★ (一日後)東京府・街道
昼時をやや過ぎた、日中。
雲が空の半面ほどを覆い、西から東へ静かに流れていく。
キリエ、中程度の河川の畔、土手の上の路上にいる。
左手に木製の橋が架かり、来た道と二手に分かれている。
橋の袂、傘を左手で差し、トロリーケースを体側に置き、立ち尽くしているキリエ。
先に伸びる街道と、橋を渡る道を交互に見遣る。
困ったような、顔。
キリエ《方向はどっちだったかしら・・・地図、写させてもらえばよかった》
突如。
バサッ、バサッ、と近い羽音。
キリエ、はっ、と顔を上げる。
上空から、滑らかな軌道で、真っ直ぐに向かって降りて来る黒い鳥。
キリエ「鴉? 炭治郎から? それとも、しのぶさん?」
あっという間に、キリエの眼前の路上に、舞い降りる。
バサッ、スタン!と綺麗な着地。
キリエと目が合い、キリッ、と眦を締める鴉。
天王寺松衛門や艶よりも、一回り大きな体躯。
何となく、全身の羽根が剛毛の雰囲気。
鎹鴉「(よく通る声で、明瞭に)オ初ニオ目ニ掛カル! キリエ殿!」
キリエ「(少し驚いて)声が違う。炭治郎やしのぶさんの鴉じゃない」
鎹鴉「私ノ名ハ『要』ト申ス! オ館様ノ命ヲ受ケ! 馳セ参ジタ!」
キリエ「カナメ・・・それが貴方の名前なのね。(少し考える仕草をして)誰かに喋り方が似ている気がする・・・」
ズイ、と胸を反らすような姿勢になる、要。
要[鎹鴉]「私ハ! 杏寿郎様ニ仕エテイタ!」
キリエ「(目を丸くして)煉獄さんの鴉だったの!? 道理で喋りが似ていると思った」
要[鎹鴉]「(コク、と頷き)ウム! 無限列車ノ任ノ後、役ヲ解カレテイタ!」
キリエ「さっき〝お館様〟って言ってたけど、確か、鬼殺隊のトップの人、だったわよね。その人が、貴方を派遣したの?」
要[鎹鴉]「左様! 蟲柱様ト竈門隊士ヨリ! 杏寿郎様ト共闘サレタ貴方ノ報告ヲ受ケ! オ館様ガ私ニ下命サレタ! キリエ殿ガ日本ニイル間! 連絡役ニ就クヨウニ、ト!」
キリエ「それは・・・助かるわ。炭治郎もしのぶさんも何か判ったら鴉を飛ばすって言ってくれたけど、私からの連絡も出来るだけしておきたいところだったし・・・」
ふう、と安堵混じりの吐息を漏らすキリエ。
要の眼が、再度引き締まり、揺らがない目線を送ってくる。
要[鎹鴉]「アトモウヒトツ! 勝手ナガラ! 私ノ希望ヲ申シタイ! オ館様ニハ許可ヲ頂イタ!」
キリエ「(小首を傾げ)何?」
要[鎹鴉]「米国デノ杏寿郎様ノ活躍ヲ、聞カセテ頂キタイ!」
言葉の端から感じ取れる、切な気な懇願。
キリエの両眼が、丸くなる。
要[鎹鴉]「時代ヲ超エ、杏寿郎様ハ悪鬼滅殺ノ責務ヲ貫イテラッシャルトノコト! 貴方ノ見テキタ杏寿郎様ノ御姿ヲ! 是非オ伝エ願エレバ!」
双方の目線が、繋がり、固定される。
暫くの、間。
更に、間を置いて。
片膝立ちに屈み込み、要を、じっ、と見詰め続けるキリエ。
キリエ「もしかして、煉獄さんが亡くなった時の報告をみんなに伝えたのって、貴方?」
要[鎹鴉]「(一瞬、声を詰まらせた後)・・・私ダ!」
キリエ「そう・・・(慈しむ口調で)つらかったわね・・・」
キリエが、表情を緩め、尚も視線を注ぐ。
要、僅かに目を伏せるが、すぐに堅固な目線を放ってくる。
しゃがんだ姿勢の状態で、すっ、と右手を差し出すキリエ。
キリエ「(小さく頷いて)私の見てきた煉獄さんで良ければ、話すわ。来て」
クワッ!と、両眼を菱形に見開き、口角を上げる要。
そして、キリエの右腕を、タン、タン、と軽やかに跳ね、彼女の右肩まで昇る。
すぐ至近距離で、視線が合う両者。
要[鎹鴉]「(嬉しそうに)カアー! ヨロシク! キリエ殿!」
キリエ「(苦笑して)殿、は付けないで。キリエ、って呼び捨てて」
要[鎹鴉]「承知!」
キリエ「早速だけど、案内してほしいところがあるの。いいかしら?」
要[鎹鴉]「ウム! 任セテクレ! モウ安心ダ! キリエ!」
キリエ、安心を全面に顔に表し、すいっ、と立ち上がる。
そして要を肩に乗せたまま、トロリーケースの取っ手を右手で持つ。
ゴロ・・・と、ケースが音を立てて引かれ始める。
★ 【回想】明治五年・東京府南多摩郡恩方村・森久保集落・堂山
山の端が、薄明るい。
雲が大部分を覆っている天は、仄かな色合い。
夜明け前、舞っていた粉雪も止んでいる。
だが、地上は。
二体の異形が、暴風を生み出している。
ズオオン! ズズズズズ・・・と、猛烈な地鳴り。
無惨の腕が触手となり、メギィッ! グシャッ!と、樹木を捻り潰す。
こちらに向かって倒壊する大木を、黒衣の者が諸刃の剣で断つ。
ズバアッ! ゾウン!と、樹の幹を二本同時に両断する、凄まじい斬撃。
今度は黒衣の者が、傍らの樹を根元から、ザンッ!と真横に薙ぐ。
時間差で、もう片側の樹を、ズドン!と裟懸けに断つ。
