「最近気がついたんだけど、天華はお酒を飲まないんだね?」
特にやるべきこともない昼下がり。
何をすることもなく二人でダラダラと駄弁っていると、ステラからそんな質問が飛んできた。
「……まあ、未成年だしな」
「未成年?」
「こっちの話。とりあえず、あと数年は飲むつもりがないって認識でいいよ」
「そう? わかった」
正直に言って、お酒の味が気にならないこともない。寧ろ気になる。私、気になります! ってぐらいには気になっている……どこの千反田さんでしょうか。
前世では真面目な学生をやっていた俺に飲酒の経験があるわけもなく、死ぬまでに一度くらいはお酒を飲んでみたかった、なんて考えがないといえば嘘になる。
だが、転生したからといって、前世の記憶が残っている状態で前世の法を破れるかと聞かれたら、なんとも形容のし難い罪悪感を覚えてしまうというのも事実。
……よく考えたら、殺人とか宝盗団相手でも無理だな……もし遭遇したら、ステラの制圧能力に頼ろう。
ちょっと話がズレたな。
酒の話だ。
まあ、結局どうせ2、3年もすれば堂々と飲めるのだから、今直ぐに飲まなくてもいいかな、という結論に落ち着いたのである。
「そんなことを聞くってことは、ステラはお酒に興味があるのか?」
「お酒自体には、別にかな」
「なんか、含みのある言い方だな……他の何に興味があるんだよ?」
「……へぇ、気になる?」
何だ、その返し。
すんごい面倒な女ムーブみたいなことし始めたぞ、コイツ。
「……気になるといえば気になる」
「じゃ、今から街を歩こう。ついてきて」
上機嫌な彼女を見ていると、どこか不安になるのは俺の気のせいだろうか。
まあ、いいか。
どうせやることもないんだし。
暇つぶしぐらいにはなるだろ。
なんて、思っていた時期もありました……あったかなぁ?
「……つまり、この街のゴミ箱は酒飲みの歴史を見事に反映して見せているんだよ!」
「ごめん、もう帰ってもいい?」
いつになくキラキラと瞳を輝かせてそう熱弁するステラを前に、俺は盛大にため息を吐いていた。
俺たちがやってきたのはエンジェルズシェア……から少し離れた路地のゴミ捨て場。
酒飲みの国の名は伊達じゃない。
捨てられたゴミからはゴミ特有の悪臭と、仄かにエールの匂いがした。
「彼らは、ここで待ち続けているの」
「うん。まずゴミ山を彼らって表現するのやめない?」
「朔の暗闇、酔いどれは何かに誘われるようにして彼らの元に辿り着く」
「飲み過ぎたおっさんが、おえーってしにきただけだよね?」
「一度は手中に収めた栄華の全てを一夜にして失い、もはや何も持たぬその男を待っていたのは、ボロボロになりながらも、決してその高尚な志を忘れることのない言わば人生の先導者だった」
「飲んだくれにギャンブラー属性まで重ねちゃったの? 何そのクズの見本市。あと、ゴミ箱だからね? え、ゴミ箱だよね?」
「哀愁を漂わせ、されど誇りを忘れぬ彼は、身寄りなき男にこう告げた」
「はい、待てストップ。そろそろ、一回止まれ。ついにゴミ箱が喋り始めそうになってるから、止まりなさい」
割と強めにペシッとステラの頭を叩くと、ようやく彼女は仰々しい、或いは胡散臭そうなその話し方をやめて、こちらを見る。
「……天華には聞こえないの、この声が」
「聞こえてたまるか。何なんだ、お前のそのゴミ箱への執着心は」
「天華、ゴミ箱にはね、夢が入ってるんだよ」
「ゴミ箱にはゴミしか入ってねえよ、何のためのゴミ箱だよ」
綺麗なゴミも入ってる! じゃねえんだわ。
ゴミはゴミでしかないだろ……え、何その金ピカのゴミ、凄いな。
「私からしたら、バーバラと話してる天華も同じようなものだけど」
「お前今、もしかしてバーバラ様とゴミ箱を同列に扱ったか?」
モンドと俺とジン団長に戦争ふっかけやがったぞ、コイツ。
「…………今、謝ったら許してやるよ」
「そっちこそ。いい加減にデレデレしてるの見るのも、うんざりだったし……良い機会だね」
パキパキと指を鳴らし、ステラはゆっくりと近づいてくる。
戦力差は絶望的。
だが、こちらもオタクとして譲れないものの一つや二つはあるのである。
覚悟を固め、ステラに向かって突撃しようとしたその直前に、その声は路地に響いた。
「僕の店の近くで、あまり騒ぎを起こして欲しくはないんだが……一体こんなところで何をしているんだ、君たちは?」
赤の髪を持つ青年。
旦那こと、ディルックさんがそこにいた。
え、この状況、どうやって説明したらいいんだろう?
