そのまま、締め上げる力が加わる。
ぐうっ、と喉を圧迫される感覚。
キリエ、奥歯を噛み締め、身体を揺する。
途端。
左右両方向から、ズダン! ダン!と地を蹴る大きな音。
右側から日輪刀を翳した炭治郎、左法面上方から両腕を後方に掲げた禰豆子。
ふたりが、キリエを縛っている長髪へと。
僅かに、禰豆子の爪が早い。
ゾン!と、右掌を鉤爪状にして、叩き付けるように振り下ろす。
半拍遅れ、炭治郎の刃。
ザシュッ!と、袈裟懸けに日輪刀で、空を斜めに裂く。
髪の触手が、三つに分断され、バラッ・・・と撒き散らされる。
裁断された髪が、炭治郎が斬った側から、チリチリチリ・・・と砂のように崩れていく。
キリエを窒息させていた髪も解け、地面に落ちる。
息苦しさから一気に解放され、ほう、と息を継ぐキリエ。
キリエ「(ふたりを交互に見て)助かったわ、禰豆子! 炭治郎!」
禰豆子「(きり、と眉を寄せ)んーん!」
炭治郎「呼吸を整えて、次に備えてくれ!」
キリエ「(こくん、と頷き)判ったわ!」
キリエ、檜の樹の陰に身を隠す。
すうう・・・はーっ・・・と、大きな深呼吸を繰り返す。
同時に、仕込み傘の弾倉を引き出し、残弾数を確認。
それを腰のケースに仕舞い、別の弾倉と交換し、ジャゴッ!と装填する。
片や、炭治郎と禰豆子。
待ち伏せ鬼と、3メートルほどで相対している。
相手は、ニッタァ、と余裕の、厭らしい嗤いで、見下すような両眼。
ズウウウ・・・と、長髪が左右と後方に、触手形状に浮遊。
ド! ドッ! ドォン!と、三連続の打撃音。
鬼の髪が三方向から射出され、前方で合流する。
三つが、ぐる、ぐる、と紙縒り状に巻き付き合い、一気に太くなる。
直径、およそ20センチ程度。
まるでドリルのように捩れ、先端が凄まじく鋭利に尖る。
ズッドォン!!!と、爆音を立て加速し、炭治郎と禰豆子を襲撃。
ふたりが、タッ、と足を捌き、左右に展開。
炭治郎が、日輪刀を大上段に振り翳す。
禰豆子が、右腕を背中側に大きく振り被る。
その空域の真ん中を、黒髪の束が突き抜けようとする。
同時に、髪の触手の表面目掛けて、攻撃を繰り出す。
だが。
禰豆子、バシイッ!と爪が弾かれ、腕が流され、眉を顰める。
炭治郎、刃が数センチ喰い込んだところで、ガッ、と日輪刀が止まるのを感じる。
そのまま、黒髪の杭の勢いに巻かれ、弾かれ、身体ごと吹き飛ぶ。
炭治郎「(驚いた様子で)斬れないっ!?」
草叢に、ドサッ、ゴロゴロ・・・と転がる炭治郎。
太い髪は、突撃槍さながらに、空間を叩き割って直進。
延長線上に、キリエが裏に潜む檜の樹。
こちらに飛来する鋭利な尖端を確認し、目を見開くキリエ。
即座に、ターンッ!と、左側方に大きな跳躍。
傘を右手にし、左手を地面に着き、とっ、くるっ、と側転して身を翻す。
軽業師の如き、見事さ。
直後。
キリエの居た樹の幹に、黒髪の杭が激突。
ボゴオオォン!!!と、破裂音が轟く。
思わず振り向くキリエ。
直径50センチはあろう樹が、炸裂。
待ち伏せ鬼の髪が、樹の幹を文字通り木っ端微塵に吹き飛ばす。
樹皮と生木の破片が、宙に四散して広がる。
キリエ「(蒼褪めた表情)・・・嘘・・・」
地面から1メートル半ほどの位置で、上下に分離する檜の樹。
全体が15メートルほどの上方が、重力に従って倒れ始める。
ミギッ、ズウッ・・・と傾き、ザザザザ・・・と葉を靡かせ。
空気を震わせ、待ち伏せ鬼の方向へと。
炭治郎と禰豆子、ダッ!と地面と草を蹴り、跳ね、それぞれが落下線上から脱出する。
待ち伏せ鬼、一歩も動く気配がない。
シュウッ、と伸ばした全部の髪を、解きながら引き戻す。
そして、長さ5メートルくらいの、十数本の触手形状へと変化させる。
そこに覆い被さるように、倒木。
途端。
待ち伏せ鬼、髪の触手全部を、目にも留まらぬ速度で、鞭のように振り回す。
まさに倒れんとしていた檜の枝葉が、そこに巻き込まれる。
ドゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!と、轟音。
縦横無尽の触手の動きに、元の枝葉の形は失われ、散華する。
猛烈な髪の舞で、鬼の周囲3メートル四方に入ってくる物体は、ない。
待ち伏せ鬼には、檜の葉一枚すら当たっていない。
そこから根元側、幹の大木が、地面に倒れる。
ズゥゥゥ――――ンンン!!!と、地を震わす大音響。
二度、大きくバウンドする倒木。
粉微塵の枝と葉が、反動で舞い上がり、宙に浮く。
