英雄cp妄想   作:あほうどり

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頭上に広がる雲ひとつない空。

夏が近づいてきたせいか日差しは強く、額には僅かに汗が滲む。

 

優等生につもりなんて無いけど、それでも、他のみんなが授業を受けているのに1人だけサボるのは、多少罪悪感があった。

 

「……めんどくさ」

 

私がもっと適当なら、罪悪感も感じることなくサボってるだろう。

私がもっと真面目なら、サボることなく高校生活を謳歌しているだろう。

だけど、結局私は中途半端でしかない。

 

自分の思考を断つように、隣に置いていたペットボトルの蓋を開ける。

プシュッという音と喉を刺す炭酸は、今日の空に似て、憎たらしいほど爽やかだ。

 

「何やってんだろ、私」

 

クラスのみんなは優しいし、教室の居心地だって決して悪くない。

なのに何故か逃げ出したくなるのは、私がどうしようもない人間だからだろうか。

 

腰掛けていた高めの段差から降り、ゴツゴツして最悪なコンクリートに寝転がる。

視界いっぱいの青い天井は、私と違って元気そうだ。

 

全身の力を抜いてボーッと空を眺めていると、ふと何かの音が鼓膜に届いた。

 

規則的に響くそれに耳を澄ます。 少しずつ大きくなる軽快な音は、どうやら足音のようだ。

どれだけ待っても聞こえてくるのは1人分だけで、それはつまり、授業で屋上を使ったりするのではないと言うこと。

 

もしかしたら、担任が私を連れ戻しに来たのかもしれない。

 

そう考えて体を起こし、ペットボトルを持って、備え付けのソーラーパネルの陰に隠れる。

いつまでも隠れ続けるのは無理だろうけど、一瞬だけなら誤魔化せるはずだ。

 

息を潜め、金属製の扉をじっと覗く。 足音は階段を登り始めたくらいで、数秒後にはその扉の向こうに辿り着くだろう。

 

来た……!

 

扉の前で足音が止まり、ドアノブが捻られる。

扉が開き始めたタイミングで顔を引っ込めて、覗くのを辞めた。

 

「え、なんか開いてね。 まじか」

 

耳に届く男の声。

聞き覚えの無い声で、少なくとも担任では無いのは確か。

 

もう一度陰から顔を出す。

後ろ姿しか見えないが、紺色のブレザーを見るに同じ生徒だろう。

染めているのか、綺麗な色の金髪が、陽の光でキラキラ輝いている。

 

「はぁーーーー……」

 

大きく脱力。

先生かと警戒してみれば、やって来たのは私と同じサボり。 さっきまでの緊張を返して欲しい。

 

私が座っていた場所に腰掛けてスマホを弄るソイツは、まだ私に気付いてないみたいだ。

 

「ちょっと」

 

「ぅおえ!?」

 

ソーラーパネルの陰を出て声を掛ける。 驚いて叫び声を上げる金髪の男。

 

私に振り向いた顔は、此方こそ驚いてしまうくらいには整っていた。

 

「そこ、私が座ってたんですけど」

 

「え、え? あなた誰ですか!? あなた誰!?」

 

「そっちこそ誰ですか?」

 

「え、あ、私エクス・アルビオって言います……」

 

エクス・アルビオ。 聞き覚えは特に無い。

学年証は私と同じ1年を示しているけど、金髪でこんなに背の高い男は入学式でも見た記憶が無い。

 

「あの、どちらさまですか……?」

 

ずっと同じ質問をする金髪の男ことエクス・アルビオ。

答えなくてもいいけど、向こうの名前を聞いた以上は答えてあげる方が良いか。

 

「私一ノ瀬うるはって言います。 エクスさん? はサボりですか?」

 

「あ、はい、サボりっす。 あとエクスアルビオって言いにくいならエビオでいいっすよ」

 

「エビオ……?」

 

ニックネームだろうか。 斬新というか独特というか、名前から変な切り取り方をしている。

というか、初対面でニックネームを呼ぶのは中々ハードルが高いのだが。

 

「そこ座っていいですか?」

 

「あ、はい。 どうぞ。 一ノ瀬さんもサボりっすよね?」

 

「そうですけど」

 

「っすよねー」

 

距離感を掴めない気まずさ。

初対面のサボり同士、何を話せばいいのか全く分からない。

 

どうすればいいのか分からず、持っていた炭酸飲料を呑む回数だけが増えていく。

 

