「キリエ~吸血聖女~」二次創作読み物   作:桁石スミオ

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試練に耐えうる人は、幸いなり【後編】ー7

★ 森久保集落・堂山

 

 景色は、仄か。

 純黒の闇が剥がれ、かなり先まで可視出来る風景。

 森の一部が、100メートル四方に拓け、枯れている。

 樹海に囲まれたその土地の中央に、高さ20数メートルほどの低い山。

 全体は円錐型、裾が前後左右に綺麗に拡がる。

 小型の富士山の如き、コニーデ型の輪郭。

 全面の黒土の色彩で、一本の樹すら存在しない。

 点在する数箇所の切り株。しかも完全に枯れ、崩れている。

 夕方にキリエたちが立ち寄った場所、堂山。

 静かに鎮座する、小山。

 しかし、急に騒がしくなる。

 鳥が数羽、喚きながら、慌てたように森から飛び立ち、空へ。

 その方向から、樹の間を縫って、タタタタタタタ・・・と、キリエが駆け出して来る。

 右手に仕込み傘を下げ、凄まじい速度。

 周囲が開け、キリエ、眼前に堂山を確認する。

 走りを落とさず、ちら、と後方を振り返る。

 文字通り、鬼の形相以外の何物でもない、待ち伏せ鬼が迫る。

 ドドドドドドドドド!と、草叢を削るような、猛烈な駆け方。

 目を大きく剥き、牙を晒して、口を上下に開け、キリエを睨み付け。

 全身から、殺気と怨嗟を垂れ流しながら。

 待ち伏せ鬼、森を抜け、堂山の敷地に入る。

 キリエ、小山の頂上を凝視。

 走駆の勢いのまま、ドンッ!と枯草を蹴る。

 堂山の山肌に足が掛かり、そして、ダーンッ!と上前方へと跳ねる。

 急斜面に点在する朽ちた切り株を足場に、タン! タン! トーン!と跳び渡る。

 見る見る高度を上げ、山の頂へと登っていくキリエ。

 鮮やかに、宙を軽やかに舞う。

 まるで、踊るように。

 だが表情は固く、両目は鋭利に、眉間に皺を刻んでいる。

 その後方からキリエを追う、待ち伏せ鬼。

 枯草を千切り、落ちている枝を蹴散らし、轟音を上げ、接近。

 待ち伏せ鬼も、堂山の斜面に突入。

 急な角度も物ともせず、ドドドッッッ!と、黒土を抉りながら登坂していく。

 キリエ、20数メートルほどの高さの山頂に到達。

 そこは、直径10メートル程度の、円型の平たい場所となっている。

 勾配との境、円地の縁に、トッ、と着地するキリエ。

 すかさず、くるっ、と踵を返し、身体を反転。

 眼下から迫り来る、待ち伏せ鬼。

 相対距離、15メートル。

 キリエ、きっ、と一際鋭い目線。

 荒れた呼吸を整えつつ、仕込み傘を両手で持ち直し、両足を肩幅に広げ、胸を張る。

 

キリエ「(突き抜ける声)来なさいっ! ここで殺してあげるっ!」

待ち伏せ鬼「(怒り狂い)許ざない! 殺じでやるゥ! 殺じでやるゥ!」

 

 待ち伏せ鬼が、指を鉤型に曲げ、両腕を広げる。

 既に、燃やされていた髪が1メートル以上に伸び、回復している。

 その黒髪を左右に、ブワアッ、と羽根の如く展開し、いくつかの紙縒り状に構成。

 髪の触手を数本、蟹の脚のように構える。

 すべての尖端は、キリエに向く。

 距離、10メートル。

 瞬きもせず、血走った両眼で睨み、尚も駆け上がって来る待ち伏せ鬼。

 眼球には、キリエしか映っていない。

 他は、何も見えていない。

 殺意が、鬼の躯体を動かしている。

 距離、5メートル。

 斜面最上部のキリエに向かい、歩幅を大きく、黒土を蹴る。

 キリエ、動かない。

 仕込み傘を両手に持ったまま、引鉄にも指を掛けていない。

 距離、3メートル。

 待ち伏せ鬼、跳躍。

 ドォン!と、右足で踏み切り、右腕を頭上に振り被り、爪を立てる。

 溜めていたように、長髪の触手が、ズドン!と延伸する。

 

待ち伏せ鬼「(激怒の声)死ねェェェェッッッ!!!」

 

 相対空間を埋め尽くす、錐の形状となった、幾本もの鬼の長髪。

 キリエ、奥歯を、ぐっ、と締める。

 傘を持ち直し、右手に、だら、と下げる。

 同時に、待ち伏せ鬼の右腕が、振り下ろされようとする。

 

【スローモーション】

 