✳︎
「……ん、ん。ふぅ、めっちゃ美味いな、この葡萄ジュース!」
「うん。本当に美味しい」
「それはよかった。お代はきちんと頂くけどね」
「流石に負けてもらおうとは考えないよ。手持ちで足りるなら、だけど」
エンジェルズシェアのバーカウンターにディルックの旦那が立っている。
ただそれだけのことだというのに、気をつけていなければ、表情が緩々になってしまいそうだ。
いやはや、まったく美形だなぁ、この人も。
いや、モブ子さんですら美形なこの世界において、プレイアブルキャラたちが魅力的なのはわざわざ言うまでもないことなのだが。
旦那の魅力は、なんといっても時折見せる笑顔のあどけなさにあると思う。
彼の過去の事情を知っている身からすると、ぶっちゃけ、元気で生きていてくれるだけで涙腺が崩壊しそうになるぐらいだ。
ちょっと無邪気さの入った笑顔なんて向けられたときには、昇天不可避。
神様の元へとゴーホームも辞さない所存である。
「勿論、それほど値が張る品ではない。僕が勧めて提供したんだ。子供を罠にかけるようなことはしないとも」
「それはありがたいです……まあ、子供ってほどの年じゃないですけどね」
「…………? 十数歳なら、まだ子供だと思うが」
「あ、俺一応17です。あと、男です」
「……僕はお酒を出したつもりはないんだが」
「酔ってないからね?」
事実を話して酔っ払いと勘違いされるとは、心外である。
まあ、この反応も慣れたと言えば慣れたものであるが。
天華お姉ちゃん! と笑顔で話しかけてくれるクレーについては認識の訂正を諦めた。もう、それでいいよ。可愛いもん。
それと葡萄ジュースはそれなりに高かった。
ディルックさんとは、資産的な面での価値観において多少の差があった模様。
少しの間と、コホンという咳払い。
「それで、君たちはあんな場所で何をしていたんだ?」
まだ若干の懐疑的な視線を向けられている気はするが、俺の容姿問題を呑み込んだのちに、ディルックは本題へと移る。
……この人、こんなにお節介だったか?
なんて思考が脳裏を過ぎたが、同時にどこぞの眼帯男の笑顔も脳の片隅に浮かんできて、この問題について考えるのはやめにした。
まあ、問題の解決に力を貸してくれるというのなら、遠慮なく頼ってみることにしよう。
「ゴミの声が聞こえる、とか言い始めたので叩いたら治るかなと」
「いつも私以外と話しているときにニヤニヤ、デレデレして見苦しいから、一発殴ろうかと」
どんな相談だ、これ?
ステラに至っては、割と理不尽感ない?
そんなにニヤニヤしてるか、俺?
「ついさっきもしてた。ディルックを見てたとき」
「マジでぇ?」
超無自覚。
あ、その目はやめて、ディルックさん。
俺、別に男色の気があるわけじゃないから。
普通に結婚するなら、サラさんみたいな感じの元気で優しい(可能なら)美人の女性がいいので。
「ふんっ」
「ほぎゃる」
叩き込まれるは全力の肘鉄。
みしゃっ、て音したんだけど。
人体からなっちゃいけない音がしたんだけど?
クッッッッソ痛え。
「……だいたいわかった。ゴミがどうのこうの、というのは僕にはわからないが特に問題はないみたいだな」
「あったよ、超あったよ? 今の見てなかった? DVで訴えれるぞ、これ」
現実なので、ギャグ補正とかないからな?
あとでバーバラ様のとこ行かないと普通にやばそう。こんなことで、お手を煩わせたくないんだけどなぁ!?
『もう
「――――な、ッ!? んでもないです」
「……彼は急にどうしたんだ?」
「いつものこと。気にするだけ無駄だよ」
「そうか」
ディルックさんの前なのに、全力でツッコミそうになったから、いきなり小ボケを挟んでくるのはやめてくれないか?
