「キリエ~吸血聖女~」二次創作読み物   作:桁石スミオ

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試練に耐えうる人は、幸いなり【後編】ー10

★ (現在)大正四年・横浜港・大桟橋(メリケン波止場)

 

 晴天。雲は時折上空を過ぎるだけで、ほぼ快晴。

 横浜港は、第二期拡張工事の真っ最中。

 外国航路の大型客船が、二隻係留中の、大桟橋。

 総延長、陸地から738メートル、鉄製の桟橋部分は457メートル、幅員42メートルという巨大さ。

 桟橋上には、木造二層型の上屋が設備され、上下の層で旅客と貨物を流通させている。

 陸地と桟橋の間を、何百人という人が行き交う。

 その陸地側の、コンクリートの大通りの端に、仕込み傘を差して立つキリエ。

 桟橋を通行する人々から離れ、ポツンと、邪魔にならない位置。

 トロリーケースを傍らに立て、傘の日陰から、桟橋の海上側に目を遣る。

 眉を引き締め、ぶれない視線。

 

キリエ《黒衣の者の情報は、あった・・・奴は、今もジャパンにいるのかどうか・・・それとも、もうこの国を離れたのか・・・調べなきゃならない。私ひとりじゃ限界があるから、しのぶさんと炭治郎が調査を手配してくれてるのは、本当にありがたい》

 

 キリエ、陸地側の桟橋上に並ぶ、数軒の木造建屋を見渡す。

 洋館二階建てで、恐らく船会社や、国の機関の関係施設。

 

キリエ《入国したにせよ、出国したにせよ、ここの港からしかない。その手掛かりが残っている筈》

 

 ポオ――――――ゥッ!と、汽笛が鳴る。

 鉄桟橋に横付けされている内、片側の客船から、響く。

 キリエが来日した船『モンゴル号』と同程度の巨躯で、黒煙を煙突から噴き出している。

 港に着いた時には既に係留されており、到着していたか、もしくは出航前なのか。

 

キリエ《私が来たのとは別の船、なのかしら・・・調べてみよう》

 

 桟橋の先から、人の流れが密度を増していく。

 船から降りて来たと思しき、旅支度の姿が、多数。

 キリエ、人混みから距離を置き、様子を眺めている。

 突然。

 見覚えのある髪が、前方の桟橋から歩いてくる。

 よく見知った、顔。

 ハッ、として、目を凝らし、息を飲んで固まるキリエ。

 信じ難いという、表情へ。

 

キリエ「(小さく息を吐き)・・・まさか!」

 

 大通り左右に展開している人の群れの、こちら側寄りを歩いてくる、姿。

 サンタミカエラ。

 幻かと、思う。

 だが、キリエ、彼女の雰囲気を確認し、驚く。

 両肩を落とし、左手にボストンバッグを垂れ下げ、足を引き摺って歩行。

 顔は薄暗く、目は虚ろ、瞬きがなく、生気すら感じられない。

 前の他人に、無機質な動きで、ただ追いて歩いている様相。

 さながら、半死人の如く。

 

キリエ「(大声で)サンタミカエラ!」

 

 相対距離が5メートルほどに達した時、キリエが声を上げる。

 途端。

 ピクッ、とサンタミカエラの肩が跳ね、歩みを停める。

 周囲の人々が、止まった彼女を躱しながら、行き過ぎていく。

 サンタミカエラ、心ここにあらずの挙動で、首を左右に、小さく振る。

 声には気付いた模様。

 

キリエ「(更に声を上げ)こっちよ! サンタミカエラ!」

 

 非常に緩慢な動きで、彼女の顔がこちらに向く。

 漸く、ふたりの目線が、合う。

 サンタミカエラ、尚も身体が重そうな、のたり・・・のたり・・・と引き摺る足取り。

 両眼は、相変わらず虚空の色。

 やっと。

 キリエのすぐ眼前まで、到着。

 

サンタミカエラ「(呆然としたまま)・・・キリエ・・・か?・・・」

 

 キリエ、こくん、と明確に頷きを返す。

 長い、間。

 更に、間。

 急にサンタミカエラ、自嘲気味に、ふっ、と右の口端を引き上げる。

 

サンタミカエラ「(朧気な声で)夢?・・・夢だな、これ・・・キリエがここにいる筈はねェ・・・」

キリエ「残念ながら夢じゃないわ。頬をつねってみなさい。痛いから」

 

