英雄cp妄想   作:あほうどり

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怪我するタイプの事故じゃないです


ebmt事故

唇に触れる柔らかい感触。

 

味なんてものは無く、代わりに鼻腔いっぱいに感じる男の人の匂い。

足元から伝わる規則的な揺れ、手のひらに感じる身体、初めての経験。リングカーソルが回る真っ白の脳内に、今ある情報の全てがダウンロードされていく。

 

そういえば周りに人が居たっけ。 今見られてるのかな。

 

記憶の片隅に思い出した一瞬前の景色。

満員とまではいかなくとも電車の中はかなり混んでいた。 他の人に見られていたとしたら、それなりに気まずい。

 

呆けた頭でボーッとそんなことを考えていると、唇を塞いでいたものが離れていくのがわかった。

永くも短くも感じたひとときを終えて、ゆっくりと瞼を開く。 ワンテンポ遅れて、浮いていた踵が無機質な床へと降り、それに比例した数センチ分だけ視界も開けた。

未だ醒めぬ夢のような気持ちのなか、2度3度と瞬きを繰り返すうちに改めて状況を認識する。

 

私たちの真横にある車窓から刺す夕陽と、比喩無しで正真正銘キスが出来る距離にある見知った顔。

戸惑いを浮かべた空色の瞳から目が離せなくて、この状況を何とかしようと止まっていた思考を必死に再起動する。

 

そうだ。 きっといつもみたいに明るく話せば、エビオさんも空気を読んで乗っかってくれるはず。 そう思って声を出そうとしたけれど、唇に残った熱が邪魔で上手く言葉が紡げない。

 

煙が出そうなくらいに稼働する脳とは裏腹に凍りついてしまった体。

考えばかりで何も出来ずにいると、大きく息を吐き出したエビオさんが目を伏せながら口を開いた。

 

「……ほんとにすみませんでした。 許してもらおうとか思ってないんで、躊躇なく警察とか突き出してください」

 

あまり聞いた事のないエビオさんの真面目な声。

許されたスペースの限りを使って頭を下げるエビオさんを見て、固まっていた体が、まるで油を差されたかのようにスルスルと動き出す。

 

「いや、いやいやいや! 全っ然大丈夫よ!? 事故やん事故! めとは気にしてないから!」

 

「いや、今のは……」

 

「今回のは揺れた電車が1番悪いしエビオさんは気にせんでええって。 てかエビオさんが悪いならめとも悪い!」

 

俯くエビオさんを元気づけようと、数秒前の自分が嘘のようにスラスラと口から言葉を並べる。

元はと言えば、私が押されたり何かされたりしないようにとエビオさんが壁になってくれていたから、電車が揺れた時に咄嗟にバランスを取れなかったのが原因だし、わたしはエビオさんに感謝する権利はあっても糾弾する権利なんて絶対に無い。

 

限られた電車のスペースの中、全身で気にしていないとアピールを繰り返す。 そんなわたしを見て、エビオさんはより一層表情を暗くした。

 

「めっさんが気にしてなくても駄目なものは駄目でしょ。 ただでさえ俺ら、ライバーなんてやってるのに」

 

エビオさんの言い分はご最もだが、今回の件において責任の半分はわたしのものだ。

電車の揺れをきっかけにしてしまったのは、決してエビオさん1人だけではないのだから。

 

「これが出回ったらめともエビオさんも大炎上だし、とにかく無かったことにするしか無いって! お互い一旦忘れよ? ね?」

 

「……………何かしらの責任は取ります」

 

苦虫を噛み潰したような顔と喉から絞り出された声。

こういうところでちゃんとしているのは好感が持てるというか何というか。

 

尤も、責任を取ると言われてもこっちだってどうすればいいのか分からない。 何かを要求するのはわたし的には絶対に無しだし、かといって何も無しでエビオさんが納得するとも考え辛い。

ひとまずこの場では保留にして、細かい話し合いは一旦今度に持ち越そう。

 

