「キリエ~吸血聖女~」二次創作読み物   作:桁石スミオ

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我は欣びて、十字架を負わん【第壱章/横濱編】ー12

★ (夜十時頃)神奈川県橘樹郡中原村・藤の花の家紋の家

 

 十三夜の月が、雲のない中空に座る。

 明るい月明かりに隠れ、漆黒の夜空に、数多の星が煌く。

 林が点在する村、一際面積の広い屋敷がある。

 白木で造られた立派な門構え。門扉に大きく、焼印で描かれた丸い藤の花、中央に『藤』の文字。

 家屋は平屋造りで、庭には藤棚。夜露に濡れた花々が、仄かに浮かぶ。

 その邸宅、中庭に開けた縁側に腰を下ろす、キリエの姿。

 背後の障子は閉まり、部屋の中から煌々とした灯り。

 障子の向こうから、サンタミカエラと蜜璃の声。

 姿は見えないが、楽しそうに、はしゃいだ会話がずっと聞こえてくる。

 キリエ、それを背に、庭に向かって縁側に腰掛け、庭を眺めている。

 障子越しの灯りで、夏草の茂る中庭が照らされている。

 チ、チ、チ・・・と、何かの虫の音。

 満月に近い、盆のような月が、蒼白い光を上書きしている風景。

 すっ、と立ち上がり、庭の黒土を踏み、数歩歩むキリエ。

 天空の月に、じっ、眼差しを注いだまま。

 虫の音が、止む。

 入れ違いに。突如。

 

小芭内「・・・鬼にも月を眺める情緒があるのか?」

 

 振り向くと、小芭内が縁側に立っている。

 相変わらず、ねめつけるように、鋭い視線を送ってくる。

 キリエ、ふっ、と口端を緩める。

 

キリエ「(自嘲気味に)太陽は、嫌いだから」

 

 すい、と身体を正対させ、小芭内に目線を繫げるキリエ。

 数歩の距離で、縁側の上と庭とで、向かい合う。

 少しの、間。

 

小芭内「(一段低い声で)お前は、米国の鬼の首魁の娘だそうだな」

キリエ「しのぶさんから聞いたの?」

小芭内「いや、胡蝶から甘露寺、甘露寺から俺へと伝達された。お館様からも鴉が来た。何でもこの日本に来ているのだろう? お前の父親、黒衣の者とやらが。鬼になる病を流行らせるそうだな。無惨だけでも忌々しいところに、迷惑千万なことだ」

キリエ「(きり、と鋭い目線で)同感ね。早く見付け出して斃さないと」

 

 ピク、と片方の眉を上げ、目を半分閉じる小芭内。

 据わった視線へと転化させ、キリエを凝視している。

 

小芭内「(ふう、と短く息を継ぎ)・・・理解出来ないな」

キリエ「(一瞬、きょとん、として)何が?」

小芭内「お前は自分に致命的な銃弾を使い、日輪刀と同じ銃剣を携え、自分と同じ鬼を斃すという。鬼に恨みつらみや怒りがある訳でもなさそうだ。ましてや利で動いているとも思えない・・・(ずぬぅ、と右手人差し指でキリエを差し、絡み付くような声で)何がお前をそうさせる? 何がお前を突き動かす? お前の斃していく屍の先に、一体何がある? 黒衣の者とやらを斃せば、お前は鬼でなくなるとでも言うのか?」

 

 僅かの、後。

 俯き、ぎゅっ、と両手を拳にして力を込めるキリエ。

 

キリエ「(沈んだ声質)黒衣の者を殺しても、私が血の渇きから解放されることはない・・・死ぬまで吸血鬼のまま・・・呪われた血は、ずっと私の身体にあり続ける・・・」

 

 途端。

 小芭内の両眼が、今まで見た中で一番大きく、剥かれる。

 息を深く吸い、そのまま停止。

 沈黙。

 沈黙。

 何の言葉も、返ってこない。

 キリエ、顔を上げ、小芭内に目線を結ぶ。

 小芭内の目の焦点が、合っていない。

 ずっと遠くを見ているように。

 虚空に目を奪われているように。

 まるで、キリエの言葉の何れかに、驚いたように。

 眉を顰め、彼の様子を窺う空気を纏うキリエ。

 

キリエ「(少し意外そうに)どうしたの?」

 

 ハッ、と我に返ったように、視界をキリエに合わせる小芭内。

 目線を外し、顎を引き、微かに顔を伏せる。

 

小芭内「(虚ろな声色で)・・・何でもない・・・」

 

 間を置かず。

 小芭内、再び、硬めの目線をキリエに送る。

 

小芭内「ならば、何故・・・」

キリエ「(彼方を見る視線になり)・・・〝明日〟」

 

 眉根を寄せ、訝し気な表情を浮かべる小芭内。

 対して、遥か彼方へ焦点を合わせるような眼となる、キリエ。

 両の瞳に、決意の、堅固な色彩。

 

キリエ「狂血病を撲滅出来る唯一の手段が、黒衣の者の心臓を搾り出した血清から作られるワクチン。それさえあれば、もう狂血病で苦しむ人も、泣く人もいなくなる。他に方法はない、たったひとつの〝明日〟・・・」

 

 小芭内、じっ、とキリエを見詰めている。

 キリエ、改めて視線の位置を小芭内まで戻す。

 

小芭内「その血清があれば、お前も鬼でなくなるのか?」

キリエ「(首を左右に振り)私には、効かないと思う。判るの、何となくだけど」

小芭内「ならば一度死んで生まれ変わらない限り、お前の血は浄化されない、という訳か」

キリエ「(自虐的に)どうかしら・・・生まれ変われないような気がする。神様は転生を説いてないけど、例えあったとしても、私だけはそんな輪から外されているかも知れない」

