「そんなに眉間に皺を寄せて、どうかしたのか代理団長?」
「ああ、ガイアか。いや、少し困ったことになっていてな」
「…………ふむ、なるほど。渦の魔神の被害に対する璃月への復興支援、か」
「そうだ。勿論、我々は既に騎士団として、あの一件があった直後に人材の派遣を行った。隣国としての面子を保てるぐらい、というのは少し言い方が悪いが、それなりの支援は既に送っている」
「では、これは?」
「有志のものだ。支援物資を集めるまでは、その団体が行ったとのことなのだが、物資が想定以上に集まったようで璃月までの輸送手段に困っているらしい」
「ほう? それは何とも、嬉しい悲鳴のようなものじゃないか。それで、どのぐらいの人手が必要になりそうなんだ?」
「本来なら、人手の話だけで済んだのだがな…………問題は支援物資の中に、食材が含まれていたことなんだ」
「…………」
「わかっている。やはり、食材に関してはどうにかして別の利用法を探すしかないだろう。人員の派遣は少々苦しいが――」
「なあ、代理団長。一つ提案があるんだが……」
✳︎
「ということで、璃月に行きます」
「構わないけど……なんで?」
え、それを今説明したはずなんだけどなぁ。
食事中だから聞いてなかった? じゃあ、しょうがない。
次はちゃんと聞いとけよ。
あと、口の周りにソースがついてます。拭いてやるから、ちょっと止まってろ。
「ジンさんとガイア……いや、西風騎士団から正式な依頼があったんだよ。今までで、一番でかい仕事だ」
「……つまり、お金がいっぱい?」
「否定はしない。ガイアがどこから情報を仕入れたのかは知らんが、アイテムボックスの能力に勘づかれてな。大量の荷物を璃月のお偉いさんに届けに行くことになった」
ついでにいえば、明らかに不要であるものや危険物がないか等のチェックも引き受けたので報酬はかなりのものである。
インベントリのわかりやすい表示形式とチートさんの情報処理能力があれば、大した手間ではない……実際、俺は何もしてないぐらいだし。
『提案:上乗せ分の代金は私のヘソクリ行きということでどうでしょう?』
「それとこれは話が別ってことにして欲しいかな」
まあ、別に良いけどね。
寧ろ擬人化の予定があるなら、今のうちにお小遣いの積み立てでもしとく?
「……何でもいいけど、遠いのそこ?」
「遠いかと聞かれたら、滅茶苦茶遠い。徒歩だと時間も結構かかる。本来なら、野営道具や食料をちゃんと用意した上で、道中でも補給を繰り返しながら向かうべき場所だ」
「本来なら?」
「うん、本来なら。これ、俺たちには当て嵌まらないんだよね」
そうなのだ。
俺たちには、ワープポイントという心強い味方がいる。
璃月に行くとは言ったが、一日の終点をワープポイントに定めて移動をすることで、俺たちは毎日モンドの宿に帰ってくることができるのである。
先日のゴールであるワープポイントから別のワープポイントまで、出来る限り多くの距離を移動する……この作業を璃月に到着するまでやり続けるだけなので、仕事の内容としては単純なものになるだろう。
こう考えると、ワープポイントを利用できるだけでも、野宿とは縁遠い生活を送れることになるんだよな。
機会があれば、例の壺が欲しいなどと考えたこともあったのだが、案外なくても問題ないのかもしれない。
まぁ、あれば便利なのも違いないのだろうが……宿代もバカにならないしな。
何はともあれ、今回の大仕事が無事に終われば、それこそ、しばらく何もしなくてもいいだけの大金が手に入る。
「そういうわけで、俺は荷物を受け取らないといけないから騎士団の本部に向かうけど……ステラはどうする?」
「…………ん、じゃあ準備をやっとく。どうせ、買い出しは必要でしょ?」
「おっと、それは地味に助かる。ありがとな」
「どういたしまして。集合は鹿狩りでいい?」
「おーけー。一時間もかからないと思う」
「わかった」
ステラに適当なモラを渡して、一度別れる。
さて、俺も騎士団に向かうとしますかね。
いきなり舞い込んできた大仕事。
璃月のお偉いさんに会えるということは、つまりネームドのモブ、または運が良ければプレイアブルキャラたちの誰かに会えるかも、という可能性だってあるのかもしれない。
努めて上機嫌に、つまりは鼻歌混じりにモンドの街道を歩いていく中で、それでも頭の片隅から離れない一つの記憶があった。
あれ以来、それは決まって一人のとき、脳裏には彼の姿が、鼓膜にはその声が蘇る。
「『この運命が決して交わらないことを願っている』か。まったく、妙に含みを持たせる話し方をするのはやめてほしいもんだな」
あの日。
空との邂逅を果たしたあの日から、早くも一週間が経とうとしていた。
あれから彼がこちらに接触してくる様子は特になく、俺たちは何もなかったかのように、自分たちの日常を完全に取り戻していた。
インベントリから一つの玉を取り出して、それを掌の上で転がし、眺める。
■■の種子という名のアイテム。
琥珀色のその球体を、俺はゲーム時代での原神でも見たことはなかった。
