★ 横濱山下地区・ミルクホール『ピンキヰズ』・1階
店舗1階の客席の視線が、外部と、今しがた入ってきた5人を交互に往復している。
玄関前の騒動に、全員が気が付いている模様。
その中、ホール中央の螺旋階段の近くに、くるりが立っている。
彼の横には、キリエのトロリーケースと、サンタミカエラのボストンバッグが置かれている。
店長がくるりと肩を並べ、向かい合ってキリエたち4名が横並びに揃う。
店長「騒ぎに巻き込まれる前に、裏口から出て下さい。後は私たちがやっておきます」
キリエ「でも、それじゃ・・・」
店長「石桁組は、横濱じゃ悪名以外聞こえてこない連中ですからね。この店も随分脅された。(表を見て)あんな兵器まで引っ張り出して、物証もある。官憲にとっちゃガサ入れのいいネタです。(キリエとサンタミカエラを見て)お嬢様方が上手く立ち回ってくれました。ありがとうございました。(くるりを見て)くるりちゃん、皆さんを案内して」
くるり「(頷いて)はい、店長。(4人を見回し)こちらです!」
すいっ、とスカートの襞を翻し、くるりが半身になって、店の奥を左手人差し指で示す。
一瞬、4人の目線が、宙で絡み合う。
間を置かず。
ほぼ同時に、こく、と頷きを交わす、4名。
キリエはトロリーケースの引手を握り、サンタミカエラはボストンバッグを取り上げる。
くるりが先行し、床を蹴る。
小芭内とキリエが続き、蜜璃とサンタミカエラが追従。
脚を運びながら、顔を店長に向ける蜜璃とサンタミカエラ。
蜜璃「ごめんなさい店長さん! ご迷惑をお掛けしました!」
店長「いいえ! 迷惑どころか、店を護って頂けたんです! ありがとうございました! それに、甘露寺さんにはいつも贔屓にしてもらってますからね! お代は結構ですよ! お気を付けて!」
サンタミカエラ「パンケーキ美味かったぜ! また来るからな!」
笑顔で右手を肩の辺りまで差し上げ、左右に振る店長。
それから、両手を前で組み、深々と頭を下げる。
店舗奥、厨房横の扉が開き、くるり、小芭内とキリエ、蜜璃とサンタミカエラの順でくぐる。
扉が、パタン、と閉まる音を確認し、キュッ、と靴を鳴らして踵を返す店長。
そのまま正面玄関扉を開け、堂々とした足取りで、外へと出て行く。
★ 横濱山下地区・ミルクホール『ピンキヰズ』・裏口
T字路から一区画山側の、大き目の通りに面して、店舗の横幅分、5メートルほどの奥行きの空き地。
『ミルクホール/ピンキヰズ』の裏口がある、地面がモルタル打ちの場所。
木箱や、空になったミルクタンクが整然と積まれ、並ぶ。
5名が、円となって立ち、身体を向け合っている。
くるり、目の前の路地を、右手人差し指で差す。
くるり「この道路を左方面に行けば、中華街朝陽門が左前に見える交差点があります。そこを右に折れ、中華街を回り込むように真っ直ぐ進むと、今度は朱雀門があります。門をくぐると川があって、橋を渡ると、港から反対の山手地区に出られます。お気を付けて」
蜜璃「(申し訳なさそうに)本当にごめんね、くるりちゃん。落ち着いたら、また来るからね」
サンタミカエラ「(申し訳なさそうに)オレっちの後始末押し付けるのは気が重いけど、後は頼んだ」
くるり「(笑顔で)ご心配なく。任せて下さい」
キリエ、一旦屈んで、トロリーケースの蓋を、パチ、と外す。
右手を中に突っ込み、少し、ゴソ、とさせた後、右腕を抜き、起立する。
握られていたのは、一丁のリボルバー銃。