 

 言葉の端から零れる、諦念感。

 やや、間を置き。

 

キリエ「でも・・・(ふっ、と微かに笑んで)神様は嫌いだから、信じてもいいかも知れないわね、生まれ変わり」

 

 軽く小首を傾げるキリエ。

 言葉を返さず、庭に立つ彼女を見ている小芭内。

 数拍後。

 キリエ、小芭内の表情を窺うような仕草。

 

キリエ「貴方は、信じているの? 次の転生」

 

 小芭内、ふっ、と短く息を継ぐ。

 

小芭内「(冷めた声色で)さあな・・・ただ・・・」

 

 急に、小芭内の眉間に、深い皺が刻まれる。

 それから、ずぬぅ・・・と全身から昏い気を湧き立たせ、一気に纏う。

 殺意と、断罪の色彩。

 

小芭内「(一段、重い声で)死ぬのは、無惨を斃してからだ。それで俺の血は・・・」

 

 突然。

 小芭内の言葉が、切れる。

 ハッ!と何かに気が付き、再び目の焦点をぼやけさせ、停止。

 続く発言も、動作もない。

 言ってはいけないことを口にしてしまったかのような、顔。

 キリエ、ただひたすら小芭内に視線を繋ぐ。

 何も言わず、待つ。

 暫くの、間。

 更に、過ぎ。

 緩やかに、静かに、小芭内が視界と意識を戻し、普段の様相に落ち着く。

 ただ、視線の先は横に外れ、キリエを見ていない。

 

小芭内「(掠れた声で)いや・・・今の言葉は忘れろ・・・」

 

 刹那の、後。

 けたたましい笑い声が、障子の向こう側から轟く。

 キリエも小芭内も、思わず目を移す。

 障子に影絵となり、そっくり返るサンタミカエラの姿と、両手を叩いている蜜璃の姿。

 話の内容にはしゃいだように、楽しそうに、嬉しそうに。

 同時に、目尻を緩める、縁側と中庭のふたり。

 

キリエ「(ふう、と溜め息をつき)賑やかね、ふたりとも」

小芭内「(ふっ、と短く息を継ぎ)甘露寺は明るいからな。あいつは、誰とでも話せる」

キリエ「良かったんじゃない?」

小芭内「(キリエを向き、二拍ほど空け)・・・何がだ?」

キリエ「サンタミカエラが女の子で。男の子だったら伊黒さん、気が気じゃない、と思って」

 

 ギラッ・・・と、小芭内の両眼が、鋭く光る。

 障子の向こうの雰囲気とは相容れないような、抉る如き眼光。

 

小芭内「(やや怒りの色を含め)・・・何を言っている?」

キリエ「ミルクホールで甘露寺さんを見てた伊黒さんの眼、物凄く優しかったもの」

 

 まったく怯まず、言葉を返すキリエ。

 二拍、置き。

 ぐうっ・・・と喉の奥を鳴らして、眉を顰める小芭内。

 見透かされたような、且つ、悔し気な表情。

 そのまま、黙る。

 反論出来ない事実が、彼の根幹に固定されているという、雰囲気。

 視線だけは、抗う如く折れていない。

 キリエ、ふっ、と小さく息を漏らす。

 

キリエ「甘露寺さんのこと、大事に想っているのね」

 

 急に。

 小芭内、目を伏せ、やや項垂れる。

 まだ、言葉は発さず。

 暫く、そのまま。

 長い、間。

 漸く。

 

小芭内「(重苦しい声で)俺は・・・甘露寺の近くにいていい人間じゃない・・・」

 

 それは、余りに物悲しい声色。

 世の中の罪をすべて背負い込んだような、嘆きの色。

 

キリエ「理由は聞かないけど・・・(静かな口調で)貴方も自己否定が強いみたいね」

 

 キリエの顔に、穏やかな彩りが宿る。

 今も顔を伏せている小芭内に、数歩歩み寄る。

 ふと、小芭内の首元に巻き付く白蛇と、目が合う。

 白蛇は、鎌首をもたげた状態で、じーっ、とキリエを凝視している。

 

キリエ「(蛇を見詰め)この子は、ずっと一緒なの?」

 

 小芭内、すい、と顔を上げる。

 その表情は元の様相を取り戻し、視線もいつもの、ねめつけるようなものに回帰している。

 

小芭内「鏑丸だ。俺は生まれ付き、右目がほとんど見えない。鏑丸が補佐してくれている」

キリエ「(鏑丸に視線を合わせ)貴方も赫いのね、両目」

 

 鏑丸、ちろ、ちろ、と赤桃色の舌を出したり引っ込めたりしている。

 妙に、キリエに懐こうとしている様子の仕草。

 襟元の鏑丸と、眼下に立つキリエを、交互に見遣る小芭内。

 キリエが、鏑丸の舌先目掛けて、左手を差し出し、人差し指を伸ばす。

 直後。

 小芭内、くるっ、と身体を返し、キリエに背を向ける。

 鏑丸が、名残惜しそうにキリエに鎌首を向け、ちろ、と舌を出す。

 左腕を体側に下ろし、小芭内の背に目線を投げるキリエ。

 

小芭内「(突き放した声)明日は朝早い。太陽が嫌いだろうが何だろうが、遅れたら置いて行く。愚図愚図するな」

 

 そして、縁側を歩き、廊下の奥へと進み、姿を消す小芭内。

 入れ替わりに、障子の向こうからの明るい声。

 サンタミカエラと蜜璃、今も愉快そうに会話を続けている模様。

 キリエ、身体を庭に向け、上空を見上げる。

 煌々とした蒼白い月光が、網膜の奥に映る。

 誰にも見られていない彼女が、微かな、柔らかい笑みを口端に湛える。

 

 

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