なんか酷い言われようを受けてるぞ、今。
「……おかわり、いい?」
「もう飲み終わったのか…………ん、いいよ。ディルック、ジュースもう一杯貰える?」
「構わない。少し待っていてくれ」
財布には優しくないが、滅多に来ない酒場である。これぐらいは良いだろう。
ちょっとした贅沢を渋るような親にはなりたくないし、なにより、別に今の生活でも実入りがないわけではないからな。
それは主に、ジンさんが気を利かせて幾つかの仕事を俺たちに斡旋してくれているからなのだが。
流石に、そろそろ独り立ちしなくては、という意識が芽生えつつある今日この頃です。
ステラが注文した葡萄ジュースのおかわりをのんびりと待っていると、エンジェルズシェアに誰かが入ってきた。
「……おっと、これは珍しいお客さんだ」
「白々しいな」
「一々、胡散臭いよね」
「ははは、これは手厳しい。酷いじゃないか、俺とお前たちの仲だろ?」
ここまで、会話をすれば相手はきっと誰でもわかる。
ガイアさんである。
「仲の良さはおいといて、まず仕事中では?」
「サボり?」
当たりが若干強いのは、当然ながらこれが原因だった。
他にも、ディルックさんにまで情報を回されていたことに対して、思わないところがないと言えば嘘になるのだが。
「真面目な俺が仕事をサボるわけないだろう? 現に、俺は折角酒場にやってきたというのに、酒の一つも頼んじゃいない」
「……注文をしていないことをそこまで誇らしげに言うとは、自分は客ではないと言っているようなものだと思うが」
ガイアのわかるようなわからん理論に対して、正面から文句をぶつけたのは葡萄ジュースのおかわりを持ってきたディルックである。
客じゃないなら帰れ、と言わんばかりの視線を向けるディルックにガイアは余裕たっぷりの笑みで応える。
うーん、この義兄弟……ほっとけば、一生こんなやり取りやってんじゃねえのか。
「…………この二人、仲が悪いの?」
「さあ、聞いてみたらどうだ?」
「…………面倒臭そうだから、やめとく」
「賢明だな」
うへぇという顔をした後、ステラは葡萄ジュースに口をつけて、満面の笑みを浮かべる。
随分と美味しそうに飲んでくれるものだ。
これはお値段以上。○トリもびっくりだ。
「だん――ディルック、お冷貰える?」
「だん……? 構わないが、どうかしたか?」
「うんにゃ、ただ噛んだだけ」
無意識に、旦那って口から出そうになるのどうにかして欲しい。
呼び方がゲーム時代の記憶に引っ張られる癖をなんとかしなければマズイかもしれない。
仮にアルハイゼンなんかと遭遇した時に、サラッと『配膳』とか呼びそうで怖いぞ。
「それで何の用だ、ガイア」
「用事なら……ふむ、既に済んだようなものだが、天華たちがモンドに馴染めているかを見に来ただけさ。モンドといえば、酒は外せないからな」
「君にとっては残念だが、彼らはまだ酒の味は知らないとのことだ……まあ、いい。用が済んだのなら、出て行って貰おうか」
「相変わらず、お前は細かいことばかりを気にするやつだな」
「君が大雑把すぎるだけだろう」
仏頂面のディルックさんも、良いっすねぇ。
うん、とても良い。
あ、自分でもわかってるから太ももを抓らないでください、ステラさん。
「(原作キャラを眺めながら飲む)水がうめぇ」
「…………一口いる?」
「いらない」
「……そう」
「なんで、今蹴ったの? ねえ、何で?」
おじさん、君のことがわからないよ。
いや、まだピチピチの10代だけどね。
なんというか、心の中のおじさんが露呈したというか……心の中のおじさんって何だ?
結局、ガイアさんはそれから特に何をするわけでもなく、酒場を去っていった。
「お前たちは、本当に仲がいいな」
との言葉を残して。
……お前に言われたくないわ。
✳︎
そんなディルックさんとの初邂逅を果たした後に、俺たちが訪れたのはここ。
「うん、これでもう大丈夫! 酷い打撲だったから、早めに見せに来てくれて良かったよー!」
教会である。
そう。教会である!
……冗談のつもりだったんだけどなぁ。
ステラに何故か殴打された脇腹。
痩せ我慢で、その痛みに耐えていたのだが、速攻でステラにバレて連行されました。
……流石に、マッチポンプが過ぎると思うのでお礼は言わんぞ?
あんな些細な言い合いが原因でバーバラに治癒をしてもらった人間なんて、俺だけな気がして、情けなさと申し訳なさが凄い。
「…………ごめん。あんなに脆いと思わなくて」
「まさかの俺のせい!?」
この身体、常にデバフ状態みたいなものだからありえそうで怖い所である。
「ダメだよ、ステラさん。神の目を持っている人は普通の人より力が…………あれ? 神の目は――」
「神の目? なんて持ってないけど」
「……そう、なんだ。旅人みたいな感じなのかな? それでも、ダメだよ! 天華さんは、その、ただでさえ普通の人より繊細なんだから」
バーバラさん、そのフォローが一番辛いです。
虚弱とか、脆いとかそういう言葉ではなく、繊細と曖昧な感じに誤魔化してくれた気遣いが心に来ますよね、ダメージとして。
「そもそも、なんで天華さんのことを小突いたりしちゃったの?」
「なんか、邪な気配を感じて」
「そ、そっか? そうなんだ」
誤解が生じそうな言い方しないでください。
あと別に俺、悪いことしてないよね?
「今回は私が治してあげたけど、もう同じことをしないように。いい?」
「うん。今度からは、怪我をさせないギリギリを狙う」
「「そういう問題じゃない!?」」
余談だが、結局ステラさんはその後『滅茶苦茶痛いけど、何故か傷のつかないツッコミ(物理)』を身につけました。
こちらとしては不都合極まりないんだけど、何なのお前。
DVで訴えるよ?
星ちゃんのツッコミの苛烈さにマジレスが殺到するようなら、この話は投稿を取り止めますので、あくまで創作であるという認識で受け入れてくださいませ。
ヤンデレ予備軍の隣で結婚相手の妄想とかした主人公が全部悪い。
原神とスタレ 本作読者の履修状況確認用
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両方やってる!
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原神だけ!
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スタレだけ!
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どっちも知らんが読んでやろう!