多分絆ランク98くらいのホシノ 作:deko rice cake
「ん〜……」
目覚ましの音に意識が誘われ、ゆっくりと目を覚ます。それからぼやけた頭で腕を探らせて音の根本を止めるが、その場ですこしぐでーっとしてしまう。起きてすぐに動ける人ってすごいよねえ。おじさんはどうしても寝起きはいっつもぼーっとして二度寝したいなあって思っちゃたりしちゃうよ……
なんて考えてたら枕元のスマホが震えて私に通知を知らせてくる。通知の正体はモモトークであり、画面を確認しながら一抹の期待を胸に抱いてしまう。
『今日そっちの方に仕事があるから』
『そのときに折角だしアビドスの皆に顔を見せに行くよ』
……その期待は叶ったようで内容は先生からのモモトークであった。最近は色々と嚙み合わなかったのかアビドスに来てくれてなかったし、私の可愛い後輩ちゃんたちも悲しんでたからねえ……喜んじゃうのも止む無しだよね?
寝転がっていた体は気づけば持ち上がっており、頭は何を返信するかに支配される。さっきまでのだらけた気分は今だけはすっかりと消えてしまっていた。
『お~それはうれしいな~』
『でも生憎と、今日はおじさん一人しかいないんだよねえ』
『そうなんだ。それは少し残念だけど、ホシノに会えるのなら私はそれだけでも充分だよ』
音が聞こえる訳でもない電子上の羅列程度で思わず頬が緩くなってしまう。抑えようとしても、どうしようもないくらいには。
ほんっと……この人は…
……あ、そうだ。最近出来たって聞いたあのアクアリウム、先生を誘って行ってみようかな。あのときとは逆に今回は私がチケットを用意してさ。色々なお魚がいるみたいだし、見たことない子もいそうで楽しみだあ。…久しぶりに直接会えるんだし色々と話したいよねえ。……2人きりなのだいくら話題はあっても良いだろう。
ん?また先生から通知が来てる。なんだろ……
『そういえばこの前出来たアクアリウムなんだけどね』
『仕事の縁でチケットを貰ったから行ってみたんだ。そのときのお土産を今日持っていくね』
どこなのかを示すために添付された写真には今さっきまで私が思いを巡らせていたアクアリウムそのもので。その写真には同行している子達だろうか?分からないが生徒が数人カメラの方向で子どもっぽく笑いかけている。
…上がり続けていた気持ちの折れ線グラフはここに来て直角に落下してゆく。……別に誰も悪くない。先生も、この写真に写っている生徒らも。私が勝手に傷ついたにすぎないのだ。
うーん……流石に最近行ったならもっかい誘うのは迷惑すぎるよね。まあ生徒の頼みを断れない先生のことだ。言えば特に文句も言わず、一緒に楽しんでくれるだろう。でも……ああ、なんだかすごくもやもやしちゃう。
スマホの電源を切り布団にくるまって足をジタバタさせる。
うへ、なんでおじさんはこんなに面倒くさい女みたいな思考になっちゃたんだろうね。先生のことになるとおかしな方向でムキになっちゃったり、早とちりして変な勘違いしちゃったりしてさ……ダメだねえこんなんじゃ。先生も困りっぱだよねこんな生徒。ただでさえ苦労させてるのに…もっとちゃんとしんくちゃ。
「羨ましいな……」
零れた言葉は何に向けたものなのか自分でも分からない。だが晴れ渡っていた心は、他人から見ればくだらない理由で失ってしまったのは確かだった。
用事も終わった私は、朝ホシノに伝えた通りアビドス自治区に訪れていた。最初は遭難したこの地だが今となってはなんの問題もなくアビドス高校に辿りつけるようになった……もしかすれば私はあのときくたばっていたと考えると身震いしてしまう。
ホシノが高校のどこにいるのかが分からないので送ったモモトークには未だに返事はない。今はお昼過ぎ、あの子のことだしお昼寝でもしているのだろう。
とりあえず一番可能性が高そうな対策委員会の教室に行ってみたがホシノの姿はなかった。
予想が外れたみたいだ……一室ずつ全てを確認するのなら骨と心が折れそうだが、どこに居るのか何も宛がないことはない。
