「セシリアの花を取ってきて欲しい?」
「うん。グレイスに頼まれたんだけど、どこにある?」
「案内はできるけど、少し遠いな……ま、いいぞ。結局、教会に寝泊まりさせて貰ってるわけだしな」
モンドにやってきてから数日が経った。
未だ、灰髪の少女の名付けはできていない。
朝、目覚めてから顔を洗い、教会へ戻ってくると、同じようなタイミングで目を覚ましていた彼女が依頼を抱えてやってきた。
グレイスとは教会のシスターさんであり、俺たちにとっては頭の上がらぬ相手。
俺や灰髪さんは教会に滞在させて貰う代わりに掃除などの雑用をこなしていたのだが、その延長線上にある頼み事というわけだろうか。
「途中、魔物に遭遇すると思うけど……これ、冒険者への依頼だったりしないか?」
「私は強いから大丈夫」
「なるほど、お前が原因か」
大方、何か困っていそうなグレイスの事情に彼女が強引に首を突っ込んだのだろう。
「……期限はいつまでだ?」
「明後日の朝までに5本くらいあれば、十分だって」
「おけ。そんじゃ、今日は早めに外に出るか」
「お弁当、サラに作って貰おう」
鹿狩りの料理を彼女は、随分と気に入ったらしい。
前世での食事を知っている俺からすると、味付けが少々濃いように感じてしまうのだが、美味しいことには変わりない。
「賛成」の一言を返して、鹿狩りへと向かうことにする。
「あ、天華さんと……えっと、お姉さん? おはよう! 今日もどこかに出かけるの?」
そして、丁度教会から出たところで、天使の姿が視界の中へと入り込んだ。
ふわふわの髪、柔らかな響きの声。
華奢で庇護欲を掻き立てるその姿は、まさにアイドルそのものだ。
「……っ! ば、バーバラさん!? おはようございます」
「おはよう、バーバラ」
焦りを多分に含み裏返ったその声と、淡々とした冷静な声は残酷なまでに対照的であった。
何でそんなにキョドっているのと言わんばかりの目つきで灰髪の彼女は、こちらを睨みつけてきている。
逆にお前、なんでこの天使のような笑顔を前にして平常心でいられるの? バカなの、死ぬの?
「今日はセシリアの花? を探しに行く予定」
「そうなんだ。なら、星拾いの崖の方だね! 二人で行くの?」
「そのつもり。大丈夫だよ、私は強いから」
「そういう問題なのかな? 本当は手伝えたら良かったんだけど、今日は私忙しくって……もし、怪我をしちゃったらすぐに私の所に来てね!」
お前の自信はどこから来るんだと聞き返したい気もしたが、この前の戦闘の様子を見ていると強ち誇張でもなさそうなのが恐ろしいところだ。
「じゃ、じゃあ、バーバラさんの時間を奪ってしまうのもアレなので、俺たちはこのぐらいで――」
「あ、待って! 天華さん、ちょっとこっちに来て」
「ぴぇ……!??!?」
推しは影から推すに限る、と退散しようとした所で腕を掴まれた。
ゔぇッ!? 腕を掴まれた???
変な声出たんだけど、死にたい。
待って、死にたくない。何この夢みたいな状態、今なら死んでもいいんだけど。
あ、やっべ、意識飛ぶ。
無理無理無理無理、なんか滅茶苦茶手が柔らかいんだけど、意外と冷やっこくて気持ちいいとかやばいやばいやばいやばい――
『感知:精神異常 提言:バカやってないで起きろ』
「…………ハッ!?」
意識がバグり散らかし乱れまくったところをチートさんに救われた。
どうにかして正常な思考を取り戻し、現実世界へ意識が回帰する。
「…………だからね、しっかり考えて決めてあげて欲しいんだ」
直後、耳にした囁き声。
「えっと、ちゃんと聞いてる? 天華さん?」
どうやら、おれはいま、ばーばらさまにみみもとでなにかをささやかれているところみたい。
折角取り戻したはずの意識が溶けて落ちていくのがわかった。
無理無理、絶対無理。
推しの過剰摂取。
完全に、致死量を超過している。
「あれ? 天華さん、大丈夫!? 顔が、真っ赤になって……」
「バーバラ」
「あ、お姉さん! 天華さんが急に――」
「大丈夫。私が見るから、バーバラは自分の仕事に戻っていいよ」
「え、でも、もし体調を崩しちゃったのなら、私が看病をしてあげないと――」
