片や、待ち伏せ鬼。
倒した檜から更に、30度の斜面を8メートルほど登った、樹々が間隔を開けた位置に立つ。
円型に土が剥き出している、直径10メートルほどの場所。
ここだけは周囲より傾斜が緩く、10度前後。
その真ん中に起立し、胸を反らし、見下す目線を投げる。
頸の周りに襟巻のように髪を巻き、大部分の長髪は左右と後方に垂れ下げている。
待ち伏せ鬼「(勝ち誇ったように)もう御終い? まあ、鼠のように逃げ回るしかないのよね・・・(残忍そうに嗤い)前の鬼狩りもそうだった。近付いて来たって私の頸は斬れないしねぇ・・・」
数秒の、後。
ザッ、ザッ、ザッ・・・と足音が、この円地に接近。
やがて、樹と樹の間を縫って、キリエが現れる。
右手に仕込み傘を下げ、特に構える気配がない。
彼女の黒髪越しに、ギラ、と赫い瞳が光る。
そして、一本の杉の樹を背に、ザ・・・と両足を肩幅に広げて立つ。
睨み合う、双方。
対峙距離、約5メートル。
待ち伏せ鬼「(訝し気に)真正面から? しかもあんたひとり? 自棄になったのかしら?」
キリエ「(嘲る口調で)私ひとりで充分よ。たかだか髪伸ばすだけの攻撃なんて。ウザいだけ」
ピク、とこめかみを動かす待ち伏せ鬼。
一瞬で、眉間に深い皺を刻む。
待ち伏せ鬼「(気分を害した様子)・・・何ですって?」
キリエ「聞こえなかった? 髪を伸ばすしか能がない攻撃でしょ? 残念だけど、それじゃあ私は殺せない」
クワッ!と、待ち伏せ鬼の両眼が見開かれる。
灰黒色の眼球が血走り、黄褐色の瞳が、ギラッ!と妖しく発光。
待ち伏せ鬼「(大きな怒声)私の髪を馬鹿にするなぁ!」
刹那の、後。
ドオォン!と、鬼の長髪が射出。
予備動作もなく、いきなり。
瞬く間に左右から一本に纏まり、一気に太くなり、キリエに急伸。
キリエ、僅かに後方に、トッ、と下がる。
杉の樹に背中を預け、奥歯を、ぐっ、と食い縛る。
待ち伏せ鬼の髪が、キリエの左側方から回り込み、背後の樹の幹を周回し伸びる。
ぐりん!と、キリエと樹木に巻き付く、髪の触手。
更に、ぐりん! ぐりん!と、全三周。
まるで、大蛇の蜷局の如し。
そして、一気に加圧され、締め上げられる。
キリエ「(苦悶の息)がっ!」
胸部から腹部、両腕を纏めて、後ろの樹の幹と一緒に束縛されるキリエ。
二名、直径20センチほどの太い髪で繋がれる。
待ち伏せ鬼、体側に垂らした両手が、わなわな・・・と震えている。
そして、憤怒の形相。
待ち伏せ鬼「人間の時から自慢の髪なのよ! 誰よりも艶やかで! 誰よりも美しい! 鬼となった今でも! これほど美麗な髪は誰も持っていない! 同じ鬼でもあんたなんかとは違うの!」
キリエ「(圧迫され、苦し気に)髪を褒められて・・・嬉しい気持ちは・・・解らなくないけど・・・(にっ、と不敵な笑みで)こんなウザい技しか・・・出せないんだから・・・大した髪じゃ・・・ないわ・・・ね・・・」
ぷち、と何かが切れたような音。
待ち伏せ鬼の顔全体が、どす黒い影を帯びる。
全身から、禍々しい気が立ち昇り、陽炎のように周囲に漂う。
追い打つように、髪の束が圧力を高める。
キリエ「(腹部を締め付けられ)ぐうっ!・・・」
待ち伏せ鬼「(額に青筋を立て)許さない! 私の髪を貶したあんた! 絞め殺して全身の血を啜ってやる!」
加圧を続け、先端が蛇の鎌首のように持ち上がる、鬼の長髪。
直後。
ハッ!と、足音に気付く、待ち伏せ鬼。
ふたつが、前方のキリエの両側の樹の間、奥から。
ダッダッダッダッダッ!と、けたたましく、強く。
そして。
鬼の視界に、あっという間に現れる姿。
キリエの右側から、日輪刀を脇構えにした炭治郎。
キリエの左側から、両腕を広げた禰豆子。
ふたりとも、真っ直ぐ、真正面から。
待ち伏せ鬼「(息を飲み)何ッ!?」
炭治郎「(腹の底からの声で)終わりだ! 悪鬼!」
炭治郎、キリエの真横を通過し、ダアーン!と凄まじく地面を蹴り、宙を舞う。
やや遅れて禰豆子が、キリエの直前の、丸太のような髪に跳び付く。
ガシッ!と両腕で、しっかりと抱え込み、ズン!と足を踏ん張る。
キリエの締め付けが、瞬間緩む。
しかし即座に、弛もうとした髪を引き戻す、待ち伏せ鬼。
太腿以上の直径の髪が、ビン!と、音を立てて張る。
待ち伏せ鬼、目を丸くする。
髪が、引き戻せない。
禰豆子の渾身の抑え込みで、びくともしない。
