英雄cp妄想   作:あほうどり

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いつにも増してえびくんを受けにしたい癖が出た


ebakにじGTA

26億円事件と、それをきっかけに起きたギャング《Drops》と警察との総力戦。

 

たった二日間の中で起きたそれは、しかし警察署長ローレン・イロアスと副署長エクス・アルビオが闇に堕ちた悪夢のような出来事であり、幾つもの大型犯罪を通して警察とギャングが戦いを繰り広げた、にじサントスの歴史の中でも類を見ないほどの大事件。

 

そんな一大事件のことをうちが知ったのは、全てが終わった翌日の事だった。

 

署員のみんなが署長と副署長の帰還を喜び、朝からお祭りムードの警察署。 その中でうちは、うちのいない間に起きていた大事件が無事に終息していたことに安堵こそしたものの、みんなに混じって諸手を挙げて喜ぶことは出来なかった。

 

何故かといえば、うちが恐れていたことがたった一日だけでも起きてしまったから。

 

副署長エクス・アルビオの闇堕ち。

 

ローレン署長と違ってあまり現場に出るわけでもなく、また、大型犯罪の前後に度々姿を消す副署長は、いずれギャングになって警察から──うちの前から居なくなってしまうんじゃないか。

 

あかりがえくす先輩との距離を縮める度に胸の奥で存在感を主張していたその疑惑が、一日だけとはいえ現実に、しかも自分の知らない間に起きてしまっていたことで急激に肥大化する。

 

一度ギャングの楽しさを味わったえくす先輩の心は、既にうちら警察から離れているのかもしれない。

 

自分の魂はギャングだ、とえくす先輩が自分で言っていたのもあり、その不安が日に日に大きくなっていく。

 

「えくす先輩はギャングにならないんですか?」

 

一度、思い切って聞いてみたことがある。

この疑惑をえくす先輩自身の言葉で晴らして欲しかったし、そうじゃなかったとしても自分で聞くのといきなり聞かされるのでは前者のほうがずっとマシだったから。

 

そんなあかりの質問に、えくす先輩はなんでもないふうに答えた。

 

「ローレンが居るから辞めないよ」

 

絶望した。

 

えくす先輩を警察に繋ぎ止めているのは、ローレンさんの存在だけだった。

うちはおろか、署長以外の署員は誰一人としてえくす先輩の天秤にのっていなかった。 それはうちにとって直視したくない事実で。

 

だけど同時に、希望もあった。

えくす先輩とローレンさんの絆がどれほど深いかは、このにじサントスが始まって以来数えきれないほど目にしてきた。 それこそ、二人で一緒に警察を辞めてギャングになる道を選ぶくらいに。

えくす先輩が本気でローレンさんを裏切ることは無い。 だからきっと、この胸に巣食う不安感はただの杞憂だ。

 

そう信じようとしてたのに。

 

鉄骨や木材といった資材の陰で聞き耳を立てる。

ここは街の地下金庫の目の前にある大穴の下。

大型犯罪《ユニオンヘイスト》の核となる場所であり、つい三十分ほど前まで、ひとつのギャングがこの金庫を襲う犯罪を行っていた。

 

結果として、警察は奮闘の末に約半数の構成員を逮捕し、無事に盗まれた金塊やお金を取り戻すことができた。

 

罰金で懐が潤う事もあり、お祝いムードの警察署。 その中でうちは偶然、えくす先輩が誰にも気付かれないようにその場を離れるの見かけた。

すこしの好奇心に加えて普段から抱えていた疑念を晴らしたい気持ちもあり、うちはこっそりとえくす先輩の後を尾行して、やがて到着したのがこの場所。

 

現場の処理も終わっているはずの此処に警察が戻ってくる必要なんてない。

不可解なその行動の真意を知るために息を潜めていると、まもなく、ワイワイとした話し声が遠くから近づいてきた。

 

「おーっす。 ごめんねーエクス」

 

「ぅい〜。 惜しかったね〜」

 

「かなり四つ叉キツかったね。 ライオットってこっちからはどうすればいいかわからん」

 

「じゃあ四つ叉から教えよっか」

 