鈍い鉄色、茶色のフレア状グリップ。貫通式チャンバー。
銃創を覗き込み、それから持ち替え、グリップ側をくるりに差し出すキリエ。
くるり「(驚いて)銃?・・・ボクに?」
キリエ「せめてものお詫びで置いておくわ。持ってきたけど、浄銀弾が装填出来ないので私は使わないから。いざという時は使って。口径は22、装弾数7、シングルアクション。装填はしてある」
僅かの、間の後。
徐にグリップを右手で握り、短銃を受け取るくるり。
左手で弾倉を、チャキッ、と回転させ、じっ、と凝視している。
妙に落ち着いた、静かな表情。
まるで、かつて扱った経験があるような、冷静な雰囲気。
暫く、銃を見詰めるくるり。
顔を上げ、柔らかく笑みを浮かべ、少し困ったように眉を下げる。
くるり「使う機会がなければ、それが一番ですけどね」
やがて。
小芭内、ミルクホールの建屋を挟んだ通りが、騒めいているのを察知。
蜜璃、キリエ、サンタミカエラを見回し、ざっ、と踵を返す。
小芭内「(重めの声で)行くぞ」
4人、同時に路面を蹴る。
店舗裏から、一斉に道路へ駆け出し、左側へと進路を取る。
くるり、手にした銃を、背中のエプロンの結び紐に差し込む。
全員がこちらに視線を残している間に、両手を腰の前で重ねて握る。
くるり「(にこ、と笑顔で)いってらっしゃい、ご主人様、お嬢様方」
くるりが深々と頭を下げ、それが建物の陰で見えなくなる。
気を張るように、4名の表情が引き締まり、脚が速度を増す。
キリエの引くトロリーケースの、ゴロゴロゴロ・・・という車輪の音が鳴り響く。
暫く、走駆。
尚も、走駆。
眼前の進行方向には、まばらに通行人が行き交っている。
その、上空。
すいーっ・・・と、黒い小さな影が、飛行。
一羽の鴉が、前方から一気に、こちらに向かって斜めの軌道で滑空してくる。
雌鴉「蜜璃チャン!」
蜜璃「(はっ、と上を見上げ)麗ちゃん! おいで!」
4人が、自然と速度を落とし、やがて立ち止まる。
蜜璃が左手を差し上げ、左下腕を地面と水平にする。
一息の後、彼女の腕を止まり木に、鴉が着地。
キリエとサンタミカエラ、間近の鴉を、じっ、と見詰める。
小芭内、腕組みをして、鴉を凝視する。
キリエ「この鴉・・・甘露寺さんが来る前に来た・・・」
サンタミカエラ「アネキの鴉か?」
蜜璃「そうなの! 紹介するわ。名前は『麗』ちゃん!」
麗[鎹鴉]「(恥ずかし気に)ヨ、ヨロシクネ」
右羽根で顔を隠し、俯く麗。
山羊のような横長の瞳、羽根は艶やかに光る。
頭に鶏冠のような三つ葉型の装飾を、嘴の下、顎に当たる位置で蝶結びにして紐付け。
キリエ「(珍しそうに)冠を付けた鴉は初めて見たわ。お洒落ね」
蜜璃「でしょう? 素敵な子なのよ!」
小芭内「(落ち着いた声で)次の御下命か?」
麗、思い出したように、バッ、と羽根を下ろす。
麗[鎹鴉]「(思い切ったような発声)指令ヨ! 指令! 蜜璃チャン! 蛇柱様! 鬼ノ娘キリエ! ソノ共サンタミカエラ! 全員デ煉獄家ニ向カッテ!」
途端。
キリエとサンタミカエラ、両目を大きく見開き、息を飲む。
暫く、そのまま。
尚も、間。
同時に、ゆっくりと、何かを取り戻すような様子で呼吸を再開する、ふたり。
キリエ「(唖然として)・・・煉獄家って・・・」
サンタミカエラ「(茫然として)まさか・・・アニキの家?・・・」
蜜璃と小芭内、視線を結んでいる。
双方、真剣な顔。言葉を発さず、ただ互いの瞳から目を逸らさず。