 また、間が空く。

 尚も、間。

 今はグローブを装着していない素手の右手を緩慢な動きで持ち上げ、自分の頬の横に翳すサンタミカエラ。

 一拍して。

 掌を叩き付ける、パアン!という乾いた音。

 サンタミカエラ、おのれの右掌で、鼻の頭を中心に顔全面を張る。

 キリエ、思わず、ビクゥ!と身体を跳ねさせ、目を丸くする。

 対して、両の瞼を固く閉じ、衝撃の感覚を噛み締めている様子のサンタミカエラ。

 すっ、と彼女の右手が離され、掌の真ん中程に視線を固定する。

 両目には、いつもの彩りが復活。

 太い眉が、強さを醸し出して、きり、と引き締まる。

 キリエが今まで見てきた、いつものサンタミカエラ。

 

サンタミカエラ「(掌を凝視したまま)・・・痛ェってことは・・・夢じゃねェ・・・」

 

 ふうう、と多めの溜め息を吐き、肩の力を抜くキリエ。

 

キリエ「(少し呆れたように)判った? それより、まず聞きたいんだけど・・・」

 

 途端。

 サンタミカエラの左手から、ドサ・・・とボストンバッグが離されて落下。

 そして、ガバッ! ガシイッ!と、キリエの両肩を左右の手で掴み、力を込める。

 

キリエ「(驚いて)ちょっと! どうしたの!?」

 

 今度はサンタミカエラ、これ以上ないほど必死の形相。

 

サンタミカエラ「(突き上げる声で)キリエ! アニキがいなくなっちまったんだ! 一緒に捜してくれ!」

キリエ「(訝し気に)お兄さん? 貴方、兄弟いたの?」

サンタミカエラ「(首を、ブンブン、と思い切り左右に振り)違ェよ! 煉獄のアニキだよ!」

キリエ「(思い切り息を飲んでから)・・・煉獄さん来てるの!?」

サンタミカエラ「船で一緒に来たんだ! けど! いきなり消えちまった! (半泣きで)見付けるの手伝ってくれ! 頼む! キリエ!!!」

 

 サンタミカエラ、膝から崩れる。

 キリエの両肩から両手、両肘の付近まで左右の掌を擦らし、その位置で改めて、ギュッ、と握る。

 膝立ちで、キリエを見上げる姿勢。

 目頭に涙が浮かび、唇は震え、縋る眼差し。

 聖女に救いを乞う、如し。

 驚嘆混じりの目を向け、眉を寄せるキリエ。

 ふと、現実を認識する。

 ふたりを見詰めながら、訝し気な顔で通り過ぎていく人々。

 中には、聞こえないように、ひそひそ、と耳打ちをしている連中もいる。

 キリエとサンタミカエラを、何事かと言いた気な雰囲気で、遠巻きにして見ている。

 すっ、と身体を屈め、サンタミカエラの耳元に顔を近寄せるキリエ。

 

キリエ「(沈着な声で)場所を移動しましょう。そこで、詳しく話して」

 

 サンタミカエラ、狼狽えた状態の表情で、こくん、と頷く。

 

 

★ 【回想】(二週間前)太平洋上・太平洋郵船会社客船

 

 快晴。

 360度全周、水平線まで雲ひとつない、太平洋上。

 最後尾のマストに『JAPAN』と書かれた旗を靡かす、外輪船が航行中。

 大海原を、威風堂々と。

 その一室、広めのベッドが部屋の左右ひとつずつ置かれた、一等船室。

 小さな丸窓が備わっており、そこから洋上の海面が眺められる。

 一方のベッドには、巾着状の革袋が置かれている。誰もいない。

 もう一方のベッドには、サンタミカエラが、いつもの服のまま、横になって、うたた寝。

 幸せそうな、蕩けそうな、寝顔。

 

サンタミカエラ「(寝ぼけて)んにゃ・・・もう食べられねェよ・・・」

 

 突如。

 部屋の内部を、ズウウウウウ・・・と、低音の響きが、通過。

 船室の丸窓の内側が、暗転。

 ガラス越しの向こうは、何も見えない。

 ただ、純黒。

 途端。

 船室の風景が、歪み、捻られ、渦を巻く。

 僅かの、後。

 音もなく、部屋の内部が明瞭な輪郭を取り戻す。

 だが、まったく異なる風体へと、変化。

 サンタミカエラが寝ていたベッドが、消失。

 即座に、床に落下。

 全身を水平に、ドスン!と放り投げ出されるサンタミカエラ。

 