誰も立ち寄るはずのないこの場所へやってきたのは、さっきのギャングのボスを含めた数名。

 

気軽に会話を交わしながら、えくす先輩は迷うことなくギャングの人達の乗る車の一台に乗り込んで地下鉄が走るトンネルの方へと消えていった。

聞いた話の通りなら四つ叉と呼称される、幾つもの地下道が交差する地下の重要地点へ向かったのだろう。

 

だけど、うちはそれを追うことは出来なかった。

山積みの角材に背中を預けたまま、膝を抱えて縮こまる。

胸にぽっかりと穴が空いたような感覚。

 

えくす先輩が何をしていたのかなんて考えたくもない。

警察のみんなで喜びを分かち合う時間を捨てて、ギャングの人たちと今一緒にいる。 あの人の心はとっくにもうギャングに傾いているのだ。

事実、会話の様子を見てもえくす先輩とギャングのボスが親密にしているのは火を見るより明らかだった。

 

「……これじゃだめだ」

 

うちはただこの毎日が続いてくれれば良かったのに、このままじゃえくす先輩が居なくなってしまう。

犯罪を取り締まって、暇な時間はみんなと遊んで、そしてたまにえくす先輩と二人きりの時間を過ごせる。 そんないつもの日常がなくなってしまう。

そんなの、だめだ。 認められない。

 

気付かぬうちに握っていた両手に爪が食い込み、流れる赤い血がポタポタと地面に斑点をつける。

 

何とかして、えくす先輩の心が警察に戻らないだろうか。 えくす先輩の心が離れないようにできないだろうか。

 

……えくす先輩の心を、縛り付けられないだろうか。

 

「………………あ」

 

ハッとして顔を上げる。 急に視界が開けたように見えた。

 

そうだ。 捕まえればいいんだ。 だってあかりは警察だ。

えくす先輩が離れられないように、うちがえくす先輩に手錠をかけて鎖で繋ぎ止めればいいんだ。

 

一度そう理解した途端、頭の中で幾つものプランが組上がっていく。

こんな簡単なこと、なんで今まで思いつかなかったんだろう。

 

あの『自由』という言葉が似合うえくす先輩を縛り付けるのは申し訳ないけれど、うちと一緒に居ればえくす先輩だっていつかはきっとわかってくれる。

そうして、最後にはあかりのことを受け入れてくれるはずだ。

 

最高の閃きでこれまで抱えていたモヤモヤがは嘘のように消えさり、うちは弾む気持ちのまま跳ねるように立ち上がる。

乗ってきたパトカーへとスキップで戻るあかりは、自分でも分かるくらいの満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いた色のライトとしっとりとした曲の中、薄い琥珀色の注がれたグラスを小さく傾ける。

私にも少し強いお酒だけど、このくらいの方がむしろ『これから』の予定に調度良い。

 

ふぅっ、と身体に籠る熱を吐き出してチラリと隣へ視線を向ける。

バーカウンターに突っ伏す彼はその金髪から覗く耳を真っ赤に染め、わざとなのか無意識なのかは分からないが小さな声で必死に唸っている。

飄々とした普段からは想像もつかない、人によっては情けないとも言われる姿。 そんな彼を見て自然と口角が上がる。

 

前々から入念に準備を重ね、失敗する可能性をあの手この手で削っていたのは事実だけど、まさかここまで上手くいくとは思わなかった。

 

本人の口からお酒に弱いことは聞いていたが、それに加えてお酒の知識もあまりなかったみたいだ。

自分でも飲んだお酒をオススメだと言って勧めてみたら、えくす先輩は特段疑うことも無く飲んでくれた。

それがどれくらい度数の高いお酒かも知らずに。

 

当然ながら、私にも罪悪感はある。 欲を言うならばこんな汚い手は使いたく無かった。

だけど、それもこれもえくす先輩が悪い。

 

うちを長いこと不安にさせ続け、あまつさえギャングとこっそり密会していただなんて、たとえ署長やほかのみんなが許してもあかりは許せない。

 

それに最近、うちの気持ちを薄々察してやんわりと距離を置こうとしているのもいただけない。

女の子、それも自分がずっと頼ってきた可愛い後輩に恥をかかせるなんてあんまりだ。

 