これだけ丁寧に練られた色合い、精巧な模様の球体を見たことがあれば、流石に忘れることはないだろう。
「となれば十中八九、ステラ絡みだよな」
なんといっても、文字化けしているし。
ステラがテイワットに誕生した際に放たれた膨大なエネルギーの結晶体――その一つ、というのが今の俺の予想だ。
ただ仮にその説が正しかったとして、次に問題となってくるのは、そのステラ自身が自分の記憶を取り戻すことを望んでいない、といったような旨を話していたような気がすることである。
「……どうしたもんか」
「天華様?」
「……いっそ、どっかの湖にでも投げ捨てて――」
「あの、天華様!? し、失礼致します!」
「んぁ?」
突如として、ひょいと身体が浮かぶ感覚。
後ろから回された腕は俺に負けないぐらいに細いものだったが、その腕から伝わる安心感はさながら岩の如し。
さらには、脳を蕩かすような甘い声が囁くように俺の名前を呼んでいた。
「天華様、いきなり抱え上げてしまって申し訳ありません。ですが、歩くときは真っ直ぐ前を向いていないと危ないですよ」
「……ひゃ、ひゃい」
「約束ですからね?」
「わ、わかった。わかったから、お、下ろして……!?」
最初、その声に気を取られて何を言われたのか理解できなかったが、促されるようにして前を見てから、頰を引き攣らせた。
気がつけば、後少しのところで街灯の柱にぶつかりそうなところであった。
「……あ、ありがとう、ノエル。助かった」
「はい。どういたしましてです」
優しく地面に下ろされて、改めて彼女――西風騎士団のメイド騎士ことノエルの方を向いて頭を下げると、彼女は満面の笑みで応えてくれた。
この子についての説明は一言で済む。
良い子。
めっちゃ良い子。
本当にただただ滅茶苦茶良い子。
あと、なんか設定的に強い(物理)。
ゲームでは攻撃に防御、回復と、育成を進めることでどのような役割も熟せるようになる万能キャラとして有名だった。
そのことから、決して最適だとは言えずともどのパーティーにも入れようと思えば入れることができたので、愛さえあれば使い続けられるキャラクターとしても有名である。
それこそ豊穣開花パーティーでもなければ、何処にでも入れられるのではないだろうか。
少々のカルトチック感を覚えなくもないが、ガチ勢の俗称としてノエラーという単語まで生まれてしまっているのだから、その人気ぶりには驚きである。
彼女のゲーム時代の説明については、このくらいで良いだろう。
そんなノエルと俺たちだが、少し前にある依頼を通して関わりができた。
それ以来、街中で会ったときには軽く世間話をするぐらいの仲になっている。
戦闘能力の凄まじいステラの方が尊敬されていそうなことからは目を逸らしておくことにした。
……璃月であの戦闘狂と遭遇しないといいけどな。
さて、色々と話が逸れてしまったが今大切なのは、そんなお人好しである彼女に悩んでいる姿を見られたことについて考えよう。
「……天華様、何かお困りのように見受けられましたが」
「いや、全然困ってなんか、ないよ?」
「…………そう、ですか。やはり私では、力になることは――」
「嘘嘘嘘です、めっちゃ困ってます。だからそんな悲しそうな顔しないで、お願い」
今、貴方が悲しそうな顔をしていることが最大の悩みです。
そんなことを考えながらも、決して口には出さないように気をつける。
事故って愛想笑いされたら軽く死ねるし。
それにしても、失態だ。
俺なんかの悩みで彼女を悩ませてしまうとは、申し訳なさでまた死にたくなってくる。
「……なんて、言ってはみたけど、本当に困りごとってわけじゃないだよ。悩んではいたけど、これは悩まなきゃいけないことなんだ」
「悩まなくてはならないこと、ですが?」
こてん、と首を横に傾げるノエル。
なにこれちょー可愛いんですけど。
なでなでしたい。
「うん。ノエルもわかるはず。これは、すごい極論なんだけど……あるとき、何でも願いを叶えてくれる神様がノエルのことを今すぐ騎士団に入団させてくれるって言ってきたら、それを素直に受け入れられるか?」
「…………それは、受け入れられませんね」
「だろ? つまりはそういうこと。悩まなきゃいけないし、向き合わなきゃいけないことってのは、誰にでもある…………だから、心配してくれてありがとう。それだけで、ちょっと元気出たわ」
ちょっとじゃないですね、滅茶苦茶ですね。
キモイから言わないけど。
推しと同じ空間、世界に生きていられるだけで永続リジェネ状態になっている気がする今日この頃です。
あー、テンションあがるわ。
どのぐらいのテンションかと聞かれれば、とりあえず「毎朝、私にお味噌汁を作ってください」が初手から飛び出すレベルのハイテンション。
キモイから言わないけど。
「んじゃ、俺はジンさんのとこに行くから、またね」
「わかりました。では、前方にだけはご気をつけてくださいね」
「おう、気をつけるよ」
本当に可愛いな、ノエル様。
ノエラーが大量発生するのも納得の一言。