トリニティやミレニアムでは感じられない私が通っていたような所謂一般的な高校の似ている形状と、掃除しているにも関わらず廊下に僅かに残る砂がノイズがかったノスタルジーを想起させる。なんだか不思議な気分だ。子供の頃の記憶に戻れされそうなのに、砂粒らがそれを阻止する――そんな不思議な。
思いを馳せるのはここまでにして、1つの宛てであるよくホシノが昼寝をしている教室に一応のノックをして入る。
もうモノも少ないその部屋の窓際には1つの椅子と机が置いてあるのだが……ホシノはその椅子に座り机に突っ伏して眠っていた。まるで休み時間に疲れてるので眠る……そんな学校の日常の風景としてはよく見る風景のようだ。しかしこのアビドス高校の教室においてそれは切り取られ貼られたかのような異質感が残る。
「ホシノ、起きて」
何度か声をかけるも反応はない。というかこれ……
「……狸寝入りなのバレてるよ」
「…………」
「ヘイローが消えてないんだから」
しばしの沈黙―――いつのちょっとした悪戯ならもう終わるころなのだが。違和感を覚えながらも私は机に近づく。
「体調が悪いの?」
「別に……」
ようやく聞こえたきた返事は否定の言葉であり、それには明らかに元気がない。こんなことを言うのはどうなのかと思うのだが、ホシノは感情を隠すのが上手だ。つらいことがあったとしても表面上は何事もなかったのように振舞える、そんな子だ。それは一長一短だとは思うが……今の彼女にはそれすらも感じられない。
「何かあったの?」
「……そんなに大したことじゃないよ~」
質問を続けるも得られた答えはとてもじゃないが喜べるものではなかった。
未だに俯いたままのホシノを見下ろし、私はどうするべきかと思案する。このまま投げ出すのは簡単だ。適当な一言を添えて部屋から出ていけば済む話だ。だがそんな事、他でもない私が許さない。
「えっと……こういう場合はどうすれば良いか分かんないけど…」
「……?」
「私は出来ることなら力になりたいんだ。ホシノには返しきれないほどいつも助けられてるからね…ほら、例えばいつも任務だと誰よりも前に出てくれて、大きな盾で皆を攻撃から守ってくれて……凄くカッコいいなって毎回思ってるんだ」
「………」
「カッコいい繋がり言えば……やっぱり夜、アビドスでパトロールしてることかな。誰にも知られず街の治安を守ってるって、やっぱり尊敬しか出来ないことだと思うんだ」
上手く言葉がまとまらず子供の感想文のような形容詞だらけになってしまう。きっと、さっきのノスタルジーのせい……なんて言ってしまえばもっと子供らしくなっちゃうな。
少々恥ずかしさを感じた私は振り払うように窓の外を眺め、一拍置く。
「それにこの前私が喜んでくれるだろうって理由でメイド服を着てくれたことかな。あれは嬉しさと驚きで数分止まっちゃったたからね……実際滅茶苦茶可愛いかったし!ああなっても仕方ないよね。それに――っと」
シャツの裾を引っ張られたことによって私の語彙力が低いプレゼンは終わりを迎えてしまう。
「……も…充分だからぁ」
顔を上げたホシノの顔は真っ赤になっておりよっぽど効いたようである。よく見ると恥ずかしさからかぷるぷると少し震えてしまっているようにも見えるほどだ。
……またしばしの沈黙。裾を掴んだまま動かないホシノと状況はまるで時間そのものが止まっているのかと錯覚出来そうなほどであった。
「何があったかはやっぱり言いたくない?」
「…うん」
「……そっか」
裾を離したホシノは私の質問にさっきまでの顔色から一転反転し、顎を腕に乗せてまるでこっちを見るのが怖いかのように窓の方を向いてしまう。ここまでして言いたくないと考えると……よっぽどのモノなのだろう。それとも私に関する事なのか、と思うのは自意識過剰が過ぎるか。
「私が……私が勝手につまづいて、自己嫌悪しちゃってただけだからさ」
「ごめんね、先生につまらない事で迷惑かけたくなかったのに……結局こうなっちゃうしさ…やっぱり――」