「あー、一ノ瀬さんって何組ですか?」

 

「私は2組です」

 

「2組って事は、あれか。 小森めとって居ますよね」

 

「え、エクスさんってめとの事知ってるんですか?」

 

エクスさんの口から出た予想だにしない名前に驚く。

 

めとは小さい頃からの幼馴染で、私の親友とも言える存在。 エクスさんとどういう関わりがあるのか、かなり興味がある。

 

「僕の友達がそのめとさんの友達で、そこ繋がりで一緒にゲームしてるんですよ。 偶に。 まだ直接会ったのは2回だけですけどね」

 

「へぇ、じゃあめととは友達なんですね」

 

「っすね。 なんか適当に話しても通じるから楽しいっす」

 

「ふ〜ん……」

 

屋上で出会った同じサボり魔が友達の友達だった、なんて凄い偶然だ。

 

こうして話している感じ、めととエクスさんは気が合いそうだし、仲良くなるのも頷けるけど。

 

「私めとと幼馴染なんですよね」

 

「へぇ〜、凄いですね。 なんかこういう事あると、世界狭いなって思います」

 

「ですね」

 

ポツポツと続いていく会話。

気まずさはあるけど、一人で憂鬱な時間を過ごすよりはこっちの方がいい。

 

知らない人と話すのは得意な方では無いけど、完全な初対面だからこそ話題には困らないし。

 

「エクスさんって何組なんですか? 入学式で見た記憶無いんですけど」

 

「俺3組です。 入学式は普通に寝坊したんで参加してないです」

 

「え、ほんとに言ってます?」

 

「やばいっすよね。 全然春休みの気でいたら入学式当日でビビりましたもん」

 

話しながらコロコロと表情を変えるエクスさん。

よく笑うし、不思議と良い人そうなのが伝わってくる。

 

まだ会ったばかりだし、実はクソ野郎の可能性もあるけど、ちゃんと仲良くなりたいと思える人だ。

 

「俺、またここ来てもいいっすかね。 一ノ瀬さんが嫌なら違う場所探しますけど」

 

「いや、良いですよ。 私もずっと居るわけじゃないし、エクスさんが自分で見つけたじゃないですか」

 

「っす、じゃあ偶にサボりに来るんで、その時はよろしくお願いします」

 

エクスさんが勢いをつけて段差から立ち上がるのと同時に、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

 

「俺今日はもう帰るんで、また会ったら仲良くしてください」

 

「此方こそ、これからよろしくお願いします」

 

軽く頭を下げ、手を振りながら去っていくエクスさんを見送る。

最初はどうなるかと思ったけど、なんだかんだ良い結果になって良かった。

 

校門を出ていく2人組を見下ろす。

次に会うのは何時になるだろう。

 

 

 

★★★

 

 

 

チャイムが鳴った瞬間教室を飛び出す。

この数日間ずっと真面目に授業を受けていた反動か、今にも息が詰まりそうだ。

 

人が見ていないのを確認して屋上への階段を登り、金属製の扉を押す。

風が強く吹き込んできて、夏特有の少しじめっとした空気を感じる。

 

青空に晒されたコンクリートに1歩踏み出すと、いつもの場所に座るサボり魔を見つけた。

 

「うぃーす、エビオさん久しぶり〜」

 

「お、のせさんじゃん。 久しぶり。 1週間ぶりくらいじゃん」

 

「うち超頑張ったわ……。 もうマジでしんどい」

 

倒れ込むように段差に腰を下ろす。

日光の力によって熱を持ったコンクリートは、スカート越しに私の体を焼こうとしてくる。

 

「のせさんこれ敷きな。 熱いでしょ」

 

「マジ助かる〜」

 

エビオさんから柔らかいタオルを受け取る。

有難くお尻の下に敷かせてもらうと、格段に座りやすくなった。

 

「ほんとにしんどそうね。 これ口付けてないから飲んでいいよ」

 

「至れり尽くせりじゃん」

 

もらったカルピスの蓋を開け、ペットボトルを傾ける。

冷たさと甘さが、まるで身体の隅々まで染み渡っていくみたいだ。

 

「っはぁ、ありがとねエビオさん。 お陰様で生き返ったわ」

 

「のせさん相当疲れてそうだったしね。 ここでのんびりしようぜぃ」

 

「ねー」

 

