英雄cp妄想 作:あほうどり
腕を引き抜く。
ぬるりともどろりともとれる、不快な感触。
つい数秒前まで俺と同じ人間だったものが支えを失ったように倒れ、地面を赤で汚し始める。
皮でできた手袋は水分を吸って随分重くなり、茶色かった色は黒に染まって見る影もない。
そこかしこで聞こえる金属音や断末魔をバックに、血で濡れた地面に腰を下ろす。 木々の向こうから聞こえる鳥の鳴き声だけが癒しだ。
ポーチから紙を取りだして斜線を1本。 これで37本目。
「……長いなぁ」
予定では15日ほどで終わるはずが、実際にはその倍の日数が経っても終わる気配がない。
体はピンピンしているが、それはそれとしてシャワーが浴びたくなってきたのも事実。
冷たい川の水ばかりだと夜が寒い。 暖かいお湯が恋しい。
ふと目に付いた、さっき殺した人の死骸。
生き物の体内は暖かいという話を思い出し、自分で開けた胸の穴に手を突っ込んでみる。
……いや、思ったほど暖かくは無いな。 手触りもぬたっとしてる。
じんわりとした熱は手袋の不快感を増やしただけ。 やらなきゃ良かった。
手を引き抜いて滴る血を地面に擦り付ける。 きっと草木の良い栄養になるだろう。
「──っ、英雄が居たぞ! 全員こっちに来い!」
背後から聞こえた声。
立ち上がりながら落ちていた拳大の石を拾い上げる。
「おらっ」
振り向きざまに全力投球。
当たればいいやの気持ちで投げた石は見事、叫んでいた男の右肩にヒット。 ちぎれた腕が宙を舞う。
男の目線が俺から自分の右肩へと移り、口が大きく開く。
「うわ──」
2歩で距離を詰めて右拳を顔に叩きつける。
ぶぎゅっと音が鳴り、男の顔がぐしゃぐしゃにひしゃげた。
仲間を呼ばれる分には構わないけど、絶叫されるのはうるさいし不愉快だ。
男の声を聞いたらしい奴らの鎧が擦れる音が聞こえてきたし、なぐって血がついた手もいい加減洗いたくなってきた。 一旦ここから離れた方がいいか。
幸いにもここは森の中。 撹乱は容易だし、本当に運が良ければ追っ手は全員殺せるかもしれない。
紙を入れているのとは反対側のポーチから火打石を取り出し、転がっている死骸の服を剥いで火をつける。
その辺に落ちている枝も焚べれば、まもなくこの辺りを火が覆い尽くすはずだ。
面倒臭いし、今来てるヤツら全員巻き込まれてくんないかな。
もくもくと立ち上る煙を背に川の方へと歩き出す。
ずるずる続いてあんまり長引くと面倒だし、明日は相手の拠点に殴り込みにでも──
「エクス」
か細く、それでも確かに聞こえた声に足を止める。
自分達の拠点側ならともかく、敵地ど真ん中のこの場所に俺の名前を知ってるやつがいるはずが無い。
警戒レベルを引き上げて周囲を見回す。
追っ手以上の人影は無い。 草むらにも動物が潜んでいる様子はなく、木々から伸びる影も不振な点は見当たらない。
「エクス」
今度ははっきりと聞こえる声。
どこから聞こえてくるのかが分からないそれは、不思議と聞き覚えのある声にも感じた。
とにかく身を隠そうと、1番近くの樹木の枝に飛び乗る。
俺の重みで太い枝が揺れるも、軋んだり折れたりする心配は無さそうだ。
このまま木の枝を飛び移りながら川の方へ移動しよう。
「エクス!」
小さい手が、俺の両肩を掴んだ。
「────っ!」
体を起こした反動で被っていたブランケットがずり落ちる。
シャツの胸元や脇は汗で湿り、気持ちが悪い。
顔を伝う汗を右手で拭いながら額を押さえる。
…………夢、か。
体の力が急激に抜けていき、手や足が力無く震えだす。
鮮明に呼び起こされた匂いや感触に汗が止まらない。
耳元に心臓があると錯覚するくらいに、動悸が激しくなっていた。
「大丈夫?」
隣から聞こえた、夢の中で聞いたものと同じ心配そうな声。
首を左側へ向けると、月の光に晒された青い髪が柔らく輝いて見えた。
紅い瞳には不安の色が見え隠れしている。
安心させる為にも大丈夫の一言を伝えようとして、だけど、口が思ったように言葉を紡がない。
「………っ、ごめん」
必死に口を動かして、掠れた言葉を1つ発するのが精一杯。
泣きたいような、イラついたような、寂しいような、ぐるぐるとした気持ちが俺にのしかかる。
命を奪った感触の残る右手がいやに重く、身体中の震えが止まらない。
こっちの世界に来てからずっと見せつけられる、俺が積み重ねた死体の山。
正しい倫理観を身につけたからこそ、のしかかる罪の重さに押しつぶされそうになる。
「大丈夫だよ、大丈夫……」
頭を抱き寄せられて、青い髪のかかる首元に顔を埋める。
子供をあやすみたいに頭を撫でられて、ぎゅっと手を握られた。
何かに寄りかかっていないと折れてしまいそうで、暫くの間そうして小さな体に身を預ける。
抱きしめられたまま深呼吸を繰り返していると、次第に震えが落ち着き、散らかっていた思考がゆっくりとまとまっていった。
握っていた手で震えが止まったのを感じとったのか、チグサが俺の頭を優しく叩く。
「落ち着いた?」
「うん、いつもごめん。 ありがと、おちぐ」
「んーん。 エクスの方がキツいっちゃけん、辛くなったらうちが何時でも支えるよ」
今が幸せだからこそ、英雄としての『これまで』が俺の心をズタズタに裂いて、その度に死にたくなるくらいの痛みを与えてくる。
抱きしめてくれるチグサの存在だけが、この世界で生きる俺を肯定してくれていた。
……本当に、助けて貰ってばっかりだ。
「絶対、幸せにするから」
「期待しとくね」
返事の代わりに、小さな体躯を強く抱きしめた。
……魘されるエクスを見るのは、もう何度目だろう。
穏やかに寝息を立てるエクスを見下ろし、唇を噛む。
たとえばイブラヒム先輩だったら。 エクスが背負う辛さを理解出来るからこそ、一緒に抱えて、隣で手を差し伸べることが出来るだろう。
たとえばアルス先輩だったら。 体は小さくとも、その頼りになる魔法でエクスを救ってあげられるのだろう。
社さんは大人としてエクスの助けになってくれるだろうし、にゃらかは人外故にきっとエクスの闇を払える。
他にも、葛葉さんだったら。 不破さんだったら。 めとちゃんだったら。 のあちゃんだったら。 ……私じゃ無かったら。
私と『エクス・アルビオ』を隔てる厚い壁に、堪えきれない雫が流れ落ちてくる。
苦しんでいるエクスを見ても何も出来ない自分が、どうしようもなく嫌いだ。
隣にいるだけで、エクスが当たり前のように眠れる存在。
私がいつかそうなれる事を夢見ながら、暗闇の中瞼を閉じた。