いつかの後書きに投票者100人、文字数10万字記念の話を書きたいと言っていましたが、UA10万も一緒についてきた上に投票者は120人になっていたりと色々遅くなってしまったので、少しカロリー高めのお話を書いてみました。
ただ、この話はこの作品の本編エンディング後を想定した"匂わせ"的なものが含まれるので、閲覧は自己責任でお願いしたいと思います。直接的なネタバレが含まれるわけではないので、深く考えずに読んでも後悔することはない……はずです。
それでは、どーぞ。
番外・記念話 (注意 前書き読んでね)
「…………て…………きて……!」
聞き慣れた声。
夢に微睡むぼやけた意識が揺さぶられているような感覚を味わっていた。
「……起きて、天華」
甘く澄き通ったその声の持ち主が、手櫛で優しく髪をすいてきたところでようやく意識が覚醒する。
「……んぁ?」
「起きたみたいだね、おはよう」
視界の中央に穏やかに微笑む金髪の少女の姿が映る。身体を起こして、伸びをした。
「おはよ、蛍ねぇ」
「〜〜っ!!」
挨拶を返すと俺の姉である蛍は顔を歓喜一色に染め上げて、思い切り抱きついてきた。
「ほ、蛍ねぇ、ちょっと苦しいっ!」
「後少し! もう少しだけだから!」
「肋骨がミシミシ言ってるんだけど!?」
むぎゅ、と全力で身体を抱きしめてくる彼女の柔らかさやら匂いやら、嬉しそうな声なんかがダイレクトに伝わってきて、顔面が沸騰するぐらいに熱くなる。
いつまで続くんだこの天国兼地獄は、なんて思ったところで自室のドアが開く。
「……はぁ、早くしないと遅れるわよ。私はそれでも全然構わないんだけどね」
そこに居たのは妹のロサリア。
気怠げな態度をデフォルトに、呆れたような目で俺たちを見る彼女は既に高校の制服へと着替え終わっている。
「は、恥ずかしいとこ見られたぁ……」と顔を赤くしながら、静かに俺から離れていく姉が筆舌に尽くせぬほど可愛い。
蛍ねぇは基本的に真面目でクールでドライな性格で外面を通しているのである。今は見る影もないけれど。
「まぁ、いいわ。母さんが二人のことを呼んでたわよ。伝言はそれだけ」
「わかった。ありがとね、ロサリア」
「……お礼なら行動で伝えて欲しいものね。お兄ちゃん?」
「………………考えときます」
「冗談よ」
僅かに表情を緩めてから、部屋を出ていくロサリア。それを見送った後に後ろから抱きついてきた蛍ねぇを簡単にあしらいつつ、制服に着替えてリビングへと向かう。
「……あんたたち、今何時だと思っているわけ? いつまでもイチャイチャしてんじゃないわよ」
冷たい声。
乱暴な物言いだが決して気品を損なうことのない彼女こそが、俺たちを女手1人で育て上げた母親――ロザリン・クルーズチカ・ローエファルタである。やべぇ、字面が面白い。
「「おはよう、ママ」」
「私をママと呼ぶなッ! あとお前は半笑いをやめなさい!」
おー、怖い怖い。超怖い。
蛍ねぇと顔を見合わせて、二人して笑いを堪える。
「お、おはよう、母さん」
「…………ふんっ、それ食べてさっさと出なさい」
「「はーい!」」
「はいを伸ばすな!」
「はい」
用意されていたフレンチトーストを蛍ねぇと一緒に食べる。昨日の夜から仕込んでくれていたらしいそれは、絶品でした。
うまうま、と言いながら勢いよく朝食を平らげて、歯を磨いて洗顔をすれば出発の準備は完了だ。
「そういえば、ロサリアはもう出たの?」
「……あの子なら『バーバラが迎えに来る前に』とか言ってとっくの前に出発したわよ。あんたらもロサリアを見習ってさっさと行きなさい」
「はいはい」
「はいは一回! って、わかってやっているわよね!?」
うんざりした態度で向こう行けと手を振る母さんに、満面の笑みで「朝ご飯美味しかったよ、ありがとう」と答える。
