一斉に、広場内の全員の視線が、上を向く。
キリエとサンタミカエラの数メートル真上、円周軌道で旋回して飛行する、一羽の鴉。
放たれたのは、女性のような美麗な声。
ふたりが、今も飛んでいる鴉を見詰め、目を丸くする。
サンタミカエラ「(驚きつつ)え? 要の声じゃねェな?」
キリエ「(同じく驚いて)初めて聞く声・・・誰の鴉?」
一方、組員十一名も、鴉を見上げて茫然としている模様。
組員/壱「(信じ難いような声で)今・・・鴉が喋ったか?」
直後。
ハッ!と何かに気付き、全員の視線が、今度はキリエの真横に移動される。
別の人物が、立っている。
気配も感じさせず、いきなり。
キリエに向いているのは、若い女性。
波掛かった桃色の長髪を、左右の長い三つ編みにしており、髪の先側が黄緑色に変色。
緩やかに垂れた細い眉。緑色の瞳、パッチリとして丸く大きな両目。睫毛が綺麗に揃う。
両目の下には、泣き黒子。頬が薄く紅潮し、仄かな紅に染まる。
身の丈は、キリエよりも頭ひとつ分以上高い。
黒い軍服のような詰襟の着衣の、胸部が縦に大きく口を開いており、乳房の谷間が露わになっている。
純白の羽織。丈の短いスカート。太腿から下は長い縞々の黄緑色の靴下、桃色の紐の草履。
腰に、日本刀らしき白い鞘を差す。柄は橙色のハートの模様が連なり、鍔は四つ葉のクローバーの形状。
その女性は 両手を前で重ねて組み、じっ、とキリエに眼差しを注いている。
穏やかで、おっとりとした微笑みを湛え。
キリエもサンタミカエラも、言葉を発せずに、剣士姿の女性を見詰め返す。
女性剣士「(柔らかい声で)あなたが・・・キリエちゃん?」
キリエ「え・・・(頷いて)ええ、そうよ」
途端。
パーッ!と明るい笑顔を溢れさせ、女性剣士が胸の前で両手を組み直す。
女性剣士「(弾ける声)うわー! 可愛い! 米国から来たってしのぶちゃんから聞いてたけど、こんなに綺麗な黒髪の子だったなんて! 素敵ぃ!」
一瞬、唖然とするキリエとサンタミカエラ。
頭の中が真っ白になった雰囲気。
すぐさま、我を取り戻したように、眉を顰めるキリエ。
キリエ「しのぶ・・・(はっ、と気付き)もしかして胡蝶しのぶさんのこと?」
女性剣士「そう! 私、しのぶちゃんとは仲いいの! (サンタミカエラを見て)こちらは、お連れさん?」
キリエ「(こく、と首を上下に振って)ええ、今バディとして組んでくれてる」
サンタミカエラ「(虚ろな口調で)・・・サンタミカエラだ」
女性剣士「(パアッ!と再び明るい笑みで)カッコいい! キリリとした眉が素敵! あなたみたいな凛々しい女の子、初めてかも!」
サンタミカエラ、瞬時に朱色と化す。
ボフン!と瞬間湯沸かし器のように蒸気を噴出して、鮮やかに顔を染める。
サンタミカエラ「(真っ赤に茹ったまま、口をパクパクさせて)あ・・・いや・・・その・・・」
キリエ「(ふう、と息をついて)私もそうだけど、貴方も褒められ慣れてないものね」
サンタミカエラ「(カアッ、と一層赤くなり)うっせェ! それより! (女性剣士を見て)何者だよ!」
女性剣士「(はた、と表情を戻し)あ、ごめんなさい、名乗るのが遅れて。私は・・・」
組員/弐「(大声)いい加減にしやがれーッ!!!」
割り込む、怒声。
女性剣士、きょとん、とした顔を、組員/弐に向ける。
眉根を吊り上げ、苛立った面を貼り付けている組員/弐。
他の組員も、同様の面体。
組員/弐「いつまでコッチ無視して話してんだ! 石桁組ナメんじゃねぇ!」
ダン! ダン!と、地団駄を踏みつつ、怒り狂った様相。
それにも、笑みを湛えたまま、再びキリエとサンタミカエラに視線を戻す女性剣士。
女性剣士「(明るめの声色)お知り合い?」
キリエ「(首を左右に振って)知り合いどころか、因縁付けられて恐喝されてたの」
サンタミカエラ「(組員/弐を睨んで)おいてめェ、骨折れてたんじゃねェのか? 随分元気だな」
組員/弐、はた、と我に返ったような顔。
慌てた様子で左下腕部を右手で押さえ、わざとらしく、痛そうに振舞う。
