★ (10分後)横濱港・横濱税関新港埠頭保税倉庫(赤レンガ倉庫)付近
大桟橋の海を挟んだ西側に、巨大な埋め立て地。
第二期拡張工事の中心となっている、面積37ヘクタールを超える『新港埠頭』。
多くの係留用岸壁、大小の倉庫群が建ち並び、貨物用の鉄道まで敷設。
この広大な地区の大部分は石畳が整備されており、物流が滑らかに実施されている。
全体の工事は今も各所で行われているが、完成が近い雰囲気。
その中で一際目立つ、二棟の煉瓦造りの倉庫。通称『赤レンガ倉庫』。
一号倉庫、それよりも大きな二号倉庫が並列して鎮座。
双方の岸壁側には、荷下ろし用の上屋が設置され、港湾労働者が倉庫との往復をしている。
倉庫に挟まれた広い区域から、陸側へと、建設途中の鉄道。敷かれる前のレールが、点在して各所に置かれる。
大桟橋から繋がる新港橋を渡った位置、一号倉庫の手前に、石畳の広場がある。
そこの端に立ち、二棟の赤レンガ倉庫と、周囲を見渡している、キリエとサンタミカエラ。
広場を囲むように、数棟の小屋が建つ。詰所と見受けられる。
ここには、旅客の姿はない。視界に存在するのは、港湾労働者と思しき男たち十数名ほど。
ほとんどが揃いの、紺色の法被。
作業着自体は揃いではなく、鳶服、ニッカポッカ、ツナギ、着流し、地下足袋、草履など、多彩。
ただし法被姿のほぼ全員が、仕事をしている様子がない。
詰所の前で荷箱を椅子代わりに、車座になり、一升瓶を片手に酒盛りをしている。
四、五人の塊で、椀に酒を注いでは呷り、卑下た嗤い声を上げる。
詰所の前、広場をうろついている紺色の法被姿の男たちは、どう見ても勤務しているように見えない。
距離を置いた場所から、荷運びをしている別の労務者が、呆れた目線を彼らに投げている。
サンタミカエラ「(眉間に皺を寄せ)何かこの辺、真面な連中がいそうにねェな・・・」
キリエ「(眉を顰め)関わらない方がいいわね。倉庫の奥には、ちゃんとしてそうな人がいるわ」
右手人差し指で、二号倉庫の海側付近を差すキリエ。
法被を着用していない荷役員が、作業をしているのが確認出来る。
同時に、歩行を開始するふたり。
キリエ、ゴロゴロゴロ・・・とトロリーケースを右手で引き、左手に傘を差す。
サンタミカエラ、左手にボストンバッグを持ち、提げている。
肩を並べて、一号倉庫と二号倉庫に挟まれた区域に進んでいく。
前方から、三人の男性。いずれも紺色の法被姿。
法被の襟、合わせの部分に『石桁組』と書かれている。背中には家紋のような印。
三人は横に広がって歩き、こちらに向かっている。
その内の一名の顔は真っ赤、足取りも怪しく、ふら、ふら、と左右に泳ぐ。
泥酔している模様。
身振り手振りも大きく、けたたましい嗤いと共に、奇妙な踊りのような動作。
キリエとサンタミカエラ、敢えて気付かないように、歩を進める。
双方が広場の中央辺りで、擦れ違おうという位置まで接近。
急に。
三人側の酔っ払いの男、身体を回転させる動きで、大きく平衡を崩す。
身を投げ出すように、キリエに向かって飛び込んでくる。
気が付く前に、男の体当たりが斜め前方から直撃するキリエ。
ドン! ガシャッ! ズザーッ・・・と、トロリーケースが石畳を滑る音。
キリエも後方に跳ね飛ばされ、ケースと一緒にもんどり打って転がっていく。
ハッ!と振り返って、視界を移すと同時に、踵を返すサンタミカエラ。
サンタミカエラ「キリエっ!」
サンタミカエラ、間髪を入れず、即座にキリエの傍らに屈み込む。
一方、キリエが元いた位置に寝そべっていた泥酔男、身体を起こして、数回頭を振る。
痩せ型で長髪、法被の下は着流し。背は低め。
組員/弐「(甲高い怒声)痛ぇな! 何処見て歩いてんだ!」
キリエとサンタミカエラを睨み付ける組員/弐。
それを足を停めて眺め、ニヤニヤ、と厭らしい嗤いを浮べている残りの男二名。
片や、それには応答せず、キリエを、じっ、と見詰めているサンタミカエラ。
間を置かず、身体を起こして石畳に座り、軽く頭を振るキリエ。
背中から落下した様子で、僅かに顔を顰め、すぐに落ち着いた表情になる。
キリエ「(サンタミカエラを見詰め返して)・・・大丈夫よ」