狭い段差の上で上半身を倒す。

真上には、やる気を出し始めた太陽がこれでもかと輝いていて、半袖だと言うのにとてつもなく暑い。

 

腰付近はタオルがあるけど、肩甲骨なんかはコンクリートの熱まで伝わってきている。 これじゃ休めるわけが無い。

 

「ねぇエビオさん、寝れないんだけど」

 

「じゃあ日陰に行けば良くない?」

 

「つまんない男だね」

 

「は? やばお前」

 

中身のない会話の途中で、柔らかい何かが突然顔に被さる。

びっくりして持ち上げたそれは、私が敷いているものと似たタオルだった。

 

パッと顔を上げると、金髪の上半分が段差から突き出している。

エビオさんは段差を背もたれにして、地面に座っているみたいだ。

 

「ありがとエクスさん」

 

「疲れてるなら早く帰った方がいいぞ、マジで」

 

「ちょっと寝たら帰る……」

 

貰った2枚目のタオルを背中に敷く。

ぐっと体を伸ばすと無意識に欠伸が零れた。

 

先週の木曜から1度もサボることなく迎えた金曜日。

他のみんなと過ごすのは楽しいし、授業だって嫌じゃない。 ただ、時々こうやって息抜きをしないと息が詰まる。

 

……そういえば、エビオさんは何でここにいるんだろう。

 

頭の片隅に湧いた疑問。

エビオさんとは一月くらいの付き合いだけど、私の知る限り、エビオさんは私みたいに息抜きが必要な性格とは思えない。

 

勿論私が見たものが全部じゃないだろう。 だけど、私に似ているとはどうしても思えない。

 

「エビオさんは何でサボってんの?」

 

「え? めんどくさいから」

 

返ってきた簡潔な答え。

なんともまぁエビオさんらしい返事に、思わず笑ってしまう。

 

「勉強とか好かんのよな、俺。 最低限しか受けたくない」

 

「エビオさん真面目に授業とか受けそうなのにね」

 

「そう? サボれるなら普通にサボるよ」

 

話しながら私の方へ振り向くエビオさん。

金色の髪も空と同じ色の瞳も、白いシャツと相まって夏空によく映える。

 

「エビオさん顔良いしめっちゃ目合うし、普通にモテそう」

 

「うわ、そういうこと言うんだ。 モテないのにモテそうって言われた時が人間いっちゃん傷つくんだから」

 

「おもろ」

 

傷口を抉ってしまったみたいで、エビオさんが呻き出す。

 

エビオさんに恋人が居ないのは少しだけ驚きだ。

イケメンだし性格も良いし、たまにデリカシーが抜けてることを気にしなければ幾らでも恋人なんて作れそうなのに。

 

意味もなくエビオさんの恋愛事情を考えながら目を閉じる。

 

深呼吸をすると、息を吐くのに合わせて体の力がゆっくりと抜けていき、眠気が瞬く間に全身を支配していく。

 

……流石に男子の前で寝るのはやばいかな。

 

意識が落ちる直前に浮かんだ思考は、そのまま黒に塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからか聞こえる誰かの声。

それはとても聞き覚えがある気がして、誰だろうと考える。 そして、今私が寝ていることを思い出した。

 

「のせさん!」

 

強めに体を揺すられ、瞼が開く。

 

「ガチ寝じゃん。 もう帰るよ」

 

「え、めと……?」

 

のっそりと体を起こすと、目の前には何故かめとが立っていて、ついさっきまで真上にあった太陽は大きく傾いている。 コンクリートも今は熱いという程でも無い。

 

上手く働かない頭のままカルピスを口に含む。 冷たかったはずのソレはすっかりぬるくなっていた。

 

「……え、もう夕方?」

 

「もう5時過ぎてる。 エビオさんが教えてくれなかったら、のせさんここに取り残されてたよ」

 

呆れた表情のめとを見て、だんだん状況が飲み込めてきた。

周囲を見回してもエビオさんの姿は無く、私使っていたタオルだけが取り残されていた。

 

「エビオさんは?」

 

「ちょっと前までここに居たみたいよ。 流石に時間やばいからって言って私んとこに来たもん」

 

「まじかぁ……」

 

今までの人生、学校でここまで熟睡したことは無い。

寝顔とかタオルとか申し訳なさとか、色んな単語が頭のなかでぐるぐると渦を巻く。

 

ついさっきまで。 という事は、5時前くらいまでは私が起きるのを待っていてくれたと考えていい。

 