「せんぱ〜い? 起きてますか?」

 

男の人らしいがっしりとした肩を僅かに揺すりながら、起こしてしまうのは本意では無い、形式的な確認のための小声での問いかけ。

 

「ぅ……ん……」

 

机に伏したまま頷く彼の声は酷く小さく、意識の大半が夢の世界へと旅立っているのが分かる。 それでもなお必死に起きていようとするのは、上司としての責任感でもあるのか、はたまた何かしらを警戒しているのか。

 

眠りに落ちかけている状態でも尚警察署の副署長として努めているのだとすれば賞賛に値する。 が、わるい後輩の女子の思惑を見抜けないようではまだまだ甘いと言わざるを得ない。

 

えくす先輩には申し訳ないが、『1度声をかけたけど起きなかった』という建前は得た。 あとは一緒に帰るだけ。

もしもこの後帰る最中に何かがあったとしても、それはお酒の力による不可抗力だ。

 

「ほら、帰りますよ〜」

 

代金を支払い、足元のおぼつかない先輩に肩を貸しながら呼んでおいたタクシーへ乗り込む。

行き先を告げると、運転手さんは「だろうな」と言わんばかりの顔で車を発進させた。 彼の目にはきっと私達がカップルにみえているのだろう。

 

これで後戻りするチャンスはほぼ無くなった。 どこか怪し気で自由奔放な副所長は今日をもって、私という鎖で繋がせてもらう。

 

「いいよね、えくす先輩?」

 

「ん……」

 

どれだけ小さくて、ただ無意識に声を返しただけだとしても、確かにえくす先輩から発せられた同意の返答。

いつもより強いお酒で気分の高揚していた私は遠慮なく、まずはその嘘吐きな唇を頂くことにした。

 

 

 

 

♥♡♥

 

 

 

 

瞼の向こうに感じる光。 不意に感じたそれを認識した途端、微睡みの中にあった意識がその感覚に引っ張りあげられるように浮上する。

そして意識が鮮明になるにつれて、脳に響くような鈍い頭痛に襲われ始めた。

 

「……ぅぁ」

 

頭を右手で押さえ、横向きになっていた体を仰向けにする。

重力に逆らうことなく体の力を抜くと、多少は気分もマシになった気がした。

 

そういえば、昨日は獅子堂に誘われて飲みに行ったんだっけ。 てことは二日酔いか?

 

未だフワフワと浮かんだような意識の中で薄く目を開ける。 途端に、照明か自然光か、瞼越しに感じていた何かしらの光が目を通って脳に突き刺さった。

思わず額を押えていた右手で視界を塞ぐ。

 

やっぱ俺酒に弱すぎるな。

昨日もそんなに飲んだ記憶無いのに……。

 

痛む頭と酷い気分に辟易する。

とりあえず、時間や諸々の確認のために一旦スマホを見よう。

獅子堂にも謝らないと……。

 

…………?

 

ひとまずスマホを見ようと動かした左手がシーツの中で何かに触れた。

 

かなり大きくて、すべすべとした肌触りで、暖かくて、柔らかい。 まるで人間の肌みたいな……。

 

「……!」

 

脳が理解した瞬間、弾けるように身体を起こす。

急な動きで頭が鈍痛に苛まれるも、今はそんな事どうでもいい。

 

右手で額を押えつつ、周囲からの情報を遮断しようとする瞼を何とかこじ開け、 そして──

 

「……っ」

 

蛍光灯の光とカーテンの隙間から差す日光の両方を受け、きらきらと暖かく輝く橙色の髪。

 

咄嗟に声が出なかったのは、眠っているその子を起こさないようにと変な方向で思いやりが働いたからか、はたまた単なる保身のためか。

 

俺の隣に横たわり、一糸纏わぬ姿で寝息を立てるその子の名前は獅子堂あかり。

見慣れた、なんて形容では足りないくらいによく知っている存在で、いつも頼りにしている優秀な後輩だ。

 

職務が立て込んで忙しい時なんかは俺の仕事を任せる事もあって、そういう時でも獅子堂は嫌な顔せずに引き受けてくれていて。 ……そして、俺の勘違いでなければ、獅子堂は俺に好意を寄せてくれていた。