「ホシノ」
その後の話に繋げる間もなく遮れば、ホシノはゆっくりと私に目を合わせてくる。
「もしも…また今日みたいなことがあったらいつでも相談して。迷惑だなんて絶対に思わないから」
「え……?」
予想外だったのか、それとも否か。驚きか疑問か、どちらとも取れる顔で彼女は再び私の方へとその異色の瞳で向き直す。
「…私はこんなに迷惑かけたのに、その理由を言いすらしない生徒だよ……?」
「それにも理由があるだろうし、嫌な部分は詮索しないさ。私も学生時代はそういうことはあったしね」
「でも、自己満足の我が儘だよ……?良いの…?」
「良いに決まってる。私は、先生だからね」
「私はさ………甘え方もわかんないし、人の頼ることも慣れてないから、先生に手を焼かせちゃうよ?」
「全然問題なし。寧ろどんとこいって感じ」
またしばしの沈黙……何分か、何十分か或いは何時間か永遠とも思える静寂……だが先ほどとは違い、妙な緊張感はそこには不在であった。
「そっか……先生のこと結構分かってるつもりだったけど、まだまだだなあおじさんも……にしてもやっぱり変な大人だよね、先生は」
「えっと…褒められてる…のかな?」
「うへ~どっちだろうね~……どっちが良い?」
にへらと笑うホシノに安堵の気持ちが広がる。……うん。安い言葉だけど、やっぱり青春を謳歌すべき者の生徒には笑顔が1番よく似合う。まあそれ以外の感情もいつかは笑える思い出になるのは確かだが。
「あ、そうだ。元気になった記念……っていうとおかしいけど。これアクアリウムのお土産」
「……クジラ?」
ホシノが呟いた通り、渡したお土産は可愛らしくデフォルメされたクジラのキーホルダー。のほほんとした表情をしていてこれ以上に彼女に似合うものはないと言わんばかりのものである。
「えへへ……ありがと、先生」
「どういたしまして」
彼女はこのキーホルダーにご満悦のようで、どこに付けようかな~なんてマイペースに考え始めているようだ。だが満足しきっているところ悪いがまだお土産はある……今よりも喜んでくれると思うとサプライズのようで何だか楽しみだ。
「それとこれ。そのアクアリウムの入場チケット5枚だよ」
「うへ!?えらく大盤振る舞いだね~…」
「以前オープン前のアクアリウムを執拗に襲撃してた不良たちがいてね。それを解決したからかなりのチケットを貰ったんだ。そのときに手伝ってくれた生徒とは行ったんだけどまだ5枚残ってて……それでホシノはアクアリウムが好きでしょ?だからアビドスの皆に息抜きにも丁度良いなって」
その言葉にホシノは嬉しそうにチケットを見つめている。余程楽しみなのだろうか、チケットを指で確認するように触りそわそわとしている姿に私まで嬉しくなってくるものだ。
「……これ先生は来ないの?」
「ん?ああそうだね。5枚しか残ってないから今回私は行けないかな」
ホシノはもう一度チケットを眺めながらぽつりとぽつりと聞こえない声量で呟き、一呼吸して私を見据えてくる。
「ねえ。先生……早速の我が儘なんだけどさ―――」
太陽が頂点よりちょっと過ぎた頃、アクアリウムを歩き回った私は足の疲労からベンチにお世話になってしまっていた。……真剣に運動をするべきな気がしないこともないが……やっぱり時間が足りない。
見知った生徒たちの声を遠目……聴いてるから遠耳かな?まあ何でもいいか。それをBGMに缶コーヒーを片手に持ちながら屋外エリアであることをアピールしている青空を眺めていた。
「ん、次はこのアザラシゴロゴロショーに行くべき」
「それってショーって言えるの……?」
「でもなんだか気になりません?」
「えっと……説明によると『可愛いアザラシがゴロゴロするよ!』だそうです」
「そのまんまじゃない!」
共に来ているシロコ、セリカ、ノノミ、アヤネはパンフレットの内容でがやがやとしている。どうやら今のところ多数派はアザラシのゴロゴロショーのようだ……いや待ってアザラシのゴロゴロショーって何……?というかそろそろ場、もといセリカをかき乱しそうなおじさんの発言が飛んでくると思ったのだが来ない。といより、よく見たらホシノの姿が見当たらない一体どこに……