学校は4時頃に終わる。 つまり、私は1時間近くエビオさんを待たせていたわけで。

 

「死にたい」

 

罪悪感と羞恥心で顔を覆う。

 

親しくなったとはいえ、流石に油断しすぎでは無いだろうか。

ちゃんと迷惑をかけるのも、寝顔を見せるのも、覚悟が全く足りていない。

 

「荷物持ってきてあげたから、さっさと帰るよ」

 

「ごめん、ありがと」

 

通学用のカバンを受け取り、エビオさんのタオルをその中に仕舞う。

明日にでも洗って返そう。

 

「のせさんここでサボってたんだね〜。 エビオさんが屋上に上がってるのは知ってたけど、サボり仲間的な?」

 

「そんな感じ。 1人よりも退屈しなくていいわ」

 

「うちも今度サボり来ようかな」

 

「まじ? ちなみに今の時期めちゃくちゃ暑いよ」

 

寝てる間にすっかり人気の無くなった校舎を2人並んで降りていく。

 

「エビオさん、明日も屋上来るかな」

 

窓から覗いた夕焼けに染まりかけた空は、サボり魔の髪と同じ色をしていた。

 

 

 

★★★

 

 

 

夏真っ盛りの屋上、話し声のバックに夥しい量の蝉の声。

日をたっぷり浴びる椅子替わりの段差とはサヨナラして、今は2人並んで日陰の中。 地面がひんやりしていて気持ちいい。

 

「エビオさん、イブラヒムさんと付き合ってんの?」

 

「え、付き合ってないけど、なんで?」

 

最近気になっていたエビオさんの噂を聞いてみると、本人によってバッサリと切り捨てられる。

当然無いとは思っていたけど、まさかここまで呆気ないとは。

 

「いや、エビオさんとイブラヒムさんが2人でサボってデートしてたって噂で聞いて」

 

「サボってゲーセンとかは行ったけどデートじゃないぞ、別に」

 

「まぁそうだよね。 普通に親友って感じするし」

 

付き合ってるなんて噂が立つくらい、エビオさんとイブラヒムさんは仲がいい。

月に2回くらい、エビオさんは屋上に来たあとイブラヒムさんと帰ってるし、街でも時々2人でいるのが目撃されている。

 

友達という言葉を中々使わないエビオさんが、イブラヒムさんを親友と言ったときは素直に驚いた。

 

「エビオさんとうちって友達なん?」

 

「友達じゃない? この学校だとのせさんは断然仲良い方よ」

 

「おー。 ちなみにうちの中でエビオさん3番目だよ」

 

「それどう反応したら正解なの?」

 

エビオさんの困り気味なツッコミに2人して笑う。

別に面白いことを言ってるわけじゃないのに、空気感のせいで面白くなってしまう。

 

笑ったせいで体温が上がったのか、首筋を汗が流れて擽ったい。

 

「にしても暑くね。 これクーラーついてる教室の方が絶対良い」

 

「扇風機もってないの?」

 

「それどこで買うの?」

 

「調べたら出てくるよ」

 

充電式のハンディ扇風機の風を向けると、エビオさんは涼しそうに目を細める。

 

「逆にエビオさんのそれ、ゴリ押し過ぎじゃない?」

 

「ちなむとこれ超涼しいぞ」

 

保冷バッグの中にパンパンに詰められた保冷剤の山。

貸してもらった保冷剤をひとつ首筋や太ももに当てると、当てた部分の熱が急速に奪われていくのが分かる。

 

「これ溶けなかったらほんと最強だわ……。 エビオさん?」

 

横目で見たエビオさんと珍しく目が合わない。

いつもなら、こっちが恥ずかしくなるくらいには目を見て話してくるのに。

 

「のせさん、保冷剤当てるときにあんまり服とか捲らんでほしい。 普通にビビったんだけど」

 

「あー、そういうこと。 エビオさん紳士じゃん」

 

「紳士とかじゃないだろこれは」

 

考えずにやってたけど、確かにスカートとかシャツとか結構ズラしてたかもしれない。

着ている私はあの程度じゃ下着が見えないのがわかるけど、エビオさんからは分からなくて当然。 視線を逸らしたのも納得できる。

 

「エビオさん育ちいいなって時々思うわ」

 

「良くは無い。 普通だろ普通」

 

「その普通が出来ないんだって」

 