 

だけどきっと、獅子堂には俺よりもずっと良い相手がいる。

それに、署長公認とはいえ、裏でギャングとも繋がるような汚れ仕事も行う俺は、弱点になりうる恋人なんて作るつもりはさらさらなかった。

 

だからその好意に応えられない分、俺は先輩として俺よりも若い獅子堂のことを大切にしようと、そう思っていた。

 

思って、いたのに……。

 

自分の情けなさに胸がきつく締め付けられる。

 

何が最悪かといえば、俺に昨夜のあらゆる記憶が無いことだ。

酒に飲まれて後輩の女の子を抱いた挙句、その全ての記憶が無いなんてあまりにも酷い。

 

のしかかる罪悪感から眠る獅子堂を見ていられず、視線を逃がすように周囲を見回す。

 

ここが何処なのかは、以前、不本意ながら2度も経験しているのですぐに分かった。

ついでに、壁に掛けられていた時計から今が昼前だということも。

 

付近に見当たらない俺のスマホは多分、ベッドの脇に乱雑に散らばる服のポケットにでも入っているのだろう。

ローレンや小柳を筆頭に山ほど連絡が来ているのは想像に難くない。 とりあえず何かしらの連絡をしないと大事になりそうだ。 ……いや、大事にはもうなっているか。

 

一瞬獅子堂を起こしてしまうかもと躊躇うも、優先事項を考えてベッドから降りる。

今が何も着ていなくとも問題ない気温だったのは唯一の僥倖か。

 

床に散乱する衣服の中から自分の服を拾い上げ、ポケットの中を確認。 目的のスマホは無事ジーンズのポケットから発見した。

 

それと、俺の服を集めたついでに獅子堂の服も拾い集め、俺が寝ていた場所に畳んでおく。

勝手に女性の衣服に触れるのはアレだが、脱ぎ捨てられたまま放置しておくのも忍びない。

 

「…………はぁ」

 

現実逃避気味に行っていた片付けも終わってしまい、やることも無くその場にしゃがみこむ。

 

意識がはっきりと覚醒するにつれて回転速度を取り戻す思考回路。

二日酔いの頭痛は酷いが、思わず膝をつきそうになる心の重さに比べればどうということは無い。

 

とりあえず今は1度、ローレンに連絡を入れておこう。

電話だと何かを察される可能性があるので、ローレンには適当にはぐらかし、今日は休む旨のメッセージを送っておく。 違和感を覚えられるかもしれないが、獅子堂との諸々が一旦でも片付いた後にでも説明しよう。

先にローレンに相談することも考えたけど、まずは獅子堂にちゃんと謝って話し合いたい。

 

メッセージを送り終えたスマホを備え付けのテーブルに伏せ、ベッドへと目を向ける。

獅子堂は変わらず熟睡している。 こういう時は起こした方がいいのだろうか。

 

…………。

 

いや、いいか。

 

昨夜何時頃に寝たのかすらも俺には分からないが、獅子堂も直に目を覚ます筈だ。

それまでの間に俺はシャワーでも浴びておこう。

 

……或いは、これも獅子堂が起きるのを先延ばしにしたいだけの現実逃避なのかもしれないな。

 

ますます重くなる気分を引きずりながら、音を立てないようにベッドの傍を離れて脱衣所の中へ。

 

脱衣所は洗面所と兼用になっており、そこからトイレとバスルームにそれぞれ繋がっていた。

引き戸が開け放たれたままのバスルームに多少の水気が残っているのを見るに、昨晩もここは使われていたみたいだ。

 

ざっと辺りを見回し、洗面所の棚から巻かれたバスタオルを1枚拝借。 さっき集めた衣類と一緒に纏めて籠に入れて扉の傍に。

 

後ろ手に引き戸を閉めながらバスルームへと一歩踏み出す。

バスルームの中はだいぶ広く、2人で入っても余裕がありそうだ。

タイルの床歩く度、床に残った水滴が小さな音を立てた。

 

正面の壁際には大きな浴槽もあるが、今からわざわざお湯を張るつもりは無いので無視。

シャワーホースが繋がる銀のバルブを捻る。

 

