待ち伏せ鬼は、この円地の縁から連なる樹々の隙間に向かって、後退りをしている。
炭治郎の繰り出した技に、気圧されている雰囲気。
瞬きの、後。
ズドォン!と、禰豆子が地を蹴る。
ハッ!と顔を上げた待ち伏せ鬼、慌てたように踵を返す。
こちらに背を向け、駆け始めようとしている。
この場から、逃げようと。
禰豆子、跳ねたと同時に、右脚を大きく後ろに引いている。
一拍。
砲弾以上の勢いで突っ込み、空間を叩き割り、禰豆子の右足が唸る。
鮮やかな半円軌道で、直蹴り。
待ち伏せ鬼の背中中央に、横殴りに減り込む。
禰豆子、跳躍の勢いと渾身の蹴りの力を、すべて注ぎ込む。
ズド! メギィッ!と、肉と骨が歪み、軋む音。
待ち伏せ鬼「(悲鳴)ウギャアッ!」
ボッゴオオオオ――――ン!!!と、待ち伏せ鬼の全身が吹っ飛ぶ。
そのまま、ズダン! ダン! ダン!と、樹から樹へと撥ね返りながら、奥へと。
さながら、ピンボールの如き動き。
禰豆子に蹴られた位置から、8メートルほど離れた場所の山肌に、ゴロッ・・・と転がる。
待ち伏せ鬼の口から、ゴハッ、と吐瀉物が漏れる。
身体を起こそうと、ググッ・・・と斜面の下方に顔を向ける。
ハッ!と、表情が固まる待ち伏せ鬼。
すぐ眼前に、禰豆子がいる。
いつの間にか、自分の1メートルにも満たない場所に。
視界の上方に、禰豆子の振り上げた右脚。
右足裏が天を向くほどの垂直の位置に、彼女の右の踵。
禰豆子の額には、血管が青筋を立てている。
両の瞳は、ギラ、と紅梅色の輝き。眼球は血走っている。
待ち伏せ鬼、動けない。
直後。
禰豆子「(気合を込め)んっ!」
真上から、踵落とし。
待ち伏せ鬼の頭目掛けて。
ドォンン! ズウ―――ンッ!!!と、爆破並みの轟音と、地響き。
メッギイイッ!と、顔面が地面に減り込む待ち伏せ鬼。
待ち伏せ鬼「(口が歪に曲がり)ぶふっ!」
更に禰豆子の右脚が、後方へ振り被られる。
背中側に90度の角度まで差し上がり、ぴた、と一瞬止まる。
半拍後。
振り子の如き軌道で、右脚を蹴り出す禰豆子。
禰豆子「(渾身の気迫)んんっ!」
右足甲が、待ち伏せ鬼の腹部に命中。
ドゴオオオ―――ンン!!!と、空間を破壊し、鬼の躯体が一直線に飛ぶ。
蹴鞠どころか、得点を狙う蹴球並みの様相。
一瞬で、4メートル先の大木の幹に、背中から激突。
待ち伏せ鬼、ドガアッ!と叩き付けられ、少しの間、樹皮に貼り付けにされる。
口をだらしなく開け、涎を垂らし、白目を剥いている。
そのまま、ズルルルル・・・と木肌を擦り落ち、根元に腰を据える鬼の身体。
一方、キリエ。
禰豆子の後方に仕込み傘を構えて駆け寄り、彼女の背を凝視する。
キリエ《(感嘆して)凄い! これが禰豆子の闘い!》
炭治郎の側からここまで、僅か数秒で畳み掛ける攻撃。
反撃すら許さぬ、疾風怒濤さ。
あるいは、質量で圧し潰す暴風の如き。
キリエ、禰豆子に視線を結わえて、彼女の1メートル背後に到達。
途端。
禰豆子、いきなり自分の右掌を、反対の左手爪で、ガッ!と切る。
続けて、左掌も、反対の右手爪で、ザッ!と切創。
彼女の両掌を、じわ・・・だら・・・と鮮血が伝う。
再び、ドッ!と禰豆子が跳躍。
待ち伏せ鬼まで、3メートル前後。
木の根にしゃがみ込む待ち伏せ鬼の顔の寸前で、右、左と腕を掻くように振る。
掌から流れていた彼女の血が、飛沫を引いた帯となる。
ビチャッ、ビチャッ、と鬼の顔面に掛かり、眼球にも入り込む。
それまで意識が怪しかった待ち伏せ鬼、気が付く。
猛烈な、眼の痛みと共に。
両の瞼を思い切り閉じ、思わず両手で顔を覆う。
待ち伏せ鬼「(苦痛の声色)眼が! 眼がァッ!」
禰豆子、スタン! タン!と後方に跳ねて戻る。
再度、3メートル前後の距離を隔てる。
キリエの眼前、左脚を引き、腰を落とし、バッ、と右手を真っ直ぐに鬼に向ける。
血が垂れたままの右の掌を掲げ、ぐっ、と爪を鉤のように曲げる。
禰豆子「(重い声質)んっんー・・・」
指の間から、悶える待ち伏せ鬼へと照準を定める如く。
ビキッ・・・と額の青筋が拡大し、縦に割れた瞳孔が絞られる。
刹那の、後。
禰豆子「(腹の底から発声)んっんんっっ!!!」
禰豆子、気合一閃。
右手を、ギュッ!と拳にする。
突然。
発火。
待ち伏せ鬼に浴びせられた、禰豆子の血が、火を生む。
ボウン! ボッゴオオオオ―――ンンンッッッ!!!と、爆発して炎上。
赫と紫が混合した大量の炎が、夜の山間を昼間のように照らす。
焔は、待ち伏せ鬼の顔面を焼き、血を浴びていない髪を焼き、更に全身まで一気に焼く。
舐めるように、生き物のように、紫炎が鬼の躯体を飲み込む。
待ち伏せ鬼「(叫喚)ウガアアアアッッ!!! 熱いィッ!!!」
待ち伏せ鬼、地表をのたうち回り、身体を黒土に擦り付けて、火を消そうとしている。
その間も紫の焔は、皮膚を焦がし、長髪を炭化させる。
自分の黒髪が、ボロ・・・ボロ・・・と燃え崩れていくの目の当たりにしている鬼。
待ち伏せ鬼「(半狂乱で)髪が! 私の髪が焼けるゥ! 焼け落ちてなくなるゥ!」
禰豆子、血鬼術を発した姿勢のまま。
キリエ、上がる炎を見詰めながら、彼女の左側に移動。
仕込み傘を右手で持ち、先端のバヨネットを左掌で、包むように握る。
そして、すかさず右腕を抜く。
左の貫手グローブを裂き、血が噴き、バヨネットの刀身全体を染める。
ぬるうっ・・・と、30センチの鋭利な諸刃が、キリエの鮮血色となる。
待ち伏せ鬼を睨み、傘を両手で持って掲げるキリエ。
キリエ「(意気高い声で)禰豆子、お願い!」