タオルで滴る汗を拭い、奢ってもらったポカリを1口。

冷たさを失った液体が喉を伝う。

 

「……もうすぐ夏休みだね」

 

「ね。 のせさん何か予定とかあんの?」

 

「特には。 エビオさんは?」

 

「友達と6人くらいで旅行行くかも」

 

「へ〜、いいじゃん」

 

日向と日陰の境目をボーッと眺めながら、エビオさんの言う6人の友達を考える。

 

めとは……無い。 旅行に行くなんて話しは聞いてない。

エビオさんの友達ならイブラヒムさんは入ってるとして、あと5人、誰だろう。

 

特に意味は無いけどやることもないから考えてみて、はたと気づいた。

 

「うちさぁ、エビオさんのこと思ったより知らなくない?」

 

イブラヒムさんとめと以外に仲のいい人を聞いた事がない。 それどころか、趣味も好きな食べ物も何もかもを知らない。

 

屋上で会っても話すのも近況や雑談ばかり。

自己紹介をした事は無く、自分の事もさほど話さない。

 

記憶を探っているのか、エビオさんは視線を空に向けながらあー……と呟き、軽く頷く。

 

「言われてみればそうだわ。 俺ものせさんのこと全然知らない」

 

「だよね。 なんか自己紹介とかやっとく?」

 

「今更自己紹介? 遅くね?」

 

「でも手っ取り早くない?」

 

「早くはあるけど、別にそこまで気にしなくても良いでしょ。 1年後とかにはどうせ色々知ってるし」

 

「え、まぁ……そうだね?」

 

さも当たり前みたいに1年後も一緒にいる前提で話すエビオさん。

不意をついたその発言に、無性に恥ずかしさが湧いてきた。

 

コイツ、ほんとに距離感グイグイ詰めてくるな……。

 

外気に負けじと熱を帯び始めた頬を隠すように、タオルで顔の汗を拭う。

朝からメイクを面倒くさがったおかげで、こういう事をしても崩れる心配が無いのは気楽でいい。

 

「エビオさん、これからもサボり仲間としてよろしく」

 

「おぉ、よろしく……。 急にどうした?」

 

「何となく言っとこうと思って」

 

「なるほどね」

 

下の階から授業の終わりを知らせるチャイムが聞こえる。

横目でエビオさんの様子を伺うも、動く気は無いみたいだ。

 

私も汗だくのまま廊下を歩くのは気が引けるし、今日の残りは全部ここで過ごすとしよう。

 

最初の頃とは違う、気まずくない無言。

ハンディ扇風機の駆動音と蝉の音が混じる真夏の屋上は、2人なら不思議と過ごしやすい場所だった。

 

 

 

 

★★★

 

 

 

すれ違う人たちの視線を受けながら我武者羅に走る。

まだまだ消える気配のない夏の暑さから汗の雫が流れ、首筋を落ちていく。

 

特別な何かがあったわけじゃない。 ただ唐突に、これ以上は無理だと感じてしまった。

 

体調が悪いと嘘をついて教室を離れ、人が居ない場所を求めて学校すら飛び出した。

屋上に行くことも思いつけないくらいめちゃくちゃな思考で、今はただ前に進むことしかできない。

 

一人になりたいという漠然とした考えだけでアスファルトの地面を駆け、辿り着いたのは小さな寂れた公園。

理想通り人は居らず、滑り台やブランコなどの遊具が幾つか佇んでいるだけ。

申し訳程度に置かれたボロボロのベンチに腰掛け、乱れた呼吸を整える。

 

……悪いことしちゃったな。

 

ベンチにもたれ掛かり、思い浮かべるのは友人達のこと。

いきなり学校を飛び出した私を心配してくれているだろうか。 それとも、またサボりだといい加減呆れているだろうか。

 

一緒に過ごすのは断じて嫌じゃない。 だけど、学校の空気が私にはどうしても耐えられない。

 

「……ほんとに何してんだろ」

 

教室にいるみんなと今の自分を想像して、視界がぼやける。

 

一人にはなりたくないのに、大勢の人と長い時間居ることが苦痛でしかない。

こんな面倒な自分が嫌だ。

 

「寂しい……」

 

ポロリと本音が溢れる。

誰か一人でいい。 誰か、私と一緒に居てくれる人は……。

 

「……え」

 

スマホがポコンとメッセージの送信音を鳴らし、ハッと我に返る。

 

ほぼ無意識のうちに送ったメッセージ。

内容は? 相手は? 両手で持った金属板の液晶に目を走らせる。

 

相手は……エビオさん。 メッセージは、『いっしょにいてほしい』……?