「っ……」

 

頭からお湯を浴びた途端、肩や背中に走るヒリヒリとした痛み。

手を伸ばすと、指が無数の細長い引っ掻き傷に触れた。

 

ほんの数秒だけなんの傷かを考え、すぐに理解が追いつく。

同時に、指先から伝わる生々しい感触が俺に昨晩の情事を想像させて、喉がぐっと締まる。

 

どれだけシャワーのお湯を被っても、胸の内に巣食う罪悪感は排水溝の奥へ流れてくれない。

 

 

 

★☆★

 

 

 

真っ暗だった意識が急速に浮上し、遮断されていた音や光の情報が徐々に頭に流れ込み始める。

 

初めに感じたのは全身を覆う酷い倦怠感。 身体中の至る所に重りが付けられているような感覚だ。

次いで、お腹の内側に感じる違和感。 昨夜えくす先輩と繋がっていた感覚がまだ残っているのか、寂しいような、何かが足りないような、そんな不思議な欠落感。

 

寂しさを紛らわせようと隣にいたえくす先輩の方へと身体を寄せようとして、今ベッドにいるのが自分だけだと気がつく。

 

急速に意識が覚醒し、慌てて上体を起こす。

昨夜えくす先輩が寝ていた場所には脱ぎ散らかしていた洋服が綺麗に畳まれていた。

 

まさか、ここまでして逃げられた?

 

周囲を細かく見回すと、えくす先輩の服は無くなっているものの、スマホがテーブルの上置かれていた。 遠目に見えるだけだが、靴も無くなってはいないようだ。

 

もしかしてシャワーでも浴びているのか。

そう考えた途端、浴室から水が流れる音が聞こえていることに気がついた。

 

「よかったぁ」

 

せっかく上手く罠に嵌められたのに、あっさり逃げられていたらどうしようかと思った。 自分の詰めの甘さに反省と、えくす先輩の甘さ(彼のためにも優しさと言うべきか?)に感謝。

 

サイドテーブルに散らばる無数のミネラルウォーターのペットボトルのうち、まだ中身の入っているもので喉を潤す。

 

シャワールームに突撃しようかとも思ったけど、素面のえくす先輩をその気にさせられるか。 させられたとして襲えるか。 答えはNOだ。

えくす先輩が理由もなく後輩に手を出すはずがない。 だからこそあかりはこんな手を使ったわけで。

 

仕方が無いので、シャワーがあくまでスマホでも眺めてようかな。

 

昨夜、電源を切ってサイドテーブルに放っておいたスマホを手に取る。

電源を入れると、時刻は丁度正午を回ったところ。 今日は非番だと伝えていたが、署長から2件メッセージが来ていた。

 

『エビオと連絡が取れない』

『そっちでも連絡してみて、気づいたことがあったら連絡くれ』

 

「あ」

 

恐らく全員に送っているであろう簡素なそれを見て、思わず声が漏れた。

失念していた。 うちが休みでも、えくす先輩は仕事だった……というか、そもそも署長と副署長が非番の日をほとんど見た事がない。

丁寧に詰めたと思っていた計画だったが、まだまだ甘かったみたいだ。

 

思い返せば、昨日飲みに誘った時もえくす先輩は「遅くまでは付き合えない」って言ってたっけ。 緊張であんまり頭に入っていなかった。

 

とりあえずローレン署長には『わかりました!』とだけ返信しておく。

わざわざ長文を返す必要は無いだろう。

 

署長からの連絡は一旦忘れSNSのアプリを開く。

この後はきっとえくす先輩と二人で話すことになるだろうし、その辺も一緒に話して決めればいい。

 

そうして、しばらくスマートフォンでSNSを眺めていると、シャワールームの方から物音。

視線を上げると、丁度昨夜とおなじ私服を着たえくす先輩が扉から出てきたところだった。

 

交わる視線。

 

えくす先輩はうちと目を合わせることに耐えられないといった様子で、直ぐに足元へと視線を逸らす。 うちは、それだけで全部が上手くいったことを悟った。

 

内心での仄暗い喜びを押し止め、畳んであった着替えを片手にベッドから降りる。

 

「獅子堂、昨日、」

 