サンタミカエラ「(大声で)痛ってェっ!!!」

 

 右側方を下に打ち付けて、ガバッ!と上半身を起こす。

 先程まで横になっていたベッドはなく、床板の上に座った状態。

 

サンタミカエラ「(部屋中を、きょろ、きょろ、と見回し)あれ? アニキ?」

 

 サンタミカエラ、様子の異様さと、変貌を察知する。

 記憶にある船室より、狭い。

 装飾も簡素な物になっており、ベッドが自分のいる反対側の壁に寄せて、ひとつ。

 床から立ち上がり、再度部屋全体を見渡す。

 丸窓から見える海原だけは、変化がない。

 

サンタミカエラ「いねェ・・・それに・・・こんな部屋だったか? 狭ェし、ベッドもひとつしかねェ」

 

 白いシーツの掛けられた寝台を、覗き込んでみる。

 何も乗っていない。

 自分の荷物のボストンバッグが、枕側のベッドの脚付近に、無造作に置かれただけ。

 サーッ、と血の気が引き、顔色が蒼くなるサンタミカエラ。

 

サンタミカエラ「(震える声で)アニキの荷物も・・・ねェ・・・」

 

 直後。

 サンタミカエラ、踵を返し、ダンッ!と床板を蹴る。

 キュッ!とブーツの靴底を鳴らし、廊下を走る。

 一息二息で、船室を繋ぐ通路を駆け抜け、弾丸のような勢いで甲板に飛び出す。

 船上は、かなり広大な面積。

 

サンタミカエラ「(大声で)アニキぃ!」

 

 見える範囲を、縦横無尽に駆けずり回るサンタミカエラ。

 必死の顔で、杏寿郎を呼び、猛烈な勢いで。

 マストの陰、艦橋の庇の下、救命ボートの中まで覗き込み。

 すると。

 艦橋から階段を降り、一名の制服姿の人物が、近寄って来る。

 サンタミカエラを右手で制し、彼女が目の前で立ち止まるのを確認し、腕を下ろす。

 

船員「(優し気な声で)お兄さんを捜しているのですか?」

サンタミカエラ「(切羽詰まった口調)船員さん! どっかでアニキ見なかったか!?」

船員「どんな方ですか? 髪型とか、服とか」

サンタミカエラ「黄色い髪で、端っこが朱色になってる長めの髪! 炎みてェに逆巻いてる髪型だから目立つ! 眼が菱形ででけェ! 声もでけェし良く通る! 軍服みてェな服に白いマントを背負ってる! マントの端っこも炎みてェな形なんだ!」

船員「それだけ特徴の塊のような人なら、目立ちますね・・・(少し考えて)でも、この船に乗ってるお客様で、そのような方は存じ上げません」

サンタミカエラ「(呼吸を少し止め)・・・嘘・・・だろ・・・(はっ、と何かを思い出したように)じゃ、じゃあ! 乗客名簿! 見て来てくれねェか!?」

船員「(静かに頷いて)畏まりました。お兄さんのお名前は、何と?」

サンタミカエラ「煉獄杏寿郎! キョウジュロウ=レンゴク!」

船員「キョウジュロウ=レンゴク様、ですね。では、船室でお待ち頂ければ・・・」

サンタミカエラ「(間髪入れず)悪ィけど、じっとしてらんねェんだ! 船ン中捜して、見付かんなかったらこっちから出向く! その間、名簿見といてくれねェか! 頼む!」

船員「承知いたしました。艦橋の2階が管理室になりますので、そちらで確認しております」

 

 身体を返し、階段を上層へと登っていく船員。

 サンタミカエラ、捜索を再開。

 混乱して、狼狽えた表情。

 それでも、両脚に力を込め、走りを止めない。

 

サンタミカエラ「(泣きそうな声で)アニキぃ・・・何処行っちまったんだよ・・・」

 

 彼女が、船の後方を駆け回り始める。

 巨大な船体の上には、4本のマスト。

 後ろから2本目のその天辺に、三角のペナントのような旗が風に翻る。

 白い旗に書いてある文字は『Manchuria』、日本語で『満州号』。

 船の規模が更に巨大になり、煙突が3本にななり、外輪もない。

 その変化にまったく気が付いていない、サンタミカエラ。

 ただただ、杏寿郎の姿を捜し求めている。

 

 

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