★ (現在)横浜港・大桟橋(メリケン波止場)・船員詰所裏
大桟橋、陸側の左角から90度の角度で、細い防波堤が伸びる。
緩やかな弓形の、特殊な全体。通称『象の鼻』。
それと桟橋を結ぶ交差の位置に、二階建ての小さな建屋、船員詰所がある。
建屋の裏、湾内に面した空き地に、キリエとサンタミカエラ。
ふたりは建屋の日陰に並ぶ、一片1メートル角の木箱に、並んで腰を掛ける。
キリエ、トロリーケースの上に仕込み傘を横にして置き、木箱の横に据えている。
サンタミカエラは、横浜の湾内に、定まらない焦点の目を向け続ける。
話を聞いている間、キリエはずっと彼女を見詰めている。
サンタミカエラ「(絶望感に染まった声)結局、乗客名簿にアニキの名前はなかった・・・船の何処捜してもいねェし・・・サンフランシスコ出て寄った場所もねェ・・・あんな海のド真ん中で降りる訳がねェし、第一、何も言わねェで、アニキが黙ってどっか行っちまう筈がねェ・・・」
キリエ「(大きく頷いて)そうね。煉獄さんはそんな人じゃない」
サンタミカエラ「(悲観に溢れた口調で、頭を抱え込んで)もうオレっち・・・どうしていいか判んねェで・・・気が変になるかと思った・・・引き返すことも出来ねェし、ただただ船がハポンに着くまで、何も考えられなかった・・・」
キリエ「(ふうう、と長い息をついて)・・・そうだったの。大変だったわね」
キリエ、目線を一瞬伏せ、柔らかいものへと変える。
キリエ「私も、ほとんど同じだった」
サンタミカエラ「(キリエに目を向け)え?・・・」
キリエ「船の上で、一瞬で状況が一変したの・・・(サンタミカエラを見詰め返し)結論から言うわ。貴方も私も、元の時代から43年後のジャパンに着いたのよ」
間。
間。
くわっ!と目を剥き、眉を跳ね上げるサンタミカエラ。
サンタミカエラ「(素っ頓狂な声で)はあっ!?」
キリエ「正しい反応ね。声も出したくなるわ」
サンタミカエラ「43年後ぉ!? 何だそりゃ? ワケ解んねェっ!」
キリエ「私は貴方より10日くらい前に、ジャパンに着いたの。その間、いろいろ情報を調べた。ここは煉獄さんがいた時代のジャパンで、今はタイショウ4年。私たちの暦に直すと1915年。ソリアでの闘いから44年後なの」
サンタミカエラ「(愕然として)嘘・・・みてェ・・・信じらんねェ・・・」
キリエ「そうね、それが当然。信じられなくて当たり前。でもね、この10日間でいろいろあったの。この国の鬼とも何度か闘ったわ」
サンタミカエラ「(驚いて、息を飲んでから)マジかっ!」
キリエ「(頷いて)ええ。煉獄さんと同じ鬼殺隊の隊士とも組んで闘った。鬼殺隊の人とも何人か会って、調べてもらったこともいっぱいある・・・」
サンタミカエラ、キリエから目が反らせない。
衝撃を超えた衝撃が繰り返し、波状攻撃となって自分の裡を打つ。
やや、間を置き。
キリエが、小首を傾げ、疑問の色を目線に乗せる。
キリエ「貴方は、何でジャパンに来ようと思ったの?」
サンタミカエラ「(目を瞬かせて)あ、ああ・・・アニキに正式に弟子入りするつもりで、アニキがハポンに帰る船で一緒に来たんだけどよ・・・」
キリエ「黒衣の者がジャパンにいることは、聞いた?」
間。
間。
更に、間。
またもや、くわっ!と両眼を開き、刮目するサンタミカエラ。
サンタミカエラ「(天地がひっくり返るような声で)何だそれ! 初耳だ! 来てるのかヤツが!?」
