英雄cp妄想 作:あほうどり
事務所のソファで顔を覆う。
視界には自分の両掌しか見えていないのに、前後左右のあらゆる方向からニヤニヤ笑いが向いているのが分かる。
正直、覚悟はしていた。
ここに来る以上は知り合いにもそうでないひとにも会わざるを得ない。 何人かに弄られ、広められるのは承知の上だった。
だけどこれはちゃうやん。
「ね、エクス。 僕には話してよ。 僕とエクスの仲じゃん」
「俺、エビオとのあちゃんが上手くいってるみたいで嬉しいわ。 なぁ、顔上げろよエビオ」
「それにしても虫刺され多くね? なぁエビオ。 お前そんなに好かれてんの? あ、あくまで虫の話ね」
「無視しないでよエビオさん。 折角会ったんだしさぁ、俺にだけでも色々聞かせてほしいなぁ?」
奇跡的にも今日は、ろふまおとくろなんの収録日。 その上どこからか湧いたローレンも参戦し、俺は見事首に付けられた大量のキスマークを追求され始めたのだった。
初めは隠そうとも思っていたけど、絆創膏で隠したところで数が多すぎてバレるし、これから夏に向かう今の時期にタートルネックは暑い。
というかそもそも、これだけの知り合いが居るとも思っていなかった。
「エビオさんもキスマークつけてるん?」
「もう頼むからどっか行ってくれ……」
「つれないこというなって。 俺らAQFで12位とった仲間だろ?」
恥ずかしさと鬱陶しさでツッコミをする気力も起きない。
見逃してくれるように頼むも、このメンバーが言うことを聞いてくれないのは自明の理だ。
「大丈夫。 僕達収録終わったし、まだお昼だから」
「俺らお前の為なら全然飯とか奢るから」
「スプラとかやりたいゲームあったら幾らでも付き合うぞ」
「なんならスパチャとか投げるしな。 赤スパよ赤スパ」
「嫌やー! もう帰らせてくれー!」
囲まれていては逃げ道なんてないし、英雄のフィジカルを使おうにも葛葉さんが居るのが厄介すぎる。
有り体に言えば、詰みでしかなかった。
「……ん?」
ふと感じた奇妙な感覚。
自分の左腕の匂いを嗅ぐと何故かエクスさんの匂い──と言うよりは、エクスさんの香水の匂いがした。
だんだん暑くなって脱いだパーカーを左手にかけていたとはいえ、移るほど強い匂いがパーカーに付いてるのはちょっとおかしい気もする。
トイレの前で待っているセナの元に戻り、預けていたパーカーを受け取る。
広げて袖や首元に顔を近づけてみると、フードの裏に予想通りエクスさんの香水の匂いが染み付いていた。
「やっと気づいたんだ」
「え、セナ分かってたの?」
「普通に分かるよ。 来た時からずっと、のあ先輩の香水と男物の香水の匂いが混ざってるし」
「うぇ、まじかよ。 最悪なんだけど」
呆れた表情のセナ。 今日1日態度がおかしかったのはこれが原因か。
エクスさんなりにぼくの事を想ってくれた結果なのは分かるし、嬉しい気持ちもちゃんとある。 だけどそれ以上に、ぼくのお気に入りの香水を台無しにされたことに腹が立つ。
「あいつまじ帰ったらこう! こうしてやる」
「愛されてるじゃん」
ぼくの拳を突き出すジェスチャーに、セナはまるでバカップルを相手にするみたいに適当に言葉を発した。
玄関のドアが開いた音とヒールが地面にあたる音。 続けて廊下を進んでくる1人分の足音。
「おかえり」
「てめぇぶっ飛ばすぞ!」
帰ってくるなり、俺の顔目掛けてパーカーを投げつけてくるのあさん。
バレたか。
「おめーよぉ、今日1日ぼくがセナにどんな反応されてたか分かるか?」
「俺もこの前事務所行った時やばかったよ」
「キスマークの方がマシだろ! なんで香水つけたって言ってんのに、パーカーに香水の匂いつけてんだ!」
のあさんは見るからにご立腹らしく、目を釣りあげて拳を振り上げている。 レッサーパンダの威嚇みたいだ。
「まじゆるさん。 エクスアルビオ泣かせてやる」
「別れる?」
「別れへんわ!」
「じゃあ良いか」
「なんも良くないですけど?」
後ろから伸びてきた手が俺の頬を全力で引っ張った。
痛い。