「本当に、大丈夫。よくあることだから、私に任せて」
遠くなる意識の中で。
「…………幾ら何でもデレデレしすぎ」
不機嫌度マックスな誰かさんの声が聞こえた。
✳︎
ゆらゆらと一定のリズムで身体が揺れている。
そよ風が頬を撫でる。
心地の良い感覚にいつまでも身を委ねていたい。
「…………」
「あ、やっと起きた?」
微睡みを繰り返そうとする思考は、彼女の声で覚醒した。
視界いっぱいの灰色。
ほんのりと甘い匂いが脳へと鈍い刺激を与えてくる。
「起きたなら、自分で歩いて?」
「…………ッ!?」
状況の把握に手間取っていたが、彼女の言葉で現状を完全に理解した。
年甲斐もなく、俺は彼女におんぶで運ばれていたのだ。
「離れたくないなら考えるけど」
「下りる! 下りるから、離して!」
「感謝は?」
「ありがとうございました! さっさと下ろしてくだせぇな!」
「仕方ない」
どことなく上機嫌な彼女の背から降りて、辺りを見渡した。
巨木が右手側に見える。
恐らく、モンド城から真っ直ぐ道なりに歩いてきたのだろう。
「地図よろ」
『はい、これ』
「急に聞き覚えのあるフレーズ使わないで?」
チートさんに頼んで現在地の詳細を確認していくと、あと少しでクロリス(モンド特産品を売ってくれるNPC)の出没ゾーンを通り過ぎようというところだった。
「…………いない、か」
「どうかした?」
「いや、大したことじゃない」
やはり、全てがゲームと同じというわけではないのだろう。
そもそもゲームと全く同じであるのなら、セシリアの花はフローラから買うだけでいい。
「流石に群生地は変わってないと思うけど」
「……チートさんって、本当に何でも知ってるんだね」
少しの間考え込んでいると、灰髪さんが何やら含みのある視線を投げかけてきた。
「……まあ、そうみたいだな」
「説明を聞いただけだと百科事典みたいなのを想像してたけど、あんたの話し方はまるで自分が経験したことを思い出しているみたい」
「…………気のせいだろ」
「……そう。なら気のせいだね」
なんだこの子、滅茶苦茶鋭いんだけど。
直感か? 一発で核心を突いてきたんだが。
『提言:迂闊な発言は慎むべき』
「……わかってるよ」
チートさんの言う通りだ。
これ以上、俺がこの世界の事情を知っていることを悟られてはいけない。
どれだけ灰髪の彼女の姿に見覚えがないとしても、ネームド顔負けのキャラデザからして、彼女がこの世界において重要な役割を持つ存在であるのは想像に容易い。
そうでなくとも、彼女がこの世界の人間であることだけは変わらぬ事実だ。
この世界がツクリモノであること。
それを知って、今まで通りに生活を送ることなど、誰であろうと出来はしない。
「……天華、置いてくよ」
「おっと、悪い。今、行く」
少し前を行っていた彼女に声をかけられ、意識を現実に戻した。
慌てて追いかけ、ついでに意識をセシリアの花を採取するという目標に集中させ直す。
「そうだ、今のうちにコレを」
「……金属バット。敵がいるの?」
「チートさんが警戒しておけ、だってさ」
星拾いの崖に向かう上で気をつけなければならないポイントは幾つかある。
その内の一つが、この先にある。
ヒルチャールたちが少しずつ姿を見せ始める坂道を登ると、大きな水溜まりと表した方が良さそうな池(仮)がある。
あくまでゲームの話だが、ボロボロの柱に囲まれたその場所に
まあ、クロリス同様、いない可能性も十二分に考えられるんですけどね。
というか、いないと嬉しいなぁ。
そんな思考を嘲笑うかのように、その声が俺の耳へと飛び込んできた。
らーん、らーん、るー!
直後、目の前の空間が一気に冷たくなったのを肌で感じ取る。
「……! 前方、注意して!」
「わかった。天華は下がって。けど、離れ過ぎないで!」
ああ、くそ。
お前は居るのかよ、モフモフ害悪氷アビス。
豊穣開花パでアホほど手間取ったトラウマは今も尚、頭の片隅にこびりついている。
灰髪の少女が前に出る。
右手にバットを携えて、アビスの魔術師に立ち向かう。
ふと、冷静になった思考の中である疑問が頭をもたげた。
神の目ないけど、物理で倒すつもり?
エウルアでも目指すのかな?