 突然。

 閃光。

 東方向の、山の稜線から。

 何かの爆弾が炸裂したかのような、光。

 一瞬で、白橙色の絨毯が、押し寄せる。

 樹海を、森林を、見える範囲全面を染め上げる、波濤の如き勢い。

 待ち伏せ鬼、攻撃を繰り出しながら、右側に顔を向ける。

 網膜に、光の輪がプリズムを醸し出しながら、飛び込む。

 愕然。

 灰黒色の眼が、はち切れんばかりに拡大し、見開かれる。

 顎が落ち、今までにないほどに口が拡大。

 憤怒の顔が、あっという間に崩れ、恐怖と怯えの表情となっていく。

 キリエ、唇の端を噛み、眉間に皺を寄せる。

 揺るがぬ視線は、待ち伏せ鬼に固定した状態。

 来たのは。

 日の出。

 生命の根源から放たれる、真っ直ぐの陽光。

 遮蔽物のない堂山の山頂に、届く。

 更に、この山肌の片面を飲み込み、周囲全面に満ち溢れる。

 すべてが、明るく照らされ始める。

 

【スローモーション終了】

 

 待ち伏せ鬼、陽光を浴び、急停止。

 直後。

 ジュワアアアア――――ッッッ!!!と、鬼の体躯が、灼け出す。

 瞬時に皮膚が真っ赤になり、ケロイドが全身に拡がる。

 朦々と湯気が皮膚から立ち昇り、シュウウウウウウ・・・と噴出して膨れ上がる。

 

待ち伏せ鬼「(絶叫)ギャアアアアアアアッッッッ!!!」

 

 一直線に届く陽の光を、両手と長髪を掲げて防ごうとする。

 しかし、その髪も灼け始め、ブスブスブス・・・と燻った煙を発している。

 

待ち伏せ鬼「(悲鳴)灼けるゥゥ! 嫌アアアァァァッッ!」

 

 掌を必死で翳し、陽光から逃れようとする待ち伏せ鬼。

 だが、身を隠す場所は、ここ堂山にはない。

 皮膚の延焼は、止まらない。

 火傷は赤色化し、更に茶褐色、そして炭黒色へと。

 太陽は、一片の慈悲もなく、鬼を穿つ。

 待ち伏せ鬼、虚空を藻掻き、両腕を振り続ける。

 全身を隈なく、ケロイドが覆い切る。

 ピシッ、ピジッ、ビッ、と亀裂が入っていく、待ち伏せ鬼の身体。

 空を掻き毟りながら、キリエを横目で、視界に映す。

 待ち伏せ鬼、ハッ!と、灰黒色の眼球を正円に見開く。

 キリエは、ずっとこちらを見ている。

 対峙距離、2メートル前後、斜め上から。

 堂山の山頂の縁に、真っ直ぐ立って視線を向けている。

 眉を顰め、苦しそうに荒い呼吸をしている。

 しかし、こちらと同様の灼熱化が、まるでない。

 待ち伏せ鬼、息を飲んで、引き攣る。

 信じられないという、表情。

 

待ち伏せ鬼「(驚愕)何で・・・何であんたは平気なの!? 鬼なのに!」

キリエ「(苦悶の声で)平気じゃないわ・・・我慢しているだけ・・・」

 

 わなわな・・・と、口端が震え出す、待ち伏せ鬼。

 遂に、足掻きが終わる。

 だら・・・と両腕を下げ、茫然とした顔で、キリエに目線を投げる。

 限界が来る。

 鬼の躯体が、崩壊開始。

 長髪が、ザアアアア・・・と、先端から散り散りに消えていく。

 ボロォッ、と右腕が、肩から割れて落ちる。

 ビシイッ!と、両脚の太腿付近が、真横に折れ、左右に倒れていく。

 支えを失った腰から上部が、一気に地面に落下し、ドスン、と音を立てる。

 崩れ落ちた四肢が、ゴロン・・・ゴロン・・・と斜面を転がり落ち、更に細かく砕ける。

 黒い紬の内側の身体にも、無数のひびが入り、ゴロン、ボロン、と四散していく。

 頸が両断し、頭が、ドスン、ゴロッ・・・と黒土の上に転がる。

 頭部以外の部位、ジュウウウウウ・・・と燻り、次々と形を失う。

 焦げ臭い、白い煙が空域を埋めている。

 待ち伏せ鬼、頭だけとなる。

 その頭部も、徐々に髪の毛の端から崩れている。

 鬼の目が、一直線にキリエに注がれている。

 目頭に、涙。

 残っている頬に、幾筋か伝う、光の筋。

 諦念。

 絶望。

 そして、陽を浴びても滅びないキリエへの、羨望の眼差し。

 とうとう、最後の崩壊が、来る。

 

待ち伏せ鬼「(段々と消え入る声)ああ・・・あとひとり・・・あとひとり・・・で・・・ひゃく・・・に・・・」

 