「シャワー浴びてきまーす」

 

重々しく口を開いたえくす先輩の横を通り抜けて、シャワールームへと続く扉を開く。

 

「少し待っててくださいね?」

 

うちの身体を見ないようにしてるのか、目線を逸らしたままのえくす先輩。

うちの目には、そのえくす先輩の全身が鎖で雁字搦めになっているのが見えた。

 

 

★☆★

 

 

「ふぁ〜〜、さっぱりしたぁ」

 

シャワールームに入って20分程。

獅子堂は水気を含んだ髪をタオルで拭きながら、普段と同じ声音と共に部屋へと戻ってきた。

俺はベッドに腰掛けたまま無言で獅子堂を出迎える。

 

二日酔いの影響で頭痛むものの、時間が経ってある程度落ち着きを取り戻した事で、起きてからずっと目を背けていたこの先のことを考える余裕が生まれた。

俺がとるべき責任や、やらなければいけないこと。 それに、獅子堂との関係について。

 

こんな事をしておいて、今まで通りの上司と部下に戻れる訳がないし、そもそもそんな選択肢をとるつもりは毛頭ない。

 

何にせよ、まずは獅子堂に面と向かって謝る。 そうして、昨日何があったのか。 獅子堂はどうしたいのか。 ちゃんと話し合いたい。

 

1度深呼吸をして、ベッドから立ち上がる。

 

「獅子堂」

 

短く声をかけると、ベッド周りに放られていた昨夜のゴミを片付けようとしていた獅子堂が顔を上げた。

 

「は〜い?」

 

「片付け終わったら、ちょっと話しよう」

 

「いいですよぉ」

 

この状況においては不自然なくらい、いつもと何も変わらないままの獅子堂。

その『普段通り』の裏に何を隠しているのか、俺にその真意は測れない。

 

室内……特に、ベッド周辺に散らかったゴミはそれなりに多かった。

空のペットボトルに、ぐしゃぐしゃのティッシュに、使用済みの避妊具。 それらを拾っては、仕分けをしてゴミ箱に捨てていく。

 

普段から獅子堂とは警察の仕事を分担しているからか、最低限の会話だけでも俺達は十分な意思の疎通をすることが出来て、ゴミの量の割には片付けにそう時間はかからなかった。

 

すっかり片付いた部屋の中、新品のミネラルウォーターを開けて1口。

考えてみれば、水分を摂るのは何時間ぶりなのだろう。 冷たい水が、二日酔いで乾ききった喉をじんわりと潤していくのが分かる。

 

喉の乾きを潤すためゴクゴクと喉を鳴らして水分を取り込んでいると、獅子堂がベッドの上に座ったままじっと俺を見上げているのに気がついた。

 

「うちにもひと口ください」

 

「……水くらい買ってあげるけど」

 

「お金勿体ないですよ? あ、えくす先輩が全部飲みたいとかなら全然大丈夫です」

 

俺の飲みかけのペットボトルを渡すのは流石に気が引ける。 だけど、わざわざ同じ水を何本も買いたくないという獅子堂の気持ちも分かる。

 

僅かな逡巡の末、いちいち悩むほどの事でもないと俺はペットボトルを差し出した。

 

「いや、いいよ。 残りは飲みきっていいから」

 

ありがとうございます、と言ってペットボトルを受け取った獅子堂は、残り半分ほどになった水を口にする。

 

獅子堂も俺と同じく喉が渇いていたらしい。 はじめは1口と言っていたが、最終的には残っていた水を一滴残らず綺麗に飲み干していた。

 

「えくす先輩、関節キスですね」

 

ペットボトルから口を離した獅子堂がはにかみながら言う。

俺はそれには答えず、ベッドに腰を下ろして獅子堂と目線を合わせる。

 

「獅子堂、ちゃんと話しよう」

 

俺が真剣にそう言うと、獅子堂も笑顔を消して真面目な顔になった。

緩んでいた空気がシンと張り詰める。

 

俺は一呼吸おいて、口を開く。

 

「まずはごめん。 俺、昨日バーで飲んでた後に何があったかを全く覚えてない。 何があったか察しは着くけど、もし覚えてるなら教えて欲しい」

 

