多分絆ランク98くらいのホシノ 作:deko rice cake
シャーレでは基本的に当番制というものを採用している。これは生徒たちが先生である私の仕事を手伝うというものだ。人数は基本的には2人だが、場合によっては1人のときや3人のときもある。この制度のおかげでシャーレに所属する生徒なら大抵顔見知りになっていた。…無論学園の関係上同じにならない子達もいるが。そして今日も、そんな当番として生徒が私のもとへ訪れていた…
「おはよ~先生」
さっき入れたばかりのコーヒーに口をつけていると、今日の当番であるホシノがゆったりとした挨拶をしながら入室をする。相変わらずのマイペースさに見ている此方もほのぼのとしてくる。
「おはよう、ホシノ」
「うへ~先生は今日もカフェイン取りまくってるねえ」
「仕事始めに気合いを入れるには丁度良いんだよ」
そんな風にホシノと朝の雑談少ししていると、もう1人の当番の子がやって来た。
「おはようございます先生!ホシノ先輩!」
「おはよう、アリ…ス…?」
「おはようアリスちゃ…」
ホシノとは対照的に快活なアリスの挨拶に少しの面白さを感じつつ、軽く伸びをしながら朝の定型文をスムーズに返す…はずだった。しかし私もホシノと共にどもってしまった。それはいつもなら今日の仕事について話を進める手順を止めてしまうほどだった。
「…ところで、アリスちゃんはどうしてメイド服を着てるの~…?」
そう。アリスは何故かメイド服着ていたのだ。これには流石のホシノも困り顔になってしまっている。
「はい!先生はメイド服がお気に入り装備と聞いたので、喜ばせる為に着てみました!安心してください先生!メイドにジョブチェンジしたアリスも先生とのメイド服でのお掃除にて経験値を得て雑魚モンスターには負けないくらいにはレベリング出来ています!」
「えっ…と、確かにしたねそれは。私も心強いよ。…ところで、誰から聞いたのかな?その、お気に入り云々の情報は…」
ううっ……いつの間にか隣に移動してたホシノの目が少し冷たい…だがまだ疑惑の段階だからか、初冬程度の冷たさだ。とにもかくにも誰に聞いたか確認して弁解しなくては…!
「モモイからです!メイド服を着たときに先生のテンションがアゲアゲになったと聞きました!それにユズと2人きりのときにメイド服を着せて楽しんでいたという噂も聞いてます!!」
困ったな、強く否定できない。いや後半は間違いなく違うけど……!
「……うへ~先生も男の人だからねえ。仕方ないよね」
「誤解だよホシノ……!!」
そうは言っているがホシノの目線の冷たさは氷河期も裸足で逃げ出すレベルにまで達しており、終いには言動にも出てしまっている。
……このままだとあってはいけない方向のダメな大人だと思われてしまう…なんとか今日1日かけて信頼を取り戻さないと。当番のときに着ているのは初めてだが…幸い何度かアリスのメイド服自体は見たことがある。妙な反応をしなければ良いだけだ。
しかし私のこの考えは他でもない私自身が瓦解させてしまう――
≪書類仕事にて≫
「先生、こっちの書類終わったよ」
「お、ありがとうホシノ」
「せん…いえ、ご主人様!アリスも終わりました!」
「……うん、ありがとね」
「顔がふやけてるよ~、先生」
……これは私は悪くない。あまりに不意打ちすぎたのだ。
≪お昼ご飯≫
「そろそろお昼ご飯にしよっか」
「そうだね~」
「了解です!」
二人がお弁当を出しているのを見つつ、机の上に今日の昼ご飯を取り出す。
「うへ、先生今日もカップ麺なの?」
「うん。お手軽だからね」
本当は10秒チャージしたいところだけど…やはり生徒の前ではしっかりとしたものを食べたほうが良いだろう。
「前から思ってたけど、あんまり食べ過ぎると良くないよ?」
「ホシノ先輩の言う通りです!」
「そう…だったね」
感覚が麻痺してただけでカップ麺もカテゴリーとしてはイケないものだったようだ…そりゃそうか。
「でも大丈夫です!なんとアリスがご主人様の為にお弁当を作ってきちゃいました!」
「うへ~すんごく美味しそうな出来だね~」
「えへへ…ありがとうございます」
ホシノが褒めたとおり、アリスが渡してくれた二段弁当の中身はぱっと見ただけで栄養バランスがしっかり出来ていると分かるほど良い出来だった。
