「キリエ~吸血聖女~」二次創作読み物   作:桁石スミオ

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試練に耐えうる人は、幸いなり【後編】ー8

★ (翌日・宵の口)蝶屋敷・門の前

 

 半月から太った月が、天の頂へと登る航路にある。

 雲がほとんどない、明るい夜空。

 格子戸が開け放たれた、蝶屋敷の数寄屋門の前の、路上。

 トロリーケースを左側に置き、右手に仕込み傘を下げた、キリエが立つ。

 向かい合って、左から順に、炭治郎、禰豆子、しのぶが並ぶ。

 四人は、それぞれが穏やかな表情を浮かべている。

 

しのぶ「もう一晩滞在してもらっても、よろしかったのですよ。夜は鬼に遭遇します。キリエさんは闘えるとは言え、体力も気力も、温存することが大事です」

キリエ「お気遣い、感謝するわ。でもここまで黒衣の者の情報を掴めたんで、後は居場所を捜す。時間が惜しい。動ける内は動いておきたいの」

しのぶ「そうですか・・・(残念そうに)折角仲良くなれましたのに」

炭治郎「(しのぶに目を遣り)でもしのぶさん、夜だからこうして禰豆子も挨拶出来る。(禰豆子を見て)だよな?」

禰豆子「(目を細めて、頷き)んっ!」

 

 キリエ、小さく首を縦に振る。

 それからトロリーケースに目線を下ろし、再度しのぶを見る。

 

キリエ「(申し訳なさそうに)前に着物駄目にしちゃったのに、またくれるなんて・・・もったいないから、いいのに」

しのぶ「いいえ、キリエさんお似合いでしたから、是非米国でも着て下さい。着付けはお教えした通りです」

 

 微かにはにかんだように、口端を緩めるキリエ。

 しのぶ、右掌を上にして、すっ、と彼女に向けて差し出す。

 

しのぶ「『黒衣の者』の調査ですが、私も協力させてくれませんか? キリエさんが差し支えありませんでしたら、今回の恩方村の件も含めて、お館様にご報告したいのですが・・・」

キリエ「(目を瞬かせ)〝オヤカタサマ〟? 誰?」

炭治郎「俺たち鬼殺隊の頂点に立つ、当主の方だよ」

キリエ「報せてもらうのは、一向に構わないんだけど・・・黒衣の者を追うのは、私がひとりでやるから・・・(少し俯き)これ以上、迷惑を掛けたくない。過去の情報もいっぱい調べてもらったし、物凄く助かったわ。だから・・・」

しのぶ「(清廉な声質で)乗りかかった舟、ですよ。確かに『黒衣の者』はキリエさんが追うにしても、鬼殺隊の情報網なら、もっと早くも見付かるかも知れません。(小首を傾げて)ね?」

炭治郎「俺も何か判ったら、鴉を飛ばすよ。手は多い方がいいだろ?」

しのぶ「(炭治郎を見て、頷いて)そうですね。キリエさんはキリエさんで旅を続ける、私たちは情報を得たら鴉を飛ばす・・・それで決まりですね」

 

 どこまでも歩み寄って来る、言動。

 自分の裡に湧き上がってくる、感謝。

 ぐっ、と喉元を鳴らし、キリエが三人を見回し、見詰める。

 赫い瞳が、透明で綺麗な輝きを帯びている。

 

キリエ「この国に・・・ジャパンに、43年の時間を超えて辿り着いて、何も判らない私に・・・(嬉しそうに)親切にしてくれて、本当に、ありがとう」

 

 途端。

 炭治郎が一歩踏み出し、両手で、がしっ!とキリエの左手を包み込むように握る。

 キリエの両目が驚きで丸くなり、瞬時に両頬が紅く染まる。

 

炭治郎「(溌溂な声)こちらこそ、礼を言わせてくれ。キリエがいなかったら、あの鬼は斃せなかった。君のお陰だ。本当にありがとう!」

キリエ「(戸惑った口調で)い、いえ・・・私は、何も・・・」

 