是非とも、生前の世界の皆様はこれからも華館厳選を頑張って欲しいものである。
そんなこんなが、ありまして。
「お待たせさん、結構待ったか?」
「……こういうときは『ううん、今来たとこ』が、正解なのかな?」
「正解も何もないと思うが……今来たとこなら良かったよ」
ジンさんの案内の下、璃月への支援物資だという荷物の山を受け取って、鹿狩りへと戻ってくるとそこには既にステラの姿があった。
因みに、インベントリの中へ次々と消滅していく荷物の山を見ているジンさんの顔は中々に珍しい驚き様だった。
目を丸くする仕草まで可愛いとなると、さては無敵に違いない。
さて話はガラリと変わるのだが、俺たちがこの仕事の間でも宿はモンドでとる予定であるということは、先に明言したと思う。
だが、日中のことを考えると仕事が終わるまでは、ちゃんとした食事をゆったり摂ることは難しくなるかもしれない。
まあ、やろうと思えばサラさんに頼んで大量の料理を作ってもらい、インベントリの中に放り込むこともできるのだが、それは流石に無礼がすぎるというものだ。
「まだ少し早いからな……時間潰して昼飯にして、それから出発しよう」
「……つまり、デートの時間?」
それならば、最後に豪勢なものを食っていこう。
そう考えての提案に、ステラがなんか物凄い重たいカウンターをぶち込んできた。
「…………」
『断る口実がなくてだんまりですか?』
喧しいわ。
あと、別に断りたいわけじゃない。
「ごめん。そんな悩ませる気は――」
ああ、もう……だから、その顔やめろ。
「そうだな。するか、デート」
「……ぇ?」
そう返答したときの彼女の顔を、俺はこの先、絶対に忘れないと思う。
それは春の訪れを示す雪解けの瞬間のように、或いは花の咲き誇る瞬間のように。
口元を綻ばせ、目を輝かせて、誰よりも幸せそうにステラは笑っていた。
「…………どうしたの?」
見惚れていた、なんて言葉を態々言ってやる義理もない。
ただ一つ。
少なくとも、向けられた好意に恥ずかしくないような自分でありたいから。
せめて手を差し出して、笑ってみせた。
「お手をどうぞ、お姫さま?」
「随分と可愛らしい王子様だね」
戯けたようや誘い文句に、満更でもなさそうな応え方。
モンドのデートスポットなんかは知らないが、問題なんてないだろう。
「どこを回るかは決めちゃいないが、ぶっちゃけどこでもいいだろ」
「……うん。正直、もう満足してる」
「それは流石に早過ぎないかなぁ?」
使い古された文言で恥ずかしいが、大切なのは、どこに行くかよりも誰と行くか、だと思うから。
・
・
・
「ニンジンとお肉のハニーソテー……すごく美味しかった」
「そりゃ、良かったな。あんなに美味しそうに食べてれば、サラさんも喜ぶだろうよ」
「……またサラの話?」
「今回に関しては、本当におかしなこと言ってないと思うんだけど!?」
短いデートの最後には、パイモンも好んで食べていた印象も強いニンジンとお肉のハニーソテーを鹿狩りにてご馳走になった。
一人前にしてはかなり豪勢な量だったが、パイモンはあれを一人で食べ切っていたのだろうか?
まあ、そんな些細な疑問は良いとして。
俺とステラは現在、訪れたことのあるワープポイントの中で最も璃月に近い地点にやってきていた。
……え、デートの様子?
誰が好んで見せるかっての。恥ずかしい。
具体的な現在地は、アカツキワイナリーを一望することができる地点にある七天神像。
風晶蝶の捕獲において、最も神像の誤タップ率が高いと思われるあの場所だ。
風車アスターの群生地といっても、わかりやすいかもしれない。
「長距離の移動って言ってたよね……おぶってあげようか?」
「最初ぐらいは頑張らせてくれない?」
そこまで男が廃れちゃいねーのですよ。
まあ、ダメそうなら遠慮なく頼るつもりなんだけどさ。
「じゃあ、行こうか」
「そうだな。安全第一だぞ」
「わかってる」
風神の国から岩神の国へ。
舞台が移れば役者は変わる。
主観だがモンドに比べると璃月の方がヤベェ奴が多いからな。
仙人やら、お偉いさんやら、堂主やら何やらが屯しているのが璃月という魔境。
危機管理能力をより高いものにして、行動していかなくてはならない。
加えて、初めての長旅である。
何事にも慎重に、用心をするに越したことはない。
「何もないと良いけど」
『それ、フラグでは?』
✳︎
なんか誘拐されたんだけど、もしかして詰んだ?
原神とスタレ 本作読者の履修状況確認用
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両方やってる!
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原神だけ!
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スタレだけ!
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どっちも知らんが読んでやろう!