「『また先生はお昼をカップ麺で済ましそうだから』とアドバイスをくれたユウカに感謝です♪」
ユウカにも心配かけちゃってたのか…今度謝罪とお礼をちゃんとしないとね
「…本当に最高に美味しそうだよ。ありがとね、アリス」
あまりの愛らしさに思わずアリスの頭を撫でる。ホワイトブリムに当たらないようにしたためちょっと不格好になってしまったが、それでもアリスは目をつむって嬉しそうにしていたので一安心する。
「ふふっ…どういたしまして。でもこれは当たり前のことです!だってメイドはご主人様にご奉仕するものとアリスは学びましたから!!」
「そ、そうだね…」
「…先生の顔、水に一時間くらい浸けたお煎餅みたいになってるよ」
≪部屋のお掃除≫
「やっぱりこの棚はアリス1人じゃ届きません…先生!前みたいに合体攻撃をしましょう!」
「…??」
「まあ届かないなら仕方ないね。しっかりと持ち上げてあげよう!」
「……前半やれやれって感じ出してるけど後半には口角が今までに見たことないくらい上がってるよ~?」
「うっ…」
…私が悪かったから顔を若干背けながら言うのは止めてほしい。精神的ダメージが今までで1番大きいから。
「今日の仕事は終わりだよ。2人ともお疲れ様」
「ぱんぱかぱーん!クエストクリアです!お疲れ様でしたご主人様、ホシノ先輩!」
「うへ、お疲れ。今日はお仕事少なめだからおじさん嬉しいよお」
「…うん。ラッキーデイだね」
そんな別れの言葉と少しの世間話を交わして手を振る2人が帰っていくのを見送る。
今日は色々とやらかしちゃったな。『いつも制服の子が別の服を着る』そのギャップだけでなくてメイド服だったからか、自分でも振り返ると驚くほどアリスに対して荒ぶりすぎてしまった……どうやら私は『ギャップ』というものに特段と弱いようだ。
……ホシノは基本的には普段通りだったけど、明らかに違和感があったし…付き合いがかなり長い部類だから嫌でも分かってしまう。…『嫌』っていうのはなんだか違うかな、うん。何か他の表現があれば良いんだけど、生憎上手い言葉が思いつかない。
とにかく今度アビドスに行くとき、謝罪と何かお土産でも持っていこう。
「………」
とりあえず今は残っている仕事に取り掛かろうかな。…さっき終わったのはあくまで生徒と一緒にやる分であり、今日の仕事自体はまだしっかりと残っている。生徒に私の仕事で残業させる、なんてことはあってはいけないからね。
…この量なら21時には終わるかな…?この見積もりが実現するのだったらいつもより格段に早い。どうやら本当にラッキーデイだったようだ。
「さて、気合い入れるかあ」
夕暮れ時、おじさんはシャーレの当番を終えてとぼとぼとアビドスへの帰路についていた。
にしても、今日の先生はアリスちゃんにデレデレしすぎだよねえ。まあ、分かるよ。アリスちゃんとっても可愛いし。おじさんも今日何度か頭をなでなでしたしさあ〜。それでも……
――分かってる。これが単なる羨望だって。
最初は信頼出来ない、出来るわけない大人だった。いきなりやって来た、どうせ信じても無駄な大人。でも、違ったんだよね。何よりも…自分のことよりも生徒のことを考えて動く私の知らない大人だった。おじさんが1人で解決しようとして失敗しちゃったときも、皆と一緒に手を差し伸べてくれて…そんな先生を、
…でも、こんな気持ちになるなら知らなくても良かった。悩みのタネになってしまうなら…こんな感情知らなくても良かった。
…そんなに、先生にとってメイド服って良いのかな?……もしもおじさんが着ても、先生は喜んでくれるのかな?でも私はアリスちゃんみたいに可愛くも、愛嬌もないし…でもそれが私のやりたいことなら先生は優しい肯定の言葉をかけてくれるんだろうな。
ゆっくり歩いていたせいでシャーレを出たときには夕日が照っていたのに、今じゃお星さままで顔を出している。
そんな中思いついたその邪みたいな考えは私を支配して、気づけば固い動作でスマホに目的の検索ワードを打ち込んでいた。きっと他の子が見たら今日の私の目線みたいに冷ややかになっちゃうだろうね。
………ねえ。先生は、こんな私の幼稚なわがままにも付き合ってくれる?