謝罪と懇願、二つの意味を込めて頭を深く下げる。

ゴミを片付けたり水を飲んだりしている間に多少は獅子堂と会話をしていたからか、思ったよりも言いたいことはスラスラと出てきた。

 

「えくす先輩は何があったって思うんですか?」

 

頭を下げたままの俺に返ってきたのは、答えではなく問いかけ。

その意図を問いたくてベッドシーツから視線を上げると、獅子堂は何故か微かに笑っていた。

 

「何があったっておもうんですか?」

 

再度の問いかけ。

昨日何があったか? そんなこと、考えるまでもない。 起きた時の様子も、俺の身体についていた傷も、さっき捨てたゴミも、全てがそれを物語っていた。

 

「……昨日の夜、俺と獅子堂は……ここで、多分、『そういう事』をしたんだと……思う」

 

「『そういう事』ってなんですか?」

 

俺の答えに被せるように獅子堂は質問を繰り返す。

その表情は、明らかにこの状況を楽しんでいた。

 

何かおかしい。

 

俺の知る獅子堂あかりは、こういう時に巫山戯るような人間じゃなかった。

少なくともこれまでは、俺が真面目な話をしている時は同じく真面目な対応をしてくれていた。

 

「覚えてるなら教えてください。 本当に大事なことなんです。 お願いします」

 

ベッドを降りて床に顔を伏せる。

何を思って獅子堂が今の態度をとっているかは分からない。 だが俺に出来るのは精々、こうして頭を下げることだけ。

 

昨夜の全てを知らない限り正確な判断はつかないものの、場合によっては俺は自分の手に手錠をかける必要すらでてくるだろう。

 

床に頭を付ける俺を見るためか、獅子堂がベッドの上を移動して近づいてくる音が聞こえる。

 

「そんなにお願いされたら仕方ないかぁ。 顔上げてください、えくす先輩」

 

促されるまま頭をあげる。

獅子堂はベッドの縁から足を放り出して、相変わらず笑顔を浮かべて俺を見下ろしていた。

 

「えくす先輩が考えてるので合ってると思いますよ。 昨日の夜、ここでえくす先輩とえっちしました」

 

予想通りにして最悪の回答。

胸の奥に鉛の塊が現れたと錯覚するくらいに身体がぐっと重くなり、獅子堂の顔をまともに見ることができない。

 

「昨日の夜、お酒飲ませて酔っ払ったえくす先輩をこのホテルに連れてきて、頭ぽやぽやのなんにもできないえくす先輩の服を脱がせて、二人で気持ちよくなりました」

 

「…………え?」

 

獅子堂の言葉に感じた明確な違和感。

今の話には、俺の想像していた話とは決定的に食い違う内容があった。

 

俺は昨夜、酒に酔った勢いで獅子堂をここに連れ込んだのだと思っていた。

だけど獅子堂の話が本当なら、実際はその逆だったということになる。

 

「なん、で?」

 

疑問は幾つも浮かんできているのに、口の中が乾いて上手く言葉にできない。

唯一発することができたのは、あまりにも漠然とした質問とは呼べないようなもの。

 

それを受けた獅子堂は、こてんと首を傾げて一言。

 

「好きだからですよ?」

 

あっけらかんとそう言い放った。

 

状況によっては愛の告白とも取れるその発言。 しかし、この現状においてその発言は極めて異質だと言わざるを得ない。

 

『好きだから酒で酔わせてホテルに連れ込んだ』

獅子堂が言っているのはそういうことであり、現代においてそれは到底許される行動じゃない。

 

それは警察官である獅子堂だってよくわかっているはずなのに。

 

あまりのことに二の句を継げない俺に気づいているのかいないのか、獅子堂は構わず話を続ける。

 

「あかり思ったんですよね。 えくす先輩優しいから、きっと一回でもえっちしたら責任を感じてずっとあかりの傍に居てくれるんじゃないかって。」

 

さっきから獅子堂が何を言っているのか上手く理解できない。

 

それじゃまるで獅子堂は、一番初めから今のこの状況になることを望んで動いていたみたいだ。

それも……

 

「俺と、付き合うために?」

 

「そうですよ?」

 

