キリエの傘の先に、目を遣る禰豆子。
血に濡れた刃に、左手人差し指を近付け、自分の掌からの血を、一滴落とす。
ぽた・・・と、バヨネットに着いた直後、禰豆子、即座に左手を、ギュッ、と宙で握る。
ボウウン!と、小規模な破裂音と共に、紫の炎が湧く。
キリエの血が、燃える。
銃剣に塗布された彼女の血が、勢い良く焔を上げる。
色は、禰豆子の術と同じ、赫紫。
その中で、急激な変化。
バヨネットが、黒銀色から赫色へと。
30センチの刀身が、高温を発して灼けているような、発色。
かつて見た杏寿郎の炎刀の如き。
驚きで両目を見開く、禰豆子。
視線を絡め、不敵に口角を上げるキリエ。
キリエ「これが、煉獄さんと連携してオニを斃した時の技。私の血を刃に塗って燃やして〝赫い刃物〟を作るの。カタナを使えない私でも、頸が斬れた。炭治郎には必要ないかも知れないけど、覚えておいて」
禰豆子、こくり、と頷く。
片や、待ち伏せ鬼。
背後の樹木を利用し、立ち上がる途中で、ず・・・ず・・・と身体を押し上げている。
炎は随分小さくなったが、今もチロチロとへばり付き、煙を上げている。
肉の焦げる、嫌な臭いが周囲に拡散。
ぜえ・・・ぜえ・・・と激しい息で、肩を上下させている。
髪は、頸回りに襟巻状に残る以外は、肩口まで短くなっている状態。
そして、立ち上がったと思しき途端、左側に、ふらあっ・・・と揺らぐ鬼の躯体。
キリエの両の赫い瞳が、ギラッ!と輝く。
途端。
ズッダア―――ン!と、地面を蹴るキリエ。
仕込み傘石突側を先に向け、槍と同じ構えで、しっかりと持ち。
バヨネットが紫炎を纏い、一際赫く灼熱化。
半拍後、禰豆子も、ズドォン!と土を跳ねさせて、前進。
縦に並んで、一気に間を詰めるふたり。
待ち伏せ鬼が、こちらを見て、眼を正円に広げる。
キリエ、飛び込む。
突撃槍の如き、仕込み傘の一撃。
紅蓮の銃剣が、刺さる。
ズブッ!と、鬼の正面から、喉の中間付近に、3分の1ほど。
灰黒色の両眼を、クワアッ!と見開く待ち伏せ鬼。
待ち伏せ鬼「(潰れた声で)ごふうっ!」
待ち伏せ鬼、キリエの体当たりと衝突で、吹っ飛ぶ。
今も焔を噴き上げるバヨネット。
両脚をバネの射出と同様の加速で、更に駆けるキリエ。
全身ごと待ち伏せ鬼にぶつかり、ダダダダダダダッッッ!!!と尚も走駆。
両者が身体を重ね、凄まじい勢いで樹々の間を跳ぶ。
そして鬼の頸の巻髪が、炎に負け、遂に落ちる。
ボロォッ・・・と、崩壊していく、黒髪の防御の盾。
頸を完全に晒す、待ち伏せ鬼。
キリエ、渾身の力。
鬼の頸に向けて、傘の先端に全体重を預ける。
遂に。
ゾブシュゥゥゥッ!!!と、貫通。
銃剣の尖端が、待ち伏せ鬼の頸を貫き、後頭側頸椎から顔を出す。
キリエ《刺さった! このまま斬れれば!》
だが。
先の視界が、開放。
突如、樹林が周囲から消失。
ブンッ・・・と余韻を引き、待ち伏せ鬼とキリエ、宙に浮んでいる。
足元が、ない。
キリエ、目を丸くして、真下を見る。
自分の足下、3メートルほど下方に、草叢が拡がっている。
山肌の途中に存在している、切り立った崖。
樹海は、崖下から草地を挟んだ先から、続いている。
薄暗い視界で、気付くとこなく走り込み、跳び出してしまった模様。
キリエ「(息を飲んで)嘘っ!?」
引力の法則が、発生。
待ち伏せ鬼が下側、引っ張られるようにキリエが上側になる。
バヨネットが貫通したまま、折り重なる姿勢で、落下。
崖の縁、ギリギリの箇所で踏み止まった禰豆子が、顔を覗かせている。
二拍後。
ドッッスゥン!と、待ち伏せ鬼が背中なら草地に叩き付けられる。
キリエは、鬼の身体をクッションとして、反撥で衝撃を受ける。
直後。
パッキィ―――ン!と、折れるバヨネット。
石突に固定している金具の付近で。
愕然とする、キリエ。
素早く起き上がり、バッ!と間合いを取る。
そして傘を持ち上げ、銃剣から残された金具と螺子を凝視する。
キリエ「(悔しそうに)くっ!」
間を空けず。
ゆらあぁ・・・と、何かの影が、眼前に立つ。
キリエ、思わず両目を見開く。
待ち伏せ鬼が、立ち上がっている。
全身黒焦げで、満身創痍の体裁だが、両足でしっかり草叢を踏み締めている。
ガハァ・・・ガハァ・・・と、両肩を上げ下げし、荒い呼吸。
顔が、今までにないほど、どす黒い憤怒の色に染まっている。
眼の両端を引き上げ、顔を引き攣らせ、青筋をびっしりと這わせ。
まさに、般若。
そして、頸に刺さるバヨネットを、ズヌッ、と右手で引き出し、地面に放る。
待ち伏せ鬼、肩まで短くなった髪を、ズウウウ・・・と左右に浮き上がらせる。
全身から、オオオオオォォォ・・・と、禍々しい妖気を噴出させ。
ごく、と生唾を飲み込むキリエ。
待ち伏せ鬼「(激怒)よぐもよぐも! 燃やじでぐれだなぁ! 大事な髪を燃やじでぐれだなぁ!」
対峙、2メートル。
ドォン!と草を蹴り付け、飛び掛かってくる待ち伏せ鬼。
両手の鋭利な爪を立て、掌を鉤とし、切り裂かんと。
キリエ、即座に躱す。
しかし、連撃が襲う。
ビュン! ザッ! シュッ!と立て続けに空を裂く、待ち伏せ鬼の爪。
避け、傘を使って捌き、動き回って避けるキリエ。
待ち伏せ鬼、今までの劣勢が嘘のような、機敏な攻め。
眼が血走り、奇声を上げ、間を詰め、襲い掛かってくる。
最早、すべての憤怒をキリエにぶつけている、様相。
恐らく、鬼の体躯を動かしているのは、憎悪。
目線はキリエに固定されたまま、照準を合わせている。
他は、まったく見えていない雰囲気。
一方、禰豆子。
崖の上から、こちらに助勢しようと身を乗り出す。
キリエ、それに気付く。
キリエ「(大声で)禰豆子! 炭治郎のところに行って! それから自分の身を護って! 私はこのまま〝あの場所〟で決める! 貴方も気を付けて! もう時間がない!」
ハッ、と上空を見上げる禰豆子。
飛び降りようとした身体を、退いて押し留める。
それを確認して、踵を返し、ダン!と青草を蹴って方向転換するキリエ。
崖から離れ、別の方向に、駆け出す。
待ち伏せ鬼、奇怪な大声を上げ、キリエの背に向かって走り始める。
あっという間に、樹々の間に見えなくなる、二名の影。
禰豆子、きり、と眉を寄せ、身体を真後ろに返し、地を蹴る。
そして、斜面を駆け下り、姿を消す。