 

全部を理解し、急激に脳が思考速度を速くする。

 

なんでエビオさんに送った? めとじゃなくて? サボり仲間だから? というか、今授業中じゃん。 しかもこの内容、メンヘラみたいじゃない? これどうすればいい?

 

ぐちゃぐちゃの思考のままメッセージの送信取り消しをタップ。

エビオさんに迷惑かけたいわけじゃなくて……。

 

「うぇっ!?」

 

爆音を奏でながら震え出すスマホ。

思わず取り落としそうになるのを堪える。

 

画面にはエビオさんの文字。

……これ、通話?

 

「……も、もしもし」

 

『もしもし。 のせさん何かあった?』

 

スマホから聞こえるエビオさんの声。

落ち着きを取り戻していない脳では上手く会話を消化できず、疑問が口をついて飛び出した。

 

「今授業中じゃないの?」

 

私が学校を飛び出したのが休み時間で、そこから10分以上経っている。 となれば、今は授業が始まったばかりのはずで。

 

『え、サボってるけど……。 今更すぎじゃない?』

 

私の質問に戸惑うように答えるエビオさんの声。

 

男の人にしては通りやすいその声を聞いて、胸に巣食っていたモヤモヤしていた気持ちが1粒の涙になって頬を流れた。

 

『のせさん?』

 

「……っ、ごめん。 場所送るから、暇なら来てくれると嬉しい」

 

『おっけ。 すぐ行くね』

 

即座に返ってきた返事に胸の中心が締まる感覚がして、左手で抑える。 いつの間にか口角も上がっていた。

 

「じゃあ待ってる」

 

『は〜い。 じゃね』

 

「うん」

 

終了ボタンをタップした時には、まるで生まれ変わったみたいに気分は楽になっていた。

初めて会った時も、今も、エビオさんと話すと鬱蒼としていた気持ちがすっきりする。 エビオさんはまるで私の太陽みたいだ。

 

…………そういうこと、なのかな。

 

胸を掴んでいた左手を視線の高さに持ち上げる。

エクス・アルビオはただのサボり仲間で、友達だ。

顔も、声も、スタイルも、性格も良い。 だけど、想像していたような男性像には程遠い。

 

そういう考えは、息が上がったエクス・アルビオの姿を見た瞬間に吹き飛んだ。

 

 

 

◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

 

 

 

電話が切れたのと確認し、勢いをつけて立ち上がる。

スマホも財布も持っている。 カバンの中のモバイルバッテリーだけが心残りだけど、その辺はイブラヒムに頼めばいい。

 

メッセージに届いた場所は見知らぬ公園。 学校からはそこそこ距離があって、なんでそんな場所にいるのか疑問に思う。

 

「っし、行くか」

 

重い扉を通って校舎の中に入り、階段を掛けおりる。 これからずっと走ることになるし、スタミナは温存しないと。

 

一目見た時に受けた、雷に撃たれたと勘違いするくらいの衝撃。

風に靡く黒と青の髪も、憂鬱の色を湛えるアメジストの瞳も、どうしようもないくらいに網膜に焼き付いた。

屋上で後ろから声をかけられたあの瞬間から、俺は一ノ瀬うるはという存在に落ち続けている。

 

校門を抜け、人の行き交う歩道を走る。

運動が得意な自分に人生で1番感謝した。

 

こうして頼られておいて到着が遅かったらかっこ悪い。

出来るだけのせさんにはかっこいいところを見せて、是非とも俺を好きになって欲しい。

3番目じゃ、満足出来ない。

 

右手に持ったスマホで道を確かめながら、着々と目的地へと近づく。

 

今更だけど、汗臭いんじゃないか。 でもシーブリーズとか制汗シートはカバンの中じゃん。

どんどん浮かんでくる余計な思考を振り切り、公園の入口に辿り着く。

 

速度をゆっくり落としながら、奥のベンチに座るのせさんの元へと歩いていく。

 

「……お待たせ」

 

「速いね。 ……来てくれてありがと」

 

目の前まで来ると、のせさんはフッと口元を緩めた。

 

息は切れて。 汗だくで。

でも。

少しだけ潤んだ瞳で微笑むその顔を見れただけで、走った甲斐があった。

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