思わず零れた俺の問いを獅子堂が楽しげに肯定する。

にっこりと笑うペリドットの瞳にはいつも見ていたような暖かさは欠片も無く、さながら獲物を罠に掛けた蜘蛛のような無慈悲な冷たさで俺を見下ろしている。

 

背中を走るぞわりとした感覚。

 

「ししど、」

 

思わず名前を呼ぼうとした俺の口を獅子堂の唇が塞いだ。

 

5秒。 10秒。 30秒。 60秒。

 

獅子堂の左手が俺の右手に、獅子堂の右腕が俺の首に絡みつき、火傷しそうなくらいに熱い小さな舌が俺の口内を蹂躙する。

 

ただでさえ二日酔いもあって痛かった頭は酸欠でガンガンと痛み、視界がぐにゃりと朧に包まれ始める。

なんとか離れるため自由な左手で獅子堂を突き放そうと力を込めると、獅子堂は躊躇なく俺の舌に歯を立てた。

 

口内に広がる鉄の味。

鋭い痛みで反射的に体が跳ねた。

 

突然の痛みを受けて必死に距離を取ろうと藻掻く俺を見て、獅子堂はどこか楽しそうに長かった口付けを終えた。

 

「えくす先輩〜? 抵抗しちゃだめですよ?」

 

微かに赤色が混じった銀の糸を引く唇を拭おうともせず、獅子堂は唇を離しただけの至近距離で囁く。

 

「そもそも、えくす先輩が悪いんですよ? いっつもフラフラしてて、警察なのに悪い人達とつるんで。

ずっと前から、えくす先輩が警察辞めてギャングになっちゃうんじゃないかって不安だったんですよ?」

 

「それ、は……」

 

面と向かってぶつかられた獅子堂の本音。 ストレートにぶつけられたそれは、俺の痛いところに鋭く突き刺さる。

 

考えてみれば当たり前のこと。

獅子堂は警察の中ではかなり上の立場で、だからこそ俺やローレンのサポートをする機会も多かった。

ということは、副署長である俺が不審な動きをすれば容易く察知されるのは自明の理だ。

 

獅子堂は俺が度々ギャングや麻薬カルテルのアジトへ赴いていることにもとっくの昔に気がついていて、その度に本人の言う通り不安感に襲われていたのだろう。

獅子堂は俺に好意をもってくれていた。ならば尚更、不安や恐怖を感じることも多かったはずだ。

 

全ては、上手く立ち回っているつもりだった俺の不手際だった。

 

「えくす先輩に警察でいて欲しいから、うちずっとなやんで……。そして、思いついたんですよ」

 

暗く重たくなる俺の心情とは裏腹に、獅子堂は子供が百点のテストを見せつけるかのように胸を張って言う。

 

「えくす先輩がどこか行っちゃう前に、えくす先輩のこと襲っちゃえばいいんだって。

そしたらえくす先輩と付き合えるし、えくす先輩は警察辞められなくなるし一石二鳥だなって」

 

自分の発想を得意げに語る獅子堂に、何を言えばいいのか分からず閉口する。

 

俺への心配や不安があまりにも積み重なり過ぎたせいで、獅子堂の中にあったブレーキのような何かは壊れてしまったのだろう。 そして、俺はそれに気付くのがあまりにも遅すぎた。

 

「……ごめん」

 

幾つもの罪悪感が胸の中で混じり合い、俺はただ頭を下げて謝罪することしか出来ない。

 

「? 謝らなくていいんですよ、えくす先輩」

 

そんな、項垂れる俺の頬にそっと両手を添え、獅子堂は上から俺の顔を覗き込む。

 

「ずっと怖かったけど、それが大事な仕事で、仕方の無いことだったってあかり分かってます。 そういうところをちゃんと理解するのも、『彼女』の務めなので」

 

だから、と言って口角を上げ、愛おしそうに俺を見つめる獅子堂。 その笑顔に歪む瞳は、今まで見てきたどんな人間のものよりも深く暗い色で。

獅子堂はそのままゆっくりと、優しく、刻み込むように、まるで愛を誓うような、それでいて首輪をつけるような口付けをした。

 

「これで、もう怖くない」

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