 直後。

 一気に、崩れる。

 ザ・・・ザアアアアァァァァ・・・と、砂のように。

 チリチリチリ・・・と、燃え尽きながら。

 待ち伏せ鬼、滅される。

 流砂の如く、体組織を散らし、山肌の黒土へと混じって消える。

 ヒュウウウ・・・と、なだらかな風が、堂山へと吹き込む。

 躯体から立ち昇っていた煙が、一息で大気の流れに乗って、薄くなっていく。

 静寂。

 静寂。

 長い、間。

 尚も、間。

 やがて。

 キリエ、傘を広げ、自分の左肩に掛ける。

 陰が、彼女を癒す。

 ふううう・・・と、肺の空気を全部吐き出すような、息。

 両の瞼を閉じ、肩の力を抜き、幾度か深呼吸を繰り返す。

 ゆっくりと目を開け、待ち伏せ鬼が居た位置に視線を投げる。

 あるのはただ、元の風景。

 朝日は既に顔を覗かせていて、景色を白橙色に染め上げている。

 

キリエ「黒衣の者がいたこの場所で、まさかオニを斃すことになるなんて・・・」

 

 ふと、振り返るキリエ。

 堂山の山頂を、改めて見渡す。

 直径10メートルほどの円地に、朽ちた切り株が数箇所。

 その中心付近に、小さな石仏がある。

 キリエ、近寄って屈み込み、じっ、と凝視する。

 高さ50センチほどの、地蔵菩薩が鎮座している。

 目を閉じている、深く安らいだ穏やかな表情。

 初めて見る石像に、小首を傾げて、尚も見詰めるキリエ。

 

キリエ「〝祈りの山〟か・・・(ふっ、と静かな笑み)通じたのかしら、ね」

 

 ガサッ、と小山の麓の方から、音。

 キリエ、弾けたように身体を起こし、山頂の縁から森の方を見下ろす。

 樹々の間を縫い、炭治郎が現れる。

 右手に日輪刀を下げ、背負い箱を担いでいる。

 ふら、ふら、とした、覚束ない足取り。

 

キリエ「(短く息を飲んでから)炭治郎!」

 

 表情を引き締めて、ダン!と黒土を蹴るキリエ。

 登った時と同等の、トン! トーン! タンッ!とした軽やかな跳躍で斜面を降りる。

 高さ20メートルほどを一気に下山し、その速度で炭治郎へと駆け寄る。

 キリエの姿を確認した彼が、顔を上げ、安堵の表情。

 途端。

 炭治郎、ふらあっ・・・と、前のめりに身体が傾く。

 ガシイッ!と、キリエの両手が、真正面から炭治郎の両肩を掴み、力を込める。

 仕込み傘を後方に放り、間一髪で、倒れんとした彼の身体を支える。

 炭治郎、苦笑いを浮かべ、荒い呼吸を繰り返している。

 

炭治郎「(申し訳なさそうに)すまない、キリエ・・・君は、大丈夫か?」

キリエ「(首を左右に振り)こっちの心配はいらない。人の心配より、自分の心配して。(炭治郎の身体を見渡し)怪我はなさそうだけど、無理して動かないで」

炭治郎「ありがとう。でももう動けるよ。(キリエの背後に目を遣り)鬼は、斃したのか?」

キリエ「(頷いて)ええ、朝日に焼かれて、骨も残ってない」

炭治郎「(ほうっ、と息と継いで)そうか・・・キリエが頑張ってくれた・・・本当にありがとうな」

キリエ「(炭治郎の背負い箱を見て)禰豆子は、いる?」

禰豆子[箱の中から]〔(高めの声で)んーん!〕

キリエ「(安堵した様子で)良かった。間に合ったわね」

 

 ふう、と小さく息を継ぐキリエ。

 眉を下げ、安心した顔となる炭治郎。

 全員がそれぞれ、生還した事実を噛み締め合う。

 少し、そのまま。

 暫くして。

 キリエ、炭治郎の肩を、ポン、と一度叩いて、身体を翻す。

 広げたまま地面に落ちている傘を拾い上げ、改めて左肩に掛け、差す。

 炭治郎、日輪刀の切っ先を鯉口に掛け、カシュン、と収納する。

 そして改めて炭治郎に歩み寄り、彼の左側に立つキリエ。

 それから自然な動作で、右手で炭治郎の左腕を取り、ぐい、と自分の肩に持ち上げ、回す。

 僅かに驚く炭治郎。

 キリエ、傘を持つ左手で炭治郎の左腕を押さえ、しっかりと引き寄せ、繋ぎ止めている。

 肩を組み、支える姿勢。

 身体を寄せ、炭治郎に目線を注ぎ、微かに笑むキリエ。

 眼差しを絡め、目を細め、柔らかい微笑を醸す炭治郎。

 

キリエ「(静かな口調で)帰りましょう」

炭治郎「(柔らかい笑みで)ああ、帰ろう。和尚さんにも報せておこう」

禰豆子[箱の中から]〔んっ!〕

 

 そして、二人三脚の体勢で、歩を進め始める。

 堂山を背に、傍らの街道へと。

 三人が、集落の方面に、去っていく。

 やがて。

 誰もいなくなった堂山に、静けさが訪れる。

 雲が大きく南北に分かれた、天空。

 朝の陽が、生命力溢れる光を、惜しみなく降り注いでいる。

 

 

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