 にこやかな、爽やかな笑顔の炭治郎。

 静かにキリエの左手を離し、ゆっくりと体勢を戻していく。

 キリエ、炭治郎の両手から、視線を外せずにいる。

 痛ましい手。

 ここからでも明確に認識出来る、傷が深く刻まれた皮膚。

 硬くて、鍛え抜かれ、分厚い。

 年下とは思えない、強靱な掌。

 握られて改めて判った、彼の両手が語る事柄。

 

キリエ《炭治郎の、生き抜いた、証・・・》

 

 感嘆の余韻の、時。

 突然、ガバッ!と、禰豆子が飛び込んで来る。

 両腕をキリエの背中に回し、一気に、ぎゅううっ・・・と抱き締める。

 キリエ、再び驚き、禰豆子の後頭部に目を遣る。

 禰豆子は、キリエの右肩に顔を埋め、瞼を固く閉じている。

 微かに伝わっている、震え。

 

キリエ「(落ち着いた声色で)禰豆子・・・」

 

 言葉を発さず、ただひたすら、キリエを抱擁する禰豆子。

 伝播してくる、寂しさ。

 キリエが頬を寄せ、同様に両目を伏せ、左手で彼女の髪を静かに撫でる。

 

キリエ「(透明で、深遠な声)人間に戻れるように・・・祈ってるわ・・・」

 

 暫く、そのまま。

 炭治郎としのぶが、温和な表情で見詰め続けている。

 少しの、後。

 禰豆子、名残惜しそうに身体を離し、下がる。

 キリエと三人が、改めて向かい合って、立つ。

 

しのぶ「(厳格さを醸した声で)これからも君には、更に多くの艱難と試練が降り懸かってくるかも知れません。それに耐えうることが出来れば〝明日〟を取り戻せるでしょう。『黒衣の者』を斃し『狂血病』を無くし、誰も悲しむことのない日を、きっと」

 

 しのぶの言葉に、一度大きく首を上下に振るキリエ。

 表情に宿るは、凛。

 真っ直ぐで、慈しい瞳を向けてくる炭治郎。

 

炭治郎「(どこまでも深い響きで)試練に耐えられる人は、きっと幸せになれるよ、キリエ」

 

 キリエ、思わず炭治郎に、視線を送り返す。

 絡む、眼差し。

 共に闘い、力を併せた時の想いが、自分の裡に湧き上がってくる。

 ふっ、と唇を緩め、穏やかな目で微笑むキリエ。

 

キリエ「(沁みるような響きで)その言葉、そっくり貴方に返すわ、炭治郎」

 

 禰豆子が、眉を下げ、頷く。

 しのぶが、目を細める。

 やがて。

 キリエ、左手でトロリーケースを持ち手を掴み、強く握る。

 意を決した如く、ざっ、と靴底を擦り、踵を返す。

 半身になり、三人を流れるように視界に映し、微笑を湛えて。

 

キリエ「それじゃ、これで」

しのぶ「旅のご無事を、祈念しています」

 

 切なそうな顔で、肩口まで右掌を挙げ、小さく左右に振っている禰豆子。

 柔らかい笑みで、胸元に右手を上げ、掌をこちらに向けているしのぶ。

 思い切るように背中を向け、トロリーケースを引き始めるキリエ。

 ゴロゴロゴロ・・・と、車輪が路面を転がる音が、高鳴り出す。

 爽やかな表情で、右手を、バッ、と真上に突き上げ、右、左に大きな幅で振る炭治郎。

 キリエと三人の距離が、どんどん離れていく。

 

炭治郎「(晴れやかな、大声で)元気でなー! 縁があったらまた逢おう!」

 

 キリエ、歩みを停めず、振り返る。

 万感の想いが、満ちる。

 両目に映る三人は、ずっとこちらを見詰めたまま。

 なだらかな下りの道を、進む。

 蝶屋敷の竹塀を過ぎ、路の両脇は鬱蒼とした樹々が並ぶ。

 いつしか互いの姿が、見えなくなっている。

 進行方向に土の面に目線を放り投げ、少し俯くキリエ。

 顔に浮かぶ、寂寞。

 それでも尚、きり、と視線を前方に向け、表情を引き締める。

 坂道を、降っていく。

 

 

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