砕く。砕く。砕く。砕く。
放たれる氷の礫。
その全てを叩き落とし、砕き割る。
息が切れ始めても、その動きに鈍りはない。
否。
むしろ、その逆だ。
そのパフォーマンスは上がり続けている。
まるで、遅れを取り戻すかのように。
本来、あるべき姿へとその形を変えていくかのように。
金の瞳が、煌々と光を灯す。
痺れを切らしたのかアビスの魔術師が氷の礫を撃ち続けるのをやめ、転移をするために動きを止めた。
「させ、ない」
息もさせぬ間に距離を詰め、金属バットを氷のシールドへと叩き込む。
「…………ッ、思ったよりも硬いんだね、それ」
それは、偏に相性の問題だった。
完全な形での攻撃。
アビスの魔術師の意識を外れるほどの速度、キレで打ち込まれた一撃は、けれど氷のシールドによって完全に阻まれる。
アビスの魔術師は自身の防御に、有利を悟った。
転移をやめ、回避すらをもやめて、その場でリズムを取りながら、踊りにも似た奇妙なステップを刻み始める。
直後、灰髪の少女は、自身が氷の礫で作られた渦に巻き込まれたことに気がついた。
「それ、は……少し、面倒かな」
退くか、強引に攻撃を続けるか。
一瞬の逡巡。
距離感は――変えない。
結論は攻勢を強める、だった。
氷の渦。
その中で舞いを踊るが如く、少女は攻撃のテンポを引き上げた。
連打に次ぐ連打。
正気に思えぬ、狂乱舞。
「……ふふ、あはは」
思考が冴え渡り、感覚は研ぎ澄まされる。
急速に、戦闘行為に関する経験値が積み上がっていくような感覚。
いや、どちらかといえば、今まで眠っていた全ての経験値が一斉に目覚めていき、持っていた能力を思い出していくような感覚。
数えることすら出来ないほどの連打の果てに、氷のシールドにヒビが入った。
丁度、そのタイミングで彼女の集中は最高潮に達しようとしていた。
『感知:■■■■「■」の臨界到達 権限解放:第一の鍵 ■■の運命』
声が聞こえた。
どこか無機質な、淡々としたそんな声が。
其れこそは、神が与えた無辜なる餞別。
在り得た未来、潰えた世界の残響を以て、未だ閉ざされた未知なる運命を
少女の手にしたバットが輝きを放つ。
彼女は何かに導かれるようにして、言の葉を紡いだ。
『「ルールは、破るためにある」』
膨大なエネルギーの増幅は、蒼の雷となって世界へその形を示す。
蒼雷と閃光を見に纏い、灰髪の少女はアビスの魔術師へとバットを向ける。
何かがおかしいと、本能からの逃走を図ろうとしたアビスの魔術師だが、その行動はあまりにも遅すぎた。
「これで――終わり、だよ」
閃光が奔る。
直後、豪快な破砕音を響かせて、その戦いは幕引きとなった。
息が詰まるような感覚だった。
意識がグチャグチャに溶け落ちて、身体なんて忘れて、思考なんて解けてしまって。
そんな何もない世界の中で、彼女だけを見ていた。
彼女だけが、唯一の彩だった。
夜を焦がす一条の箒星のように。
ただただ、見惚れていた。
言葉になんて表したくない。
それだけで、彼女のことを貶めてしまいそうだったから。
それほどに鮮烈な閃光を、ただひたすらに眺め続けていた。
✳︎
「ここであってる?」
「おう、バッチリ。星拾いの崖に到着だ。セシリアの花なら少し探せば見つかると思うぞ」
なんだかんだと想定よりも移動に時間はかかってしまい、俺たちが星拾いの崖に到着したのは、空に真ん丸お月様が浮かんでいる頃だった。
アレが本当の月なのかは知らんが、太陽があるのだから月でいいのだろう。
地球とかテイワットとか、グチャグチャとした矛盾が生まれそうでアレだが、ご都合主義ってことで放っておくことにしよう。
ゲームでは夜になると星拾いの崖にバカップルが出没していたりしたのだが、どうやら今日はいないようだ。
まあ、あそこまで二人っきりの世界を作られては、落ち着いて花の採取なんかできたものではない。
今回は居なくてよかった、と思っておこう。
「ミニマップに表示とかできないの?」
『解:可能です』
「できれば、早めに言って欲しかったかな」
『なら最初から聞けボケナス』
「急に当たり強くない? ごめんね?」
チートさんにマップに特産品の採取マークを表示してもらい、その通りにセシリアの花の捜索を行う。
灰髪の少女といえば、何やらポカンと空を見上げ続けているので、花の採取ぐらいは俺がやることにした。