「だいぶお疲れみたいだね」
「…!ああ、半日動き回っただけなのにこの様だよ。カフェインを飲む手は止まらないけど」
「飲みすぎは良くないよー?」
「かもね。でも飲むのがルーティン化しちゃってて、中々止められないんだよ。……ところでホシノは皆の話に混ざらなくて良いの?」
「おじさんはアクアリウムならどこでも楽しめるからね~それにおじさんも歳だから腰が痛くて痛くて……」
「そんな年齢じゃないでしょ……にしても驚いた。いつの間にこんな近くまで…」
「先生が空に現抜かしすぎてたんじゃない?……あ、隣貰うね~」
死角からの来訪に多少肝を冷やすことになってしまった……いくら上を見てると言ってもそんな長時間ではないのだが。
そう身の結ばない考察を交えながら、席が空いてることを示す為にベンチを軽く叩いてみると、此方の意図通りホシノは「うへ~」と力が抜ける声を上げて持っていたカバンを抱えるようにして座る。
「ねえホシノ……」
「ん~?どしたの~?」
「そのさ、近くないかな?」
隣に座ってきたホシノとの距離感はおおよそゼロミリ。密着しているという表現がぴったりな状態なのだ。制服越しの体温が伝導してしまっているのが妙に、いやシンプルに気恥ずかしい……よく見たらホシノの耳がほんのりと赤みがかっている。
「まあ人肌恋しい季節だからね~」
「まだ秋だよ」
「それは置いといて」
「置いとくんだ……」
まあこれ以上は私も追求しにくいしラッキーではあるけれど。そういえばホシノは甘えるのが苦手って言ってたし、これもその延長線…と思えばいいか。
「先生、今日はついてきてくれてありがとね。やっぱり独り占めばっかりはダメだからさ……皆ここ最近先生に全く会えてなかったからすっごく喜んでるんだよ?」
「そ、そうなの…?」
独り占め、というのはよく分からなかったが……というか、そんなに喜んでくれていたんだ。確かにシロコはいつもよりグイグイ来てた気がするな…ノノミはテンション高め、アヤネは口数が多いような…ああでもセリカはいつも以上にツンツンしてたな。やっぱり社交辞令な気がしてきた……
「あと……ホシノは我が儘なんて言ってたけど、これくらいならその範疇には入らないよ?」
「つい最近行った場所に連れて行っちゃうのは入ると思うけどな……このままだと何を言ってもそうやって返してきそうで、おじさんちょっぴりこわいよ~」
「これはおじさんも、先生の頼みは何でも聞いてあげなきゃな」
「……それは頼りに出来るね」
いつも通りのふざけた声色でとんでもないことを言ってくるなあ……そりゃ嬉しいけど、冗談でも『何でも』なんて簡単に言っちゃいないって教えておか…
「先生」
「?」
「――私は、至ってマジメだよ」
心を透かされたかのような的確な発言と、普段の掴みどころのない彼女とはかけ離れた鋭利な刃物にも似た雰囲気に思わず圧倒されてしまう。
完全なる不意打ちにどう対応すべきか答えに至らず、たまらずホシノから顔を背けてシロコ達のいる前方を向く。ちょうどそのとき皆と目が合ったかと思えば、話がまとまったのだろうか、私とホシノいる方へと歩きだしてくる。
「先生、ホシノ先輩。次はアザラシのゴロゴロショーに行くよ」
「え!!ホントにそれに行くの!?」
「私は賛成で~す」
「私ももうなんだか気になってきました…!」
「私が少数派……!?」
いつの間にかホシノは私との距離を適正なものへと修正していた……恐らくセリカ達がこっちを向くことを察知した瞬間に離れたのだろう。そのスピーディーさには感嘆を禁じ得ないものだ。
「よいしょっと……まさかのお魚じゃないけど…良いかあ可愛いだろうし~……それじゃ行こっか、先生」
クジラのキーホルダーが揺れ動くカバンを後ろ手に彼女は私に柔らかな笑顔を覗かせる。
――その顔は、晴れ渡った空にはお似合いなのであった