待ち伏せ鬼、ぞわ・・・と背筋に悪寒を覚える。
炭治郎の身体が、長さ5メートルの髪の、中間付近の空域に跳び込む。
落下軌道に入った彼は、身体を真横にし、深く息を吐く。
ゴオオオオ・・・と、凄まじい音と、口の両端から炎が上り、左右に帯を成す。
日輪刀に、ボオオオオッ!と朱色の焔が湧き上がり、刃全体に広がる。
待ち伏せ鬼の髪が張られる上方に、頭を相手に向け、水平になった炭治郎。
刀を左方向に大きく振り被っており、紅いの火の尾が空に靡いている。
炭治郎「(力強く)ヒノカミ神楽!」
太い髪の束の、1メートル真上に掛かる。
一瞬、暗転。
カッ!と十字の閃光が、炭治郎の位置から放たれる。
途端。
二重の、炎の輪。
炭治郎、ぐるん!と、時計回りに一息で振り抜く。
身体を軸に、独楽のように回転し。
ザシュウウウウ――――ッ!!!と、空を劈く日輪刀。
クワアッ!と焔の輪が一気に大きく膨れ上がり、拡大する。
炭治郎「(劈く大声)碧羅の天!!!」
一拍の、後。
ゾォン!!!と、両断される、丸太のような髪。
広がった炎の輪が、ボオオオ―――ン!と炸裂して、切断した髪を巻き込む。
待ち伏せ鬼の髪、見事に真っ二つに。
待ち伏せ鬼「(目を剝いて)なッ!」
愕然と、顔を固める待ち伏せ鬼。
今まで刃が通らなかった径に纏めた髪が、切り離されている。
まさに、一刀両断。
更に、身体を回転させ、ダン!と着地する炭治郎。
禰豆子、髪の先端側を抱えたまま、ぐいっ、と引き、それを地面に放る。
切り口から、チリチリチリ・・・と炭化していき、砂のように崩れていく髪の束。
緊縛が解かれ、キリエと杉の樹に巻かれていた部分も、ズル、ドサ・・・と落下。
ふら、と前のめりに傾く、キリエの身体。
すかさず禰豆子が、彼女を両腕でしっかりと抱き締め、受け止める。
待ち伏せ鬼、炭治郎に斬られた髪の先を見ている。
両断の反動で、宙を泳いでいる、自分の長髪。
茫然自失の、様子。
待ち伏せ鬼「(狼狽えた声)髪が! 伸びないッ!」
炭治郎、日輪刀を左下方に構え直している。
ゴオオオオオオ・・・と、彼の両口端から、一際凄まじい呼吸と炎が吹き流れる。
眼前に泳ぐ2メートル半ほどの髪の束を、ギン!と睨む。
刀を、大上段に振り上げる。
その刀身に、ボオオオオッ!と紅蓮の焔が纏う。
炭治郎「(突き上げるような声)ヒノカミ神楽! (大発声)炎舞!!!」
地面を、ダァン!と蹴り付け、跳び込む炭治郎。
日輪刀が、炸裂する。
一撃目、炎の朱の帯を三日月型の残影とし、真正面に振り下ろす。
ザァン!!!と、縦に左右に斬り分けられる、待ち伏せ鬼の長髪。
発火し、ババババババ・・・と燃え落ちていく切り口。
一気に拡大し、待ち伏せ鬼本体まで迫ろうとする。
炭治郎、即座に日輪刀を左側に振り被る。
ドォン!と、二度目の跳躍。
待ち伏せ鬼、連動したように、ズダン!と後方に跳ねる。
距離を開けようと、奥歯を、ギリ、と噛み締め。
もう一度地面を蹴り、ぐん!と間を詰める炭治郎。
同時に、日輪刀を振り抜く。
二撃目、炎の尾を長く伸ばし、左から前方へと。
今度は、待ち伏せ鬼の頸目掛けて。
必死の形相で、上半身を後ろに仰け反らせる待ち伏せ鬼。
側方から飛んでくる刀身が、迫る。
直後。
待ち伏せ鬼の頸に巻かれた髪に、ヂッ、と切っ先が掠る。
刀が描く斬撃が、三日月の軌道を残し、空を切る。
炭治郎の二撃目は、当たらず。
ぎりぎりの合間で、待ち伏せ鬼の跳躍が勝った模様。
途端。
ドッ! ズザアアッ・・・と倒れる音。
日輪刀を振り抜いた状態で、黒土の上に俯せに臥せる炭治郎。
様子がおかしい。
彼から、呼吸音がしない。
息を整えていたキリエ、両眼を見開く。
兄が昏倒する姿を目にした禰豆子、息を飲む。
ダッ!と、瞬間で駆け寄るふたり。
キリエ「(張った声で)炭治郎っ!」
禰豆子「(張った声で)んーんっ!」
ふたりが、炭治郎の両の傍らに屈み込む。
カッ!と、正円に開かれ、剥かれる炭治郎の両眼。
がはっ、と一度息を吐き出し、ヒ、ヒュウ・・・ヒ、ヒュウ・・・と、引き攣った呼吸。
全集中どころか、通常の息ですらない。
まるで溺れてから水面に上がったような、酸素を取り入れようと足掻く息。
炭治郎の他の身体の部位は、ピクリとも動いていない。
顔面も、蒼白。
恐らく『反動』。
それでも、交互に目線をふたりに向ける炭治郎。
炭治郎「(苦悶の口調)構うな! 俺も・・・すぐに行く!」