「うっさい、出てけ」
蹴り飛ばされたがこれが我が家の日常です。
✳︎
庭でペット兼非常食のパイモンに朝の挨拶をしてから、高校へ出発する。「おいらの扱いが酷すぎるぞ!?」といつも通り元気なようで何よりだ。
蛍ねぇと二人で歩いていると前方から見覚えのある制服姿の女の子が歩いてきた。
「……えぇ!? ロサリアさん、もう学校に行っちゃったんですか?」
「ごめんね、妹が気まぐれで」
「あっ、いえいえ、私が勝手に迎えに来ているだけなので! 天華先輩が気にすることじゃないですよ!」
天華先輩、と俺のことを呼んだのは後輩のバーバラだ。ロサリアと同じ合唱部に所属しているようで、部活をサボり気味な彼女を気にかけている優しい後輩である。
「じゃあ今日は、て、天華先輩とご一緒してもよろしいですか?」
「うん、いいよ。一緒に行こう」
「…………私も居るんだけどなぁ?」
「ほ、蛍さん!? わ、わかってるよ? もちろん、蛍さんも一緒だよね」
こほんと咳払いをしながらパタパタと顔を手で扇ぐバーバラに首を傾げるが、気にしなくていいそうなので放っておく。
蛍ねぇとバーバラの二人と一緒に歩いていると、少し離れた交差点に二つの人影が見えた。
待ち合わせの約束をしているわけではないが、その人影の正体には心当たりがある。
無表情で大きく手を振っている身長の高い女性と、笑顔のまま控えめに手を振る可愛らしい少女。
腐れ縁の幼馴染である同い年のステラと、蛍ねぇの同級生である神里綾華の二人だ。
「おはよう、天華。今日も可愛いね」
「バカップルか」
真っ直ぐ抱きつきにくるステラ。
隣にいたバーバラを身代わりに回避する。
「おはようございます、蛍さん。本日も可愛らしいですね」
「あ、綾華? ステラの真似をしなくてもいいんだよ?」
すぐ隣では満面の笑みで腕を広げている綾華先輩に、蛍ねぇがたじろいでいた。
捕食されそうになっている姉を助けるべきか否かを考えていると、先輩と目があった。
「ふふ、あら天華さん居たのですね」
「カッチーンっと来たぜ、やんのかコラ」
蛍ねぇが俺を溺愛していることを知っている綾華先輩は、時折冗談混じりに嫌味にも似た軽口を放ってくることがある。怒ったフリを見せたところで、冗談ですよと微笑みが返される。様式美というやつだ。別に仲は悪くない。
「て、天華先輩! た、助けてくださ――」
「バーバラ、いい匂いするね」
「何してんじゃ、ボケ」
助けを求めるバーバラの声に視線を移すと、そこにはバーバラに抱きついてご満悦そうなステラの姿がある。
「はい、そこまで。さっさと離れろ」
「仕方ない」
「……あ、ありがとう! ……って、天華先輩が私のことを身代わりにしたんですよね!?」
あ、やべ、バレた。
むぅ……とむくれてしまったバーバラの頭を撫で繰り回していると、ステラが拗ねた。
「じゃ、行くか」
「え、私は?」
「遅刻するから暇なときにな」
「えぇ……!?」
いつでも拗ねたら甘やかして貰えると思うなよ。また今度、帰りにアイス奢ってやるから今は我慢しろ。
「…………それ、結構甘やかしてるよね?」
「ノーコメントで」
バーバラにジト目を向けられたが、白を切って押し通しました。
✳︎
私立テイワット高校に到着すると蛍ねぇと綾華先輩は三年の教室へ、バーバラは一年の教室へと分かれることになる。駄々を捏ねて俺から離れまいとしていた蛍ねぇを笑顔で引きずって行く綾華先輩の圧は中々のものだった。
ステラと二人で教室に入り、所謂主人公席と呼ばれる位置にある自席へと座る。
隣には既に紫色の髪をツインテールにまとめた少女が座っていた。猫耳のようになった特徴的な髪型が、時にタケノコと余りにもな例えをされることもある彼女の名前は刻晴。