ちょっと大きめに音を立てながら両手の紙袋を持ち直す。

神妙な面持ちのエビオさんもわたしの意図を汲み取ってくれたのか、再度大きく息を吐き、下げていた視線をどこでもない何処かへと移した。

わたしだけエビオさんを見つめているのも変な感じがして、特段目新しいものもない窓の外へ視線を逃がす。

 

一部始終を見ていたはずの夕焼けは、何も知らないと言わんばかりに茜色を溢れさせていた。

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

「めと、大丈夫?」

 

「ぅえ!? 何が!?」

 

意識外からの声に心臓が大きく跳ねる。

隣を見れば、そこに居るのはエビオさんではなく眉をひそめた一ノ瀬。

 

コンマ数秒ほどの混乱の後、座席越しに全身に伝わるガタンゴトンという規則的な揺れと、私へと集まる周囲の目線によって、何が起きたかを完璧に把握。

とりあえず、かなりの大声を出してしまったのは間違いないようだ。 顔が熱い。

 

「ごめん一ノ瀬。 なに?」

 

「いや、何はこっちが聞いてるんだけど。 具合悪い?」

 

「いや、なんも無いよ。 ボーッとしてた」

 

この前、電車の中でエビオさんと〜なんてバカ正直に話せる訳もなく、在り来りな定型文を返す。

そんな私の答えに満足したのかしていないのか、一ノ瀬はあ〜ねと曖昧な返事を返して興味を失ったようにスマホへと視線を戻した。

 

深掘りされることなく誤魔化せたことに一安心。

 

あの時と今とで同じところと言えば、電車に乗っているというただ一点だけ。

今は夕暮れでもなければ混んでいる訳でもなくて、 逆に言えば、それだけの類似点で鮮明に想起してしまうくらいには、記憶にしっかりと刻まれているということ。

その上、思い返す度にエビオさんの事も頭に浮かぶせいか、今まで以上にエビオさんの事が気になって仕方が無い。

 

このモヤモヤともぐるぐるともとれるもどかしい感覚は初めての体験で、自分ではどうすればいいのかが分からない。

 

……あ。

 

足元へ向けていた視線を左隣へ向ける。

私の横にはいつものパーカーに身を包んでスマホをいじる一ノ瀬。

 

ちょうど良い。 一ノ瀬に話して解決するとはあまり思えないけど、相談相手にはもってこいだ。

 

「一ノ瀬ー」

 

「なに?」

 

呼びかけると、一ノ瀬は気だるげな返事とともに僅かに首を此方へ向けた。

紫色の瞳が分かりやすく要件を問うている。

 

「あのさ、ふとした瞬間に同じ人のことばっかり考えるのってなんでだと思う?」

 

「そんなん、そりゃあもうラブでしょ」

 

即答。 あっさりと返ってきた答えに少し面食らう。

 

「え、なんで? めと好きな人いるの?」

 

「……い、やぁ? この前相談されたけどわかんなかったから」

 

「え、誰に?」

 

「……エ、エビオさん」

 

「マジ!? エビオさんにそういう感情残ってたんだ」

 

意外だという気持ちを隠そうともせず驚きの声を上げる一ノ瀬。

だいぶエビオさんに失礼なことを言っているが問題はそこじゃなくて。

 

ラブ、つまりLove。 日本語だと愛だとか好きだとかの意味。

 

私が? エビオさんを?