まあ、戦闘は全て丸投げにしているからね。
これぐらいは俺がやるのが筋だろう。
「よし。これで、五本目っと」
インベントリに五本目のセシリアの花を突っ込んでから、数が足りているか再度確認をする……うん、おっけー。
チートさんってば、マジで便利。
地味とか言ってごめんね、神様には感謝しかないわ。
「おい、回収したぞ」
「……ぁ、もう、終わった? 早かったね」
「確かに早かったが、お前が空を眺めていた時間が長かったのもあるぞ……何かあったかの?」
灰髪の少女は、俺の質問に首を横に振った。
少女は再び、空へと視線を移す。
その横顔を、酷く美しいものだと感じた。
「何もない……何もない、はずなの」
その声は、震えていた。
その瞳は、僅かに潤んでいるように見えた。
「何でだろう……この夜空を見ていると、空に浮かぶ星々を見ていると、何だか胸騒ぎがするの」
少女は空へと手を伸ばす。
夜空を彩る輝きの数々を掻き集めるかのように。
何か大切なものを、追い求めるかのように。
「何かが、足りない気がする。何かが、欠けている気がする……それが何なのかわからない。だと言うのに――それが、手に入らないことだけは、確信をもって断言できるんだ」
彼女が、ゆっくりと瞼を下ろした。
次にこちらを向いた彼女の瞳には、俺の姿が真っ直ぐに映っていた。
「天華、私に名前をつけてほしい」
満天の星空。
真摯な願い。
月下、少女の独白は続く。
「何も思い出せないし、うまく伝えられないけど……私はきっと『誰か』だった。そこには役割があって、理由があって、立場があって――そんな『誰か』に、私は成り損ねた」
このとき、どうしてこの少女があんなにも名前を付けて貰うことに執着していたのかが、ようやく分かった気がした。
名前を呼んで欲しいだけならば、自分で好きな名前を名乗るだけでよかった。
お前は、名前が欲しかったんじゃない。
誰かに、認めて欲しかったんだ。
「『誰か』に成れなかったことを悔やんでいるわけじゃない。『誰か』に成り損ねた私で居続けることに、私は耐えきれない」
ご老体の話は、よく聞くべきだった。
そんな当たり前の話を、まさかこんなタイミングで実感するとは思わなかった。
なぁ、神様。お前、俺に何を託したんだ?
「不完全で、不確かで――今も『誰か』の影で居続けている『私』を、あんたの手で殺して欲しい」
その条件に違反したのなら、いつか謝る。
けれど、託されたものが彼女であるというのならば。
彼女の願いを、俺は叶えたい。
「――――美しいと思った」
「……ぇ?」
「お前が戦う姿を見て、カッコいいと思った」
「…………」
だって、ほら。
お前は、俺の理想みたいな存在だったから。
「願い焦がれた憧憬は、俺の思い描いた転生体はお前みたいな人だった」
神の目を持っていないのに、特別な力を持っている。
それは、まるで旅人のようで。
彼女は、選ばれた人間のように見えた。
「お前は、俺にとっての星なんだ」
星拾いの崖。
名前をつけるにはこれ以上にない場所だ。
「何の捻りもない安直な名前でいいのか?」
「うん。その方が、あんたらしくていい」
じゃあ、そうしよう。
「お前の名前は――――」
✳︎
「ふふ、それでね、天華って恥ずかしがり屋だから、今でも私の名前を呼ぼうとするとき、少し緊張してるんだよ」
「…………そう」
「あれ、なんか反応薄くない? ねえ、ロサリアー?」
「君、日に日に鬱陶しくなっていくわね……少しは彼を見習ったらどう?」
「え、天華を見習う? その冗談はちょっとどうかと思う」
「……辛辣ね。いえ、それが前の君の普通だったのかしら?」
「前も何も、私は私のままだけど」
「君がそう思っているのなら、それでもいいわ……さて、そろそろ行くわ。でないと、バーバラに見つかっちゃう」
「……相変わらずのサボり魔だね」
「君たちが働き者なだけでしょう……それじゃあね、ステラ。惚気も程々にしておきなさい」
キリがよいので、一旦ここまで。
私生活が忙しいので、反応が良ければまた続きを書きます。
少しでも面白いと感じてくださった方は、気軽に評価等していただけると幸いです。
原神とスタレ 本作読者の履修状況確認用
-
両方やってる!
-
原神だけ!
-
スタレだけ!
-
どっちも知らんが読んでやろう!