「……今日は遅かったわね」
「普通に寝坊」
「怠慢はいつか自分の身を滅ぼすわよ」
「肝に銘じときます……刻晴は予習?」
「ええ。今は他にやることもないしね」
教科書を開いて自習をしている勤勉な彼女は、真面目でほんのりツンデレ気質な優等生だ。この人の隣の席になると居眠りが許されなくなる代わりに成績が必ず上がるなんて噂があるくらいである。腐った蜜柑理論の逆的な感じの扱いをされていて、少し面白い。
「…………俺もちょっとは勉強しようかなぁ」
刻晴の姿を横目にそんな独り言を溢すと、背後から嘲るようなトーンの声が聞こえた。
「馬鹿じゃない? その場限りの努力なんて付け焼き刃にもならないでしょ。相手の頭の出来が自分と違うことがどうしてわからないのかな?」
声の主は俺の前の席へと座り、どこか試すような目でこちらを見てくる。
そんな目で見ても何も出やしないんだけどなぁと複雑な気持ちのまま、彼の視線を正面から受け止めた。
「……相変わらず口が悪いなぁ、笠っちくんは」
「ふん……その呼び方、僕は一度だって認めたことはないんだけど」
「まぁ、認めてたら逆にびっくりだよね。誰だお前って感じするもん」
笠っち。
目の前の少年がそう呼ばれているのは、確か彼の近隣住民のお姉さんが「笠っちくん」と彼のことを呼んでいたから、だっただろうか。
おねショタの匂いがするッ!? と、その話を聞いたステラが妙にハイテンションになっていたのが懐かしい。何の気配を察知してんだ、お前は。
しばらく二人で軽口を叩き合っていると予習に一区切りついたらしい刻晴が、不思議なものを見るような目で俺たちを見ていた。
「君たち、どう見ても相性がよさそうには見えないけど仲良いわよね」
「直球だなぁ……確かに、食物連鎖の表で見れば二段階は差があると思うけどさ」
「……そこまでは言ってないんだけど」
え、そういう話じゃないの?
自虐損じゃないですか、やだもう。
「仲がいい、か。そんな風に見られているとは屈辱だよ」
「ほんとに口わっっるぃなぁ……」
冗談ではなさそうな笠っちの文句に苦笑いを浮かべていると、教室へ担任の教師が入ってきた。
「――静粛に」
「…………こっっっわ」
「何か言ったか、天華殿」
「いえ何も」
無表情のまま問い詰めてくるスタイル……うちの脳内同居人を思い出すのでやめていただきたい。
教卓の前に立ったのは、長い白髪を持った体格の良い男性――ヌヴィレット先生だった。
その威厳さたるや、口の減らない悪ガキこと笠っちくんですら渋々とはいえ指示に従っているのだから恐ろしい。もう一人の悪ガキ? あのアホなら空気読まずに特攻しかけてるけど、どうなっても知らん。「玉ねぎ切ったことある?」じゃねぇんだよ。
「よろしい。では、手短に。話を始めよう」
とてもではないが和やかとは言い難い空気の中、ヌヴィレット先生は本日の連絡事項を淡々と述べていくのだった。
「やはりヌヴィレットにはまだユーモアが足りないな。今度会ったときにこう伝えてみよう。『貴方にはより多くのユーモアが必要だ』とな」
「…………」
「どうした。わかりにくかったか? つまりこれはyouとmoreをだな――」
「はいはい、そこまで。頭が痛くなるようなことを教えるのが教師じゃないんだから。君みたいな生徒が増えたらどうしてくれるんだい、セノ」
「ティナリか。どうだ、今のギャグは? 面白くなかったか?」
「……君は本当にこの点においてだけは無敵だよね」
授業終わりに英語担当のセノ先生が暴走することはよくあることであり、そこに通りがかった現国担当のティナリ先生が彼を回収していくのも見慣れた光景だ。
ギャグが面白いのではなく、真面目な顔で『面白くないか?』と詰め寄ってくるセノ先生が面白い。