キリエ「(こく、と首を上下に振り)正確には、いた。43年前に記録があったわ。目撃事例と、狂血病とよく似た病気の発症例・・・でもそれ以降の情報が、途絶えてる。かつて〝来ていた〟けど、今も〝いる〟かどうかは判らない。私は、黒衣の者がジャパンで目撃された、という情報を聞いて、ここに来た。でも何故か43年の時間が経った、未来のジャパンに着いてしまった・・・その理由も原因も解らない」
最早サンタミカエラ、続く言葉を失う。
茫然、自失。
息を継がせぬ矢継ぎ早の、驚異。
キリエ、腰掛けていた木箱から、タン、と飛び降りる。
そして、数歩前に歩き、サンタミカエラに背を向け、湾内に目線を放る。
防波堤より内側の波は、穏やか。
波消しブロックに打ち付ける、チャプン・・・チャプン・・・という音響が、届く。
その更に先、湾を挟んだ向こう側に、別の埠頭が目視出来る。
新しく拡張されていく港の、建設中の新しい桟橋が見える。
キリエ「(埠頭を見遣り)煉獄さんが口にしていた言葉を、思い出したわ」
サンタミカエラ「(キリエの背を見て)・・・アニキが?」
キリエ「一度死んだ自分が再び現世に身を置くことになったのは、果たすべき責務があるからに違いない、って言ってた」
サンタミカエラ「(大きく頷いて)同じこと言ってたな。そして、責務を全うする、って言ってたっけ」
キリエ「それと同じ」
サンタミカエラ「(不意を衝かれた様子で)え?」
キリエ「私と貴方が43年の時間を超えて、しかもこの異国の地で、互いが違う目的で出発したのにも関わらず、こうして合流したこと・・・(振り返って、サンタミカエラを見て)意味があると思えるの」
サンタミカエラ「(ごく、と生唾を飲んでから)オレっちと、てめェで・・・果たすべき責務がある、ってことかよ?」
キリエ、くるっ、と身体を翻す。
それから、サンタミカエラのすぐ目の前に、両足を肩幅にして、立つ。
右手を真っ直ぐに、サンタミカエラの眼前に差し出すキリエ。
キリエ「(張りのある声で)力を貸して、サンタミカエラ。私は黒衣の者を捜し出し、斃す。その為に、この国にいる間、一緒に組んでほしいの。そして煉獄さんも捜しましょう。何処かに来ている可能性もあるから」
サンタミカエラの両目が、緩やかに、静かに、丸く大きく見開かれる。
暫く、そのまま。
キリエは口を結び、右手を掲げたまま、ぴくりとも動かず。
更に、間を置き。
一気に、緊張を瓦解させるサンタミカエラの顔。
サンタミカエラ「(にっ、と不敵な笑み)しゃあねェ・・・そこまで言われちゃ、組まねェ選択肢はねェな」
ずい、と身体を起こし、起立するサンタミカエラ。
自分の右手を上げ、ガシッ!とキリエの右掌を掴み、握手。
双方の手の温もりが、互いに交わされる。
キリエ「(静かに微笑んで)改めて、よろしくね」
サンタミカエラ「(勇ましい表情で)へっ、足引っ張んじゃねェぞ」
ふたりが、契りを確定させるように、ぎゅっ、と手に力を込める。
自然な動きで手を離し、自分の体側に下ろすキリエとサンタミカエラ。
少しして。
やや言い澱むような仕草の後、キリエが僅かに俯く。
しかしすぐに顔を上げ、サンタミカエラに真正面から目線を注ぐ。
キリエ「正直言うとね・・・もの凄く安心したわ」
サンタミカエラ「(訝し気に)何が?」
