★ (同時刻)横濱税関新港埠頭保税倉庫(赤レンガ倉庫)付近
赤レンガ第一倉庫前の広場、その端にある小屋の前。
カンテラの灯りを囲んで、四人の男性が、木箱を椅子代わりに座っている。
紺色の揃いの法被姿。『石桁組』の組長と組員三名。
全員が、身体の何処かしらに包帯を巻き付け、顔を突き合わせて腰を下ろす。
組長は顎に包帯、血が滲んでおり、痛そうな顔。
他の組員もあちこちに怪我をしている様相。
四人は項垂れ、無言で煙草を燻らせ、何度も溜め息を吐いている。
組員/弐「(組長を見て)・・・これからどうするんですかい、組長」
組長「(苛ついた声で)うるせぇ! これからのこたぁこれから考えるんだよ! テメーらも考えろ!」
三名の組員、肩を窄め、一際大きな嘆息を漏らす。
組長は、一度煙草を咥え、ふーっ、と煙を吹く。
それから身体を縮ませ、ブルッ、と震える。
組長「(思い出して、ゾッ、としながら)あの赫い目ん玉のガキ・・・人間じゃねぇな・・・」
組員/弐「(ごく、と生唾を飲み)噂に聞いたことがあんですが、あれが『鬼』って奴じゃねぇですか?」
青年「(闇の奥から、響く声で)鬼がどうかしましたか?」
ビクッ、と四人が声のした位置に目線を投げる。
新港橋の方向から、カツ、カツ、カツ・・・と靴音。
漆黒の闇から、カンテラの灯りが届く範囲へと現れた、人影。
波打った黒い短髪、長身、眉目秀麗の青年。
肌が蒼白く、両眼は紅梅色、瞳孔が猫のように縦に長い。
白いボルサリーノハット、漆黒のシャツ、真っ白いネクタイ。
黒地で襟に柄が入っているジャケット、純白のスラックス、革靴。
綺麗な形の眉を下げ、穏やかで、落ち着いた雰囲気。
四人が座っている箇所の2メートルまで近寄り、立ち止まる。
その顔を見た途端、ガトン、と木箱を鳴らし、組長が弾かれたように立ち上がる。
吸っていた煙草を足元に落とし、草履で踏んで消す。
腰を屈め、両手を身体の前で合わせ、揉み手をするような態度。
他の三名も煙草を消し、起立し、青年に向き直る。
組長「(機嫌を窺うように)こ、これは社長! 月彦様! 如何なされました?」
月彦「取引が予定より早く終わったのでしてね、久し振りの港街を散策していたのですよ。それより・・・(一段低い声で)今、鬼、とか言ってましたか?」
組長「(言い澱んで)い、いえ、よく解らねぇんですが・・・」
組長、チラ、と他の組員に目配せする。
戸惑った様子で、視線を行き交わせ、再度青年に目線を送る。
組長「お恥ずかしい話、実は今日、ある娘と諍いがありまして・・・真っ黒い服に、銃を仕込んだ傘を使う娘でして、とんでもねぇ身体能力だったんですよ。しかも両目が血のように真っ赫で・・・」
組員/弐「で、ありゃあ人間じゃねぇ、噂に聞く『鬼』って奴じゃねぇですか、って・・・」
月彦「(関心したように)ほお・・・」
口角を上げ、静かな笑みを浮かべる月彦。
両手を身体の背面に回し、後ろ手に組み、四人を見渡す。
月彦「皆さん、ご覧になったのですか? その『鬼』の娘を」
組長「(何度か頷き)え、ええ、ここにいる全員・・・」
次の、瞬間。
ヒュッ!と、裂空音。
月彦と、四名の男性の間の空域が、真横に払われる。
高さは、全員の頸の辺り。
組長「(絶句して)・・・え?」
目の前で、右手人差し指と中指を尖らせ、右腕を水平に振り切った格好で立つ、月彦。
気が付かない内に、左に振り被って、一瞬で真横に薙いだ模様。
月彦は、顔に陰を下ろし、両眼を爛々と輝かせている。
何が起きたのか、判らない。
少しの、間。
数拍後。
ブッシャアアアッッ!!!と、四人の男性の頸から、血が噴き出す。
全員の喉仏の辺りが抉られ、パカァ、と皮膚が上下に割れる。
グルン、と目が反転し、ドサ・・・ドサ・・・と時間差で倒れていく、組の者。
石畳に臥した内、二名からは呼吸音がしない。
即死したらしい。
残す二名、組長と組員/弐、ビクン、ビクッ、と身体を痙攣させている。
月彦、右手を下げ、そのふたりを見下ろしている。
両の瞳の周囲の血管が、地割れのように奔る紋様に変化。
その眼光は、氷点下。
塵か虫を見ているかの如き、冷酷。
組員/弐「(苦悶の顔)ウ・・・ウガァ! ガアッ!」
組長「(苦悶の顔)ガハァ・・・ガァ!」
組長と組員/弐が、身体を捩らせ、路面を藻掻く。
息はあるが、風体が急変。
皮膚が硬質化、眼球が黒色、瞳が濁った金色、額に血管が浮き出る。
月彦「(低く、冷めた声)4人中、ふたりか・・・残った方だな・・・」
暫くして、変化が治まり、身体を起こす組長と組員/弐。
その姿は『鬼』。
当たり前のような動きで、石畳の上に正座をする二名。
月彦、右手人差し指を、自分の右側こめかみに当てる。
月彦「今のお前らには、見えるだろう? これは私が鬼にした者が最後に見た記憶だ」
【イメージ映像】
背景奥に、森が見える。
足元は、枯れ山の頂上付近。
キリエは、ずっとこちらを見ている。
対峙距離、2メートル前後、斜め上から。
山頂の縁に、真っ直ぐ立って視線を向けている。
眉を顰め、苦しそうに荒い呼吸をしている。
【イメージ映像終了】
月彦「この娘・・・黒い服に、傘、赫い眼・・・お前らが見たのは、こいつか?」
虚ろな表情で、組長[鬼]と組員/弐[鬼]が、首を縦に振る。
月彦の両眼が、鈍く輝く。
月彦「・・・来ていたのか、ここに」
右手を体側に下げ、改めて眼前のふたりの鬼を見下す月彦。
月彦「(一段と冷たい声で)この娘を捜せ。生かしたまま私の前に連れて来い。いいな」
組長[鬼]・組員/弐[鬼]「・・・はい」
地面に額を擦り付けんばかりに、深々と土下座をする鬼二名。
くる、と月彦が踵を返す。
ズオン・・・と、空気が凄まじい重圧で、凹む。
月彦を中心とした空域の気温が、一気に急降下。
足元が靄立ち、周囲に円周上に拡散し始める。
そして、スラックスのポケットに手を突っ込み、悠然と歩き始める月彦。
鬼ふたりに背を向け、視線を真っ直ぐ、新港橋方面に据え。
月彦の歩きに従って、足下の靄が絡み、彼の脚に纏わり付いている。
さながら、雲海の上を歩行しているよう。
更に、朧の如き歪んだ幽気が、月彦の全身から溢れ、後方に流れて行く。
彼の表情は、永久に融けぬ氷さながら。
紅梅色の瞳が、漆黒に浮かび上がり、深い闇の先に向けられている。
【 To be continued...『我は欣びて、十字架を負わん(第弐章/駒澤編)』 】