そこで笑ってしまうのがセノ先生の悪癖を増長させれてしまっているのかもしれないが、面白いものは面白いので仕方ないよね。
✳︎
さて、そんなこんなで授業を終えまして、時刻は正午。皆、大好きお昼休みです。
刻晴が学園長の凝光さんに何やら雑用を頼まれている、と言って弁当を持って教室を出て行ってしまったのでぼっち飯に甘んじていると、当然のような顔をしてステラが俺の前の席へと座る。席の持ち主である笠っちは別の理由で退席済みだ。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………何か面白い話して」
「クソほど雑な振りやめい。別にいいだろ、気まずくないし」
「…………そう、だね…………ふふ」
「え、何で上機嫌になってんの?」
「わかってない方が天華らしいから教えない」
「えぇ……?」
長い付き合いなんだから一々無言の時間があっても気にしないだろ、とそんな当たり前のことを伝えただけでステラは上機嫌になる。不機嫌になられるよりはマシだが、理由に心当たりがないと少し不気味なんだよなぁ。
しばらく、二人で昼食を取っているとガラリと教室のドアが開いた。
やってきたのは三人の顔見知り。
「あ、天華! ……とステラ。一緒にご飯食べているんだね、私もいい?」
にっこにこの蛍ねぇ。普段は綾華先輩と食事をしているはずだけど……あ、綾華先輩が生徒会の手伝いをしてる? ジン生徒会長、ほっとくと倒れるまで働くらしいもんね。
そして――
「…………彼は……もう居ませんか」
「妾が初めに言った通りじゃろ。はぁ……汝もあやつも臆病が過ぎる」
「そ、それは、その……私たちにも事情があって……」
「まったく女々しく、いじらしいものよな。料理はできぬ癖にのう」
「りょ、料理は関係ないでしょう!? それを言ったら、神子! あなたの方だっていつも食べてばかりで――」
「妾は汝と違って出来ぬのではなく、やらぬのだ。暗黒物質生成機と一緒にするでない」
そこに居たのは雷電影先輩と八重神子先輩だった。
何してんだろ、このないすばでぃーな先輩たち。いや、多分笠っちに会いに来たんだろうけどさ……あいつ、とことん年上に縁があるやつだなぁ。普通に羨ましい。
「ふんっ!」
「痛いっ!? なんで!?」
え、鼻の下伸びてた? マジかよ、なおそ。
……蛍ねぇは何で撫でてくるのさ。そのままでいい? 何の話です?
「ということで邪魔するぞ」
「お、お邪魔しますね、天華さん」
「何がということでわからないけど、どうぞ」
影さんは可愛いなぁ。脳筋だけど。
「これだけわかりやすいのも癪じゃの。影のこと以外は眼中にないか?」
「いえとんでも無いです。神子先輩もお綺麗です! お世辞抜きで!」
「ふむ……汝の言葉に嘘偽りがないことは知っておるが、もう一声どうじゃ?」
「えっと……神子先輩は綺麗なだけじゃなくて、お茶目なところも可愛いくて、どんなときでも余裕綽々な底知れなさが頼り強いですよね! 一緒にいてくれると安心感が段違いですし、かと言って全く隙がないわけでもなく、素の表情が見え隠れしているのを見るとギャップが良いですし、それを隠そうとしている姿がいじらしくてですね……あっ! それと腹黒そうに露悪的に振る舞った上で、善人なのが隠せてないところとかも――」
「…………天華、もうよい」
「――え? まだ全然でますけど」
「妾がよいと言ったらよいのじゃ。それとも、妾たちがお腹を空かせたまま授業を受けるところを見たいというのなら構わんが」
「す、すいません! どーぞ、食事に移ってください」
…………いやぁ、スッキリした。
こんな機会でもないと褒め言葉なんて言えないからな。変に思われないようになるべく抑え気味に褒め称えてみたけど、大丈夫だったかな?