サンタミカエラ、それでも心配気な視線を固定している。
組員/弐、ふらつきながら起き上がり、憎々し気にふたりを見遣る。
別の男の片方、蔑んだような目で、顎を上げ、見下す。
中肉中背の角刈り、ツナギ姿に法被を着ている。
組員/壱「雨も降ってねぇのに傘なんか差してんじゃねぇ! 邪魔臭ぇ! バカかテメー!」
直後。
サンタミカエラ、目を見開く。
一瞬、茫然とした顔。
キリエ、くっ、と喉を鳴らし、顔を伏せ、微かに悔しそうな表情。
それを目の当たりにし、サンタミカエラ、顔上部に影を落とす。
ぶるっ、と彼女の肩と両腕が、震える。
三名の男、卑下た嗤いを発し、キリエを舐めるように眺めている。
すっ、と静かに立ち上がり、悠然と身体を返すサンタミカエラ。
サンタミカエラ「(冷徹そうな声で)今のはてめェからぶつかって来たんじゃねェか?」
その声色に、驚いた様子で彼女を見上げるキリエ。
身体の芯、深い位置から放たれるような、静かだが鋭利な憤怒。
ハンマーのような圧迫感ではなく、細身の刃のように尖り、両断するような。
さながら、日本刀の抜き身の如く。
それが彼女の表情から、全身から溢れ出て、前方の男たちに向けられている。
途端。
一瞬で、三名の男たちの顔から、嗤いが消える。
組員/壱「(ドスを効かせた声)ああん?」
サンタミカエラ「そっちの奴、随分と千鳥足だな。酔っぱらってんのか? 真っ直ぐ歩いてなかったぞ。見たトコ荷役みてェだけどよ、こんな真っ昼間っから仕事もしねェで酒かっ食らって、いいご身分だな?」
組員/壱「(がなり声)何だテメー! 喧嘩売ってんのか!」
組員/壱、ペッ、と斜め前方に唾を吐き、路面に落とす。
三人が横に並び、顔を歪めて、脅すような表情。
キリエ「(はあ、と溜め息を吐き)ウザいのに巻き込まれたわね・・・」
傘を拾い上げて差し直し、すっ、と滑らかな動作で立ち上がるキリエ。
その仕草を横目で見て、短い安堵の息をつくサンタミカエラ。
先程までの鋭い怒りの雰囲気を鎮め、口角を少し上げる。
急に、思い付いた様子で、組員/弐が左下腕を右手で押さえ、口端を歪める。
組員/弐「(わざとらしく)あーあ痛ぇな! 折れちまったかもな! 痛ぇ痛ぇ!」
キリエ「そう・・・本当に折れた人、見たことあるけど、とてもそんな余裕のある態度じゃなかったわ」
組員/弐「(カッ、となって)んだとコラ! ふざけんじゃねぇ!」
組員/壱「おうおう、ガキの癖にいきがってんじゃねぇぞ。横濱新港地区を仕切る『石桁組』に喧嘩売って生きてた奴はいねぇ。詫び入れて、治療代と慰謝料置いてくんなら、テメーみてぇなガキの命までは取らねぇ」
組員/参「舎弟に怪我させたんだ。有り金は全部出しとけ。ガキだろうか何だろうが、ケジメは付けろや」
三人の男の一名、背がかなり高く、筋骨隆々。頭髪はない。ダボシャツの上に法被。
鼻で、フヌ、と息を吐き、見下した目を投げている。
キリエ「結局、恐喝、って訳ね。ウザい」
キリエとサンタミカエラ、三名の男と向き合って、赤レンガ第二倉庫を背に対峙。
そこに、近付いてくる姿。
広場の詰所の前で酒盛りをしていた、同じ法被の五名の組員、こちらに歩いて寄って来る。
更に、赤レンガ第一倉庫付近にいた、同法被の数名も、こちらに接近中。
全員、歩き方や動作の放っている空気が、チンピラやゴロツキの雰囲気。
それに気付いた男三名、援軍を得たとばかりに、ニタァ、とひしゃげた嗤いを貼り付ける。
キリエ「・・・集まってくるみたいね」
サンタミカエラ「(チッ、と舌打ち)かーっ、面倒臭ェな」
キリエ「鬼とか吸血鬼だったら銃が使えて楽なんだけど・・・ジャパンの街中じゃ流石に使えない。本当、面倒ね」
サンタミカエラ「(左手を右掌で包み、グギ、グギ、と関節を鳴らしながら)ま、オレっちに任せとけよ。この人数なら5秒、いや、2秒ありゃあ充分だ」
三人の背後まで、八名の組員が寄って来る。
どの男も捻くれた、歪で、且つ威張ったような顔。
キリエとサンタミカエラ、その連中を見渡し、両眼を鋭く据える。
突然。
上空から、声。
雌鴉「黒イ服ニ赫イ眼! 傘ヲ持ツ鬼ノ娘! キリエ! 見付ケタワ!」