 

感じたのは困惑や戸惑い。

だって私にとってのエビオさんはただの友達であって、恋愛対象として見たことは今まで1度も無かったから。

都合が合えば一緒にゲームして、偶にご飯を食べたりする程度の繋がり。 それが私とエビオさんの関係の最高到達点のはずだった。

 

でも、もしかすると今は違うのかもしれない。

そう思ったのは、困惑や戸惑いの他に、凸凹がハマるようなストンと腑に落ちる感覚があったから。

 

あの日、あの瞬間。 電車の揺れをきっかけにしてしまった時点で、私とエビオさんの間にあった何かが壊れてしまったのだろう。

冷静になって考え直してみれば、私があのキスを親愛の意味と捉えていない時点で、エビオさんにこれまでとは別の何かを感じているのは明白だったのだ。

 

「恋ってどんなんだと思う?」

 

「その人の事ばっかり考えちゃうとかじゃない? 人によるだろうけど」

 

「ふーん……。 一ノ瀬は恋したことあるんだ」

 

「そりゃあ、生きてれば恋の一つ二つくらいありますよ」

 

「なるほどねぇ」

 

未だに混乱しているのか、はたまた単純な恋愛経験不足か。今の自分に芽生えた感情が、本当に愛だの恋だのといったものなのかを私は判別出来ない。

もしかしたら異性とのキスに驚いて自分の心情を勘違いしているだけの可能性だってある。

 

それでも1つだけ間違いないのは、あの時の私は自分の意思で、エビオさんとの間にあった数センチを埋めたことだ。

 

 

 

★★★

 

 

 

イヤホンから届く無機質なコール音。

スマホの画面を見つめながら数秒待っていると、耳に残る音楽が途切れ、イヤホンは通話先の環境音を流し始めた。

 

「もしもし?」

 

「もしもしエビオ? どったん?」

 

マイク越しに声をかけると、通話相手──不破湊が応答した。

疑問符を浮かべているのは、一緒に遊ぶ予定もなかったのに通話をかけたからだろう。 もしかすると何かしらのドッキリと考えているかもしれない。

 

でも、実際は極めて個人的な要件でしかなくて、今回の俺の相談相手にはふわっちが適任だと思っただけだ。

 

「急でごめんだけど、俺ふわっちに相談したいことがあってさぁ……」

 

「おー。 ABOから相談とか珍しいやん。 ついに人殺したか」

 

「殺してねぇよ、殺すわけねぇだろ。そんなんなったら相談とか出来るわけないやん」

 

「流石にか」

 

なははと笑うふわっちに釣られて思わず口角が上がる。

通話をかけてまだ数秒しか経っていないのに、ふわっちの明るさでしんどかったメンタルが幾分かマシになった。 やっぱり、ふわっちを相談相手に選んだのは正解だったのかもしれない。

 

「んでどしたん?」

 

「いや、ふわっちってホストじゃん。 お客さんにキスとかすんのかなって」

 

聞いた途端、ふわっちが吹き出す声がイヤホンから聞こえた。

ちょっと言い回しが雑すぎたか。

 

「え、ほんとにどうした? ホストにキスされた?」

 

「いや、される訳ないされる訳ない。 ホスト行ってすらねぇ」

 

笑いを堪えようとして堪えきれていないふわっちの声。

俺の説明だけだと真っ先にその可能性が考えつくかもしれないが、ホストクラブに通う趣味は無いのでしっかりと否定させてもらう。

 

そして、事情の説明だけど……。

ふわっちには悪いが、あまり詳しく話す気にはなれない。 俺の失敗と言うだけなら躊躇なく話せるけど、今回はめっさんにも関わることだ。 伝えるのは大凡の概要だけに留めたい。

 

直前の会話と同じ伝達ミスを繰り返さぬよう頭の中を整理しながら、ふわっちへの説明に必要な情報を選別していく。

 

「色々あって知り合いにキスしちゃったんだけど、どうすればいいかわからんくて。 ふわっちならワンチャン仕事でそういうのしてるかもって思って相談してる」

 

「なんか凄いこと起きてんね。 誰にキスした?」

 

「絶対言わねぇよ」

 

野次馬根性なのか、なにも考えていないのか。 今更分かりきったことだが、わざと隠した個人名を躊躇いもなく聞いてくるあたり、不破湊という人間は恐らく人として大事なブレーキが壊れかけている。

 

「まぁちなんでおくと、俺はそういうのやってない。 やってるやつも俺の周りじゃ聞いたことも無いわ。 俺が知らないだけでは居る説はあるけど」

 