「…………天華、お姉ちゃんは弟をそんなすけこましさんに育てた覚えはないよ」
「何の話です???」
「天華、今の私にもやって」
「やだよ、別に言わなくてもわかるでしょ」
「――――っ!!!」
「抱きついてくるんじゃない! あ、こら、離れろ! ご飯食べれないだろ」
怖い目をしている蛍ねぇと抱きついてきたステラの相手を務めていると、先輩二人組が何かを話している。正直、聞き取る余裕はないが。
「……予想外のことが起こると、でしたか? 確かに天華さんの言う通りですね、神子」
「………………あまり妾を揶揄うでないわ、元引きこもりが生意気じゃの」
「引きこもりって言わないでください!」
二人で騒いでいる様を見ていると、本当に彼女らが『大人びた美人の先輩』という校内認識を受けているのか怪しくなってくる。
個人的には親しみやすくていいとは思うけど。
……大人びた先輩、ね。
本当に居るのだろうか、そんな人。
何人かいる知り合いを頭の中に浮かべる。
『何の用じゃ? ふむふむ、なるほど。わしに任せておけ! 後輩の面倒を見るのは先達者の義務だからな、遠慮するでないぞ』
頼りにはなるが完全に年下か同学年にしか見えないツインテの先輩。
『い、いりませんよ……そんな、か、菓子パン一つで私に何をさせるつもりなんですか……!? え、タダ? ご飯は食べた方がいい、ですか……そ、その…………では、今回だけ! 収入が入ったら、直ぐに何か奢りますので、今だけ! ……い、いただきます』
常に素寒貧な天文部の部長さん。
『よう、天華! 今日こそは俺様のカブトムシとお前のギラファ、どっちが強いか勝負しようぜ!』
何故か俺がギラファノコギリクワガタを飼っていると勘違いしているガタイのいい鬼。因みに、デマを流したのは灰髪の野良犬だと既に通報が届いている。お前は何がしたいんだ、ステラ。
うん。心の底から尊敬できる相手が見当たらない……強いて言えばファルザン先輩なんだろうけど――
「……し、失礼します。天華さんはいらっしゃるでしょうか?」
思考に耽っていると澄んだ柔らかい声の持ち主が俺のことを呼んでいた。
入り口の方へと顔を向け、それから心の中で一つの納得を得る。
……まだ、この人が残っていた。
「はい、ここです! ここっ! どうかしましたか、甘雨ちゃん先輩?」
目が合った瞬間、他クラスに入るのに慣れていないためか少し緊張していた彼女の表情が柔らかくなったのがわかった。
「よかったです。本日の委員会活動についてのお知らせがあるのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
「全然大丈夫っすよ、超暇してるので」
「「ふんっ!!!」」
「二人同時は聞いてない!?」
蛍ねぇとステラから肘打ちを叩き込まれたけど、ぼくはげんきです。
✳︎
「あっ、天華さま! こんにちは。本日は日差しが強いので、気分を害されないように気をつけてくださいね。もし、少しでも大変だと思ったときは、いつでも私に声をかけてください!」
「あはは、ありがとね。気をつける。今日もノエルは可愛いなぁ」
「そ、そんな、可愛いだなんて……私には勿体無いお言葉です」
甘雨ちゃん先輩が教えてくれたのは、俺が所属している園芸委員の仕事のペアが変更になるというものだった。元々は別の相手と二人で花壇の世話をする予定だったが、代役として後輩のノエルが来てくれることになったのだとか。「任せきりは申し訳ないので」と甘雨ちゃん先輩も生徒会の仕事を手伝った後に合流してくれるらしい……仕事量の異常さには目を瞑ることにする。ノエルが彼女に憧れないようにしなくては。
「……よっと」
「あっ、天華さま! ジョウロは私が持ちますよ、天華さまはホースを使ってください!」
「の、ノエル? 流石の俺もジョウロくらいなら持てるんだけど……」
「いえ、無理はいけません! 私、体力だけには自信があるので!」
かなり大きなテイワット高校だが至る所に花壇があり、そのどこにだってホースがついているわけではない。
古典的だが、大きなジョウロに水を注いで人力で花に水をやるのが園芸委員の役割だった。