グラ・・・ドドドドドド・・・と、無惨の頭上に倒れていく、幾本かの倒木。
ダン! ダダン!と地面を抉りながら跳ね、右腕を掲げる無惨。
突然、ブワアアアアッッッ!と腕が膨れ上がり、茶褐色の肉の塊となる。
直径4メートル越え、中程が割れ、ガッパアァ!と牙を剥き出した口が発生。
こちらに被さる樹木に齧り付き、メギョッ! グボジャァ!と嚙み砕く。
飲み込むことはなく、ただ木っ端微塵に破壊。
無惨が壊した樹が、この周辺の最後のニ本。
ここは、堂山。
今、小山を中心とした100メートル四方は、惨憺たる風景。
この範囲すべての樹木は、根の付近を残して、すべて倒されている。
切り株が、鋭利な断面か、もしくは毟り取られたようなギザギザの断面かの二択。
しかも樹はただ倒されたのではなく、長い幹が幾重にも折られるか、切断されている。
砕け散っている樹木には、何かの血液が、点々と付着。
土埃、木の破片、裁断された樹皮、細かい塵が滅茶滅茶に混ざり、空域に充満。
それは上昇気流に乗り、白煙となって、高度50メートルまで立ち昇る。
更に、焦げ臭さと生臭さが混ざり合った、胸の悪くなる臭いが溢れる。
1ヘクタールの領域、視界が効かない。
数メートル先の物体が、朧な影にしか見えない。
見渡す限り、異世界の景色。
もしくは、名も知らぬ地獄。
黒衣の者、堂山の山頂にそそり立ち、長剣を右手に下げ、仮面の奥から視線を投げる。
無惨、10メートルほど下った斜面の、中程に立っている。
上方の黒衣の者を睨み、横目で遠方の山を、ちら、と見る。
戦闘態勢は解いている、両者。
黒衣の者「(冷徹な口調)答えよ、疾くと答えよ」
無惨、改めて黒衣の者に目線を移す。
黒衣の者「お前は試す者か、それとも、試される者か」
答えを返さず、ただ鋭い眼光を差している無惨。
顔は、微かな苛立ちの色。
直後。
正面を向いたまま、後方の宙に、ターン!と跳躍する。
無惨の身体が、一瞬浮かぶ。
突然。
空間、2メートル四方が、四角い線を成し、暗転。
すーっ・・・と、吸い込まれるように中に消える、無惨の姿。
途端。
その正方形の囲まれた空域に、襖が出現。
一拍で、ピシイッ!と左右から、自動的に閉まる。
そして、消える。
黒衣の者、まったく動かず、それを眺めている。
二本角の仮面から見える両眼は、虚空の如き色彩。
風が一気に流れ込み、朦々とした白煙を散らし始める。
ややあって。
黒衣の者「答えは示されていない・・・(静かで、重い口調で)時を、待たねばならぬ、か・・・」
マントの下、腰の鞘に切っ先を当て、ズシュゥ・・・と剣を収納する黒衣の者。
東方向から、来光。
景色すべてを染め上げる陽の光が、雲の間を縫い、山の稜線より注がれる。
黒衣の者、全身に朝日を浴びる。
仕草に、変化はない。
太陽の方向に目線を向け、それから眼前の彼方の空に顔を向ける。
黒衣の者「(呟き)我が娘よ、キリエよ・・・来るが良い。あの者の存在が何たるか、対してこの国の人々が持ち続けられるかどうか、答えはその時に導き出される。それまで私は、見届けるとしよう。幾年待つことになるやも知れぬが、試練を超え、辿り着くがいい。それまで・・・」
仮面の奥の両目が、ギラ・・・と神秘的な輝きを放つ、黒衣の者。
黒衣の者「(深淵から響くような声)気高き魂よ、躓くことなかれ」
数拍して。
堂山の敷地に面する街道付近に、五名の人影。
周辺を覆っていた煙が薄くなっており、黒衣の者の姿は晒されている。
村人らしき男性が幾人、驚きを全面に表して、立ち竦む。
村人/壱「(愕然として)何じゃ、こりゃあ! 山が滅茶滅茶だ!」
村人/弐「(黒衣の者を指差し)あ、あれ! 何かおるぞ! 熊か!?」
村人/壱「(凝視して)熊にしちゃあ、細い・・・角がある!」
村人/弐「(振り返って)誰か鉄砲持って来い! 長ンとこに熊撃ちの猟銃があった筈じゃ!」
黒衣の者、一瞬、身体を丸くするように屈める。
そして、裏の方向の山肌に、身を躍らせる。
刹那の、後。
バォーン!と、黒衣の者の背中から、4枚の大きな羽根が生える。
蝙蝠のような、波の如き、尖った輪郭。
黒衣の者、瞬く間に村人の視界から外れ、白煙の残る空域へと滑空していく。
そのまま森の上空を飛行。
高度は取らず、樹々が生い茂るギリギリの高さを、往く。
眼下に、集落の建屋が可視出来る。
そこを斜め下に見下ろす空中に、フワ、と留まる黒衣の者。
朝日が差し込み始め、日光に照らされる家屋を、両眼に映す。
黒衣の者、身体を傾け、静かに降りていく。
黒衣の者「(冷たい声質で)人よ・・・試練を与えん・・・」
地上との距離が、段々と縮まっている。
近くの樹に止まっていた数羽の鳥が、怯えた様子で、鳴きながら入れ違いに飛び立って、消える。