キリエ「桟橋から歩いて来る貴方を見付けた時、自分でもびっくりするくらいホッとした気持ちになった・・・今のこの場所では、私ひとりが別の時代の存在。ひとりで43年後の、しかも異国に来て、不安で仕方なかったんだと思う。自覚はしてなかったし、遣るべきことがいっぱいあったし、出逢った鬼殺隊の人たちは親しくしてくれたから、気付く暇すらなかった。もともと孤独には慣れているつもりだったけど、今回は想像以上に我慢していたのかも知れないわ・・・」
キリエが、可愛らしい笑みを湛える。
キリエ「(透き通る、綺麗な声で)貴方が来てくれて良かった・・・」
サンタミカエラ、凝固。
両目を真円にし、瞳を思い切り開け、両の口端を攣ったように左右に引き。
視線が、動かせない。
キリエの微笑みに繋ぎ止められたまま、外せない。
数拍。
ボッフ―――――ンン!!!と、噴火したように真っ赤になるサンタミカエラ。
ジュウワ―――――ッッ!!!と、朦々と湯気を湧き上げ、灼熱化。
顔は茹蛸どころか、夕焼けよりも紅く、鮮血並みに染まる。
あわ、あわ、と口を覚束なく開け閉め、汗を大量に流し始める。
サンタミカエラ「(ひっくり返った声で)てててて! てやんでェっ! は! 恥ずかしいこと言ってんじゃねェ!」
直後。
湾の上空に、黒い影。
一羽の鴉が、緩やかな滑空軌道を描き、ふたりの頭上を旋回。
要[鎹鴉]「(高らかに)カアアー!」
キリエ、はっ、と気付いて、詰所建屋の上空を見上げる。
サンタミカエラ、一瞬で赤面を解き、キリエと同じ方向に視線を向ける。
キリエ「(小さく息をつき)要が戻って来たわ」
サンタミカエラ「カナメ? 何だ?」
キリエ「(右手人差し指で差して)あの黒い鳥、鎹鴉って言って、鬼殺隊の情報伝達役なの。要は元々、煉獄さんと一緒だったんだって。今は私に就いてくれてるの」
サンタミカエラ「(興味深そうに)へえっ。アニキの鳥だったんだ」
すうーっ、と見事な飛行曲線で、地上に降りて来る要。
キリエ、右腕を真横に差し上げ、伸ばす。
要、彼女の腕を止まり木とし、トッ、スタン、と鮮やかな着地。
要[鎹鴉]「カアー! キリエ宛ニ! 蟲柱様カラ伝言! 伝言!」
サンタミカエラ、驚愕。
瞬間、跳び上がらんばかりに、ビクッ、と身体を反応させる。
両目が、正円。
サンタミカエラ「(跳び上がらんばかりに驚いて)ハポンの鳥は喋るのかよっ!!!」
途端。
顔を伏せ、喉を鳴らし、何かを堪え始めるキリエ。
くす・・・く・・・と、唇の端を震わせ、肩を小刻みに動かし。
左手を口元に当て、突き上がってくる衝動を我慢している模様。
キリエ、噴き出すのを、辛抱している。
それに気付いたサンタミカエラ、今度は、急激に恥ずかしさを覚える。
頬を紅に染め、キリエに喰って掛かるように、ダン!と右足を踏み込む。
サンタミカエラ「(物凄く狼狽えて)何笑ってんだよキリエっ!!!」
キリエ「(柔らかい笑みで)ううん、何でもないわ」
ぐうっ、と言い返そうとした言葉を飲み込むサンタミカエラ。
今まで見たことのない彼女の表情に、絆される如く。
安堵と喜色を満面に浮かべ、眦を緩め、サンタミカエラを見詰めるキリエ。
腕に止まった状態で、謎の自信で満々な顔付きの要。
桟橋の先、係留されている客船の片方から、ポォ―――ッ!と汽笛が鳴る。
それは、燦々と降り注ぐ太陽の光に呼応し、派手に響く。
静かな湾内の海面に、轟いていく。
クロスオーバー脚本風読み物【 試練に耐えうる人は、幸いなり:了 】