「じゃあ、半分くらいで交代しようか」
「…………そう、ですね」
「すっごい、不満そうだね……」
むぅ、と頬を膨らませるノエルの姿は意外と珍しいものだ。可愛いなぁ」と思いつつ、何故か頬を赤くした彼女と校内の花壇を巡る。
「ちょっとしたデートだね」
「でっ――で、ででデート、ですか!?」
「すんごい動揺するじゃん、ごめんね? セクハラだったわ普通に。死ぬね」
「死んじゃダメです!」
ノエルや甘雨ちゃん先輩、あとはニィロウ、アンバーあたりを相手にすると、相手のモテ度が滅茶苦茶高いのがわかりきっているので、気軽に玉砕できて楽しい。自信を持って、こんなにモテそうな子が俺なんかを意識するはずがないって思えるからこそ、気軽に話しかけにいけるんだよなぁ。
「ちゃんと聞いてますか? 冗談でも、天華さまの口から死ぬなんて言葉は聞きたくありません」
「ごめん、不謹慎だった……そんな気にしなくてもいいのに。優しいね、ノエルは」
「…………天華さまのバカ」
「え、なんか言った?」
珍しくノエルが拗ねてしまったのであの手この手で懐柔しようと頑張っていると、息を切らした甘雨ちゃん先輩がやってきた。
「……す、すいません! 生徒会の仕事が長引いてしまいまして、大丈夫でしたか?」
「んー? 問題は特に……あ、ノエルが拗ね――」
「天華さま! コホンっ、そ、その、順調に作業を進められていますよ。ほ、本当です!」
顔を赤くしたノエルに口を塞がれてしまい、もごもごしていると甘雨ちゃん先輩が息を漏らした。その息にどことなく哀愁感を覚えて、首を傾げる。
ノエルも何かおかしな気配を感じたのか、俺の口から手を離した。
「……どうかした、先輩?」
「――ぇ、いえ、私は……大丈夫ですが?」
困惑気味の甘雨ちゃん先輩の顔からして、嘘をついているという様子には見えない。
彼女自身にもわからないような引っかかりのようなものがあったのだろうか。
「……まぁ、いっか。何かあったら言ってくださいね? 俺にできることなら何でもするんで」
「……何でも、ですか? あまり簡単に自分のことを安売りしない方がいいですよ?」
「そうです。天華さまは少し無防備過ぎるところがありますから」
優しく俺を嗜める甘雨ちゃん先輩に、ノエルが大きく頷いて同意を示す。
「んー、別に、ノエルにも甘雨ちゃん先輩にも何を言われても構わないからそう言ってるんだけど。俺だって、誰にでも言ってるわけじゃないからね?」
神子先輩とかステラにはちょっと躊躇うし。いや、最終的な結論としては言っても構わないになるんだけどさ。
ステラ曰く基本的に俺は他人に甘いらしい。まあ、平気で裏切られたこともあるからなぁ……確かにそういう意味では絶好のカモなのかもしれない。
ただ彼女らが俺を裏切るとは思えないし、なんなら裏切られても構わないとすら思っている。重いって言われるだろうから、口にはしないけど。
「……ノエルさん、今までよく二人きりで居られましたね?」
「が、頑張りました……!」
小声で何かを話している二人に花壇の水やりの続きをしようと声をかける。
和やかに、穏やかな気持ちのまま、俺たちは三人で委員の仕事を全うしたのだった。
✳︎
夕焼けに染まった空を眺めて、たった一人で帰路につく。
自然と笑顔になるのが止められない。
幸せだなぁとしみじみ思っていた。
今日の出来事をぼんやりと思い返したりなどして、のんびりと歩いていると自分の斜め後ろに伸びていた影に目が留まった。
――――ザザッ
ノイズが走る。
ブレたのは視界か、世界か、それとも思考か。
たまらず、足を止めた。
けれど、その影は止まらず前へと進み続ける。
――ザザッ
ノイズ。
あたまが、いたむ。
フィルターが外れるような、世界が破けるような。
そんな幻覚を見た。
――ザザッ
三度目のノイズの後。
ピシャリと。
ガラスの割れるような――
虚構の剥がれ落ちる音が聞こえた。
気がつけば俺を置いて行ったその影が、目の前で人型を模るようにして集まっていた。
『楽しい楽しい素晴らしい日常だね』
頭の中に声が響いた。
嘲るような、愛おしむような、巫山戯た笑いが世界の中に反響する。