「……ふう。疲れたぁ」
今日の業務も終わりかけの私はしっかりと伸びをしながら、仕事の疲れを誤魔化すように肩をほぐす。時刻を確認すると20時は少し過ぎている。この調子で終われば普通に帰れば十分にいつもの倍は寝られそうだ。
そのまま帰りの支度をしようと思った矢先にモモトークの通知音が静かなシャーレに響く。どうやらホシノからの連絡のようだった。
――なんだろうか。もしかすると今日の私の態度に対するものかもしれない。それを覚悟しながら開いてみると、予想とは全く外れたものだった。
『先生、まだシャーレにいる?』
…どういうことか分からないが、わざわざ送ってくるということは何か悩みでもあるのかもしれない。それを私が拒む理由は存在しない。
というか何故家ではなくシャーレにいることを確認されたのだろうか。もしかするとこのコソコソしていた残業はバレてしまっていたのかもしれない。…いや、今そんなことは考えなくていい。とにかく返信をしなければ。
『うん。いるけど…どうしたの?』
既読はすぐについたが返信はそうではなかった。珍しいな…最近ホシノのメールは本人のマイペースさと反比例するかの如く速く返ってくるのに。ましてや、既読がついてるのに…少し心配になってしまう。
『今からそっちに行ってもいい?』
『大丈夫だよ』
思考を巡らせていたら返信が届いて一安心しているのもつかの間に結果的にはホシノがここにやって来るということで会話は終了した。
いつ頃ホシノが到着するのか分からないのでそれまでは仕事でもしていようと思い机に向かったが、その行動の終わりは思ったよりも早く訪れた。
「うへ、先生夕方ぶり~」
「ああ、こんばん……っ!?」
「先生、お仕事終わったんじゃないの?」
「あ、いや…これは、、」
「ダメだよ嘘ついたら。まあ私たちのことを考えてるんだろうって嫌でも分かっちゃうけど…って、『嫌でも』って表現は違うかなあ~嬉しくて分かるとか?それもおかしいかあ」
本来は用事の概要や残業のこと等、色々と言いたいことはあるのだ。しかし私はホシノが話を続けるのをただただ眺めていることしか出来ない。その理由は…そう。朝、ホシノがアリスを一目見たときにどもってしまったのと同じで――
「あ、あのさっ……!ホシノ…その服」
「……っ」
さっきまでスムーズに言葉を繋いでいたホシノは私の発言にオイルをさしていない自転車のチェーンの如くぎこちなくなってしまう。むしろ普通でいられた方が不思議なのだ。なんたって今の彼女の恰好は頭に白いフリフリのカチューシャに綺麗な黒色の服、その上にそれとは真逆の真っ白なエプロンドレス……端的に表現してしまえばメイド服を着用しているのだ。
「これは、その、こういうのが好きって先生が言ってたからさ、えっといつも頑張ってる先生にサプライズぅ…みたいなあ……買ってみたんだよね、……」
健康的な肌色だった顔は段々と水平線に沈んでいる太陽のように耳まで真っ赤になっていく
「ご主人様~なんて、、言ってみたり…?……うへ。やっぱ、おじさんには似合わないかな~……?」
ホシノはオレンジとライトブルーのオッドアイを震わせながら、両手は純白のスカートの端がぐちゃっとなるほど掴んでいる
「えっと…どう、、、ですか…?」
逸らしていた目を上げ、此方に縋るように見てきた、この子が。恥じらいが最大なのに私のためと動いてくれた生徒が、ホシノがとても愛おしくて……だから
「我が生涯に一片の悔いなし……」
「え……?」
このあまりのかわいらしさとギャップに頭がショートした私がラオウしてしまったのも、仕方ないのだ――