「やっぱそうよなぁ」

 

予想していたとはいえ、あてが外れた事で体の力が抜ける。

脱力感に身を任せて身体を思い切り後ろに倒すと、ゲーミングチェアがギィと軋んだ。

 

「そもそもエビオはどうしたい感じ? 謝りたいとか仲直りとか、目的が次第でやることも変わるでしょ」

 

「目的……」

 

目的と言われて真っ先に考えたのは、めっさんにも面と向かって伝えた『責任を取る』というもの。

どう責任を取るのかは分からないけど、これは絶対にやらなきゃダメだ。

 

それと、責任云々とは別に浮かんだ、目的と呼ぶには曖昧な2文字の単語。

今の自分にとっては劇物にもなり得るその関係の名は、絶対にダメだと即座に思考から消去した。

 

「目的で合ってるか分からんけど、やったことの責任はとりたい。 人にされて本当に傷つくことやった自覚ある」

 

「なるほど。 んー………」

 

俺の答えを聞いて、唸りながら何かを考え始めたふわっちは。

一旦今は俺がやることも無いし、ただスマホの通話画面を眺めて待つこと数十秒。 さっきよりもどこか真剣味を増した声でふわっちは口を開いた。

 

「一応聞きたいんだけど、エビオからキスしたんよな?」

 

「え、まぁ……」

 

肯定の言葉を発しようとして、詰まる。

俺の記憶の限り、俺が瞼を開けた時、めっさんは少しでも身長を俺に合わせようとしていたから。

 

俺が責任をとる立場なのは間違いない。 だけど、ふわっちの質問に対しては何と答えればいいのか分からずに押し黙る。

そんな俺の沈黙をどう受けとったのかは分からないが、ふわっちは悩んでいるのか脱力しているのか、んぁ〜〜と声を漏らす。

 

「俺視点、エビオにできることマジで少ないぞ。 俺、何して責任取ればいいとか思いつかんし、ちゃんと謝って後は相手次第な気ぃするけど」

 

「やっぱそうかなぁ」

 

ふわっちなりに考えてくれたのであろう答え。

口惜しいが、謝罪以上に出来ることが無いのかもという結論は俺と同じだった。

 

めっさん──小森めとを大切だと想っているからこそ、傷つけてしまった責任を何かしらの形で取りたかった。 だが、少なくとも今の段階でその方法は見つかりそうもない。

 

「おけ、ありがとふわっち。 とりあえず一旦謝って、そっから話し合ってみる」

 

「はーい。 なんかまぁ頑張れよ、応援してるわ」

 

んじゃ、という言葉を最後に途切れる通話。

時間にしてたった数分の会話は、されど、1人で悩む数時間よりはずっと価値があった。

 

どうすればいいかとか何をするかなんて1度忘れ、まずは面と向かって謝る。

全部が全部スッキリしたとは言い難くとも、次の1歩への大きな足がかりを作ってくれたふわっちには感謝する他ない。

 

通話の終わったdiscordを操作して小森めとのDMを開く。

あの日の待ち合わせに使って以降連絡の途絶えていたそこに、数日ぶりにメッセージを打ち込む。 緊張のせいか、指の動きが鈍い。

 

『近いうちに会えませんか』

 

送信されたのは簡素なメッセージ。

スマホを机の上に伏せ、息を吐き出す。 心臓の鼓動がやけに速い。

 

謝って、贖罪の機会を与えてもらえれば重畳。 例えそうならなかったとしても、加害者側である俺には受け入れる以外の選択肢は無い。

俺は何かを望む立場じゃない。

だから。

 

「まじで期待すんな」

 

両手で顔を覆い、戒めるように自分へと言い聞かせる。

 

本来は知る由もなかった、よく知る少女の知らない貌。

あの夕焼けの中で小森めとに奪われた心は、何時になったら返ってくるのだろうか。

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