『戦いはない。争いもない。どこにも敵が存在しないクソみたいな世界。最高にくだらない君の理想郷。つまらないなぁ』
影は蠢き、より精巧な形へと姿を変える。
それは何度も俺が見た自分の姿。
少女のような見た目の歪なほどに美しい何かだった。
彼は問う。
『それで? その夢を、いつまで君は見ているんだい?』
彼は笑う。
『みっともなく逃げるなよ。早く現実を見た方がいい』
彼は呪う。
『待っているのが凄惨な最期だとしても、それを決めたのはお前自身だろう?』
最後に、彼はこちらに手を差し出した。
『さぁ、せめてもの手向けだ。断頭台までのエスコートを請け負おう』
そこにあったのは自分の意思か、それとも決して逃れられることのない運命の導きか。
手を模したその影に、俺はゆっくりと手を伸ばしていく。
手と手が触れる。
甘い甘い夢の終わりが、訪れる。
その直前――
「かぁぁぁぁあああっとぉぉぉおおお!!!!!!」
もはや怒鳴り声と言ってもいいほどの絶叫が、映影の撮影現場へと響き渡った。
『おや?』
「ありゃ?」
「おや? じゃない! ありゃ? でもない! いったい何をどうしたらあんな狂気じみたシーンを撮影することになるんだい!? 君たち、どんなセンスをしているんだ!?」
困惑いっぱい、恐怖ちょっとの感情のまま、そう叫んでいるのは今回の映影の撮影監督を任されているフリーナだった。
『私が聞いたのは、死別した家族や友人たちの登場する夢から覚めるシーンとのことでしたが』
「俺は現実逃避して夢に篭っている意気地なしを演じたつもりだったんだけど」
影役のカナタと俺が平然とした口調でそう言うと、フリーナは頭を抱えてしまう。
「何で状況の理解はできているはずなのに、ああなるんだ? 今回の映影では自然さを大事にしたかったから無理にセリフを作らなかったのが原因? でも、これまでは完璧に――」
「ちょっと落ち着けよ、フリーナちゃん。飴舐める?」
『パスタ茹でましょうか?』
「アドリブの余地がないぐらいに台本を書き込んでいるところだから、どっか行っててくれないかなぁ!? 今度から君たちが揃った瞬間、ポンコツ化するってメモに書いておくことにするよ!」
「わぁ、怖い」
『退散しましょう、退散』
あまり彼女を弄りすぎるのもよろしくない。
ほどぼどにしなければ、どこからともなく現れるジェントルマン・アッシャーに叱られてしまう。
ガリガリと勢いよく台本にペンを入れていくフリーナを遠めに見ながら、カナタと二人でここ数週間の出来事を振り返っていた。
各地を巡り、時間があると隙を見せた友人を片っ端から捕まえては映影のキャストとして参加してもらったのである。
「それにしても、出演者だけで天下取れそうなラインナップだよな」
『本当です。ですが、相応しいとは思います』
「……相応しい?」
『はい、相応しいです』
一拍置いて、カナタが言う。
『貴方の結んだ繋がりが、この映影の全てを作っています。何物にも変え難い、貴方への報酬です』
「…………そうだな。うん、俺たち超すげぇ」
『調子に乗れとは言ってませんが』
「今乗らずにいつ乗れって話だろ」
『それもそうですかね……』
夕陽が眩しいと思った。
その眩しさをどこか嬉しく感じていることに気がついて、笑みをこぼす。
次にフリーナが声をかけてくるまで、俺たちはずっと無言で空を見上げていた。
これはそう。
きっと、いつかどこかであったかもしれない、そんなエンディング後の物語。
出演者。
監督・フリーナ
主人公・天華
母・ロザリン・クルーズチカ・ローエファルタ
姉・蛍
妹・ロサリア
ペット兼非常食・パイモン
幼馴染・ステラ
・神里綾華
同級生・放浪者
・刻晴
教師・ヌヴィレット
・セノ
・ティナリ
後輩・ノエル
・バーバラ
先輩・雷電影&八重神子
・ファルザン
・荒瀧一斗
・甘雨
・ジン
・モナ
学園長・凝光
謎の影・カナタ
ゲスト出演 近所のお姉さん・???
余談ですが、最終章は稲妻の予定。(爆弾投下)
原神とスタレ 本作読者の履修状況確認用
-
両方やってる!
-
原神だけ!
-
スタレだけ!
-
どっちも知らんが読んでやろう!