草叢を震動させ、もわあっ・・・と朦々とした土煙を上げる。
一気に、視界が効かなくなる、夜の山中。
夜の闇と、土の粒子と砕かれた樹木の塵が混じり、煙幕の如し。
待ち伏せ鬼の姿が、可視出来なくなる。
茫然としているキリエの横に、右方から炭治郎、左方から禰豆子が駆け寄る。
三人が、地面に片膝立ちになり、互いを確認し合う。
炭治郎「怪我はないか? キリエ」
キリエ「(頷きながら)ええ、大丈夫」
それから、待ち伏せ鬼がいた付近に目を遣り、眉を寄せるキリエ。
キリエ「このままじゃ埒が明かない。髪は斬ってもすぐ伸ばしてくる。樹を盾に出来るかと思ったけど、まさかあんな力業まで使えるなんて思わなかった。倒木の下敷きになったら洒落にならないわ。もう少し開けた場所じゃないと・・・(炭治郎を見て)夕方に見た、あの〝祈りの山〟って場所まで誘い込んで闘えない?」
炭治郎「堂山か・・・(キリエに目線を向け)判った、やってみよう。少し距離があるけど、全員で連携しながら移動するんだ。(禰豆子に視線を移し)いいな? 禰豆子」
禰豆子「(頷いて)んっ!」
踵を返し、ダッ!と、一斉に地面を蹴る三人。
中央に炭治郎、右の傾斜の高い方に禰豆子、左側の傾斜の緩い方にキリエ。
4メートルほどの間隔に広がり、鶴翼のように『くの字』の陣形に、展開。
炭治郎が様子を窺いつつ、一歩一歩、少しずつ移動。
禰豆子とキリエは、それぞれ周囲を警戒しながら、炭治郎よりやや速めに移動。
暫くして。
土煙が今も滞留する場所より、ダダダダダダダ・・・と足音。
真っ直ぐに、炭治郎に向って来る。
待ち伏せ鬼、あっという間に可視範囲まで到達。
右側の髪を、ドォン!と延伸し、襲い来る。
ザッ!と、足を停める炭治郎。
ヒュウウウゥゥ・・・と、白い霧のような尾を引き、深く呼吸をする。
日輪刀を、チャッ、と大上段に構える。
刃から、ザザザザ・・・と音を立て水が湧き、幾筋の帯となって尾を引く。
髪の触手が、眼前まで迫る。
ダァン!と、草叢を蹴って、大きく跳ねる炭治郎。
炭治郎「水の呼吸・・・弐の型・・・(弾けるような声で)水車!」
炭治郎が、空中で前方に日輪刀を振り下ろす。
そのまま身体を、一回転。
ザッシュウウウウッッッ!!!と、水の輪が縦に、炭治郎を中心に鮮やかに描かれる。
待ち伏せ鬼の髪は、前端からふたつに裂け、左右に離れていく。
ダン!と、炭治郎が着地。
直後。
斜め前方から、ズオッ!と、別の髪が急伸して来る。
炭治郎が、ターン!と後方に跳躍。
同時に、待ち伏せ鬼の髪の目掛けて、バッ!とキリエが飛び込んでくる。
宙を舞い、斜め下後方から、仕込み傘を最短距離で振り抜く。
傘の先端のバヨネットが、閃光の軌跡を描く。
ゾンッ!と切断される、髪の触手。
上方にばらけながら、散り散りになっていく。
タン、と地面に着き、すかさず傘の銃口を構えるキリエ。
そこに、ズオッ!と別の髪が飛来する。
キリエ、身体の軸をずらし、それを躱しつつ、傘全体を使って捌く。
ズイン、と軌道が反れる、待ち伏せ鬼の髪。
地面を蹴り、右側方に離れるキリエ。
左側方から、禰豆子が跳ね、来る。
入れ替わる位置に、空間を泳ぐように移動。
キリエが捌いて逸らした髪の束を、ザシュッ!と、右手の爪で叩き付けるように切り裂く。
禰豆子、着地するや否や、ドッ!と草地を蹴り、再跳躍。
待ち伏せ鬼へと、距離を詰める。
今度は死角から、別の触手が錐状になって飛来。
右脚を捉えようと、ズオッ!と延伸してくる。
気付いた禰豆子、即座に反応。
ザン! ザスッ!と、左右の爪で斬った後、タンッ!と樹の陰に回り込む。
待ち伏せ鬼、前方奥に、炭治郎の姿を見付ける。
左片方の長髪を、ドォン!と一気に伸ばす。
日輪刀が、キラ、と闇夜に光り、袈裟懸けに振り降ろされる。
髪が裂かれる音。
同時に、右前方の樹から半身になり、仕込み傘の銃口を向けるキリエ。
一瞬で、右片方の髪を、グルン、と丸めて塊を作る待ち伏せ鬼。
射程角度の、延長線上の空間に、盾のように。
キリエ、傘を下ろして樹の幹に隠れ、姿勢を低くして踵を返す。
禰豆子、待ち伏せ鬼との距離を取って、炭治郎のいる方向へと動く。
三人は、鶴翼の隊形を維持しつつ、少しずつ移動している。
待ち伏せ鬼、堂々とした、悠然とした歩き。
時折姿を見せる三人に、髪の触手を繰り出し、攻撃している。
余裕綽々という感じの、嗤い。
待ち伏せ鬼「ほらほら、髪は伸びるのよ。ちょこまか逃げ回っても無駄」