなったが、獣に噛まれて流行る病によう似とる、とな」
右手人差し指を曲げ、口元に当てるキリエ。
キリエ「(ぼそっ、と)あの本の通り、伝染病として・・・」
和尚「(怪訝そうに)何か?」
キリエ「(はっ、と顔を上げ)あ、ごめんなさい、続けてくれる?」
翁が、顎を上げるような仕草で、両の瞼を閉じる。
集落の翁「じゃが結論は出なくてな。役人は症状だの罹った経緯なんぞを細かく書き留めて、帰っていった。後から村長に聞いた話じゃ、何でも米国にも似たような病気があるらしく・・・(首を捻って)何つったかな? ほれ、その頃に海を渡った使節団・・・」
キリエ「〝イワクラ使節団〟?」
集落の翁「(くわ、と目を見開いて)そうそう! 岩倉使節団じゃ! 丁度そん時、米国に滞在しとるとかで、調べてもらおうと連絡した、とまでは聞いたの」
キリエの眼が、緩やかに、大きく見開かれる。
瞳が、キラ、と鮮やかな赫を放つ。
キリエ《繋がった! 点と点が!》
傍らの炭治郎、キリエの横顔に眼差しを送り、静かに微笑する。
和尚「しかし・・・結局それから、防疫局からも伝染病研究所からも、何の音沙汰もありませんでした。(ふう、と溜め息をついて)疫病の正体や、ましてや治し方も解らず仕舞いで」
集落の翁「罹った連中は止むを得ず、家の柱に縛り付けとったんじゃが、その内に同じ症状のモンが増えてな。人に噛み付くわ、血肉を喰うわで・・・(鬱そうな声で)いつも間にか村の衆は、『これは鬼になる病か』と口にし始めおった・・・暴れるモンを見て、昔からの言い伝えで聞いていた鬼がこれか、この病に罹ると鬼になるのか、とな・・・」
和尚「村人の怖れも限界でした。その時の長は決断し、全員座敷牢に閉じ込めて、鬼狩り様に来て頂いて、十二人斬ってもらった、という顛末なのです・・・」
キリエ「(憂いの眼で)そう・・・」
炭治郎「(悲し気な眼で)成仏していてほしい、ですね・・・」
身体を半身返し、すっ、と数珠を巻いた右手を挙げる和尚。
掌を上に向け、小山の山頂を示す。
和尚「疫病の方が出なくなった後、集落の方々のご助力と、私の父である先代和尚の祈祷で、この山の山頂に地蔵菩薩を置くことにしました。鬼になる流行り病がこれ以上出ないよう・・・それ以来、ここ堂山は別名〝祈りの山〟と呼ばれています」
キリエ「(噛み締めるように)〝祈りの山〟・・・か」
絵を描いた紙を畳み直し、ホルスターに仕舞うキリエ。
全員の視線が、枯れ山に注がれる。
暫く、そのまま。
幾許かの、後。
キリエ「ここって、40年以上もこんな状態なの?」
和尚「(腕を下ろし)ええ。あの事件の日から幾年過ぎても、この有様で・・・」
集落の翁「山は枯れとるが、お陰さんであん時と同じ病は出とらん。(にっ、と口角を引き上げ)ご加護は貰っておるよ」
くはっ、くはっ、と満足げに笑い声を立てる翁。
しかし突如、何かを思い出したように表情を変え、眉を顰める。
集落の翁「それとは別じゃが・・・(声を落として)ここいら辺りで、何年前からじゃったか、行方知れずとか、山ん中での死人が結構出とるのう」
炭治郎「(翁を見て)行方知れず?」
集落の翁「旅のモンとか、村の衆でも何人か・・・消えるか、殺されとる」
和尚「(街道を指差し)この醍醐街道や、南の山向こうの陣馬街道で、旅の方がかなり消息不明とか、あるいは命を落とされてるとのことです。ご遺体がもう、惨たらしい有様で・・・」
集落の翁「野犬か、熊でも出よっとるのか・・・この辺りじゃ熊は見掛けんがなぁ」
キリエ「(声を落として)オニよ、きっと」
斬り込むような、一声。
ビクッ、と身体を跳ねさせ、キリエを凝視する翁。
瞬時に、さーっ・・・と顔面から血の気が引く。
かつて覚えた恐怖心を、体内に再び蘇らせた雰囲気。
和尚も、不安そうな表情を浮べている。
キリエの両眼は、尖って、鋭利さを発する。
キリエ「40年前に疫病で成ったオニの生き残りか、あるいは別の、オニ」
炭治郎「それを確かめるのと、退治する為に、俺たちは来ました」
キリエと炭治郎、左右に肩を並べて立つ。
和尚と翁、呼応したかのように、向かい合う。
正対する、双方。
炭治郎「(きり、と眉を寄せ)俺たちは、鬼狩りです」
集落の翁「(くわっ!と目を見開き)おお!」
和尚「(驚いて)鬼狩り様! これは僥倖!」
翁の両目が、歓喜の色に染まる。
和尚の顔が、驚嘆の色に塗られる。
キリエと炭治郎を見遣って、ブルッ、と身体を打ち震えさせる翁。
集落の翁「こんなに若いのに、何と立派な・・・」
和尚「まさか、鬼狩り様に来て頂けるとは思いませんでした・・・感謝の極みです」
ジャリ、ジャリ、と数珠を擦り合わせ、合掌する和尚。
ふたりの反応に、ふう、と短く息を漏らすキリエ。
一度、ぺこ、と頭を下げる炭治郎。
炭治郎「案内、ありがとうございました。これから先は、俺たち鬼殺隊の仕事です。御老人も和尚様もお戻り下さい。集落の方に、夜の行動はなるべく控えるよう、お伝え下さい。(キリエに目線を送り)行こう」
キリエ「(炭治郎に目線を送り返し)判った」
和尚「(合掌したまま)お気を付けて。ご無事のお戻りを祈願いたします。御仏の御加護がありますよう」
ザッ、と踵を返し、街道を西方面へと移動を始めるキリエと炭治郎。
キリエ、傘を右に持ち替え、トロリーケースを音を立てて引っ張っていく。
炭治郎、禰豆子が入った箱を、僅かに背負い直す。
先程の位置で、こちらにずっと目線を向けている翁と和尚。
翁、何度も頷いて、ありがたいと言いたげな顔。
和尚、合掌して、頭を垂れて目を閉じ、静かな笑み。
キリエと炭治郎が、左に曲がっていく街道の奥に進み行く。
後方のふたりは、樹々の茂る向こう側に、見えなくなる。
キリエ、徐に顔を上げ、炭治郎を見詰める。
キリエ「(疑問そうに)みほとけ、って何?」
炭治郎「神様と同じような存在、って考えてくれていいと思う」
キリエ「(小首を傾げて)・・・ジャパンは複雑ね。私の国じゃ神様って、ひとりだけだし」
炭治郎「日本では〝やおよろず〟って言ってね、いろんな物に神様が宿ってるんだよ。文字だと〝やおよろず〟って、八百万って書くんだ」
キリエ「(吃驚して)何それ! 多過ぎじゃないの!? 数えたの!?」
炭治郎「そうだなぁ、数えた人がいるかも知れないな」
目を細めて、愉快そうに笑顔を浮かべる炭治郎。
対して、はあ、と溜め息を吐いて、呆れたような表情になるキリエ。
キリエ「・・・根性あるのね、ジャパンの人って」
ふたり、進む前方の街道の陰に、真っ直ぐに視線を据える。
空は、全面の夕焼け。
一気に、夜の気配が、降りてくる。