組員/弐「(焦った口調)あ、あ、い、痛ぇぞ! 今も痛ぇぞ! きっと折れてんぞ!」
組員/壱「(苛ついて)テメーら、怪我させといて治療代も慰謝料も出さねぇで済むわきゃねぇだろ! 払うモンがなきゃ、テメーら3人纏めて遊郭にブチ込んでやる!」
組員/参「(厭らしい目で)何だか知らねぇが、女がひとり増えたしなぁ! 俺らで楽しんでからでもいいけどよぉ!」
女性剣士、静かに笑みを収め、真顔になる。
きり、と眉を引き締め、十一人の組員に身体を正対させ、全員を一通り見渡す。
続いて、キリエとサンタミカエラを振り返る。
その際は、穏やかな微笑み。
女性剣士「ふたりとも、ここを動かないでね」
そして、くるっ、と踵を返して、第二倉庫前の敷設途中の線路付近に歩み寄る。
キリエとサンタミカエラ、顔を見合わせ、再び女性剣士の背に目線を送る。
海側から延伸している鉄道の、延長線上。倉庫寄りの箇所。
長さ2メートル、断面15センチ角ほどの、鉄鋼製のレールが十数本積まれている。
これから使われる部材か、あるいは使用後の端材。
その傍らに立ち、躊躇うことなく、左手を下ろす女性剣士。
次の、瞬間。
レールの1本を、ひょいっ!と軽い動きで、女性剣士が持ち上げる。
ざわっ!・・・と、場の空気が一変する。
キリエ「(息を飲んで)え?・・・」
サンタミカエラ「(息を飲んで)なっ!・・・」
全員の視線が集中する中、女性剣士の左腕が上がる。
2メートルのレールを頭上に掲げ、くるっ! くるっ!と二度、バトンのように回転させる。
まるで箸でも扱うように、軽やかに、重量など感じさせず。
誰もが、眼前で起きている事象を、飲み込めていない。
そしてレールを、スチャッ、と右腕で脇に抱え直す女性剣士。
棒術の武器のように構え、集まっている男たちの方に向き直る。
表情は真剣に、両眉を、きりっ、と吊り上げ。
それから、スタ、スタ、と確実な歩調で、組員の集団に向け距離を詰め始める。
未だに目を丸くしたままの、組員たち。
自我を手放しそうな、信じ難いという顔で、次々と法被の下に右手を突っ込む。
そして、得物を取り出し始める。
ある者は匕首、ある者はアイスピックのような尖った刃物、ある者は木刀。
どう見ても、港湾労働者が持ち歩く物ではない。
キリエ「(組員たちを睨んで)ジャパンのナイフ!」
サンタミカエラ「(組員たちを睨んで)野郎っ!」
サンタミカエラ、両拳を握り、腰を落として構える。
キリエ、傘を畳み、両手で持ち直して、右足を引いて膝に力を込める。
女性剣士、歩みを進めたまま半身になり、バッ!と左掌を後方に翳し、広げる。
キリエとサンタミカエラに向けて、無言で。
ふたりを制する、仕草。
それを眼前にし、再度顔を見合わせるキリエとサンタミカエラ。
それから臨戦態勢を維持したまま、組員たちに目線を放る。
女性剣士、左腕を戻し、何の躊躇もなく進んでいく。
片や、組員/壱、こちらの得物にも怯まない女性剣士を見て、苛立ちで顔を歪める。
組員/壱「(怒声)構わねぇ! 全員纏めてフクロにしちめぇ! ブチのめせ!」
組員の内、三人が先陣を切って、石畳を蹴る。
女性剣士に向かって、それぞれの得物で攻撃せんと、飛び掛かる。
すいっ、と右後方、水平にレールを振り被る女性剣士。
目線を真っ直ぐに、襲い掛かってくる三人に固定している。
レールに左手を添え、両手でしっかりと握り直す。
刹那の、後。
ボンッ!と、空気が叩き壊される。
女性剣士の持つレールが、一気に右から左へ、野球のバットのように真横に振り抜かれる。
鋼の塊が、三名の組員の側面に激突。
メギョッ! ドッゴオォォォォォンンン!!!と、何かが潰れ、爆発する如き大音響。
三つの人体が、宙を一直線に、仰角30度で吹っ飛ぶ。
それは弾丸ライナーとなり、20メートルほど先の赤レンガ第一倉庫壁面に衝突。
ボゴゥッ!と組員たちが減り込み、そして重力に従って、ズルッ・・・ボトッ・・・と路面に落下。
打たれた組員たちは白目を剥き、口から吐瀉物を垂れ流し、転がる。
三人、気絶。
組員/弐「(茫然と)え?・・・」